泥中の剣 その17
通されたのは剣術教室の練習場の奥にある、石畳の部屋だ。走り回れそうな程広くて、天井も高い。どうやら室内練習場らしい。石を積んだ壁にはたくさんの剣が飾られている。その前には練習生らしき人たちが七人、ものすごい目つきでにらんでいる。ずいぶん減ったな。
僕たちが部屋の真ん中で立っていると、やがて師範であるスティーブさんがやってきた。僕より頭二つ分は大きいだろう。白髪交じりの金髪に長いあごひげ、細い目に精悍な顔立ちはまるでワシのようだ。あまりクラリッサとは似ていない。
「貴様が狼藉者か」
低い声には怒りがこもっている。小さな子なら泣き出してしまいそうだ。
「誤解ですよ」
僕は大きく首を振る。
「僕は話し合いに来たんです」
「その結果がこれか?」
皮肉っぽく言った視線の先には、練習生たちが目を回して倒れている。確か二十人だ。
「へへっ、アンタのところの生徒もざまあねえな」
アレクのイヤミにスティーブさんの表情がますます険しくなる。
やっぱりアレクを連れてきたのは間違いだったようだ。
僕が訪問の目的と理由を告げて、なるべく穏便に穏便に済ませようとしたのに、挑発に乗ったり乗せたりしたせいで話をする間もなく、木剣を手にした練習生たちに取り囲まれて、このザマだ。
ちなみにアレクが倒したのは三人くらいで、あとは全部僕が倒した。もちろんケガはさせていない。
「とにかく僕たちは犯人を引き渡していただければそれで結構なんです」
「そう言われて素直に、『オーソン』を引き渡せると思うのか」
「あなた方で直接、衛兵さんに引き渡すというのならそれでも構いません」
「あいつには既に問いただした」
「それで?」
「全くの濡れ衣と申しておる」
「確かめればわかることなんですが」
僕は自分の手を指さした。
「まだ匂いがついているはずですよ、『グーズー』のね」
リシルさんを誘拐した時に嗅がせたのだから、犯人にも付いているはずだ。
「多分匂いをごまかすために香水か何か振り掛けていると思うんですよ。オーソンさんも最近そんなだったりしませんか」
スティーブさんは眉間のしわを険しくしながら押し黙った。心当たりがあるようだ。
「多分お聞きになられていたかと思うんですけど、リシルさんを誘拐したのはオーソンさんたちの仕業ですよ。ほら、今度優勝した人が騎士に取り立てられるという話でしたから。それがねたましいとかそんなところではないかと」
「あやつはそんな男ではない!」
スティーブさんは壁から剣をつかむと、鞘を抜き払った。刃がぎらりと光る。
「あやつとマークは親友同士であった。受勲の話も我が事のように喜んでおった。そやつがそのような卑劣なマネをするなど」
「ですから、それを確かめたくてお会いしたいと何度も」
「言うな!」
スティーブさんは雄叫びを上げて走り寄ってきた。まるで石畳を蹴り砕こうかという勢いだ。
かわそうかとも思ったけれど、僕はあえて剣を抜き、真正面から受け止める。重い手応えが手の内に響いた。スティーブさんの顔に動揺が走った。たとえ切れなくても体重の乗った突進で僕を弾き飛ばそうとしたようだけれど、僕がちいとも動かなかったのでおどろいているようだ。
「貴様のデタラメにつきあわせるつもりはない」
「言ったでしょう。『グースー』の匂いが証拠だと」
「匂いなどどうとでもなる! それにマークの女房を移動させるなどあやつにはムリだ」
「できますよ」
僕は体を半身にしてスティーブさんをかわすと背後に回り込み、その首筋に刃を当てる。
「衛兵さんに化けさせればね」
まずオーソンたち犯人一味はリシルさんを誘拐して、物置小屋に閉じ込める。そのまま決勝直前に手紙を渡して、わざと負けさせる。これが本来の筋書きだった。
でも犯人たちは欲をかいた。アレクが疑惑の残る形で決勝まで勝ち進んだ。
うまくいけば、自分たちの犯行もアレクの仕業にできるかも知れない。アレクが本当に卑怯なマネをしたかどうかは問題ではなかった。
それにオーソンたちには動機もあった。アレクに仕返しがしたかったのだ。
ここで問題になるのがどうやってアレクに誘拐の罪をなすりつけるか、だ。
アレクは控え室からほとんど移動していない。付き添いの僕もだ。物置小屋からリシルさんが発見されたからといって、アレクの犯行にはならない。
そこでオーソンたちは発想を変えた。ならばリシルさんを移動させればいい。アレクしか犯人がいない場所にだ。それが突き当たりの部屋だ。
でも問題があった。一回戦以降、控え室前の通路には見張りの衛兵さんが常に立っている。普通に運ぼうとすれば絶対に見つかってしまう。
ここでまたしてもオーソンたちは発想を変えた。衛兵が増えているのならあと数人増えたところで気づかれないだろう。
まず犯人たちは衛兵の鎧をリシルさんに着せる。そして自身も衛兵の格好をする。そしてリシルさんを前後左右で挟むようにしてひとかたまりになって運ぶ。見張っていた本物の衛兵たちも狭い通路でほんの一瞬通り過ぎただけではわからなかったのだろう。
突き当たりの部屋に付いたら鎧を脱がせ、ほかの予備の鎧と一緒に荷物に紛れ込ませる。あとはさもたった今、リシルさんを発見したように装えばいい。ついでに決勝戦で空っぽになっているアレクの控え室にリシルさんから奪った髪飾りを転がしておけば完璧だ。
「妄想だ!」
スティーブさんは振り向きざまに僕に斬りかかってきた。僕はあわてて飛び下がった。
危ないなあ。あやうく首筋を切ってしまうところだったじゃないか。
「本当ですよ。リシルさんから直接聞きましたから。鎧のがちゃがちゃいう音とか、あと『お前がうんこ漏らせ』って」
スティーブさんが呆気にとられた顔をする。
「いや、言ったのは僕じゃないですよ。アレクの決勝戦の時にですね。そんな汚いヤジを飛ばしている人がいたんですよ。僕も聞きました。ちょうどあれは決勝戦が始まる前です。つまり、リシルさんが運ばれたのは決勝戦の直前。その時にはアレクは舞台の上にいました。僕もすぐ脇で観戦していました。運べませんよ」
「黙れ!」
スティーブさんは剣を振り上げながら力任せに斬りかかってくる。速いけれど、まるっきりやけくそだ。体格もいいし腕っぷしも強いから威力はあるけれど、コーネルに比べたらカミナリどころか小雨のようなものだ。
きっとスティーブさんにとってはかわいがっていた弟子なのだろう。裏切られて辛いのも理解できる。でも、僕には僕の立場というものがある。
「でしたら証拠もお見せしましょうか」
横から剣を打ち払うとそのまま水飴のようにスティーブさんの剣に巻き付ける。そのままくるくると三回転させて、握っていた柄が手のひらから離れたところで一気に上に引き上げる。一瞬遅れてスティーブさんの剣も宙を舞い、僕の背後に突き刺さった。
なおもつかみかかろうとするスティーブさんを切っ先で制すると、僕は懐から紙を取り出す。冒険者ギルドの依頼票だ。
「大会に向けた臨時の衛兵の募集です。ギルドでは七人ほど応募があったそうです。そのうちの五人がここの剣術教室の方でした」
この町の剣士は腕試しのために冒険者ギルドに登録している。ギルドに頼んで誰が依頼を受けたのか教えてもらった。これでまたギルドに借りができてしまった。
「そのうちの一人がオーソンさん。この剣術教室の三席でフェリックスのお兄さんです」
フェリックスはアレクに負けて大会本戦に出場できなくなった。その敵討ちの意味もあったのだろう。
「し、しかし、それだけでは」
「元々衛兵が募集されたのは」
スティーブさんが反論しかけているところだけれど、僕は続ける。
「井戸の水を飲んでおなかを壊したからです。井戸に雨水が入り込んだのが原因だと言われていましたが、本当は毒が盛られていたんです。これです」
と、僕が取り出したのは小さなビンだ。
「コモンさん……お医者様に頼んで毒の成分を割り出してもらいました。で、つい先日、町の薬屋でこの毒を買った人がいることもわかりました。ええ、オーソンさんです。魔物退治の際に使うとのは話でしたが、ここ最近、魔物退治を引き受けた記録はないそうなんですよ」
スティーブさんはがっくりとうなだれる。
「ワシが間違っていたのか……。剣術の道を志し、雨の日も風の日も修行に励み……」
「あの、そういうのはまた今度にお願いします」
僕はスティーブさんの反省が聞きたいのではない。
「それで、オーソンさんはどこに」
「た、大変です!」
駆け込んできたのは生徒らしき男の子だった。顔をくしゃくしゃにしながら、涙混じりの声で言った。
「フェリックスさんとオーソンさんが、お嬢様をムリヤリ連れ去って、外へ……」
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次回は10/11(木)午前0時頃の予定です。




