誰のための…… その12
ジルさんはいまいましそうに言い捨てると、取りすがるように再び舵を手に取る。
「何十匹何百匹って大群で船乗りたちにおそいかかってくるんだよ。まったく、どこで育てているんだか」
話をしている間にもせわしなく飛んでくる火矢を払い落とし、『大盾』で防ぐけれど、きりがない。こうしている間にも新たなスキュラの群れが『サイドワインダー号』に近づいている。
スキュラだけじゃない。火矢はなおも放たれている。ぼやぼやしていたら海賊たちが『サイドワインダー号』に乗り込んでくる。そうなればおしまいだ。
僕とスノウだけなら何とかなるけれど、ここは海の上で、全部を同時に守り切るなんてムリだ。僕は一人きりだし、たとえ『贈り物』で気づかれなくなっても相手を全滅させる前にこちらにも死者が出てしまっているだろう。
「にゃあ」
いつの間にかスノウが僕の側に来ていた。心配そうに僕を見上げている。
「スノウ、僕はどうすればいい?」
僕がスノウのようにかしこかったらいい知恵も浮かぶだろうに。
「にゃあ」
スノウは虹の杖の先にこつんと頭をこすりつける。
「虹の杖? こいつで何かしろって言うのかい?」
「にゃあ」
スノウは満足そうに鳴いた。
一体どうすればいいんだ? 『強化』でパワーアップして一気にたたきつぶすか? それとも『大盾』で船ごとで守ればいいのか? こうして迷っている間にも海賊船はすぐ底まで迫っている。いずれスキュラの群れも追いつくだろう。
「待てよ、その手があったか」
やったことはない。はっきり言ってぶっつけ本番だけれど、何とかなるはずだ。
「なんたって、こいつはスノウが考えた作戦なんだからね」
僕は左手で虹の杖を握り、右手で船の手すりをつかむ。
念のためスノウは僕の懐に入れておく。
「捕まっていてください」
「何をする気だい?」
ジルさんが何が起こるのかと、おびえたような顔をしながら舵に抱きつく。
「ちょっとした冒険ですよ」
にやりと笑いながら僕は虹の杖を掲げた。
「『瞬間移動』」
次の瞬間、僕の視界には真っ青な空が広がっていた。続けて、落ちていく感覚に僕は肝っ玉が冷えていく感覚がした。
大きな水柱を上げて『サイドワインダー号』は着水した。ショックでまだぐらぐらと揺れている。酔ってしまいそうだ。
「い、一体何がどうなっているんだい?」
「あれが答えですよ」
ジルさんが舵にしがみついたまま尋ねる。僕は目的の方向を指さした。
はるか前方、海賊船が小舟くらいに見える。さっきまで僕たちがいた場所から半ラルフート(約八〇〇メートル)ほど後ろに『瞬間移動』したのだ。
小型船とはいえ、僕よりずっと大きなものと一緒に『瞬間移動』するのは僕もはじめてだったから不安だったけれど、何とかなったようだ。
位置が上にずれてしまったのは、やはりいつもと勝手が違うからだろう。小舟と同じようにはいかないようだ。
今後の参考にしないとね。
海賊船では海賊たちが大わらわだ。いきなり『サイドワインダー号』がはるか後方に消えたので、混乱しているのだろう。
人間と違って、船は急に曲がったり止まったり後戻りしたりできない。大きければ大きいほど、ぐるりと大回りしないといけない。
「まずいよ!」
ジルさんが緊張した面持ちで海の向こうを見つめる。
スキュラたちがめざとくこちらを見つけて海の上を走ってきている。犬はその場でぐるぐる回れるからね。
「大丈夫ですよ」
海賊船が追いつくにはまだ間がある。その前にスキュラを叩く。今度はこっちの番だ。
「待っててね、スノウ」
僕はスノウを甲板の上に下ろすと、手すりに足を掛け、思い切り海原へと飛び上がった。海面に落ちる寸前、僕は虹の杖を輝かせる。
「『大盾』!」
赤く光る透明な壁を海面に沿って広げる。その上に僕は着地する。
「うん、しっかりしているな」
コツコツ、とつまさきで感触を確かめる。これなら少しくらい跳んだり跳ねたりしても大丈夫だろう。
「さあ来い。犬っころ!」
僕は虹の杖を操り、『大盾』でまっすぐな道を作っていく。その上を走りながらスキュラへと迫る。
僕を見つけるなり、スキュラが牙をむいて飛びかかってくる。横にひらりとかわしざまに切り捨てる。甲高い悲鳴を上げながら海の中へと沈んでいく仲間を飛び越しながら二匹目、三匹目のスキュラが立て続けにおそいかかってきた。
うなり声を上げる白と黒の魔犬の突進にしゃがみながら剣を振るう。胴や頭に赤い線を刻みながらスキュラは水しぶきを上げて水没していった。
残りのスキュラたちは仲間がやられると足を止め、僕を避けて遠回りしながら背後に回ろうとする。僕をいったんあきらめて、狙いを『サイドワインダー号』に絞ったようだ。
でも、そうはさせない。
「いけ、『大盾』!」
虹の杖に意志を伝えると、『大盾』は形を変える。赤い半透明な床が、海の上をなぞるようにどんどん伸びていく。
それを見てスキュラは尻尾を巻いて逃げようとするのだけれど、『大盾』の広がる速度の方が早かった。
スキュラを跳ね飛ばし、足をすくって転ばせる。
「それっ!」
僕はそのすきに走りながらスキュラに近付き、とどめを刺していく。ころんで走れないのなら倒すのは簡単だ。
スキュラが厄介なのは海の上を自由に走れるからだ。同じ陸の上なら負けやしない。
不利を悟ったらしい残ったスキュラはぴょんとはねると自分から海に潜っていく。剣が届かないところに逃げれば安全だと思っているのだろう。
海の中から『サイドワインダー号』へ近付くつもりか。
僕は再び『大盾』の形を変える。今度は海の下へと伸びた赤く長い壁がスキュラの行く手をさえぎる。
中には鼻先をぶつけたり、前足で引っ掻いたりして『大盾』を破ろうとしているものもいる。
残念でした。その程度の爪で壊れるもんか。
潜っても進めないと悟ったか、苦しげに海の上へと顔を出す。身震いして水を弾き飛ばすと、破れかぶれになったかのように残りのスキュラ達が吠えながらおそいかかってきた。
僕の首にかみつこうと、するどい牙を向ける。僕はひょいと飛び上がると同時に飛びかかってきたスキュラの白い頭をかち割る。なきがらを蹴飛ばしながら空中で振り向きざまに、背後のスキュラを横から首をはねる。
『大盾』の上に着地すると今度は自分から転がって、首の辺りにかみついてきた牙をよける。同時に剣をサメの背びれのように突き立て、スキュラの黒い体躯を真っ二つにした。
気がつけばスキュラは残り四匹。黒と白のが二匹ずつだ。すでに仲間をたくさんやられているのもかかわらず、やつらは逃げなかった。目配せするように互いの顔を見ると、黒のスキュラが二匹、僕に迫ってきた。それにわずかに遅れながら白のスキュラが二匹、僕の背後に回り込む。
僕は剣と虹の杖を両手に提げながらぼんやりとスキュラの気配だけを追っていた。
二匹の黒いスキュラが僕の頭と足をほぼ同時に狙う。一瞬遅れて二匹の白いスキュラが今度は背後から飛びかかってきた。
僕は飛び跳ねもしゃがみもしなかった。前から飛びかかってきたのを虹の杖で二匹同時に受け止める。杖の先と頭をかじらせるような形で突進を防ぐと、上体をひねりながら剣を振り下ろす。
白い閃光が瞬いた。
悲鳴と同時に二体のスキュラが倒れる。続けて手首だけで虹の杖を回す。ぐるりと杖ごと上下反転し、体勢の崩れた残り二体のスキュラをまとめて切り捨てた。
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次回は12/13(木)午前0時頃に更新の予定です。




