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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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泥中の剣 その7

 白い砂を敷き詰めた訓練場には大勢の人が稽古をしていた。ひい、ふう、みぃ……百人以上はいるんじゃないだろうか。みんな木剣を持って素振りをしたり、柱に棒を叩き付けたり、試合をしたりと大賑わいだ。かけ声もものすごい。これが全部生徒とか門下生というやつなのだろうか。


 僕は今、クラリッサのお父さんが作ったというウェリントン剣術教室に来ていた。


 丘を切り崩して作ったとおぼしき広場には石造りの建物が切り立った崖に沿って建っている。その前には半円状の広場になっていて、そこが訓練場だ。


 本戦出場者は全部で八人。そのうちこの剣術教室に通っている人が三人もいる。相手の手の内を知っておくのも戦法のうちだ。決して卑怯でもなんでもない。僕はアレクと戦うかも知れない人たちを探りに来たのだ。


 物語なんかだと剣術修行とか言って、正面から乗り込み、門下生たちをばったばったと倒して実力を探るのだけれど、そんなマネをすれば反感を買うだけだし僕も目立ちたくはない。何より僕には『贈り物(トリビュート)』がある。


「たのもうー」

 威勢のいい声を上げても聞いているのは僕の肩に乗っているスノウだけだ。


 出場者はすぐに見つかった。顔は知らなかったけれど、周りの人たちが「がんばれ」とか「負けるなよ」とか励ましてくれたおかげだ。


 一人目はアンガスさんといって、一・二フート【約一九二センチ】もありそうな大男だ。筋骨隆々で、今も上半身裸で重そうな木剣を振り回している。つるつるの頭にはちまきを巻いて、今も一度に三人を相手にしている。しかも逆に相手を圧倒している。


 大きな体格を生かして重い一撃を相手の間合いの外から叩き付けている。力任せな戦い方だけれど、構え方とか足の動きなんかを見れば、きちんと基礎を学んでいるのがわかる。道場では四席なのだそうだ。


 二人目はデニスさんといって派手な髪型の人だ。金色の髪を逆立て、その上まだらに黒く染めている。戦っているというのに切れ長の目を光らせ、口元は楽しそうに緩ませている。剣士というよりは道化か役者でも似合いそうな感じだ。


 でも剣の実力は確かなようで、大小二本の剣を操り、自分より大きな人を翻弄している。長さの違う剣を使うことで、相手に間合いをつかませないようにしているようだ。筋も悪くない。


 どちらもアレクより一枚も二枚も上手だ。普通に戦ったらまず勝てないだろう。だからといって砂を引っかけたり水を吹きかけたら勝てるかどうかは疑問だけど。


「さて、マークさんというのは……あれか」


 僕の視線の先では、二十四、五歳くらいの中肉中背の男性が、試合をしている。長く伸ばした赤髪を首の後ろで縛り、涼しげな目元や高い鼻や引き締まった口元は、まるでお話に出てくる騎士様のようだ。


 確かこの教室のお弟子さんの中で一番強い人だ。

 体格はアンガスさんの方が大きいけれど、その分がっしり引き締まってムダなものがない。


 片手剣と円形の盾を使っている。どちらも練習用らしく、あちこち傷だらけだ。


 対戦相手も同い年くらいだろう。少しやせているけれど、こちらは金髪碧眼で、やや紳士的な美男子だ。細身の長剣でマークさんの間合いの外から攻め立てている。


 周りの人たちも二人の試合に声援を送っている。


「やれ、マークに勝てばお前が一席だぞ」

「がんばれ、三席の意地を見せてやれ」


 一番目と三番目のお弟子さんの試合か。それで盛り上がっているんだな。

 確かに試合は互角なように見える。どちらも隙を作れずに、打ち合いを続けている。


 でも試合が続くにつれて次第にマークさんの方が優勢になってきた。三席の人は長い間合いを生かし切れず、逆に懐に飛び込まれるケースが多くなってきた。


 決着はあっさりとついた。マークさんに飛び込まれたと見るや、三席の人はあわてて飛び下がった。その時につまずいてしりもちをついてしまったのだ。


 目の前に木剣を突きつけられ、三席の人は降参した。

「参った、また強くなったな」 

「お前もな」マークさんは手を伸ばし、三席の人を立ち上がらせる。


「絶対に勝てよ、お前なら絶対に優勝できる」

「おいおい、もう勝った気でいるのかよ」

 アンガスさんとデニスさんが近づいてきた。


「悪いけど、優勝はオレっちに決まりなんだわ。ミリナちゃんに優勝するって約束しちゃったもんでね」

「今度は領主様のところの侍女か」

 マークさんが呆れた様子で言った。


「ほどほどにしとけ。あんまり嫁さんを泣かせるなよ」

「オレっちは博愛主義でね」デニスさんはおどけた様子で口笛を吹いた。


「向こうから寄ってくるんだから仕方ないだろ。何なら紹介してやってもいいけど」

「間に合っている」マークさんは首を振った。


「本戦前にリシルに殺されたくない」

 どっと笑いが起こった。


 和気藹々とした雰囲気の中、だいたいの実力もつかめたので僕は剣術教室を後にした。


 夕方、『蓮華亭』に戻った僕はアレクに正直な所感を伝える。

「このままだと、大会で優勝するのはムリかなあ」


 あの後、ほかの本戦出場者の試合も見てきたけれど、みんな強い人ばかりだ。少なくともアレクより一枚も二枚も上手だ。特にあのマークさんは三枚くらい上なんじゃないかと思う。まともにやりあえばまず勝てない。


「あきらめんなよ、オイ」

 アレクが僕の胸ぐらをつかんだ。


「頼むよ。そんなこと言わないでさ。こっちだって必死なんだぜ。何かないのかよ。手っ取り早く強くなる方法とかさ」

「そんなものがあったら苦労はしないよ」


 仮にあったとしてもやるつもりはない。そういうのは大抵良くない方法と相場が決まっている。地道な努力が一番だ。


「とりあえず、本戦に出る人たちの練習は見てきたから。明日からはそれで対策を練ろうか。実際に戦ってみれば勝機もつかめるかも知れない」

 可能性は低いだろうけど、何もしないよりはマシだろう。


 本当は一回戦の対戦相手とか、確実に当たるであろう人たちに絞りたいところだけれど、誰と戦うかは前日に領主様がくじ引きで決めるそうだ。発表されるのは試合当日の朝になる。


「ちょっと待てよ。もしかして、あいつらの動きもマネできるってのか? 一回見ただけで?」

「ああ、それね」


 びっくりした様子のアレクに向かって、僕は首をすくめる。

「言っておくけど髪型まではマネできないし、しないから」

 僕はあんなニワトリみたいな髪型はゴメンだ。


 次の日の夕方、アレクはへとへとになるまで頑張って宿舎の壁に汗まみれになってもたれかかっている。

「そんなところで寝ていると風邪引くよ。今日はここまでにしようか」


 アレクは返事の代わりに恨めしそうに僕を見上げる。

「お前、盾もすげえんだな……」

「ああ、これね」


 僕の左手には木でできた丸い盾が握られている。対マークさん用にと盾を使った練習もしたのだけれど、僕に一本も打ち込めなかったのがショックだったらしい。

「普段は使わないんだけどね。まあ、見よう見まねってやつかな」


 ジェフおじさんも使わないけれど、子供の頃から使っていた人がいたので使い方はなんとなくわかる。実際に練習をしたこともある。盾のことはよくわからないけれど、『太陽の聖騎士』なんて言われていたそうだから、やはり上手な方なのだろう。


「お前、何者だよ」

「ただの旅人だよ」


「お前が出れば、優勝間違いなしだろ」

「僕は出るつもりはないよ」

 第一、出場資格もない。十人抜きもしていない。


「なあ」アレクが顔を上げた。ためらいがちに口を開いた。

「どうしてオレに力を貸してくれるんだ」

 僕はがっくりした。


「君が自分で頼んだんじゃないか。頭まで下げて」

「いや、そうじゃなくってさ」

 アレクがもどかしげに首を振る。


「オレの評判知っているだろ? この町じゃ卑怯者の嫌われ者だ。お前だってオレの戦いは見ただろ」

「行儀は良くなかったね」


 フェリックスとの戦いを言っているのだろう。確かに口の中に入れた食べ物を吹き出すなんて礼儀知らずにも程がある。母さんでもそこまではしない……はずだ。


「自分で言うのもなんだけど、別に大金出したわけでもなけりゃ、地位も名誉もねえ。むしろ、評判が下がっちまう。はっきり言って得することなんて何もねえ。なのに」


「大した理由はないよ」

 僕はアレクの手を取り、立ち上がらせる。


「君が本気だってわかったからね。練習相手になるのは悪いことじゃない」

 出場者を闇討ちしろとか毒を盛れ、というのなら絶対断っただろう。でもアレクはやり方はともかく、優勝するために一生懸命がんばっている。だから協力することにした。


「もし君が今までの自分に負い目を感じているのなら、この大会で存分に力を発揮すればいい。本気でぶつかれば結果はともかく、真実というものはみんなに伝わるはずだよ」

 それに、と僕は続ける。


「がんばっている『女の子』は応援したくなるものだからね」


 アレクは目をむいた。

「気づいてたのかよ!」

「隠してたの?」


 それは悪いことをした。でも誰にもしゃべっていないから問題はないはずだ。


「いや、そうじゃなくってさ。ほら、オレこんなだからさ。全然女扱いされねーし。中にはオレのこと本気で男だって思っている奴もいるしよ」

「見ればわかるじゃないか」


 男の人と女の人では骨格とか体のつくりが違う。コルウスさんやコラックスさんのように体をすっぽり覆われたらわからないけれど、アレクは薄着だし、体の線もはっきりしている。どこからどう見ても女の子だ。


「え、ちょ、そうなの?」

 アレクは急にあわてた様子で自分の体をなでさする。むずがゆいのかな。


「男に見えるだなんて、その人の目が節穴なだけだよ。気にしなくていい。そのままでもじゅうぶんすてきな女の子だからね」


 アレクは返事をしなかった。顔や首筋、手の先に至るまで、褐色の肌が沈みゆく夕日に照らされて赤らんでいるように見えた。


 僕はアレクから手を離した。


「それじゃあ、また明日。ちゃんと汗を拭いてしっかり休むんだよ」

 僕はスノウを手の中に収めると、宿舎へと戻った。

 やっぱりアレクからの返事はなかった。


次回は9/6(木)午前0時頃に更新の予定です。



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