誰がための…… その2
今回はちょっと短め。
僕はびっくりした。僕の脳裏に親分さんやネズミさんたちの顔がよぎった。
「もしかして知らなかったのか?」
「たった今知ったところです」
親分さんたち、そんなご大層な名前だったのか。
「ここだけの話だがな」
と、スタウト様は辺りをはばかるような口調になる。
「連中を使って殿下をおそわせた黒幕は伯爵のいとこの男爵なのだ」
「らしいですね」
いとこさんが伯爵を追い落とすために、スチュワート殿下を次の王様にしたい一派と手を組んだのだ。
「だが、男爵と伯爵は親類でな。それに、シルベストルとの手前、ウィルフレッド殿下もことを公にしたくなかった。本来ならば死刑のところを爵位の剥奪と領地の返上、修道院への追放で済ませたのだ」
修道院といっても色々ある。物語では不品行な貴族の子弟を閉じ込めておく、流刑地のようなところも出てくる。いとこさんが追放されたのもそういうところなのだろう。爵位の返上、とはつまり貴族でなくなった、ということだ。罪を考えれば、命があるだけでもめっけものだろう。
「もしかして、あの女の子がおそったのもおやぶ……その『鋼のフクロウ』の人たちを取り返そうとしたのでしょうか」
騎士様を人質にして、交換条件に仲間の釈放を持ちかける。物語でよくある話だ。全員はムリでもうまくいけば、家族だけでも取り返せるかも知れない。
「何を言っているんだ?」
スタウト様は不思議そうな顔をした。
「奴らは全員、しばり首になった決まっているじゃないか」
僕は一瞬、世界が真っ暗闇に包まれた気がした。
「それは、いつのことですか?」
「奴らを全員捕まえた翌日だ」
つまり、僕があの場を立ち去った次の日にはもう死刑になっていた、ということか。
「盗賊のふりをしていたが、あんな卑しい傭兵など中身は盗賊と変わらない。下手に生かしてべらべらと余計なことをしゃべられては、殿下の不名誉にもつながる。処刑については既に触れも出してあるからあの娘の耳にも入っているはずだ」
「……」
「そもそも殿下のお命を狙った時点で奴らの命運など決まっていたのだ。縛り首でもなまぬるいくらいだ」
「……」
「ああ、そういえば」
僕が何も言えずにいると、スタウト様ははっと思い出したように口を開いた。
「処刑される寸前、ウォーレンが妙なことを言っていたな。お前に伝えてくれ、と言っていた」
「僕にですか?」
どんな恨み言だろうか。不安とおびえで心臓が高鳴る。
「確か『こんなもんじゃ足りねえよ』だったな」
《えーと、さっき勝手に使ったケムリ玉と光玉の代金です。足りなければまた言ってください。その……弁償しますので……》
あの日、親分さんに言った言葉が頭の中によみがえる。てっきり気を失っていたと思っていたけれど、聞いていたのか。
「どういう意味かわかるか?」
「いいえ」
僕は首を振った。
「何の話だか僕にはさっぱりです」
「そうか」
スタウト様はそれ以上は追求してこなかった。
「それよりも」と、代わりに僕の腕をつかんだ。
「お前には一緒に来てもらおうか。殿下がお前に会いたがっておられる。王都で殿下が戻られるのを待つのだ」
「困りますよ」
僕はスタウト様の腕をすり抜けると、ぱっと飛び下がる。馬も無事だし、追撃も来ないところをみると、あの子もおそってくるつもりはなさそうだ。このまま放っておいても問題ないだろう。
「あ、こら」
「殿下にお伝えください」
僕はスノウを抱え上げると、ゆっくりと後ずさる。
「リオという男は遠くに行ってしまって、今どこにいるか全くさっぱりわからないと」
そう言い置いて僕は茂みの中に飛び込んだ。
それから何度か僕を呼ぶ声が聞こえたけれど、追いかけては来なかった。
元々王都に戻る途中だったからそちらを優先したのだろう。
ほっとしながらも用心のために少し離れた場所から街道に戻った。
景色はきれいだったけれど、ずっともやもやしたものが胸の中にくすぶっていた。
どうやら親分さんたちのしばり首が、自分で考えていた以上にショックだったみたいだ。
親分さんたちがやったのはもちろん良くないことだ。頼まれたとはいえ、ウィルフレッド殿下……この国の王子様をおそい、ミルヴィナ……よその国のお姫様を誘拐した。
僕は法律には詳しくないけれど、かなり重い罪のはずだ。何より、もし僕が助けなかったら二人とももっとひどい目にあっていただろう。罰は免れない。
罪と罰の結果がそういうことなら……僕が口出しする余地はどこにもない。でも、命令したいとこさんが助かって、命じられた親分さんたちがしばり首、というのはどうにも納得がいかない。不公平だ。
いとこさんが助かるのなら親分さんたちだって助かるはずだし、死刑になるのならいとこさんも同罪のはずだ。
別にいとこさんをしばり首にしたい訳じゃない。もしかしたら刑罰の差は、いとこさんが貴族で、親分さんたちが帝国から来た傭兵だからなのかも知れない。あるいは親戚だから伯爵が手心を加えた、という線もありそうだ。どちらにしてもえこひいきには変わりない。嫌な話だ。
納得がいかないままそんなことを考えながら街道を歩いていると、目の前に再び青い海が広がっていた。どうやら森を抜けたようだ。このまま丘を下れば、ニューステッドの町まで一直線だ。
「ちょっと寄り道しちゃったけれど、もうすぐ町だからね」
「にゃあ……」
僕が呼びかけるとスノウは返事の代わりに切なそうな声を上げる。僕の腕から肩の上に這い上がると、急にぺろぺろと僕の頬をなめ出した。
「どうしたんだい。僕のほっぺに何かついているのかな」
くすぐったかったのでわずかに顔をよじると、今度はなめるのを止めて頬ずりしてきた。気持ちいいのだけれど、楽しいとかうれしいのではなく、なぐさめられている気がした。
「僕は大丈夫だよ」
何度もういいよ、と言っても止めようとしないのでスノウを顔の前にまで持ってくる。
「ありがとう、君は優しいね。でもいいんだよ、僕は落ち込んでなんかいないんだから」
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次回は11/8(木)午前0時頃に更新の予定です。




