誰がための…… その10
「はて、そいつは確か、反逆者の傭兵どもであったか」
「そうですそうです」
おっとりとした口調のハワード様にこびを売るように何度もうなずく。
「最初から怪しいと思っていたんだ。子供二人で船に乗ったり、マジックバッグなんか持っていたり。やはり、賊徒の仲間だったか」
「オトナ一人、と子供ですね。僕は十五歳で、ブレンダはえーと、十三歳……でよかったよね。そういうことです」
平気なふりをして訂正しながらも僕の心臓は激しく高鳴っていた。
どうしよう。ペンダントを見られたのはまずい。どうやってこの場を切り抜けよう。
たまたま拾ったことにしようか。それとも、悪い奴らにおどされて『鋼のフクロウ』のふりをさせられたことにしようか。僕たちはオトリで、本物は反対側に逃げたと言い張れば、何とか言いくるめられるかもしれない。
「ふざけないで!」
頭の中でめぐらせていた考えは、突然の大声で中断させられた。
いつの間にか目を覚ましたブレンダだった。掛けられていた毛布を投げ捨てると、憎々しげな目でキツネさんにつかみかかり、ペンダントを奪い返した。
「パパたちは盗賊でも悪党でもない! 勝手なこと言うな!」
まいったな。ブレンダ本人が認めてしまった以上、どうあがいてもごまかせない。
「黙れ小娘! どうせ国外逃亡しようという腹であろう。仲間はどこだ。言え」
キツネさんの号令で、護衛役の騎士様たちが進み出てきた。
僕はため息をついた。ここは開き直るしかない。
「待ってください」
「何だ、貴様……え」
キツネさんたちの顔が一斉にこわばる。
僕の手がカバンを逆さに握っているのに気づいたようだ。そして僕の手は船の手すりを越えて海の上まで伸びている。つまり今僕がカバンを開ければ、中身が全部海の中に落ちてしまう。
「何のマネだ貴様」
「別にあなた方に迷惑をおかけするつもりはありません。ただ、僕たちが島まで行くのを黙って見逃してくれれば、かまいません。荷物も島に着いたらきちんとお返しします」
「ふざけるな! おい」
騎士様が剣の柄に手を掛ける。
僕は虹の杖を振るった。バチバチ、と弾ける音よりも早く『麻痺』の電撃が騎士様の足下に落ちる。
「無礼は幾重にもおわびします」
何か言われる前に謝っておく。
「僕たちに何もしなければあなた方に危害を加えるつもりはありません。どちらにせよ明日には島に着くんです。ほんの少しの間でいいので、こらえていただけませんか」
「いかがいたしましょうか」
返事に窮した様子のキツネさんがハワード様に耳打ちする。
何度か話し合った結果、キツネさんが苦々しい顔で言った。
「いいだろう」
「ありがとうございます」
僕はお礼を言って、カバンを胸元に引き寄せた。
「それで、ついでと言っては何ですが先に部屋に戻っていただけませんか。ほら、この子もぬれネズミのままですから」
余計な口出しのせいで、ブレンダはまだ着替えもできずにぐっしょりぬれた服を着ている。
「おまけに僕もほら、こんな感じなので」
さっきからまじめな話をしているけれど、僕もパンツ一枚のままだ。女の子の前でハダカだなんて恥ずかしいにも程がある。早く服を着たい。
僕の着替えなど見たくないのだろう。ハワード様を先頭にぞろぞろと船室の方に戻っていく。最後にキツネさんが振り返った。
「島に着いたら貴様らをしばり首にしてやる。覚悟しておくことだな」
「おっと手がすべった」
僕の手がなぜかカバンに引っかかったせいでふたが開いてしまった。加えて、どういうわけか、カバンの裏地から僕の背丈ほどもある木箱が飛び出し、甲板の上にどすん、と落っこちた。震動でみんながノミのように飛び上がる。
「やあ、失礼しました」
ぺこぺこ頭を下げながらカバンの裏地に木箱を戻す。
「えー、それで、何でしたっけ?」
「ふん!」
キツネさんはくやしそうに鼻を鳴らすとハワード様を追いかけて船室へと下りていった。
それから僕とブレンダも着替え終える。
もう既に日は沈んでしまっていた。ジルさんたちも船室へと戻っていった。僕も船底に戻ろうとしたけれど、ブレンダは着替え終わっても甲板に座り込んだまま動こうとはしなかった。
あんなことがあった手前、一人きりにもしておけない。僕も並んで座る。スノウは僕の膝の上で丸くなっている。もうおねむのようだ。
真っ暗な海の中にチャプチャプと静かな波の音がやけに大きく聞こえる。空には満天の星空がまばゆい光を放っている。まるで銀貨をちりばめたようだ。
そういえば海賊トルネードは見渡す限り水平線の海を星の位置で方角を確かめ、陸地までたどり着いたんだった。
僕もアップルガースにいる時はよく星を数えたものだ。
「ねえ」
僕が星を三七一個数えたところでブレンダが声を掛けてきた。
「なんであいつら全員、海に沈めなかったのよ」
「決まっているじゃないか」
乱暴な物言いに、僕は眉をひそめながら言った。
「そんなことしたらジルさんたちに迷惑がかかるからだよ」
ハワード様たちが『サイドワインダー号』に乗り込むところは、港で大勢が目撃している。あの騒ぎを聞いていた人もいるだろう。ポルスウェイド島に行ったはずのハワード様たちが途中でどこかで消えてしまったら当然、疑われるのはジルさんたちだ。
「君の目的は船に乗ってシムドーラ王国へ逃げることだろう? 無事ですむのならそれで一番だ。こっちは荷物を預かっているんだ。放っておけばいいのさ。いくらあの人たちでも外国までは追ってこないだろうからね」
「アタシはいいけど、アンタはどうするのよ。このままじゃアンタまでお尋ね者よ」
「僕なら平気だよ。なれっこだからね」
この前もお尋ね者になりかけたけれど、何とか乗り切った。スノウもいるしなんとかなるだろう。さしあたってゴメンナサイ、と謝るつもりだけど。
「アンタさ」
ブレンダの声が急にしっとりと濡れたような気がした。
「このまま、アタシと来る気はない?」
「えっ」
とっさに振り返ると、ブレンダは肩をぴたりと付けると、甘えるように寄りかかってきた。
「一人くらいなら何とかなるわ。ここってイヤな国よね。貴族はいばりかえっているし、どいつもこいつもずるくて、汚くてイヤな奴ばかり」
「……」
「シムドーラは自由な国よ。手柄さえ立てれば、平民だって貴族になれる。ちょっと暑いけれど、慣れれば平気よ」
「それもいいかもね」
確かに南の王国にも興味はある。珍しい国の珍しい食べ物や文化に触れてみたい、という気持ちはある。素敵な女の子との出会いもあるだろう。
「でしょう。だったら」
「けど、ゴメン」
僕はまだ、この国を全然知らない。外国に出るよりまずは自分の生まれた国を見て回りたい。
「そう」
ブレンダの声は全然がっかりって感じじゃなかった。
「ま、考えておいてね」
ブレンダは立ち上がると、先に戻っているわ、と船底へと下りて行った。
彼女の去って行った扉を見つめながらまだぬくもりの残っている肩をそっと撫でた。僕はほっと息を吐いて船の手すりに頭を預けた。
ひどく疲れた。体中に重たいのし掛かっていたような気がして、体が強ばっていたようだ。
ブレンダに言ったことはウソではない。でもそれが全部でもない。
親分さん……つまりブレンダのお父さんが死んだのには僕が関わっている。もちろん僕が殺したわけではない。死に追いやったのは、この国の法律であり、親分さんたち自身の罪だ。でも無関係とも言い切れない。
僕はどうすればいいんだろう。正直に打ち明けて、泣いてあやまればいいのだろうか。けれど、普通あやまるというのは間違ったことをしたからだ。では、僕がやったことは間違っていたのだろうか。気絶させた後で、親分さんたちを逃がせば良かったのだろうか。それとも、ウィルフレッド王子もミルヴィナも見捨てて知らん顔していれば良かったのだろうか。
わかっている。こいつは正解のない問題、というやつだ。物語のように全てが丸く収まる、なんてそうそうあるものじゃない。誰かが喜べば誰かが悲しむ。それでも自分が正しいと信じた道を選んで進むのがオトナというものだ。僕はアメント村の事件で学んだはずだ。
でもそれは理屈だ。現実にブレンダはお父さんを失い、悲しんでいる。その涙を前にすると、何を言っても全てが薄っぺらくなってしまう気がした。『贈り物』でも女の子の涙は止められない。
もしかしたら遠い将来、僕の隠し事を知る日が来るかも知れない。
その時、ブレンダはどうするだろう。父親のカタキ、と僕の命を狙うのだろうか。それとも全てを飲み込んで許してくれるだろうか。
確かめることは怖くて出来ず、口をつぐんだままブレンダの手助けをしている。このまま島まで彼女を送り届ければ、遠い異国へと旅立っていく。それを見送って、僕は何事もなかったかのように旅を続けるのだ。
卑怯者だな、と思う。やましいこと、どうにもならないことを頭をすくめてやり過ごす。
考えれば考えるほど、自分が嫌いになりそうだったので考えを打ち切り、スノウを抱えながら腰を上げた。
考えを止めること自体がもう卑怯者の証のような気がして、すがるように僕はスノウの体に顔を埋めた。甘い鳴き声が聞こえた。
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次回は12/6(木)午前0時頃に更新の予定です。




