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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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誰がための…… その5

 倉庫を出て、僕はスノウを肩に載せて港の方に向かった。


 港に近づくにつれて潮の香りが濃くなってくる。港町だけあってか、雑貨屋には見たこともないような民芸品が飾られている。魚料理のお店からは香ばしい匂いが漂ってくるし、にぎやかな声も活気があって心地よい。しばらくこうしていたいけれど、用事がある。


 船着き場沿いに歩いて行くと、がたいのいい人たちが荷物の積み卸しをしている。その側では鎧を着た衛兵たちが何人も鋭い目つきで見張っている。


 なるほど、こいつは厳しそうだ。


 船着き場の向かいには倉庫街になっているらしく、たくさんの木箱が列をなして運ばれていく。そいつを見ながら歩いて行くとやがてにぎやかな空気も静まり、船の姿も消えてさびしい雰囲気になってきた。周囲には扉の閉まった倉庫ばかりが並んでいる。白い漆喰で塗り固められて、壊すのは難しそうだ。盗まれたら大変だからがんじょうに作ってあるのだろう。


 そろそろ目的地も近いようだ。僕はスノウを抱え上げ、目の前に持ってくる。

「ゴメン、スノウ。君には話しておかないといけない」


 今回の作戦にはスノウの協力が重要になってくる。一番の難題、と言ってもいいだろう。だけど無理強いはできない。いくらブレンダのためとはいえ、親友のスノウを不愉快な目に合わせるのは僕もイヤだ。もし、どうしてもイヤだというなら別の作戦を考える。


「どうだろう、スノウ。君の考えを聞かせてくれないか」


 スノウは宝石のような目をぱっちりと瞬かせると、僕の手に鼻をこすりつける。そして僕の目を見ながら甘えた、かわいらしい声で鳴いた。


「ありがとう、君ならそう言ってくれると信じていたよ」

 スノウの許可も得た。あとは僕ががんばる番だ。


 そうこうしているうちに目的の場所にたどりついた。


 倉庫街の外れにある、小さな建物だ。看板も出ている。ここに間違いないようだ。造りこそ頑丈そうだけれど、漆喰も色あせた上に壁のあちこちに剥がれたりヒビが入っている。雨風にさらされてかなり痛んでいる。扉は木製だけれど、ちょうつがいもさびていて、ちょっと乱暴に開けたら外れてしまいそうだ。


「ごめんください」

 僕はあいさつをするとコードニー商会の扉を叩いた。


 返事はなかった。もう一度叩いた。しばし待つと扉の奥から人の気配が近づいてきた。

「どいつだ。金ならねえぞ……え?」


 勢いよく開け放たれた扉の奥から出てきたのは男の人だ。イノシシによく似ていた。

「やあ、どうもお久しぶりです」

 僕はつとめて笑顔で言った。


「その節はどうも。えーと、お名前なんでしたっけ?」

 イノシシさんは真っ青な顔で唇を魚のようにぱくぱくさせていた。


 マッキンタイヤーの町で出会った時より少しやつれた気がする。苦労しているのかな。でもスノウをさらおうだなんて卑劣極まりない罪を犯そうとしたのだから同情はしない。


「ど、どうしてお前がここに」

「ちょっとお願いがありまして。ああ、失礼しますね」


 イノシシさんは扉を閉めようとした。そうはさせまいと僕はブーツの先を扉の隙間に挟み込む。このやりとりもずいぶん上手くなった気がする。


 なおも食い止めようと、つかみかかってくるイノシシさんをかわして中に入る。


 目の前に木のカウンターがあって奥にイスとテーブルが二つずつ。花ビンも何もない。殺風景な感じだ。もうかっていないのかな。


 奥には大きな扉があってこちらは分厚そうだ。奥の倉庫に通じているのだろう。


「勝手に入ってくるんじゃねえ!」

「それはおかしいですね」

 僕は表の看板を指さした。


「ここは商会なんでしょう。僕はお客としてここに来たんです」

「テメエに売るものなんかねえ! 帰れ」

 イノシシさんは手で追い払う仕草をする。


「おい、どうした?」

「もしかして客か。まさかな」


 あくびをしながら商会に入ってきたのは、あの時イノシシさんと一緒にいた仲間だ。

「お、お前は、あの時の猫野郎!」

「まさか、ここまで金を奪い返そうと」


 僕の顔を見ると唇をわななかせて、顔を青ざめさせる。

「別に返せなんていいませんよ」


 スノウとの出会いと思い出はお金に換えられない。むしろ金貨百枚なら安いくらいだ。成り行きはどうあれ、イノシシさんたちがいなければ僕はスノウと出会えなかっただろう。


「そういえば、あの時のお金はどうしたんですか?」

「あれは、その。いや。もうねえよ!」

 イノシシさんが気まずそうな顔をする。使っちゃったのかな。


「どうしたんだい、オーヴィル」

 奥の大きな扉から出てきたのは、母さんと同じくらいの年の女性だった。袖のない上着に丈の短いズボン。薄着長い赤髪を無造作に束ね、日焼けした顔には化粧っ気というものはない。その代わりに太い眉だとか鷹のように鋭い目には、生き生きとした力強さにみちあふれていた。


「やあ、どうも。僕はリオ。旅の者です」

 ぺこりとあいさつする。


「私はジル。ここの会頭だよ。どうも」

 ジルさんがカウンター越しに手を伸ばしてきたので握手する。


 会頭というのは確か、商会で一番偉い役職だ。つまりこの人がコードニー商会の親分、らしい。

「実を言うとお願いがあってきました」

「お、いいね。どんな用だい。報酬次第でたいていのことなら引き受けるよ」


 と言いながら僕をテーブルへと案内する。どうやらお客さんだと思っているようだ。まあ、間違いではない。

「さ、言っておくれ。どんな用件だい」

 ジルさんは僕の向かいに座るとせかすように言った。


「ね、姐さん。こいつは……」

 イノシシさんことオーヴィルが何か言いかけたけれど、僕がにっこり微笑みかけると、口をつままれたみたいにおとなしくなった。


「何だい?」

「いえ、その」


「ぼさっとしてないで客に水でも持ってきな。気が利かないね」

 ジルさんに叱られてオーヴィルは倉庫の方に消えていった。

 ばたんと扉が閉まってから僕は口を開いた。


「確認なのですが、船はお持ちですか」

「ああ、あるよ」

 聞けば、小さな帆船を港に停泊させているという。


 よかった。やっぱりあの船に書いてあった名前は間違いじゃなかったんだ。


「実を言うとですね、ポルスウェイド島に行きたいんですよ」

「ふむ」

「そのためにですね、人を一人雇っていただきたいんです」


 僕はブレンダのことを話した。『鋼のフクロウ』の名前は出さず、訳ありの女の子がポルスウェイド島に行きたがっている、とだけ説明した。どんな船でも衛兵さんのチェックは免れない。でもブレンダを船員に化けさせれば、少しは衛兵さんたちの目もくらませるのではないか、と考えたのだ。


「はーん、そういうことかい」

 僕がおおまかな事情を話し終えると、ジルさんはイスの背もたれに背を預ける。自然とあごが上がって僕を見下ろすような顔つきになる。


「けど、お断りだね」

「お金ならお支払いしますよ」

「そういう問題じゃないんだよ、ボウヤ」


 ジルさんはテーブルに前のめりになるとすごんだ声を出す。

「見ての通り、こっちとら吹けば飛ぶような、しがない商会さ。けどね、それでも働いている奴もいるし、そいつらにも生活や家族だってあるんだ。アンタとそのお嬢ちゃんのために、そいつを全部ぶち壊すようなあぶない橋を渡れってのかい?」


 まるで炎でも吹きそうな勢いでまくし立てる。

 僕は後ろを振り返った。入ってきた扉が風に吹かれてみしみし音を立てている。


「ボウヤなんていませんよ」

 僕はなだめすかすような口調で言った。


「夢でも見ているんじゃありませんか?」

「ケンカ売ってんのかい!」

 ジルさんが僕の胸ぐらをつかんだ。


「商談に来たのは確かですが、売り物はケンカではありません」

 服がしわになるといけないので、ジルさんの手をひょいとはがす。ジルさんは不思議そうに自分の手と僕の服のしわを見比べていた。


「ご迷惑はお掛けしません。もしばれた時は僕におどされたとでも答えて下さって結構です」

 もし人質をとられたら、いいなりになったとしても誰が責められるだろうか。


「勘違いするんじゃないよ。アタシらは別に役人なんぞ怖かないんだ。その程度のリスクはいつも背負っているんだよ」

「では、何が問題なんですか?」


「魔物だよ」ジルさんは真剣な面持ちで言った。

「ちょうど、こことポルスウェイド島との航路に、魔物が出るようになったんだ」


 ジルさんによると、そいつは海の底から現れると、大きな渦潮を起こして船を沈めてしまうという。正体は不明。確実なのは、そいつに出くわすと沈められた船は残骸に変わり、海の底に引きずり込まれてしまう。


 沿岸沿いに大回りすれば、行けなくもないけれど、倍近い時間がかかるという。それではブレンダが乗りたい船には間に合わない。


「もう何隻も沈められているんだ。ウチのぼろ船なんて一発でおしゃかだよ」

 わかるだろ、とジルさんは顔色をうかがうように言った。


 なるほど。いくら儲かる仕事だといっても死んでしまえばそれまでだ。『金貨で心臓は動かない』とも言うからね。


「でも海の男が……いえ、海の人といえば、勇敢でどんな荒海にも挑んでいくものじゃないですか。それが魔物を怖がるだなんて」

「絵本の読み過ぎだよ。ジェントルマン」

 ジルさんは皮肉っぽい口調で口の端をゆがめる。


「海の者だからこそ、やばい海には出ないのさ。船板一枚の下は冥界につながっているんだ。警戒なんていくらしたってしすぎるもんじゃない」


 用心深いのは大事だ。冒険だってどんな困難が待ち受けているかわからないものだ。だからこそ一流の冒険者は準備に気を遣うのだ、と物語にも書いてあった。


「この町の領主様とか冒険者ギルドの方で、何か対策は打っているんですか?」

「二回ほど討伐隊が組まれたけどね」


 どっちもダメだったらしい。魔物の正体もつかめないまま船が沈められて、何人も海の底に沈んでしまった。


 冒険者ギルドでも討伐依頼は出しているそうだけれど、引き受けようとする人はいないそうだ。魔物退治のため、というと誰も船を貸してくれず、そもそも船を持っている冒険者自体が珍しい。今はもっと偉い貴族に応援を頼んでいるけれど、いつ到着するかは定かではない。


「生き残った奴の話だと、いきなり大きな渦潮が現れて船が飲み込まれたそうだ。渦潮の真ん中に黒い影を見たらしいけど、それがどんな魔物だったかまではわからないってさ」

 渦潮を起こす魔物か。どんな奴だろう。あとでグリゼルダさんに聞いてみようかな。


「そういうわけだ。だから船は」

「わかりました」僕は大きくうなずいた。


「僕がその魔物を退治してきます。もし成功したらポルスウェイド島まで船を出していただけますか」

 ジルさんは心底あわれむような目をした。

「あんた正気かい?」

「よく言われます」


 みんなして僕を頭のおかしな人呼ばわりするからなあ。最近ちょっと慣れてきているのが自分でもイヤになってくる。

「どうやって?」


「小舟でも港の沖くらいまでならいけますよね。そこで魔物が来るのを待ち構えて倒してきます」

 船を狙ってくるというからには、多少なりともおつむはあるはずだ。近づいて触れたらおにごっこの『贈り物(トリビュート)』で仕留められる。


「そこでご相談なのですが、小舟を貸していただけませんか? 魚釣りに使うような小さなものです。沖くらいまでならそれでも十分いけますよね」


 船で行けば楽なのだろうけど、万が一壊されたら大変だ。ここは小舟で十分だろう。

「アンタ、何をバカな」

 ジルさんが何か言いかけるより早く、僕はカバンから布袋を取り出して机の上に置いた。


 じゃらり、とお金のこすれる音がする。しばっていたひもをほどくと数枚の金貨が机の上を滑っていく。

「貸出料です」

 ジルさんから返事はなかった。金貨の輝きに目を奪われているようだった。


「では、明日またここにうかがいますので。それまでに小舟の準備をお願いします」

 僕は立ち上がった。明日に向けて準備をしないと。


「契約書はいらないのかい」扉のノブをつかむと背後からジルさんに呼び止められた。

「必要ありませんよ」僕は扉を開けながら振り返る。


「僕は約束は破りませんし、もしそちらが破ったらどうなるかはイノシシ……じゃなかった、オーヴィルさんがご存じかと思いますので」


 では、とあいさつして僕はコードニー商会を出た。

 

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次回は11/19(月)に更新の予定です。


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