泥中の剣 その21
それから三日経った。フェリックスとオーソンにデニス、それと誘拐に荷担していた連中も全て捕まった。事件についても犯行を自供した。デニスの奥さんは誘拐自体には無関係だったけれど、闘技場でデニスさんを殴りつけた件で衛兵さんに捕まったそうだ。
ようやく、僕とアレクは無実を証明することができた。衛兵さんからは何の謝罪もなかった。勝手だな、と腹立たしかったけれど「役人なんてそんなものだ」とアレクは妙に悟った口調で言っていた。
コモンさんにも大変お世話になった。お礼を言いたかったのだけれど、いつの間にか町を出た後だった。別の町で患者さんが待っているらしい。忙しい人だ。またどこかで会えるといいのだけれど。
「本当に行ってしまうのね」
南へと向かう門の手前で名残惜しそうにしているのはクラリッサだ。
「元々長居するつもりもなかったからね」
「ねえ、良かったらこの町に住むつもりはない? あなたなら剣術教室を開いても十分食べていけると思うけど」
「君のところと商売敵になるつもりはないよ」
「もう私のところじゃないわ」
スティーブさんは弟子の不始末の責任を取って先生を辞めるそうだ。次の先生にはマークさんがなるらしい。アンガスさんや残った生徒さんもいるから何とかなるだろう。何よりリシルさんがいれば大丈夫だって気がする。
じゃあ、とクラリッサは僕の顔を覗き込みながら含み笑いを浮かべる。
「いっそアレクのところに婿入りするのはどう? アレクって一途っていうか、純情というか。それにね。実はお料理だって結構……」
「遠慮しておくよ」
僕に宿屋の主人が務まるとは思えない。
「それに僕はまだ一つの場所に落ち着くつもりはないんだ。行っていない場所は、まだまだたくさんあるからね」
もめごとに巻き込まれたせいで、滞在も長引いたけれど、そろそろ次の町に行ってみたい。何よりここの冒険者ギルドとはもう関わりたくない。
ギルド長からは無実の罪が晴れたのも自分たちのおかげだぞ、と色々恩着せがましい態度を取られた上に北の鉱山に棲み着いたいう一つ目巨人退治に参加しろと言われた。だからさっさと倒して、証拠として入れたくもないなきがらまでカバンの『裏地』に突っ込んで持って帰ってきた。そうしたら、ギルドの前でいかつい格好をした人たちが十人ばかり、ぽかんと顔をしていた。と思ったらギルド長をはじめみんな口々に僕を責め立てた。
「勝手に一人で行く奴があるか」
期限は明後日、なんて言うからてっきり「明後日までに倒してこい」と思ったのに。
「サイクロプス討伐なんてたった一人で行かせるわけないだろう」
聞いてないよ。討伐隊への参加なんて誰も一言も言わなかったじゃないか。聞かなかった僕も悪いけど。
「せっかくここまで来たのに無駄足かよ」
文句はわざわざ呼んだギルド長に言ってよ。
「お前みたいなガキがサイクロプスをたった一人で倒せるわけがない。一体どんな手を使ったんだ」
知るもんか。第一、僕はオトナだ。子供じゃあない。
「もういいよ、こいつはあげるから好きにすればいいさ」
あんまり腹が立ったからなきがらだけ置いて帰ってきてしまった。依頼料も受け取ってないけど欲しくもない。不愉快な思いをするくらいならただ働きの方がまだマシだ。
「ところでアレクはまだかな?」
昨日、宿を出て次の町に行くと言ったら色々引き留められたけれど、急にあわてた様子で「クラリッサのところに行ってくる」と出て行ってそれっきりだ。
そのクラリッサから「ここで待つように」言われているのだけれど、未だに来る気配はない。スノウもすっかり僕の肩の上でおねむだ。
結局、アレクは剣術を続けていくらしい。ただ、おじいさんの剣術教室を再興するのは一旦お預けにするそうだ。フェリックスとの戦いが自分の剣を見つめ直すきっかけになったのだろう。
それでいいと思う。アレク自身まだ成長途中なのだからまだ強くなれる。人に教えるのはそれからでも遅くはない。
「もう少しだから……あ、来た」
クラリッサが手を振る方角を振り返って僕は絶句してしまった。
やってきたのは間違いなくアレクだ。でも格好はいつもとまるで違っていた。白いドレス。胸には白バラのようなコサージュを付けている。かかとの高いクツ。よく見れば紅も差している。まるでお姫様だ。
「どうしたの、その格好」
「いや、その……」
アレクは真っ赤になりながら横を向いてしまう。
「お前には散々世話になってよ。その、何か礼がしたくって……でも何を贈っていいかも全然わかんねえし、その、やっぱ、オレにこんなの似合わねえよな」
「そんなことないよ」僕は言った。
「似合っているよ」
「え、マジで」
「うん」
着飾るのがどうして僕へのお礼になるのかはさっぱりわからないけれど、着たい服や好きな服を着ればいい。
「それじゃあ、僕はこれで。元気でね。ムチャしちゃダメだよ」
アレクにも会えたのでもうこの町でやり残したことは済んだ。
「あ……」
門をくぐる前に振り返ると、アレクも名残惜しそうに手を振っていた。町を出てもう一度振り返るとアレクは何故かがっくりと肩を落とし、クラリッサになぐさめられるようにしてとぼとぼと歩いて行くのが見えた。
「さて、それじゃあ次の町に出発だね」
「にゃあ」
僕たちは街道をゆっくりと進む。コーレインに来る時はぬかるんでいた道もすっかり固まって歩きやすい。
泥はもうどこにも見当たらなかった。
了
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次回、第11話「誰がための……」は11月1日(木)からはじまります。
間が開いてしまい、申し訳ありません。




