身代わりは王子様 その21
あとはヘルマン様の無事を確認するだけだ。ヘンリエッタさんによると、一階に降りたところでヘルマン様の騎士たちと合流したのだけれど、黒装束たちが殿下のいる方に向かったので、一人で追いかけたのだそうだ。無茶をするなあ。
すると、殿下の眠る部屋でコリンズ君が剣を振り回して善戦している姿を見かけたのだという。
ここを二人に任せて、僕はほかにも敵が残っていないかと探し回ったけれど、誰もいなかった。
どうやらさっきの笛は撤退の合図だったようだ。
人気のない教会の中を探していると、ヘルマン様は護衛の騎士様たちに囲まれて礼拝堂の中に隠れていた。
「やあ、こちらでしたか。ご無事で何よりです」
「誰だ君は?」
ヘルマン様だけでなく護衛の騎士様たちもうさんくさそうな顔をする。
ああ、そうだ。さっきは『ごっこあそび』の『贈り物』で殿下になりすましていたんだった。いきなり見知らぬ男が、殿下と同じ格好で現れたのだからおかしいと思ってもムリはない。
「殿下に雇われた冒険者です」
ギルドの組合証をお見せする。
「この格好は、その、敵の目を引きつけるための変装です」
さすがに身代わりをやっていましたとは言えない。
「殿下はご無事ですか?」ヘルマン様が聞いてきた。
「もちろんです。傷一つ負っていません」
コリンズ君の大活躍のおかげだ。
「しかし、あの『轟雷』のコーネルだぞ」
騎士様がなおも食い下がる。
「『大災害』の大幹部をスチュワート殿下お一人でなど」
「殿下にかかればお茶の子さいさいですよ」
こうなればヤケだ。なんとか押し通すしかない。
「おそいかかる『大災害』の連中をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。剣を振るっては鮮やかに舞い、ひとたび振るえば、五人を地に伏せる大活躍。そのお姿ときたらまさに戦いの神のようでしたよ。殿下が冒険者ならただちに七つ星も間違いないでしょう、ええ」
「よく口の回る奴だな」
身振り手振りを交えながら説明したら騎士様の冷たい視線が帰ってきた。
「それで、殿下はどちらに?」
呪いのせいでまだ眠らされています、とは言えない。
「殿下はその、大変お疲れになったので今は休まれておられます。できれば、謁見は明日にしていただければと」
「なんと、そこまで」
「おいたわしい」
騎士様たちの顔におどろきといたわるような気持ちが宿るのが見えた。
「では僕はこれで失礼します。殿下の元に戻らねばなりませんので」
「待て」後ろから騎士様の一人に呼び止められる。
「殿下がそこまで死力を尽くして戦っておられたというのに、お前はどこで何をしていたのだ? 冒険者というわりにはお前の姿など誰も見ておらぬ」
そりゃあ、殿下として戦っていたのだから見ていなくて当然だよ。コーネルとの戦いも一騎打ちだったしその間、騎士様たちは気絶していたからね。
「僕ですか? 僕はまあ、それなりに」
「何人倒した?」
「一人、ですかね」
ここで倒したと言えるのは、コーネル一人だけだ。道中を含めれば、三十人以上になるだろうけど。
「そいつはどうした?」
「逃げられました」
小バカにしたような視線がますます色濃くなっていく。
「殿下のお姿をしながらその程度の仕事しかできないのか」
「まさか、昼寝でもしていたのではあるまいな」
「申し訳ありません」
口々に攻められてもぺこりと頭を下げるばかりだ。
本当のことが言えないってのはつらいね。
「代わりといってはなんですが、おけがをされた方はいらっしゃいませんか?」
僕はあちこちを回り、ケガをした人たちに『治癒』で手当をした。
騎士様たちをはじめ、けが人は大勢出たけれど、幸い亡くなった人はいなかった。
黒装束たちの方は三名ほど死者が出た。身元につながるようなものは何も持っていなかった。
幸いここは教会なので弔ってやることにした。裏にある共同墓地になきがらを埋めた。穴は僕が掘った。
ほかの黒装束たちの手がかりはなかったけれど、コーネルは落とし物をしていた。
例の大剣だ。
貴重なものだろうし、放っておいても騎士様たちが回収してしまうだろう。
だからその前にカバンの『裏地』に入れておいた。
もちろん僕はどろぼうではないので、今度会ったら返すつもりだ。
その機会があればいいんだけれど。
ちなみにご学友たちはみんな地下の物置に隠れていた。
それからヘンリエッタさんがヘルマン様たちと相談した結果、今夜はここで寝泊まりすることになった。さすがにもうおそってくることはないだろうけれど、念のためヘルマン様が護衛の増援も呼び寄せた。
僕としてはくたくたなのでさっさと休みたかったのだけれど、騎士様たちににらまれてしまったせいで、僕まで寝ずの番をするハメになってしまった。
まったく、ふんだりけったりだよ。
殿下の意識が戻ったのは翌朝のことだ。
知らせを受けてすぐにヘルマン様が飛んできた。
その前にヘンリエッタさんが殿下に口裏を合わせるよう伝えておいたので、さしたる混乱はなかった。
ヘルマン様はいたく感激して、改めて『大災害』討伐への協力と、スチュワート殿下への応援を約束してくれた。
「それと昨日の話ですな」とヘルマン様は申し訳なさそうに付け加えた。
「殿下のお志は尊いのですが、やはり現状では難しいでしょう。あの件には、教会の者にも死者が出ていますゆえ」
スチュワート殿下が首をかしげる。やっぱりダメだったか、と内心がっかりしながらも同時にどう言い訳すればいいかどきどきしていた。
「そうでしたか、ご無理を申しまして申し訳ございません」
殿下は適当に話を合わせてくれた。いいぞ。
「しかし」とヘルマン様が続ける。
「わたくしはずっと迷っておりました。あの時の己の行いは正しかったのかと。悪しき者たちの讒言により罪なき者が苦しみ、大勢の無辜の命が亡くなりました。殿下からあの話を切り出されて、私は気づかされました。これは贖罪のための主のお導きではないかと」
そうか、ヘルマン様はずっと悩んでいたんだ。自分のせいで大勢の人たちが無益に亡くなったのだと。
「……いつか、とは断言いたしかねますが、この件についてはわたくしの方からも働きかけてみましょう。しばしご猶予をいただければと」
「よろしくお願いいたします」
殿下が一礼する。横目でぎろり、とにらまれた。僕は目をそらした。
あとで言い訳するのが大変だった。言い訳と言えば、殿下に化けた方法もヘンリエッタさんに突っ込まれた。こっちはグリゼルダさんから借りた幻惑魔法のクスリのおかげ、ということにしておいた。
ヘルマン様たちとお別れして二日後、僕たちはなんとかという貴族の屋敷に到着した。
今までで一番大きくて、古めかしい屋敷だった。王国でもけっこう古い歴史を持つ貴族なのだそうだ。出迎えた当主様は頬骨の浮き出た、陰気な顔つきの人だった。やはりスチュワート殿下を次の王様に、と応援しているらしい。
「俺は今からこやつと打ち合わせしてくる。リオ、後で俺の部屋に来い。用意ができたら使いをよこす」
言いたいことを言って殿下は屋敷の中へ入っていった。サリヴァン君たちご学友とコリンズ君、騎士様たちも後に続いて、外に残ったのは僕とヘンリエッタさんだけだ。
呪いが解けてもせっかちなご気性は変わらないようだ。
村のみんなの呪いもあれくらい簡単に解けたら良かったのになあ。
「殿下たちはこれからどうされるんですか?」
「ワイアットに戻ります。使いを出していますので、いずれ迎えもこちらに着くでしょう」
僕の質問にヘンリエッタさんは馬の背を撫でながら答えてくれた。
「迎え?」
「殿下直属の騎士団です」
「ああ、あの」
途中で腹痛でぶっ倒れた騎士様たちか。
「でしたら、僕の仕事もこれまでですね」
騎士団が到着すれば、『大災害』の奴らも悪い貴族の手下もうかつに手出しはできないだろう。身代わりの必要もない。
「そうですね」
「それで、報酬はいつ頃いただけますでしょうか?」
村長さんからもただ働きはするな、と言われているからね。というより、今まで報酬の話を全然していなかったのに今頃気づいた。
自分でものんきだなあ、と思うけれど、仮にも王子様の護衛なのだからただ働きはないはずだ。爵位とか、浴びるほどの金貨は大げさにしても一枚くらいはもらえるかな? でも成り行きとはいえ、ヘルマン様に話を通してもらったわけだし、欲張るつもりはない。
「……後ほど、殿下よりお話があるかと思います」
ヘンリエッタさんの声は元気がない。今朝から顔もうつむきがちで何度もため息をついている。どうしたんだろう? 体調は悪くなさそうだけれど、不安や悩み事が暗い影を落としているように見えた。
「何か、心配事でも?」
会談は成功したし、殿下の身も無事だ。コリンズ君も元気を取り戻したし、『大災害』もあそこまでこてんぱんにされたらしばらくはおそって来ないだろう。全部、とまでは行かなくても当面の心配はなくなったはずだ。
「何でもありません」
ぷい、と顔を背けてしまう。
「そういえば、昨日も夜遅くまで殿下とお話されていたようですが、仕事の疲れがたまっているのではありませんか」
「あなたには関係のない話です」
ぴしゃりと叱られてしまった。せめて僕の方を見ながら言って欲しいなあ。
「元気を出して下さい」
少しでも励まそうと、努めて明るい口調で言った。
「僕にできることでしたら言ってください。こう見えても僕はいざという時にはやる男ですよ。必ずやヘンリエッタさんの力になるでしょう。ほら、こんな風に」
ぐい、と力こぶを作ってみせる。
アップルガース村のマーティンさんに比べたらおできのようなものだけれど、『贈り物』だって虹の杖だってある。大抵のことは何とかなるだろう。
唐突にヘンリエッタさんが振り返った。
僕の顔や力こぶを見ながら何か言いたげに口を動かすけれど、すぐに唇をかみしめて言葉をのどの奥にしまい込んでしまったようだった。
「お気遣い、ありがとうございます。ですが心配はいりません。あなたもお疲れでしょう。部屋を用意させますのでそこでお休みください。すぐに案内の者を迎えによこしますので少々お待ちください」
代わりに出できた言葉は菓子細工のように見栄えが良くていい香りがして、砕けて溶けてしまいそうなくらい、もろそうに聞こえた
ヘンリエッタさんはそれだけ言って屋敷の方に歩いて行った。
僕は首をかしげながら彼女の後ろ姿を眺めていた。
お読みいただきありがとうございました。
次回は3/19(火)午前7時頃に更新予定です。




