誰がための…… その3
ニューステッドは三方を山に囲われ、残りは海に面している。
外壁も人の背丈ほどしかない。
門を抜けて、下り坂になっている目抜き通りを歩きながら町を通り抜けて僕は港にやってきた。
そこには何隻もの帆船が繋がれていた。
丘からは細工物のようだった船は、見上げるほどに大きい。まるでお城の展覧会だ。さすがに帆はたたんでいるけれど、天高く伸びたマストは空を突き立てようとしているかのように立っている。
船と港の間には細長い板がしかれ、色黒で体格のいい人たちが大きな木箱やタルを担いで行ったり来たりしている。荷物の積み卸しをしているようだ。
「すごいなあ」
こういう光景を見ると、目の前の海が別の国につながっているのだと感じられてなんだかわくわくしてしまう。
「さて、のんびりもしていられないね」
僕はスノウを肩から下ろすと代わりに虹の杖を取り出す。ぎゅっと握りしめると、心臓がどきどきする。本音を言えばやりたくない。やりたくないのだけれど、これは僕にとって避けられないことだ。僕は今から『失せ物探し』でスノウの家族を探すつもりだ。
スノウは以前、この町にいた。だとしたら今のこの町のどこかにスノウの家族がいる可能性は十分にある。お父さんやお母さんが今もスノウを探しているかも知れない。
もし見つかったとしたら僕はどうすべきなのか。実を言えばまだ答えは見つかっていない。スノウと離ればなれになる、と考えただけで僕の心は張り裂けそうになる。親友のスノウと別れるのは辛い。いい年をして泣いてしまいそうだ。でも見つからないかも知れない。見つかっても離ればなれにならなくてもいいかも知れない。
知れない知れない。何もかも不確かなことばかりだ。ただわかっているのは確かめない限り、僕は今の不安からは解放されないってことだ。
足下のスノウは不思議そうに僕を見上げながら小首をかしげている。
僕は意を決して胸の中の雑念を振り払うように大声で叫んだ。
「『失せ物探し』!『猫妖精』」
その瞬間、世界がまっ暗に染まる。反応はなかった。
世界が光と音を取り戻した。
どうやらスノウの家族はこの町にはいないみたいだ。
どこかに探しに出かけたのだろうか。それとも魔法か何かで『失せ物探し』が効かないようにしているのだろうか。
それから町中を『瞬間移動』で飛び回ってみたけれど、それらしい猫は見当たらなかった。
僕はスノウを片手で抱きかかえると港沿いに歩く。
「ゴメンよ、どうやら君のお父さんもお母さんも見つからないみたいだ」
あやまるとスノウはにゃあ、と短く鳴いて僕の手に顔をこすりつける。
「ありがとう、君はいい子だね」
本当は会いたいだろうに。それどころか僕をなぐさめてくれるなんて、スノウは本当にいい子だな。
「君は、この町に住んでいたんじゃないのかい?」
スノウは首を振った。
「それじゃあ、どこから来たのかな」
スノウは鼻先を僕の指にこすりつけると顔を上げて、海の方を向いた。
「もしかして、君は海の向こうから来たのかな」
「にゃあ」
どうやら正解のようだ。どこかの港で遊んでいたかして、船に乗り込んだらそのまま出航してしまった、そんなところだろうか。それとも、猫妖精と知って誘拐しようとした奴らから逃げるために船に飛び乗った、とか。
「このまま船に乗ってよその国に行くのもいいかな」
まだ見ていないところはたくさんあるけれど、スノウが行きたいのならどこにだって行くつもりだ。
スノウは首を振ると、僕の人差し指を軽くかみだした。
「そうか」
行きたくないのなら別にいいんだ。もしかしたら追われているから帰りたくても帰れないのかも。
「行きたくなったらすぐに言うんだよ」
「にゃあ」
スノウは僕の腕から肩まで這い上がると僕の顔に頬ずりした。
柔らかくて暖かな毛の感触を確かめながら僕はほっとしていた。
まだ当分はスノウと離れずにすむ。でも手放しで喜ぶ気にはなれなかった。
ほっとした自分がたまらなく嫌いになりそうだったから。
「さて、これからどうしようかな」
重大な用事が終わってしまった。
冒険者ギルドに寄ってから宿でも探そうかな。
道行く人に場所を聞いて大通りを歩いていると、後ろから大きな声がした。
「おい、そこの子供、待て!」
僕は足を進める。
「おい、待てと言っているだろう! 止まれ」
僕は止まらない。
「お前だ、白いマントを付けた金髪の子供!」
どうやら探しているのは、僕によく似た格好の子のようだ。
「にゃあ?」
スノウが「いいの?」って感じで覗き込んでくるけれど、何も問題ない。僕はオトナだからね。
「止まれと言っているのが聞こえないのか」
鎧姿の衛兵さんが僕を追い抜いてとおせんぼするように立ちふさがった。どうやら目が悪いようだ。僕を子供と見間違えるくらいだ。
「お前に聞きたいことがある」
「なんでしょうか」
仕方がないので僕も足を止める。ちょうど酒場の前だ。
「このあたりで子供を見なかったか? お前より少し年上か同い年くらいで、黒髪を二つにしばった、女の子だ」
僕の脳裏に、森の中で出会った女の子の姿が浮かんだ。
「さあ?」僕は首をかしげた。よく似た女の子にはさっきであったばかりだけれど、僕より年上、となるとちょいと心当たりがない。
「その子がどうかしたんですか」
「反逆者だ」
衛兵さんはおどかすような口調で言った。
「恐れ多くもウィルフレッド殿下を殺めようとした大罪人の仲間だ。見つけ次第、捕まえる。場合によっては切り捨てても構わないとの命も出ている」
「物騒ですね」
いきなり捕まえもせずに殺害だなんて。
「本当に知らないんだな。隠してもためにならんぞ」
衛兵さんがすごんだ顔をする。
「僕はこの町に来たばかりですよ。どうして僕に」
「貴様を町のあちこちで見かけたという報告がそこらで上がっている」
さっき『猫妖精』を探していたところを見られていたらしい。
「で、どうなんだ?」
「そんな女の子は全く見かけていません」
僕はきっぱりと言った。
「そうか」
衛兵さんはすっと僕から離れると、「見かけたらすぐに知らせろ」と言い捨てて足早に去って行った。
「もういいよ」
衛兵さんたちがいなくなったのを見計らって声を掛ける。
酒場の横にあるタルの陰からひょっこりと黒髪の女の子が顔を出した。
「アンタ、気づいてたの?」
「こう見えてもかくれんぼとおにごっこは村一番なんだ」
そんなへたっぴな隠れ方では、五歳の僕にも勝てないだろう。
「僕はリオ。旅の者だよ。君は?」
「アタシはブレンダ」
僕が握手のために伸ばした手を取らず、彼女は自慢げに髪の毛をかき上げる。
「ねえ、アンタ。冒険者よね」
女の子はタルの後ろから出てくると手を後ろに組みながら、僕の顔を覗き込んでくる。その視線がほんの一瞬、冒険者ギルドの組合証に注がれたのを僕は見逃さなかった。
「アタシに雇われない?」
「何をするつもりなの」
いくらかわいい女の子の頼みでもできることとできないことがある。殺し屋のマネゴトならお断りだ。
「ポルスウェイド島に行きたいの」
そう言って女の子が指さしたのは、海のはるか水平線の向こう側だ。
「ここから船で南に二日くらい行くと、ポルスウェイド島って大きな島があるの。そこから南のシクドーラ王国に行きたいの」
ブレンダによると、ポルスウェイド島には南方の国々から船が貿易のためにいっぱい行き来しているらしい。そこからエインズワース王国全土に船で荷物を運んでいる。
言ってみれば島全体が大きな港のようなものだ。
「何が問題なの?」
行くだけなら普通に船に乗ればいい。
「見てたでしょ。アタシは追われているの」
「何をやったの?」
「なんにも」
ブレンダはうっとうしそうに首を振った。
「アタシが『鋼のフクロウ』の首領ウォーレンの娘ってだけよ」
僕は声を上げかけて、あわててのどの奥に押し込める。
この子が、あの親分さんの娘? 全然似ていない。
「お母さん似なのかな」
「似ているわよ、眉毛のところとか。ほら」
自分の眉毛を指さしながらむきになって反論してくる。
「というか、見たこともないのに似てないとか決めつけないでよ」
「あー、うん。そうだね」
もう会っている、とは言えなかった。
「でも、娘ってだけで」
「それで十分なんでしょ」
くやしそうに唇をかみしめると、首に提げたペンダントを引っ張り上げる。銀色の薄い板に、フクロウが剣をついばんでいる絵が刻まれている。『鋼のフクロウ』の団員証か何かのようだ。
「パパの形見よ」
昔、ワガママを言って親分さんことウォーレンさんからもらったらしい。
ブレンダは懐かしむようにフクロウの彫り物を指先でなでる。
「『鋼のフクロウ』は王子殿下のお命をねらった大罪人。その家族も同罪。実際、ここに来るまでに大勢捕まったわ」
「……」
「そりゃ、みんながやばいヤマでドジ踏んでしばり首になったのは仕方がないわ。アタシもあきらめている。でもさ、アタシ頭が悪いからわからないの。一体寝たきりのおばあさんやまだ自分の名前も言えないような歳の子にどんな罪があるっていうの? ねえ、教えてよ」
僕は返事ができなかった。
「ゴメン、アンタには関係ない話だったわね」
ブレンダは八つ当たりしてしまったと、申し訳なさそうに背を向けると路地の方を指さした。
「立ち話もなんだし、詳しい話はあっちでやりましょう」
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次回は11/12(月)に更新の予定です。




