誰がための…… その4
連れてこられたのは路地の奥にある小さな倉庫の中だった。小ぶりで、古びてはいるけれど、石造りで壁も分厚い。がんじょうそうだ。
当然、扉には大きな錠前が掛けられていた。ブレンダは自分の髪から髪飾りを引き抜くと鍵穴に差し込み、器用に開けてみせた。
倉庫の中には小さな木箱が置いてあるだけだった。しばらく使われていないらしく、床にはうっすらとホコリが積もっている。薄暗い中に天井近くにあるわずかな明かり取りの窓から細長い光が差し込んでいる。
「ここは、『鋼のフクロウ』が使っていた倉庫なの」
扉を閉めると、ブレンダが得意そうに説明してくれた。『鋼のフクロウ』はかつてこの町に拠点を持っていた。倉庫も借りて、荷物とか予備の武器なんかを置いていたそうだ。
「ほかの町にも置いていたんだけど、そっちは多分押さえられているでしょうね。ここは別の名前で借りていたから、もうしばらくは大丈夫だと思う」
「どうしてわざわざ別の名前で?」
「傭兵稼業ってそんなもんよ」
ブレンダは訳知り顔で言ったけれど、その声音はどこか淋しそうだった。
「依頼人に裏切られたり、味方していた方が負けたりして、拠点を追われることもしょっちゅうよ。当然、武器とか財産も全部没収されるわ。だから、溜めておいたお金を誰か信頼できる人に預けたり、別の名前で商売に回したりしているの」
用心のためか。傭兵の知恵、というやつだろう。大変なんだな。
でも、それも時間の問題、とブレンダは急に疲れたようにため息をついた。
「いずれはここも見つかる。どのみちこの国にアタシたちの居場所はないわ。だから生き残った家族を連れて外国に高飛びしようと思ったの」
でも一度に大勢移動させれば目立ってしまう。そのため、少人数に別れて少しずつ逃げることにした。最初は北の港町からシルベストル王国に逃がしていたらしい。すでに何人かを逃がすことにも成功した。けれど捕まった人から外国へ逃げるルートが漏れてしまい、やむなく別の方法で行くことになった。
北はもう押さえられているし、東の帝国には戻れない。西は遠すぎてムリ。となれば、南の港から逃げるしかない。ブレンダは残った『鋼のフクロウ』の家族を連れて、向かっていた。けれど南のルートも予想されていたらしく、すでに手が回っていたのだ。
途中の町で見つかってしまい、追われるうちにブレンダだけみんなとはぐれてしまった。
さまよい歩く間に路銀もつきてしまい、どうにかあの森までやってきたところで馬に乗った騎士を見かけた。騎士ならば金も持っているだろうし、うまくすれば通行証のようなものも手に入るかもしれない。
「それで騎士様をおそったわけか」
スタウト様を殿下付きの騎士と知って狙ったのではなく、ただの偶然だったようだ。
「どうでもいいでしょ、そんなこと」
騎士様に強盗を働くのがそんなこと、か。
それよりも、とブレンダが顔を引き締める。
「さっきも言ったけど、アタシを島まで連れて行って欲しいの。アタシたちを乗せてくれる船が島を出るのが三日後。ここから島まで二日はかかるわ。時間がないの。アンタならできるでしょう。なんたって『瞬間移動』が使えるんだから」
「ムリだよ」
僕はポルスウェイド島とやらには、一度も行っていない。行ったことのない場所には『瞬間移動』で飛べない。これが陸続きならば短距離の『瞬間移動』をめいっぱい使って行く方法もあっただろう。
でもあんな大きな海ではすぐに陸地も見えなくなって、自分の居場所さえわからなくなる。そんな状況で正確に飛び続けられるかどうか自信はない。下手をすれば同じ場所をぐるぐる回り続ける羽目になる。途中で休憩ができないのも問題だ。
「そんな」
僕が説明すると、ブレンダはまるで見せつけるかのようにがっくりとうなだれる。
「せっかくここまで来たっていうのに」
「そう落ち込むことはないよ」
僕は自信たっぷりって感じで胸を叩いてみせる。
「よかったら僕がそのその島まで連れて行ってあげるよ」
これも何かの縁だろう。
親分さんに光玉とケムリ玉の代金が銀貨一枚では足りない、と言われてしまった以上、不足分くらいは働かないと申し訳ない。
「本当に?」
「報酬はきちんといただくけどね」
と、冒険者ギルドの組合証を見せる。
僕と親分さんとの関わりを言うわけにはいかない。あくまで僕は一冒険者としてブレンダの依頼を受けるのだ。ギルドを通さない依頼はオススメはしないそうだけれど、絶対ダメでもない。
「いいわ。今はないけれど、島に行けばため込んだ金貨もあるから」
「お金じゃあないよ」
依頼を受けるのは、あくまで使ってしまった光玉とケムリ玉の代金の差し引き分のためだ。大金を受け取るつもりはない。かと言って何にも受け取られなければブレンダは怪しむだろう。ことわざにも『ワナは宝箱の中に潜んでいる』とある。
「それじゃあ、何よ」
しばし考えてから僕ははっと思いついた。
「質問なんだけれど、君が森の中で使った光玉とケムリ玉ってどこで手に入れたの?」
実を言うと前に使った時から欲しかったのだ。どちらも僕の『贈り物』と相性がいい。悪い奴らに囲まれても、光やケムリで目をくらませた間にかくれんぼの『贈り物』を使えば、勝手に遠くに逃げたと思い込んでくれるだろう。『贈り物』の存在もばれなくて済む。
でもどこで手に入れればいいかわからなかったし、道具屋に行ってもそれらしいのは売っていなかった。たまに似たような道具を見かけたけれど、光が小さかったり、ケムリがすぐに風で吹き飛ばされたり、と親分さんたちのものより使い勝手が悪かった。もし手に入るのなら僕の旅も楽になるだろう。
ブレンダは一瞬きょとんとした顔をした後、少しとまどいながら答えてくれた。
「あれならアタシが作ったのよ」
「作れるの?」
「材料さえあればね。簡単よ。子供でも作れるわ」
なるほど、親分さんたちの手作りだったのか。どおりで手に入らないわけだよ。
「じゃあ、話は簡単だ」
僕はぽん、と手を打つ。
「僕は君をポルスウェイド島まで連れて行く。その代わり、僕に光玉とケムリ玉の作り方を教えて欲しい」
「本当にそれでいいの?」
「うん」
「あとで追加料金とか言っても払わないわよ」
信用ないなあ。
「いいよ、それで。作り方も着いてから教えてくれたらいい」
「わかった。それじゃあ、契約といきましょうか」
「契約書でも書くの?」
「書いてもムダじゃない」
そう言いながらブレンダは挑発するように片頬を上げてみせる。
「だってアンタが破ったとしてもアタシは訴え出られないもの」
追われている身だからなあ。
「これでいきましょう」
と、ブレンダは伸ばした右手の小指を近づけてきた。
「指切り。簡単だけど一応、誓いの儀式ってことで」
「わかった」僕は右手の手袋を外した。
そして右手の小指をブレンダのそれと絡める。
ひんやりとしているけれど、柔らかい指の腹の感触にちょっとだけびっくりした。
「指切りげんまんウソついたら針千本のーます!」
お決まりの言葉と一緒に指を離す。
「約束だからね」
ブレンダは念押しするように離したばかりの小指を僕に見せつける。
「う、うん」
僕はどぎまぎしながらうなずいた。
僕がぼーっと自分の指を見ていると、スノウが僕の右手に飛び乗った。伸ばしたままの小指に鼻先を近づけたかと思うと急にかぷっ、とかみだした。
「いたっ!」
大丈夫だよ、スノウ。指切りなんかしなくっても僕たちの友情は永遠だから!
「それでどうやって島まで行くの?」
どうにかスノウをなだめると、タイミングを見計らったようにブレンダが聞いてきた。
彼女からすれば当然の疑問だろう。
「やっぱり船で行くのが一番いいと思うけど」
「絶対にムリよ」ブレンダは意地になった様子で反論する。
「ここを出る船は衛兵たちに調べられるのよ。すぐに見つかっちゃう。それとも密航でもするつもり?」
実を言えば真っ先に考えたのがそれだった。『贈り物』を使えば簡単だ。ポルスウェイド島行きの船に乗れば、寝ていたってたどり着ける。
でも僕とスノウだけならともかく、ブレンダが一緒となると難しい。僕の秘密を打ち明ける必要がある。仮に覚悟を決めて打ち明けたとしても、やはり現実的とは思えない。
だって、ねえ? 隠れ続けようと思ったらずっとブレンダと手をつながなくてはいけないんだよ? トイレにだって行きたいだろうし寝る時もご飯を食べる時もずっと手を握ったままだなんて、僕の心臓が耐えられそうにない。
「ちゃんと手は考えてあるよ」
僕はカバンから虹の杖を取り出し、心の中で『失せ物探し』を唱える。目的の人は見つかった。ひょっとしたらと思ったけれど僕は運がいい。
「ちょっと出かけてくるよ」
「どこ行くのよ」
「船を手配してくる。そいつに乗れば君も島まで安全に行けるはずだ」
「アタシも行く」
「追われているんだから君はここで待っててよ」
出歩いて衛兵さんと鉢合わせしたらそれこそ大変だ。
くれぐれも外に出ないよう言い含めて扉に手を掛けたところで僕は、はっと気づいた。
「もしかしたら衛兵さんたちがここにも調べに来るかもしれない。その時のために合言葉を決めておこう」
「合言葉って、どんなの?」
「そうだね」僕はしばし首をひねった。頭を絞り、名案にぽんと手を打つ。
「僕が扉を二回ノックする。そしたら君は『スノウは?』と聞く。そしたら僕は『世界一可愛い』と言う。それに続けて君は『ほかには?』と聞く。そしたら僕は『かしこくて心がきれいで最高の親友』と言う。そしたら扉を開けるんだ。いいね」
「そうね」ブレンダはなぜか冷めた目をした。「それがいいと思うわ」
合言葉は『猫』と『フクロウ』に決まった。
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次回は11/15(木)に更新の予定です。




