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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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泥中の剣 その13

「とっとと出て行きやがれ!」

 さっきとまったく同じことを言われた。言ったのはアレクではなかった。


「何回来ても同じだ。オメエに話すことなんざ、何もねえんだよ。ここはケガ人の来るところだ。健康体はとっとと外に出て働け、アホンダラ」


 口調からして怒っているのだろうけど、仮面に隠れて表情はうかがい知ることはできない。格好から察するにコルウスさんやコラックスさんの知り合いだと思うのだけれど。


 闘技場の医務室は存外に狭かった。入り口のすぐ側に小さな机とイス、書物、奥には六つのベッドが並んでいる。奥の部屋に続く小さな扉があって大きな錠前がかかっている。薬置き場とかそんなのだろうか。


「お願いします。どうかお話を聞かせてください」僕は深々と頭を下げた。

「僕たちの名誉がかかっているんです」

「知るかってんだ。消えろ消えろ」


 お医者様は面倒くさそうに僕を外へ追い出そうとする。これまでもおとなしく引き下がったけれど、今回はそうはいかない。アレクとの約束もある。今日という今日こそ話を聞かせてもらう。


「くそ、出て行けっての!」

 僕がどうしても出て行かないので、両手で僕の肩を押しながら体重を思い切り前に掛けている。でも僕はぴくりとも動かない。がんばっているからね。


「そこを何とか、お願いします。すぐ終わりますから」

「そういう奴が本当に話を切り上げた試しはねえんだよ」

 そうなのか。


「だいたい、テメエの名前も名乗らねえ奴に話すこたあ何もねえ」

 あれ、そうだっけ? そういえばいつもけんもほろろに追い出されるのでまともに名乗っていない気がする。


「僕はリオ。旅の者です。その……コルウスさんとコラックスさんとも知り合いで」

「リオ?」お医者様は手をどけると、体を屈めながら僕の顔を覗き込む。


「もしかしてお前。オーメロッドのマドリガル騒ぎの……」

「そうです、それそれ」

 僕はぽんと手を打つ。


「その時にコルウスさんとコラックスさんには大変お世話になりまして。ですから、その……怪しい者ではなくてですね」


「ちっ」お医者様は面倒くさそうに舌打ちすると、急に肩をがっくりと落とした。帽子の上から頭をかくと扉を開けて僕を招き入れる仕草をした。

「さっさと済ませろ」


 僕はお医者様と向かい合って座った。

「えーと」

「コモンだ」

 お医者様はコートの下から金属製の紋章を取り出した。


「商売は知っての通り医者だ。『レイヴンズ』の『外科』に所属している」

 僕は首をかしげた。


「あの、『レイヴンズ』って何ですか?」

「そこからかよ」

 うんざりした様子で天を仰いだ。


「『レイヴンズ』ってのはだな、要するに医者の集団だよ」


 コモンさんによると、『レイヴンズ』というのは百年ほど前から活動しているお医者様の組織なのだそうだ。ザガリアス帝国に本部を持ち、大陸各地を回りながら貧しい人や難病で苦しむ人たちを看て回っているという。『レイヴンズ』は各国の王様や皇帝とも約定を結んでいて、お医者様には関所や国境も自由に移動することができる。


 彼等は日々、医者としての修行を積んでいる。一口に病気と言っても色々な病気がある。体の中や外、目や鼻、口といった病気になった体の部分毎でも治療法が異なる。『レイヴンズ』ではそうした病気の研究もしている。


「魔法や薬で治せる病気なんてのはごくわずかだ」

 ケガや毒なんかは回復魔法で治せるけれど、生まれつきの病気なんかは治せない。少しでも多くの病気に苦しむ人たちを助けるために各地を回ったり病気を研究しているのだという。


 一人前と認められたお医者様は本部に残って病気の研究をしたり、大陸各地に散らばって病気の治療に当たる。


「世界には病気や病人があふれかえっている。ところが医者に治せるのはほんの一握りだ。医者の数も全然足りねえ。時間も薬も何にも足りてねえ。現場じゃあどこもみんないっぱいいっぱいのところを綱渡りみたいなペースでやっているってのに、本部のアホンダラときたら。何が剣術大会だ。テメエからケガしにいく奴の気が知れねえな」


 コモンさんは忙しくて患者さんも大勢いるのに、剣術大会のためにムリヤリ派遣されたのがものすごく気に入らないらしい。最初っから攻撃的だったのもそのせいだろう。


「そんな風に怒ってばかりいたら嫌われませんか?」

「嫌え嫌え死ぬほど嫌え」

 捨て鉢のような口調で言った。


「二度とこいつと顔合わせたくねえ、と思えばケガするようなマネもしねえだろ。度胸試しに自分からゴブリンの巣穴に突っ込むとかな」

「はあ」


「健康のありがたみなんてのはな、病気やケガをしねえとわからねえんだよ。そうと気づいたときには手遅れってことも珍しくねえ。だから普段から心がけなくちゃいけねえってのに、どいつもこいつも」


 たまっているなあ。

「あの、そろそろ」

 僕でよければグチくらいは聞いてもいいけれど、今日来た理由は別にある。


「わかっているよ」コモンさんは居住まいを正すと、くちばしを撫でる。

「まずは、お前が助けたデニスの件だな」


 コモンさんによると、デニスさんは正面から殴られていたらしい。傷口の様子から見て凶器は現場に転がっていたメイスで間違いないそうだ。翌日には意識を取り戻し、今は自宅で静養している。

「本人が言うには、試合に向かおうとしたところで、黒ずくめの奴がいきなり控え室に入ってきたらしい。「お前がデニスか?」と聞かれたからとっさに「そうだ」って答えたらぶん殴られたそうだ。一発で気を失って、詳しいことは何にもわかんねえ、だとよ」


「凶器のメイスは?」

「ありゃ元々デニスのものだ」

「剣術大会なのに?」


「事前に登録さえしておけば別の武器を使うことも許されていたんだよ。多分、相手によって武器を変えるつもりだったんだろ?」

 おそらくマークさん対策だろう。盾の上からでも殴りつけられれば衝撃は来る。


「その怪しい人を見た人は?」

「誰も」コモンさんは首を振った。


「本人が言うには、精神集中のために一人になっていた、ってことになっている」

「というと?」

 コモンさんはふてくされた様子で自分の首のあたりを指さした。

「首筋にキスマーク付けて精神集中か?」


 僕は顔が赤くなった。きっと試合前にその、まあ、その、あれだよ。仲良くなっていたんだよ。ほら、物語でもあるじゃないか。大事な戦いの前にキスする恋人同士とかさ。


「それじゃあ、その恋人さんは、犯人とは会っていないんですか」

 僕は咳払いして気持ちを整える。


「取り巻きどもの話では、会場には来ていたらしいが、その時は席を外していたらしい。詳しいところはわからん」


 興味がない、と言いたげな口調だ。実際、治療には直接関係ないから突っ込んでは聞いていないのだろう。僕は質問を変えることにした。


「もし、僕が血止めをしなければどうなっていましたか?」

「死んでいたかもな」さらりと言った。


「軽いが結構な堅さがあるからな。打ち所が悪ければ、本当に死んでいたかもしれん」

 必要なことはだいたい聞けたので、次に僕はアンガスさんの件で聞いてみた。


「毒の疑いがあるってんで、一応あいつの便を調べてみた」

 汚い話だけれど、コモンさんにイヤそうな雰囲気はなかった。医者の本分をこなしているだけ、という高い意識があるからだろうか。


「結論から言えば、毒はない。ただの腹下しだ」

「なあんだ」

 それじゃあ僕たちは無関係じゃないか。人騒がせだなあ。


「原因はおそらくチーズだな。腐っていたんだろう。カビも見つけた」

 チーズが大好物なんだろうか。


「しかし、それだと妙なんだよな」

「何がですか?」

「本人はカビなんか生えてなかった、と言っている」


 カビたチーズを食べたのに本人は食べてないと言っている。どういうことだろうか。


「チーズは本人が試合の前日に買ってきた物らしい。本人曰くなじみの店らしくて十年以上も買い続けているが、腹を下したことは一度もないそうだ。あの日は自分で家から持ってきて、控え室に置いておいたらしい。ただ、控え室は出入りが多くて誰がいつ来たかわからないそうだ。あいつ自身も試合やトイレで席を外しているからな」


「つまり」

「誰かが意図的にすりかえた可能性もあるってことだ」


 その後も二、三聞いてみたけれど目新しい事実はなかった。

 次に僕はリシルさんの件で聞いてみた。


「健康には問題ない。眠り薬を嗅がされて眠らされただけだ。目立ったケガもない。後遺症もないようなので、すぐにお帰りいただいた」


 リシルさんについてはそれ以上のことは知らないという。一度、身体に異常がないか使いの人に様子を見に行かせたそうだけれど、血色も良くなって調子を取り戻しつつあったそうだ。


「ありがとうございます。あとは僕が直接聞いてみます」

「そうか、がんばれよ」

 言葉とは裏腹に口調は気が抜けているというか、励ますつもりはなさそうだった。


「ただ……」

「何ですか?」

「誘拐の件でひどくおびえてしまってな。家からも出してもらえないそうだ。この前も衛兵が話を聞きに言ったそうだが、追い返されたらしい。話を聞くのも難しいかもしれねえぞ」


 さもありなん、と思ったけれど、僕は奇妙な言い回しが気になった。

「出してもらえない、ですか?」

「怖がっているのは、旦那の方さ」

 コモンさんは困ったな、と言いたげに帽子に手を当てた。


「今も女房殿の側をぴったりと離れないってよ。女房孝行なこって」

 気持ちはわからなくもない。僕だってスノウに何かあったら同じような行動を取るだろう。


「では僕はこれで。どうもご協力ありがとうございました」

 退出しようとして僕は肝心なことをまだ聞いていないことに気づいた。


「あの一つ確認なのですか」僕はコモンさんのてっぺんからつま先までを見つめる。

「その格好は……」

「ああ、これか」コモンさんは手袋をつけたままの手で頬を撫でる。


「どうも昔っから肌が弱くってな。日差しを浴びるとじんましんが出るんだよ」

「でも、ここは室内ですよ?」


「いちいち着替えるのも面倒だからな。それに」

 足を組み替え、ふふん自慢げに鼻を鳴らした。


「この格好、なかなか似合っているだろ?」


 僕は返事ができなかった。

 

次回は9/27(木)の午前0時頃に更新の予定です。

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