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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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泥中の剣 その16

 お礼を言って僕はマークさんたちの家を出た。

 勇気ある証言のおかげで真犯人の動きも見えてきた。


 問題は誰がやったか、だ。

 それがつかめない限り、アレクの容疑は晴れない。


 物語なんかだと、こういう場合、事件の起きた現場を主人公が探すと新たな証拠が見つかるものだ。先人に倣い、僕もリシルさんが見つかった闘技場の控え室に戻る。


 闘技場の控え室へと至る道は閉じられ、カギもかかっていた。『瞬間移動テレポート』でリシルさんが発見された部屋へと移動する。 


 部屋の中は荷物でいっぱいだった。ここも物置になっているようだ。棚にはよくわからない袋やら小箱が置いてある。手前にも大きな木箱がうすだかく積み上げられている。部屋の作り自体は僕たちのいた控え室とあまり変わらないようだ。


 木箱の手前には足跡でいっぱいになっていた。ここも掃除はしていないらしく、床にはうっすら白いホコリが積もっていた。足跡もたくさん付いているけれど、とても乱れていて誰が誰の足跡か、区別できそうにない。あれだけの人数が一度に入れば当然か。


「さて、おかしな点は……と」

 犯人が先に入ったのなら何かしらの証拠があるはずだ。僕は適当に物置の中をあさってみる。


「おや?」

 四つ積まれた木箱の上から二番目には鎧が入っていた。衛兵さんと同じもののようだ。カブトに手甲、すね当て、面頬に下に着込む鎖帷子まで収まっている。


 どうもつい最近使われたもののようだ。僕は思いきって匂いを嗅いでみた。甘い臭いがした。この匂いって確かついさっき……。


 だいたいのことはわかってきた。


 僕の予想が確かなら、こいつは計画的な犯行だ。それでいて、行き当たりばったりでもある。

 犯人もある程度は絞り込めるけれど、誰が首謀者かまでは難しい。これ、という証拠があればいいんだけれど。


「誰かいるのか?」

 後ろから声を掛けられた。


 振り返ると、黒ずくめにとんがりマスクのコモンさんが立っていた。

 コモンさんは僕の横を通り過ぎ、物置の中を見回す。

「誰もいねえな。逃げた後か?」


 開けっ放しの木箱を見下ろしながら不思議そうに首をかしげる。『贈り物(トリビュート)』を使っておいて良かった。


「まあいい、泥棒になんぞ関わり合うのは二度とゴメンだ」

 コモンさんはぶつくさとつぶやきながら去って行く。

 僕は、はたとひらめいた。


「待ってください」

 控え室前の廊下を通り、闘技場の外に出たところで声を掛ける。

「なんでえ、お前か」

 コモンさんはほっとした様子で胸をなで下ろした。


「びっくりさせんな。こっちとら、生まれついての小心者なんだよ。顔見りゃわかんだろうが」

 悪いけれど冗談につきあっているヒマはない。


「コモンさんは、どうしてここに?」

 大会が終わってケガ人もいなくなって、もう帰ったと思っていた。


「忘れ物だよ」コモンさんは肩をすくめた。「お役御免だってんで、帰ろうとしたら忘れ物したのに気づいてな。そいつを取りに来たところだよ」

「なんですか?」

「これだよ」


 コモンさんが取り出したのは、茶色の小さなビンだった。半分ほどの液体がビンの中で波打っている。

「眠り薬さ」

「それを忘れたんですか?」

「これは注文したやつだ」


 面倒くさそうに言って闘技場の柱にもたれかかる。

「闘技場の保管庫に置いてあった眠り薬が、どこぞのバカに盗まれてな。仕方なしに自前のを貸してやったら領主のアホが『そのままゆずってくれ』とぬかしやがった」


 コモンさんが強く抗議した結果、領主様から「別のを注文させる」という約束を取り付けた。そうしたら今度はコモンさんが、約束を忘れてそのまま町を出てしまったらしい。隣町に着く直前になって気づいてあわてて戻ってきたという。


「おまけに肝心の注文品は、前のより一段も二段も劣るシロモノと来てやがる。あの、くされ領主、全身の骨折って担ぎ込まれろ。気絶するほど痛くして治してやる」

 物騒なのか優しいのかよくわからない。


「盗まれたのはいつですか?」

「例の大会の日だとよ」

 コモンさんは腕組みしたまま言った。


「トサカ頭の兄ちゃんを治療している間にやられたらしい。ひげ面の衛兵の話じゃあ、誘拐の時に使われたって話だ」


「盗まれた薬ってどんなのかわかりますか」

「あたぼうよ」

 コモンさんは胸を張る。


「盗まれたのは『グースー』って薬でな。甘い匂いがするんだよ。こいつの匂いを嗅ぐとすぐに眠くなっちまう。その分効果は短い。半日どころか、四分の一ももたねえな」


「ほかには何か?」

「そうだな」コモンさんは首をかしげた「匂いが残るんだよ」

「匂い、ですか?」


「薬の効果は短いんだが、匂いはずーっと残るんだよ。風呂に入ってもなかなか落ちやしねえ。半月は残るんじゃねえかな」

「なるほど」

 これならいけるかも知れない。


「あの日、ほかに何か見ていませんか? 怪しい人物というか、出場者以外の知らない顔の人とか」

「知るわけねえだろ」コモンさんはどうでもいいとばかりにそっぽを向いた。


「こっちだってこの町に来たばかりで、誰が誰かなんて見分けがつくもんか」

 そうだよなあ。


「ただ、衛兵の話じゃあ、あの日は臨時雇いの衛兵が多かったって話だな。人手不足で、予選落ちしたのや、冒険者が雇われていたらしい」


「どうしてですか?」

「長雨で井戸に水が入り込んで、腹を下したのが大勢出たんだとよ」


 コモンさんに案内されて僕は闘技場の井戸まで来た。井戸は木の板で打ち付けられ、使えなくなっていた。僕は剣で板を引っぺがし、井戸の水を汲んで一口飲む。


 すぐさま水を吐き出した。かすかに舌のしびれを感じた。

「おい、大丈夫か」

「ええ」僕はうなずいた。「問題大ありです」


 頭の中でばらばらだった木組みが一つの形に組み上がっていく。


「なるほど、そういうことか」

 僕はだいたいのことがわかった。


 僕はその足でウェリントン剣術教室の前に来た。ここに犯人もいる。野良牛さんたち衛兵さんもまだ僕たちを疑っているようだから、きっと安心しきっているだろう。


 今度は正々堂々真正面から乗り込むつもりだ。犯人たちを『贈り物(トリビュート)』で捕まえてから衛兵に引き渡そうかとも考えたけれど、ここは正攻法で行くことにした。


 アレクには何も言っていない。言えば絶対、一緒に乗り込むと言い出しかねない。ここにも僕とスノウと二人でやってきた。はずなのに。


「どうして君もここに?」

 壁の陰からひょっこりと顔を出したアレクを見てため息をつく。


「決まっているだろ、犯人をとっちめに行くためだよ」


 どうやらアレクは、リシルさんの誘拐をウェリントン剣術教室の誰かが犯人だと疑っていたらしい。それで何かぼろを出さないかと、ヒマを見ては隠れて様子をうかがっていたのだという。


「呆れたなあ」

 ただでさえ疑われているのにそんなマネをしたら余計に怪しまれるじゃないか。


「こいつはオレに売られたケンカだからな」

 アレクは急に顔を引き締める。

「オレがやらねえと気が済まねえんだよ」


 決意は固いようだ。仕方がない。

「言っておくけれど、ケンカしに来たわけじゃないからね」


 犯人が素直に罪を認めて自首するのならそれでいい。そこだけは誤解されると困る。

「へいへい」

 本当にわかっているのかなあ。


 時間も惜しいので、僕は気を引き締め、大きく息を吸い込んだ。

「たのもう!」


お読みいただきありがとうございます。


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次回は10/8(月)午前0時頃の予定です。

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