誰がための…… その9
海賊たちは僕が急に現れたので目をお皿のように丸くしている。念のために見回してみたけれど、やはりトルネードのような海賊はいないようだ。残念。
「やあ、どうも。失礼します」
あいさつすると、返事の代わりに後ろの海賊がシミターで斬りかかってきた。
「乱暴だなあ」
僕はそいつをひょいとかわしながら足を伸ばす。僕の足につまずいた海賊は前のめりにずっこける。ぎらりと光るシミターが手を離れて、甲板の上を滑っていった。
「どうも。ところで、船長さんはどちらに」
「やっちまえ!」
返事の代わりに海賊たちが一斉におそいかかってきた。
僕はひょいとその場を飛び退くと同時に懐から黒い玉を取り出した。
ブレンダからもらったケムリ玉だ。船底にいる間に一個もらっておいたのだ。
えいやっ、と僕がいた場所めがけて投げつける。甲板に当たると同時に玉は破けて黒いケムリが勢いよく吹き出した。
「なんだこりゃ!」
「くそっ、前が見えねえ」
たちまちケムリは船の上を覆い尽くした。海賊たちの悲鳴と困惑の声が上がる。
その隙に僕はかくれんぼの『贈り物』で気づかれなくなると、海賊たちを気絶させていく。
「ちくしょう、どこだ。どこにいやがる」
「バカ、あぶねえだろ。振り回すんじゃねえ!」
夕暮れの海風がケムリを全て吹き飛ばす頃には、海賊たちは全員、船の上に倒れていた。ついでに船の中にいた海賊たちも倒していく。
ひい、ふう……全部で二十七人か。一応、船内の人は全員倒したはずだ。ストームなら百人以上は手下がいるけれど、よく考えたら、百人もいたらご飯だって大変だからね。第一、百人も乗れるような船でもなさそうだ。
とりあえずは、これで一安心だ。問題は、誰が『海犬』のヒューゴかわからないことだろうか。「もしもし」
らちがあかないのでその場に倒れていた人を起こしてみる。色の落ちたような茶髪に、赤ら顔でひげもじゃの男の人だ。気がつくと僕を見て、目をぱちぱちさせている。
「な、何者だ、テメエは」
「質問しているのは僕の方です」
その場に落ちていたシミターをわざと音を立てて床に突き刺す。
赤ら顔が真っ青になった。
「『海犬』のヒューゴは、誰ですか?」
「こ、ここにはいねえ」
茶髪の海賊は目を泳がせながら言った。
「いない?」
「船長は、あ、アジトだ。あの渦潮の化け物がいなくなったってんで、俺たちを様子見がてら商売に行かせたんだよ」
ヒューゴ親分はお留守番か。
「それじゃあ」
アジトの場所でも聞き出そうとした時、背後から大きな音がした。
振り返ると、海面から小石のように突き出た岩礁が『サイドワインダー号』を転ばそうとするかのように船底に引っかかっているのが見えた。
「バカ、何やってんだ! なんべんこの海を通ってんだい!」
「す、すいやせん!」
ジルさんの怒号とオーヴィルの謝罪がこちらまで聞こえてきた。
海賊船に気を取られて、岩礁に気づかなかったようだ。
『サイドワインダー号』は岩に引っかかった後も帆に吹き付ける風に押されて、ぐらぐらと船体をふらつかせる。キツネさんたちも必死に、マストや縁にしがみついている。
その横をブレンダの体が通り過ぎていく。女の子の軽い体は、木の葉のように吹き飛ばされ、船の手すりを乗り越えて、夕闇迫る海の底へと投げ出された。ブレンダは悲鳴を上げながら海へと落ちていく。水柱が上がった。
「ブレンダ!」
僕は虹の杖を掲げながら海賊船の上を走り、手すりを蹴り上げて宙へと躍り出た。
冷たくてしょっぱい海の中をもがくようにして泳いでいく。元々泳ぐのは得意だ。アップルガースでも近くの川で魚のようにもぐっていたものだ。けれど、服も鎧もマントも着ているせいで、全然進まない。
目がしみるのをこらえながらブレンダへと近づく。ブレンダは両腕を投げ出すように伸ばし、ゆっくりと沈んでいる。落ちたショックで気を失ってしまっているようだ。
僕は足をばたつかせてスピードを上げる。
あと十も数えれば手が届くという距離まで近づいて、僕はぎょっとした。
海の底からものすごい勢いで青黒いかたまりが迫ってくる。サメだ。白い歯をむき出しにしながら一直線に浮かび上がってくる。標的は、ブレンダだ。
海を舞台にした物語といえば必ずといっていいほど、サメや大ダコが出てくる。海に落ちた海賊を餌食にしたり、嵐の海に現れて、船にしがみついてくる。
でも、それはあくまで物語では、のはずだ。トルネードもストームも出ないのに、サメだけりちぎに出てこなくたっていいのに。
呼びかけようにも海の中では口から出るのは泡だけだ。ブレンダも未だ目を覚ます気配はない。力一杯手足を動かしても海の中ではサメの方が早いに決まっている。触れなければ『贈り物』も使えない。『麻痺』も水の中では、僕の方が感電しかねない。
サメは獲物を前に大口を開け、今にもブレンダをかみ砕こうとしている。
ああ、もう!
僕はいちかばちか、虹の杖を掲げ、心の中で魔法を唱える。
「『水流』」
杖の先端から吹き出した大量の水がサメめがけて流れていく。波となって押し寄せる水の壁がサメを横から叩き付ける。
不意を突かれ、身をよじりながら遠ざかっていった。
かと思うと目を光らせながら反転し、再びブレンダへと食らいつこうとする。
させるものか。
僕は『水流』で生み出した水を操り、ブレンダを僕の方に引き寄せる。腕を伸ばし、力なく漂う白い手を握ると、一気に僕の方に引き寄せた。まだ息はあるようだ。
ほっとする間もなく、サメは僕たちに向かって速度を上げた。二人まとめてのみこもうと、のこぎりのような歯を全開に広げている。
僕は左手でブレンダを抱え、右手で虹の杖を腰紐に差しながら心の中で呪文を唱える。
「『強化』」
力がみなぎるのを感じながら僕は右拳を固め、大きく振り上げた。
目一杯力をこめた拳がサメの鼻っ柱にめりこんだ。サメの体が壁にぶつかったかのようにぴたりと停止する。次の瞬間、やっと痛みを感じたかのように身もだえし出した。何度も体を左右に振り、のたうちまわりながらサメは身を翻し、海の彼方へと消えていった。
ほかにもサメや危険な海の生き物がいないかを確認しながら僕はブレンダを抱え、海面へと浮上した。
水しぶきを上げながら新鮮な空気を胸一杯に吸い込む。
「ブレンダ、大丈夫かい。ブレンダ」
頬を何度か叩くと、ううんと小さく唸った。
よかった。無事なようだ。気絶していた分、水を飲まずに済んだようだ。
「アンタたち、無事かい?」
頭上からジルさんの声がした。振り返ると『サイドワインダー号』がゆっくりと近づいてくるのが見えた。
その後、ロープで引き上げられ、僕とブレンダは無事に『サイドワインダー号』に戻ってきた。とりあえず僕は着ていた服を全部脱いで渡された毛布を羽織る。
「海賊はどうなりました?」
「逃げちまったよ」
ジルさんはいまいましそうに西の方を指さす。
「アンタが海に飛び込んだ後に一目散にね」
どうやら『贈り物』のかかりが浅かったようだ。西の海に目をこらしてみても船の影も形も見えない。
「仕方ありませんね」
ここで全員捕まえておきたかったけれど、やむを得ない。それに、ここで捕まえたとしても港へ引き返す時間はない。
「ブレンダの様子はどうですか?」
「ああ、命に別状はないよ。すぐに気がつくはずさ」
ブレンダは甲板の上で寝かされている。まだ意識は戻っていないようだ。
「そうですか」
「とりあえず、服を着替えさせるから」
僕はあわてて後ろを向いた。柄にもなくドキドキしてしまう。見ればオーヴィルたちも背を向けている。見た目よりも紳士のようだ。ちょっと見直した。いや、ジルさんが怖いだけかも。
「おい、待て!」
不意にキツネさんの大きな声がした。荒くれ者のような怖い顔でずかずかとブレンダに近づくと、胸のネックレスをひったくるように奪い取った。
「何をするんですか!」
「やっぱりか」
僕の抗議に構わず、キツネさんは銀色の彫り物を見ながら憎々しげに勝ち誇った顔をした。
「ハワード様、この娘、『鋼のフクロウ』の一味です」
高々と掲げたフクロウの目が夕日にきらりと反射した。
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次回は12/3(月)午前0時頃に更新の予定です。




