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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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身代わりは王子様 その22

 スノウと遊びながら時間を潰していると、昼前になってノックの音がした。

「殿下がお呼びです」


 屋敷の侍女さんに案内されて部屋を出る。連れて来られたのは、大きな部屋の前だ。両開きのごつい扉はまるで城門のような貫禄がある。もしかして、これから舞踏会でも開くのかな。


 お荷物をお預かりします、と言われたので剣と虹の杖とカバンを渡してから部屋の中に入った。


「ただいま参りました」

 あいさつしてから部屋の中を見回す。


 真四角の部屋には白い壁に、天井には黒い布で覆われたシャンデリアがたくさんのヒモで吊られていた。床にはふかふのじゅうたんが敷き詰められている。部屋の奥の方は一段高くなっていて、スチュワート殿下はひじ掛けのついたイスに座ってふんぞり返っていた。横には小さなテーブルがあって、白い花瓶にはたくさんの赤いバラが生けられている。


 左右の壁には家具も暖炉もない代わりに、肖像画が飾られている。いかめしい顔をした、顔色の悪い人だ。さっきの当主様とよく似ているから、きっとご先祖様だろう。


 ためつすがめつ部屋の中を見回していると、殿下の苛だった声が飛んできた。

「きょろきょろするな」


 殿下はいつもの赤い服を着ていた。左右には旅で同行した騎士様が控えている。鎧は着けていないけれど、細身の剣を提げている。そういえばまだ名前聞いてなかったな。


「さっさと入れ」

「あの」僕は部屋の前で手を上げた。


「その前におトイレ行ってきていいですか? さっき、たんぽぽコーヒーを飲み過ぎてしまったもので、ちょっとおしっこがしたくなって」

「さっさと行ってこい!」


 僕は首をすくめながら廊下へ駆け戻った。

 どうにか用足しが終わってから僕は改めて部屋の中に入る。


「どうもお待たせしました」

 部屋の中に入りながらゆっくりと歩く。一歩踏みしめるごとに固い床の感触が靴の底から響いてくる。


「さっさと来い」殿下がぎろりとにらみつけて来る。

「なんだか見たこともない部屋でしたのでついうれしくなってしまいまして。ほら」


 軽くステップを踏む。回ったり足踏みをしたり、僕は踊りでも村では上の方だと思う。軽やかな足音が鳴り響く。


「やめろ、殿下の御前だぞ」

 騎士様に怒られたので止める。

「こちらも素敵な壁紙ですね、これ。壁も素晴らしい。木ですかね」


 こんこん、と壁を叩くと軽い音が帰ってくる。

「うろちょろするな! さっさと来い!」


 はいはい、せっかちな王子様だ。

 殿下の前、一段下がったところでひざを突いて頭を下げる。


「ただいま参上つかまつりました」

「このたびの活躍、大義であった」

「恐悦至極に存じ上げます」

 物語で読んだとおりに返事をする。


「こたびはたいそう大活躍だったな。そこで貴様にほうびを取らせる。余に仕えよ、さしあたって騎士の身分を取らせる」

 なんだ、またその話か。


「せっかくですが、僕は宮仕えをするつもりはありませんのでご辞退申し上げます」

 丁重にお断りすると、騎士様たちが血相を変えて僕に詰め寄ろうとする。


 それを制したのは殿下だった。

「そうあわてるな。俺とてお前の気性はわかっている。ヤボは言わぬ」


「はあ」

「だから、お前の望むものをくれてやる。それなら文句は言うまい」


 望むもの? 何だろう? お金も地位も名誉もいらないと言ってあるんだけど。もしかして、たんぽぽコーヒーかな?

 僕が首をかしげていると、殿下が続けた。


「ヘンリエッタをな、お前にくれてやる」


 思いがけない言葉に、頭の中が真っ白になる。


「それはどういう……」

「言葉通りの意味だ。ヘンリエッタをお前の妻とするがいい。お前、ヘンリエッタに惚れているのだろう? 俺の言うことも聞かないくせに、ヘンリエッタには頭が上がらないではないか」


 おそらく道中で叱られた時の話をしているのだろう。でも、あの時僕がぺこぺこしたのは、剣幕がすさまじかったからだ。


 確かに好きか嫌いかと聞かれたら好きだ。


 だからといって、くれてやる、と言われて、ありがとうございます、と素直には受け取れない。僕たちはそんな親密な間柄ではない。どちらかといえば、僕の片思いだろう。何よりヘンリエッタさんはぬいぐるみではない。


 僕の内心の動揺に気づいた様子もなく、殿下はにやりと笑った。


「そして、奴の家の婿となって家を継げばいい。それなら貴様を騎士として召し抱えるのも簡単だ。相応の働きをすれば爵位とてくれてやる。どうだ、良い話だろう」


 えっへん、とふんぞり返る。


 確かにヘンリエッタさんはキレイな人だし、頭もいい。いつも堂々としていて、礼儀作法もきちんとしていて、気が強くてめそめそしないのもいい。あんな美人がお嫁さんになってくれれば、素敵だとは思う。思うけれど。


「それは、その……ヘンリエッタさんは承知しているんですか?」

「当然だ」


 バカなことを言う奴だな、って感じで殿下があきれ顔をする。

「貴様ほどの腕の立つ男など、国中を探してもそうはおるまい。まして、婿になど見つかるものではないからな。二つ返事だ」


「ですが、僕がお婿さんになるというのならコリンズ君はどうなるんですか? アティンセル家を継ぐのは彼のはずです」

「そんなことを気にしているのか」


 存外に細かい奴だな、とつぶやいてから殿下はさも当然のように言った。

「廃嫡させるに決まっているだろう。あのような弱虫など」


 廃嫡というのは後継ぎとしての資格を失ったり、奪われることだ。つまり、コリンズ君はアティンセルを継げなくなるのか。体を張ってかばった殿下の命令で。


「弱虫……ですか」

 僕は胸のむかむかをこらえながら繰り返した。


「お前が言いたいのは、先日の件だろう。報告によれば、逃げ回ったあげくに俺の部屋に逃げ込んで毒矢を受けたそうではないか。そのような臆病者など、アティンセル家にとっても俺にとっても無用だ。貴様がヘンリエッタと子をなせば家名も守られるのだ。問題はあるまい」

「……」


「どうだ、悪い話ではないだろう。俺は話のわかる男だ。忠誠を誓えば、望む物をくれてやる。ほかに女が欲しいならヘンリエッタだけではない。国中の美女が貴様のものだぞ」


 僕の脳裏に、今朝のヘンリエッタさんの顔が浮かんだ。泣きたいのに叫びたいのに必死でガマンしてそれでも平静を装っている、仮面のような顔。


 なるほど、そういうことか。

 僕はだいたいのことがわかった。


 黒幕は例のご学友たちだ。自分たちの臆病な振る舞いをごまかすために、殿下にコリンズ君の悪口を吹き込んだのだ。


 それにご学友たちはヘンリエッタさんを嫌っていた。僕のお嫁さんにすることで、ジャマなヘンリエッタさんを殿下から遠ざける。同時に、殿下は僕を手に入れて満足する。そうして自分たちの権威や地位を守ろうとしたのだ。


 殿下の顔を見れば満面の笑みだ。断られるなんて夢にも思っていないのだろう。いや、そうでもないか。わざわざこんな部屋に案内するくらいだ。どちらにしても損はしないと踏んでいるのだろう。


 胃の中がぐらぐらとナベのように煮えたぎるのを感じた。


 頭は血の気でぼーっとなっているし、胸のむかむかは収まらなかった。

 ぶん殴ってやりたかった。

 こんなふざけた方法をたくらんだ連中と、ヘンリエッタさんの悲しみに気づかなかった僕自身を。


「お断りします」

 断れば殿下はきっと怒り狂うだろう。でも、これは僕が耐えればそれで済む話じゃない。黙ってていい問題じゃない。ガマンなんて知るもんか。


「何だと」

 殿下が眉を吊り上げた。


「何が不満だ」

「何もかも全て不承知ですよ。あり得ませんね」


 ヘンリエッタさんとコリンズ君の犠牲の上に成り立つ幸せなんて、もらっても全然うれしくない。


「だいたい、肝心なときにおねむの殿下にお仕えするだなんて、ゴメンですね。僕の手には負えませんよ。それとも、いねむりがお仕事とか?」

「いい度胸だ」


 殿下の言葉を合図に、騎士様たちが剣を抜きながらぱっと前に出てくる。僕は丸腰だけれど、二人の技量は知れている。どうってことはない。


「やれ!」

 殿下が号令を掛ける。


 その途端、ガタン、ドタンと両側の壁が急にいびつな音を立てて震え始めた。立て付けの悪い扉のように上下左右に揺れている。わずかに出来た床と壁ととの隙間からは、たくさんのつま先が見え隠れしている。


「なぜだ、開かないぞ!」

「おい、どうなっている?」


 壁の向こう側からあわてふためいた声が聞こえてくる。

 殿下たちもとまどいながら両側の壁を見比べている。予想外の出来事に動揺しているようだ。


「申し上げたはずですよ。僕はかくれんぼとおにごっこは村一番だと」


 廊下の外から舞踏会が開けるくらいにたくさん人の気配がして、壁の両側にはほとんど何も置いていない。

 そんなの、ワナを張っていると宣言しているようなものだ。


 だからトイレに行った帰りに、『贈り物(トリビュート)』を使って隣の部屋に入ると、予想通り大勢の武装した兵士たちが待機していた。


 壁の仕掛けはすぐに検討がついた。

 隣の部屋に重しがロープで吊ってあって、壁の上で滑車でつながっている。ひもを外すと、重しが下がって代わりに壁がせり上がる仕組みだ。


 僕は兵士たちの間をすり抜けて、滑車のところにかませ物をして動かなくしておいた。もちろん、反対側の部屋もだ。ついでに扉の外からカギも掛けておいた。


 念のために全員、気絶させようかとも考えたけれど、やめておいた。時間もかかるし、騒がれると殿下に異変を気づかれる可能性もあったからね。


「そうそう、これもジャマですね」

 僕は二三歩後ずさると、腰の後ろに差していたナイフを取り出し、シャンデリア目がけて投げつける。


 ぷち、とヒモの切れる音とともにシャンデリアの中から黒い網が落ちてきた。ちょうど僕がさっきまで立っていたあたりだ。


 たくさんの兵士たちで取り囲んだところに、網をかぶせて僕を動けなくする作戦だったのだろうけど、これも僕にはお見通しだ。僕を捕まえるにはどうすればいいか、と悪い人の気持ちになって考えれば、手段なんてある程度見当はつく。


「一つご忠告申し上げますと、こんな風に仕掛けを作って隠れるなんて、僕に言わせれば下の下です。かくれんぼというのはそんな底の浅いものではありません。限られた環境と状況の中で、いかに息を殺し、気づかれないところ隠れるかという知恵と体力を使った極めて高等な……」


「くそ、何をしている!」

 殿下はすっかり色を失ってわめき立てている。


 あれだけの人数だから壁を壊すなり、持ち上げるのも難しくはないだろう。百を数える間にこの部屋になだれ込んでくるに違いない。でも、それだけあれば僕が殿下に『何か』をするのも余裕だ。おつりが出るくらいだ。


 騎士様の一人がうろたえた様子で、それでも威勢のいい声を上げて斬りかかってきた。僕は銀色の剣をひょいと避けながら手首をひっつかみ、ぐい、と強めに引っ張る。騎士様の体が一回転してどん、と背中から床に叩き付けられる。


 もう一人の騎士様はそのすきに殿下を連れて、出口の方に向かおうとする。


 僕は追いかけなかった。代わりに殿下の座っていたイスに近づくと、それらしいレバーを見かけた。

「これかな」

 引っ張るとガコン、と重々しい音がした。


 悲鳴がしたので振り返ると、さっきまで僕がいたあたりの床に、真四角の大きな穴が空いていた。そこに騎士様がすっぽりはまっていた。両手を縁に引っかけて、何とか落ちないように踏ん張っている。


「やっぱり、落とし穴ですか」

 踏んだ時の音が軽いから変だと思っていたんだよ。


 覗き込むと、真っ暗で底が見えない。一体どこまで続いているんだろう。

 それにしてもずいぶん仕掛けの多い部屋だな。当主様の趣味なのかな。


「さて、殿下」

 僕が呼びかけると殿下の肩がびくっと震え上がった。


「く、来るな」

 手を前に押し出しながら後ずさる。


「俺を誰だと思っている! 国王陛下の子にして王子の……」

「おや、もしかして、怖がっているんですか?」

 僕はにっこりと笑いかける。


「大丈夫ですよ。ぜーんぜん怖くないですよ。痛くしませんから、武器だって持ってない」

 両腕を広げて危険がないとアピールしているのに、殿下ときたら唇を真っ青にふるわせながら後ずさるだけだ。


「不安でしたら……ほら、そこに武器だって転がっているじゃないですか」


 殿下のすぐ足元に剣が転がっている。さっき僕が放り投げた騎士様のものだ。親切に指さして教えてあげても、殿下はちらりと見るだけで動こうとしない。


 仕方ないなあ。

「では僕は、えーと……」

 手頃な得物はないかと探していると、ちょうどいいのを見つけた。


 僕は花ビンから赤いバラを一輪、取り出すと殿下に向ける。

 今朝生けたばかりなのだろう。花びらも茎もみずみずしい。かぐわしい匂いがここまで立ちこめてくる。


「これでお相手しましょう、ほら」

 右手で握ったバラをひらひら振ってみせる。


「貴様……」殿下の顔が一瞬で真っ赤に染まる。

「どこまで俺を愚弄する気だ!」


 叫びながら剣を拾い上げると、大上段に斬りかかってくる。

 なかなか鋭い動きだ。


 僕はひょいと横にかわすと大きく踏み込み、バラの花を手の中でくるりと持ち替える。同時に腕を伸ばし、鋭くとがった茎の先っぽを殿下の喉元に一直線に向ける。短い悲鳴が聞こえた気がした。固くとがった茎の先端を、喉に触れるか触れないかのところでぴたりと止めた。


「申し上げたはずですよ。難しい言葉を使ったところで、背が伸びるわけでも年を取るわけでもありませんと」


 殿下の手から剣が滑り落ちた。冷たそうな汗がたらりと頬を流れていく。

 ごくり、と喉が鳴った。


「殿下の理想は大変素晴らしいと思います。ですが、成し遂げるためには、まずは家来を大切になさるべきでしょう。おべっか使いの風見鶏なんかではなく、あなたの理想に共鳴し、あなたのために命を賭けられる者を、です」


「それは、ヘンリエッタとコリンズのことか?」

 なんだ、わかっているんじゃないか。


「一般論ですよ」

 僕はバラを喉元から引っ込めると、トゲを取り、殿下の髪に挿した。


「やあ、大変お似合いですよ。赤いバラが殿下の髪によく映える。まるで女の子だ」


 手放しに褒めると、殿下の顔がまた真っ赤に染まった。おや、恥ずかしいのかな。それとも照れくさいのかな。


「さて、僕はもう行きます。どうもお世話になりました」


 ぺこりと一礼すると、後ろに下がり、扉の方に向かう。途中で落とし穴の底に落ちかけている騎士様を引っ張り上げてあげた。気絶していた。引き上げる時に、おにごっこの『贈り物(トリビュート)』を使ったからね。


「あ、そうそう」

 扉を開けたところでまた振り返る。殿下はまだその場に立ち尽くしている。


「もうお会いすることもないと思いますが、もしまた、家来をないがしろにしているとわかった時は……また花を飾りに参ります」


 やっつけるだのぶん殴るだのと物騒な言葉は吐きたくないし、するつもりもない。

 殿下の返事はなかった。ただこちらを憎々しげににらんでいるだけだ。


 おっかないなあ。


「それでは、これで」

 肩をひょいとすくめながら僕は後ろ手に扉を閉めた。


お読みいただきありがとうございました。

次回は3/23(金)午前7時頃に更新予定です。

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