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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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泥中の剣 その14


 翌朝、『蓮華亭』を出ると僕は事件の関係者に直接話を聞いてみることにした。教会に立ち寄った後、剣術教室の近くにあるデニスさんの家を訪れる。僕の顔を見るなり、デニスさんはイヤそうな顔をした。どうやら僕を覚えているようだ。頭にはまだ包帯が巻いてある。


「少しお話をお聞きしたいのですが」

 手ぶらではまずいと思ったのでお土産のブドウを買ってきて麻袋に入れてある。


「帰ってくれ」

 不快感をあらわにして扉を止めようとする。その前にブーツの先を挟んでおいたので閉じられずに済んだ。


「お願いします。大変お辛い思いをされたのは理解できます。ただ、僕たちにも事情というものがありまして」

「帰れっつってんだろ!」


 腕を伸ばし、僕を突き飛ばそうとする。僕は体を開いてかわした。勢い余って前のめりになるデニスさんの横をすり抜けて家の中に入る。小さな家だ。入ってすぐに台所とリビングがあって、テーブルとイスが二脚、奥に二階へ上がる階段が見える。


「おじゃまします」


 家の中は散らかっていた。床はホコリだらけだし、服もイスにかけっぱなしだし、パンくずの付いた食器も流しの中に起きっぱなしだ。水瓶も空っぽだ。よく見ればデニスさんの着ている服も試合当日はこざっぱりしていたのに今は服もしわが寄っている。


「勝手に入るんじゃねえよ」


 デニスさんがまた僕を追い出そうと今度は立てかけてあった木の棒で殴りかかってきた。仕方ない。僕も実力行使に出ることにした。


 木の棒をひょいとかわすと、横から棒を取り上げる。同時に足払いをしてイスに座らせる。びっくりして大きく開けた口にブドウの実を一個放り投げた。


「どうです、甘いでしょう。それ」

 デニスさんはまだ目をぱちくりさせている。


「食べたからにはお話を聞かせていただけますよね」

 テーブルを挟み、向かいのイスに座った。


「話すことなんて何もねえよ」

 デニスさんは帰って欲しそうにしていたけれど、僕が取り上げた木の棒を横目で見やると、ふてくされた顔でそっぽを向く。もしかして、ブドウは好きじゃなかったのかな。


「あの時、控え室に恋人さんが来ていたそうですね」

「それがどうした」


「いえ、もし悪漢が来た時に鉢合わせしたらきっと恋人さんも危なかったんだろうなと」

「そうだな……」

 感慨深そうにうなずく。


「恋人さんは今はどこに?」

「この町にはいない」

 デニスさんはうつむきながら心配そうな顔をする。


「俺がおそわれたのがショックだったらしくてな。しばらくよその町で静養することにしたそうだ。だか、あれ以来会ってねえ」

「控え室の内側からカギを掛けたのは、デニスさんですね」

「……そうだ」


 犯人が僕のように『瞬間移動(テレポート)』できるようなマジックアイテムを持っていなければ、可能な人は限られる。内側にいたのはデニスさんだけだ。ならばカギを掛けたのもデニスさんだろう。悪漢に殴られたデニスさんは最後の力を振り絞って外へ押しだし、内側からカギを掛ける。


「しかし、それだと妙なんですよね」

「はあ? 何がだよ」

 デニスさんの声がわずかにうわずっている。


「コモンさん……お医者様の話だと、殴られてすぐに気絶してしまったと。それだったら、どうやってカギを掛けたのかと」

「それは、あれだよ」

 汗をかきながら上目遣いになった。何とか言葉をひねり出そうとしているようだ。


「あの時は殴られたショックで頭が混乱していたんだよ。殴られて、カギを掛けて、それから気を失ったんだ」

「なるほど」

 それならつじつまが合う。


「殴ったのは、あなたの『奥さん』ですね」

 デニスさんは目をみはった。ここに来る前に教会で結婚の記録を調べていたのだ。結婚式は教会で挙げるものだからね。この町で誰と誰が結婚したか、調べることもできた。寄付を求められたけれど。


 それによると、デニスさんは二年前にこの町の女性と結婚している。

 でもデニスさんは女性好きで結婚後も浮気を繰り返していた。


「控え室に来ていたのは、あなたの恋人。つまり浮気相手です。ところが、本当は来るはずのない奥さんが控え室に来て、あなたと恋人との……その、浮気現場を目撃してしまった」


 怒った奥さんは手に持っていたメイスで恋人さんを殴ろうとした。それをかばおうとしたデニスさんが代わりに殴られた。恋人さんはそのまま逃亡。奥さんも後を追いかけてその場を立ち去った。


 二人が消えた後、デニスさんは内側からカギを掛け、そこで気を失った。戻ってくるのを恐れたためだ。


「寝言は寝てから言え!」

 デニスさんはかんしゃくを起こした様子で立ち上がった。


「一体、何の証拠があって……」

「凶器のメイス」デニスさんの言葉を途中で遮りながら言った。


「あなたの奥さんは、あれを届けに来たのではありませんか? 僕たちと一緒に闘技場入りした時にはあなたは、持ってきていなかった」

「……」


「それに、この家は散らかり放題で、奥さんも恋人さんもここ最近、来た様子がない。ケガ人のあなたを放っておいて」


 デニスさんは青白い顔でもう一度イスに腰掛けた。座り直した、というより魂を抜かれて立てなくなったという表現の方がぴったり来る座り方だった。


「奥さんはどこに?」

「……実家にいる」


「そうですか」

 僕は持ってきたブドウを持ってきた木皿ごとデニスさんの前に置いた。


「とりあえず、衛兵さんに説明してください。僕からのお願いは以上です」

「いや、それは……」

「イヤならそれでも構いません。僕の手で『犯人』を突き出すまでです」


 剣術教室で聞けば一人くらいは、奥さんの実家も知っているだろう。

「待てよ、いや、待ってくれ」

 デニスさんがうろたえた様子ですがりついてきた。


「ノーラはまだ気持ちが落ち着いていないんだ」

「別に詳しく話せとは言いません。何ならウソだって構いません。ただ、僕とアレクが無関係だと証言していただければ、あとはお任せいたします」


 デニスさんと奥さんが離婚するのか、あるいは恋人さんと縁を切るのかは僕には関係ないし興味もない。好きな方を選べばいい。


「いや、けど……」

 僕はデニスさんの胸ぐらをつかんで引き寄せる。


「あなたたちの痴話げんかに僕たちを巻き込まないでください」

 デニスさんは今度こそ糸が切れたように不格好な仕草で床に座り込んだ。


「では、僕はこれで。あ、ブドウ食べてくださいね。美味しかったでしょう?」

 にっこり笑いながら僕は扉を閉めて外に出た。


 アンガスさんの家は丘に上がる大通り沿いの小さな小屋だった。数年前に奥さんを亡くして以来ずっと一人暮らしだそうだ。


「やあ、すまなかったな」

 僕が訪れた理由を告げると、申し訳なさそうに頭をかいた。


「俺は別にお前たちに毒を盛られたなんて思っちゃいない。けれど、あのチーズが腐っていたとも思えないんだ」


 買った時はできたてだったそうだ。買ったお店も十年来のなじみで、おなかを壊すようなものをお客に出すようないい加減なお店ではないという。


 でもコモンさんによれば腹痛の原因がチーズにあるのは間違いない。

「とすれば、考えられるのはどこかで誰かがすり替えたか……」


 アンガスさんのチーズ好きは有名だそうだ。買うお店も決まっているのだから、隙を見てすり替えるのは難しくないだろう。問題は誰がやったかだ。


「心当たりも……まあ、ないことはないが、少なくとも犯人とは考えづらいな」

 買ってきたのは大会の前日で食べたのがその日の朝。すり替えるとしたら夜に寝ている間、だろうか。


「わざわざ誰かが夜中に忍び込んで来れば気がつくさ。こう見えても目覚めはいい方でな」

「はあ」


 とはいえアンガスさんの言い分もうのみにできない。たまたま気づかなかっただけかも知れないし、侵入者が僕のようなかくれんぼの名人だったかも知れない。


「チーズはどこに置いてあったんですか」

「そこだ」


 と、指さしたのは、台所の流し台の横にある水屋だ。木製のタンスで、引き戸になっている。チーズは一番上の棚に革袋に入れて置いてあったという。ネズミも入らないので安心なのだそうだ。

「失礼しますね」


 許可を得て、開けさせてもらう。薄暗い空間に大きなお皿だけが乗っかっている。

「いつもそこにチーズを載せているんだ」


 顔を突っ込んでためつすがめつ見る。特に変わった点はなかった。匂いも嗅いでみる。僕は顔をしかめた。

「ちょっとかび臭くありませんか?」

「いや、そんなはずは」


 僕と入れ替わりにアンガスさんが棚に顔を押し込む。顔を離したアンガスさんは、信じられない、という顔をした。

「本当だ」


「つまりここに置いておいたからチーズがかびてしまったのではありませんか」

「確かに、いや。でも待て」

 アンガスさんは聞き分けのない子供のように首を振る。


「この水屋は親父の代からずっと使っていて、昔っからごちそうとか大事な食い物はここに入れておくようにしていたんだ。それが」


 そんな前から使っていたらあちこちガタが来てもおかしくはない。僕の家だって母さんが来る前から建っていたから時々雨漏りとかもしていた。

 待てよ。


「ちょっと失礼しますね」

 僕はもう一度水屋の棚に顔を突っ込むと同時に棚の奥や天井を指の腹で撫でる。ひんやりと濡れた感触がする。見ただけではわかりにくいけれど、確かに湿気ている。


 どうやら天井部と奥の隙間あたりが一番濡れているようだ。

「この家って雨漏りとかしますか?」

「たまにな」アンガスさんは少しうんざりした口調で言った。


「けれど、水屋のあたりには水が漏ったことなんてなかったぞ。この前の大雨だって」

「でしたら確かめてみましょう」

 

 一度外に出ると家の裏側に出る。何もない土壁の向こうが件の水屋だ。

 カバンから虹の杖を取り出し、屋根の上に向かって高々と叫ぶ。


「『水流(アクア)』」

 僕の意志に応じて杖から放射線状に水がほとばしる。一度空に上がった水は日の光を虹色に照り返しながら屋根の上へと降り注ぐ。本物の雨のようにざあざあと音を立てながら壁をしたたり落ちる。


「おや」

 百ほど数えた頃だろうか。それまで真っ白だった土壁がじんわりと、灰色にしみ出したのだ。

「ちょっと来てくれ」

 家の中からアンガスさんの声がした。駆けつけると、水屋の中を指さした。


「ほほう」

 僕が覗き込むと、水屋の奥から一滴一滴と水が漏れ出していた。水滴は木目に沿うようにして棚の中を流れ落ち、黒いシミを作っていた。


「なるほど」

 長い年月を経るうちに強い雨を受けると、雨水が壁から水屋にしみこみ、棚の中にまで入り込んでいたのだ。しかも大会の数日前まで大雨が何日も降り続いていた。きっと棚の中はじめじめと湿気ていただろう。カビはじめじめが大好物だ。雨が止んでも水屋の中のじめじめは残り続けていたのだろう。チーズを一晩でカビを生やすくらいに。


 直接雨が当たっていればアンガスさんも気づいただろうけど、棚の中は薄暗いから気づかなかったのだろう。

「ほう、こりゃたまげた」

 アンガスさんは感心したように棚の中を覗き込んでいる。


「とりあえず、今見たものをお手数ですが、衛兵さんに伝えていただけますか。それと、壁と水屋の修理をおすすめします」

 僕はアンガスさんに金貨を何枚か握らせる。


「それだけあれば十分でしょう」

 アンガスさんは何故か困ったような顔をした。


「これ、もしかしてワイロじゃあ……」

「違います」


 自分に有利な証言をしてもらうためにお金や見返りを渡すのならワイロだろう。でもアンガスさんは関係なしに証言してくれるのだし、修理代はほんの気持ちだ。お金だって僕が冒険者ギルドの依頼をこなして稼いだ。だから断じてワイロではない。不正な部分なんてどこにもない。


「では、僕はこれで。くれぐれもよろしくお願いします。あ、もし余ってもおつりは結構ですから」

 

次回は10/1(月)午前0時頃の予定です。

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