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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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誰がための…… その6

 翌朝は昨日とは打って変わって朝霧も深く、空も曇っていた。ジルさんたちが用意してくれた小舟は、港から離れた砂浜にあった。浅瀬で漁をするような木の舟だ。細長くて、人が二人か三人乗るのが精一杯、というところだろう。


 小さいけれどマストも付いている。触って布の張り具合を確かめる。古びてはいたけれど、丈夫そうだ。これなら問題なさそうだ。僕は両手で小舟を押した。砂の上を滑りながら海に入ると、小舟は機嫌良さそうに波間に揺られてぷかぷか浮かんでいる。水も漏れてはいない。


「今更聞くのもなんだけどさ」

 見送りに来ていたジルさんが心配そうに首をかしげる。


「アンタ、舟は動かせるのかい?」

「心配ありません」

 僕はどんと胸を張って言った。


「『海賊トルネード』はもう五回も読み返しているんです」


 トルネードことサマー・フリーは物語のはじまりで乗っていた漁船が海賊におそわれ、父親と仲間を殺されてしまう。ただ一人小舟に乗って生き延びたサマーだったけれど、大海原を漂ううちに嵐に巻き込まれてしまうのだ。何度もひっくり返りそうになりながらも必死に小舟を操りながら嵐の海を乗り切る。

 僕の好きな場面だったから文章もそらんじて言える。おかげで操縦の仕方もすっかり頭の中に入っている。


「アンタ、バカなのかい?」

「それもしょっちゅう言われますね」


 そりゃあ賢くないとは思うけれど、あまりバカだバカだと言われると本当にバカになってしまいそうだ。

 時間も惜しいので話を打ち切るべく、ひらりと小舟の上に飛び乗った。


「では、行ってきます」

「……死ぬんじゃないよ」


 ジルさんに見送られて僕は砂浜から沖へとこぎ出した。

 小舟が沖へと流れていくのを見計らって僕は帆を張り、帆を動かして沖へと乗り出す。

 短いけれど航海のはじまりだ。 


 スノウはブレンダと一緒に倉庫でお留守番をしている。危険な仕事だし、海風でせっかくの毛並みがべとべとしては大変だ。


 日差しもないせいか、どことなく海も元気がないように見える。鉛色の海の上をさざ波と白い泡が縞模様のように白色を編み込んでいる。


 ちゃぷちゃぷと音を立てながら小舟は沖へと進んでいく。時折『失せ物探し(サーチ)』で町のスノウの様子を確かめる。もちろん心配だから、という理由もあるけれど、もう一つ、方角を確かめるためでもある。


 霧は晴れてきたけれど、島とか港とかわかりやすい目標がないせいで、まっすぐ進んでいるのかわかりにくい。その上、潮のせいで油断すると右や左に流されている。そのためにも定期的に自分が今どこにいるのかを確かめる必要がある。決してスノウが心配だから、だけではない。


 どうにかこうにか沖に出る。僕の腹時計から察するにお昼も近い。


 魔物とやらもおなかを空かせているはずだ。『失せ物探し(サーチ)』で魔物の反応を探るのだけれど、どうもわかりにくい。魔物の正体がつかめないため、ニセイワシモドキやイシコロクラゲのような小さな魔物にも反応してしまう。


 それに海自体が『失せ物探し(サーチ)』に引っかかりにくくなっている。海の中の海藻や海底の地面に含まれる魔力が『失せ物探し(サーチ)』の魔力をかき消してしまうからだ。


 このあたりでいいかな。


 僕はカバンから革袋を取り出すと、封を開ける。ニワトリの生肉だ。昨日港の市場で買ってきた。わずかに血の臭いもする。革袋にロープを十字に巻いて、海に放り投げる。ぷくぷくと泡立ちながら革袋は海の底へと沈んでいく。


 何度も沈められたので、最近はこのあたりを大きな船は通っていない。つまりあいつは腹ぺこのはずだ。


 これでうまくすれば寄ってきてくれるだろう。

 そう思ったのにやってきたのはトビツノザメやヒトサライエビのような別の魔物ばかりだ。


 なかなか本命らしき魔物は現れない。こういうのは『外道』というんだっけ? 海の上に現れたところを仕留めたのはいいけれど、この小舟ではたくさん乗せたら沈んでしまう。


 仕方ないのでぷかぷか海に浮いたままにしていると、また別の魚や海の魔物が新鮮な血肉を求めてやってきた。

 きりがない。


 三十匹ほど倒し、うんざりして別の場所に移動しようとした。その時だった。


 急にさざ波が強くなった。そう気づいたときには波の高さは少しずつ大きくなり、小舟はゆっくりと確実に周り始めた。あわてて、帆を閉じるけれど、何の効果もなかった。涼しげな音がやがて荒々しい岩をも砕きかねない荒波の音へと変わっていった。


 僕は渦潮に飲み込まれつつあるのを悟った。


 木の葉のように揺さぶれる小舟の縁に手を掛けながら波の方を見つめる。僕が仕留めた魔物の亡骸は波間に見え隠れしながら力なく渦の中心へと流されていく。


 渦の中心に白い泡沫の間に黒い影が見えた。

 あれか。

 僕は虹の杖を掲げ『麻痺(パラライズ)』の電撃を放った。


 電撃が届くより早く、渦の間から一際高い波が上がった。膨大な水の流れに電撃は押し流され、海の底へと飲み込まれた。


 ダメか、と舌打ちする間もなくぐらぐらっと小舟が激しく揺れだした。潮の流れが一段と早くなっている。小舟は既に渦の真ん中あたりを回り続けている。僕は振り落とされまいとしゃがみ込み、縁をつかむ。まいった。このままだと反撃もできない。


 流されるまま潮の流れに身を任せていると、不意に渦の中心にぽっかりと赤い穴が空いた。穴の上下には何十本もの鋭く小さな歯が剣の墓場のように生えている。あれは口だ。魔物が大口を開けて僕を飲み込もうとしているんだ。


 渦の中心に僕が倒したトビツノザメが入り込んだ。かみ砕くなんてことはしない。海の水ごと丸呑みだ。続いてヒトサライエビや一つ目イカが口の中に飲まれていく。

 やっぱりだ。これで魔物の正体もはっきりした。


 『渦潮魔獣』カリュブディスだ。


 昨日、『瞬間移動(テレポート)』でグリゼルダさんにそれらしい魔物について聞いてきた。渦潮を起こす魔物について何匹か教えてもらったけれど、その中でも一番厄介な奴だ。


 巨大な口を持ち、大渦を起こして人でも魚でも飲み込んでしまう。そして飲み込まれると二度と出てこられない。くわしい生態や弱点もわからないことだらけだけれど、確実なのはこのままだと僕もあいつの腹の中ってことだ。


 さて、どうしよう。剣はもちろん届かない。魔法もさっきみたいに波で防がれる。渦潮はあいつの剣であり鎧でもあるのだ。


 一か八か、腹の中に飛び込むか? イヤ、ダメだ。あいつの腹の中がどうなっているかもわからない。下手をすれば胃液で一瞬で溶かされるってこともある。


 迷っているうちに小舟は渦の中心まで近づいていた。速度は上がっている。波しぶきが何度も僕の顔に当たって、息をするのも苦しい。あと三周もすれば、カリュブディスの口の中だ。ええい、ままよ。僕は右手で虹の杖をつかみ、左手で小舟の縁をつかむ。


 小舟が最後の渦を回った。すさまじい勢いで小舟は、カリュブディスの口へと飛び込んでいく。巨大な口が僕の眼前に広がる。魚の腐ったようなイヤな臭いになぶられながら僕は虹の杖を掲げた。


「『瞬間移動(テレポート)』!」


 次の瞬間、僕は小舟ごとカリュブディスの真上に来ていた。大口を開けて待っていた魔物は期待の獲物が食べられず、つんのめるように渦の中心から顔を覗かせる。

 僕は目をみはった。


 ぬめりけのある黒々とした皮膚に、顔の左右に付いた眠たげな瞳、顔の半分以上を占める口の上には巨大なひげが何本も生えている。一言で言うなら、大ナマズだ。


 これがカリュブディスの正体か。


 宙に浮かんだ小舟は一瞬、ぐらりと揺れたかと思うと急に加速を付けて魔物の頭上へと落下していく。僕は小舟を蹴ると、剣を抜き、雄叫びを上げて飛び込む。


 不意に左右から黒いムチのようなものがおそってきた。危険を察知したのだろう。カリュブディスのひげが僕をハエのように払い落とそうと迫って来る。大木とまではいかないけれど、それでも太さは若木ほどもある。こんなのに払われたら沖まで飛ばされてしまう。


 僕は体をひねりながら踊るように剣を振り回す。ランダルおじさんお手製の剣が波間にひらめき、切り落とされた黒いひげがふわりと渦潮の上に舞い上がる。その間をすり抜けるようにして僕は剣を真下へと向け、矢のように体ごとぶつかっていった。 


 青い血しぶきが上がった。重々しい感触が両手に伝わる。僕の剣はカリュブディスの眉間を深々と貫いていた。


 大ナマズは二度ほど震えるとぐらりとその巨体を揺らし、ゆっくりと崩れ落ちた。


 とたんに渦潮はぴたりと止まった。低くなっていた渦の中心に周囲から海の水が雪崩のように押し迫ってくるのが見えた。まずい。あれに飲み込まれたらおしまいだ。


 僕はカリュブディスの皮膚に足を踏ん張って剣を引っこ抜くと、周囲を見渡す。

 一緒に落下した小舟が、壊れもせず、黒い皮膚を滑り落ちていくのが見えた。


 すでに水しぶきが幕のように折り重なって行く手にたちはだかる。突き破るのはなんてことないけれど、これでは小舟に『瞬間移動(テレポート)』で飛び移れない。


 仕方なくカリュブディスの上を走りながら小舟を追いかける。小舟はすでに頭の上から落ちて海に滑り落ちる。激しい波間の上を心細げに揺られながらひっくり返りもせずに耐えている。もう少しで追いつこうかという時、どすん、と黒く長いものが僕と小舟の間に落ちてきた。


 さっき切り落とした、カリュブディスのひげだ。


「ジャマだよ!」


 毒づきながらひげの切れ端を更に細かく切り刻む。

 障害はなくなったけれど、小舟との距離はまた広がってしまった。


 黒い切れ端を蹴飛ばし、僕はカリュブディスの上を懸命に走った。


 その上から途方もない量の海水が壁となって落ちて来る。


 僕は更に速度を上げた。


 カリュブディスの頭を蹴って宙を舞う。海水の壁は崩れ落ち、ガレキのような重々しさで落ちてきている。何度も水しぶきを浴びながら小舟に手を掛ける。

 同時に虹の杖を掲げた。


 次の瞬間、ぐらぐらと揺れる。目の前に白い砂が、煙のように舞い上がる。『瞬間移動(テレポート)』した小舟が砂浜に着地していた。僕はほっと息を吐いた。寄せては返す波が、僕のひざやすねを濡らしていた。


 それだけではない。かろうじて海水に飲み込まれはしなかったけれど、僕は全身べとべとのびしょ濡れになっていた。


 早く帰って洗い流そう。いや、まずは服を乾かすのが先か。

 くしゃみが二回出た。


お読みいただき有り難うございました。

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次回は11/22(木)午前0時頃に更新の予定です。

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