表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

135/317

身代わりは王子様 その20

 破裂したような音とともに僕は地を蹴り、コーネルを向かい打つ。断頭台のような巨大な刃を紙一重でかわしながら拳を固め、コーネルの横顔を思い切りぶん殴った。


 オオカミ男の巨体が勢い付けて地面に倒れる。がらん、と大剣が派手な音を立てて壁にぶち当たる。

 向こうの方が力も速さも上なら、僕はその上を行くまでだ。


「先に謝っておきますね」

 僕は、倒れたコーネルの足首をつかむとひょいとその体を持ち上げた。


 魔法で強化された僕の腕力は、オオカミ男の巨体をまるで棒きれのように天井近くまで持ち上げる。

「かなり痛いですよ」


 どん、とコーネルの体を一気に床に叩き付ける。

 地震のような振動が靴底を揺らした。


 一度だけじゃない。肘だけで持ち上げると、何回も何回も地面に叩き付ける。まるでだだをこねた子供のように。コーネルの体はその度に叩き付けられて、床にヒビを作る。受け身は取っているようだけれど、衝撃までは殺しきれないようだ。


 十回ほど叩き付けたところで手応えが変わった。

 コーネルが体を回転させて、うつぶせの体勢になり、両手で床を受け止めたのだ。


「おみごと」

 つい声に出してしまった。


「貴様……」

「ではこっちで」


 反撃の気配を感じ取ったので、コーネルの体を振り上げる。ぐん、と持ち上げながらそのまま手を離し、天井に叩き付ける。鈍い音がした。


 ぱらぱらと石の破片とホコリが振ってくる。

 コーネルの血走った目が何度もまたたく。怒りとおどろきと、さまざまな感情がまばたきをするごとに変化していくようにも見えた。


「ぐううっ」

 うめき声を上げると、天井に引っかかっていたコーネルの体がぐらりと揺れる。


 どんと床にひざを突きながらもどうにか、という様子で着地する。

 僕はそこへ一足飛びで近づくとコーネルのあごを蹴りで狙う。


 コーネルが両腕を交差させながらガードする。魔法で何倍にも強くなったはずの蹴りを、顔をしかめながらも受け止める。

 にやり、と笑うオオカミの顔が次の瞬間にはおどろきに変わっていた。僕がコーネルの後頭部を左手でつかむと、引き寄せながら右手で真正面からぶっ飛ばしたからだ。


 折れた牙が床に落ちるより早く、僕はつかまれたのと反対側の足で飛び上がった。そのままコーネルの上にのしかかり、馬乗りになる。


 両腕でオオカミの顔めがけて何回も拳を浴びせる。

 コーネルは体をよじろうとするけれど、僕が両足でがっちり固めているので逃れられない。両腕で顔をガードしたら、代わりに空いたおなかをぶん殴る。おなかを防いだら今度は顔、両方防いだら胸、あとはその繰り返しだ。


 さっきから手が痛い。当然だ。人を殴れば自分も手が痛い。それを魔法で強化した腕力でやっているのだ。コーネルへのダメージが大きい分、僕の拳も痛くてたまらない。涙が出そうだ。でも止めるわけにはいかない。魔法には制限時間がある。それが過ぎたら僕は反動で動けなくなる。それに、コーネルの目はまだ闘志を失っていない。


 何度か殴ると変な手応えがした。あばらが折れたようだ。顔からも出血している。灰色の毛皮が赤くまだらに染まっている。


「ふ、ざ、ける、な」

 とぎれとぎれの声を放ちながらコーネルはカードを外し、殴られるのと引き換えに僕の手首をつかんだ。殴られてひしゃけた口から放たれた咆哮とともに片腕だけで僕の腕を引っ張り上げ、体の上からひきはがす。


 どん、としりもちをついて転がる僕の後ろから近づいてくる気配がした。

 とっさに逃れようとしたが間に合わなかった。


 両腕で僕の手首をつかむと、どすんと壁に押し付けられた。背中からおなかへと突き抜けるような痛みが走り、一瞬目がくらむ。


 気づいたときにはコーネルは壁に押し付けるようにして僕の両肩をつかんでいた。オオカミの巨大なあごが開かれ、僕の目の前に迫る。


 僕は頭の中で赤い光がまたたくのを感じた。まずい。僕の喉笛をかみちぎるつもりだ。


 渾身の力を込めて両腕を動かそうとするが、がっちりとつかまれて動けない。

 しかもひざでおなかを押し付けられているせいで足も使えない。


「つかまえたぞ、こぞう」

 コーネルは、ぜいぜいと荒い息を吐いている。


「この程度の、ピンチは、あの時、何度も」

 うわごとのように切れ切れの言葉を続ける。口の中からも出血しているので、言葉を話すたびに赤い血が吐き出される。


「くたばれ」

 ぬれた白く大きな牙が僕の首筋に迫る。


 覚悟を決めかけた寸前、スノウの鳴き声が聞こえた気がした。


 僕は思い切り叫びながら首を可能な限りそらすと、一気に前に向かって叩き付ける。

 ごん、と頭の中に響くような衝撃で目の前が真っ暗になる。


 とっさに放った頭突きに気が遠くなりかけるけれど、コーネルの方はもっと効いたようだ。

 ぐらり、と上体が傾き、肩をつかんでいた手がゆるむ。


 素早く、コーネルの下からすり抜けると床を転がりながら距離を取る。

 肩で息をしながら呼吸を整えていると、スノウが近づいてきた。


「大丈夫だよ、スノウ」

 心配そうにすり寄って来る彼女に、僕はにっこりと笑いかける。


 本当は撫でてあげたいけれど、今は血で汚れているからね。

「すぐ終わるから」


 コーネルが頭を振りながら立ち上がり、再び襲いかかってきた。両腕を伸ばし、折れた牙をむきながらのし掛かってくる。


 僕は前に出た。殴りかかってきた拳を右腕で払いながらコーネルの体勢を崩す。同時に滑るようにして半歩踏み込む。体重移動と同時に空いた左手で拳を作り、渾身の力を込めて脇腹に叩き込んだ。


 イヤな手応えがした。ぐらりとコーネルの体がよろける。僕はその腕を取り、半回転しながら背負うようにして一気に投げ飛ばした。


 骨の奥にまで響くような音がした。


 すり鉢状に砕けた床の真ん中で、コーネルは白目をむいていた。

 僕は慎重に近づいて確かめる。よかった、まだ息はある。


 さすがにやり過ぎたかと心配しちゃったよ。

 よく見れば、全身傷だらけだ。これでよく戦えたものだと感心してしまう。

 

 僕は虹の杖を拾い、『強化(リインフォースメント)』を解除する。光が収まった途端、急に疲れがのし掛かってきて、ひざを付いてしまう。結構ぎりぎりだったようだ。もう少し粘られたら危なかったかも。


 倒れている騎士様たちも命に別状はなさそうだ。


 とりあえず『治癒(キュア)』をかけていく。

 最後にコーネルにかけようと近づいた時、不意に窓の方から黒装束が飛び込んできた。


「おじさま!」

 切羽詰まった、女の人の声だ。


 まだ仲間がいたのか? 振り返った瞬間、黒い煙が視界をおおった。

 煙玉? 


 煙の中から短い笛の音が聞こえた。

 とっさに『麻痺(パラライズ)』のカミナリを放ったけれど、手応えはなかった。


 煙が晴れた時、コーネルの姿は消えていた。

 声の主もいない。


「待ってよ」

 あれだけ苦労したのに逃げられては困る。まだ遠くには行っていないはずだ。虹の杖を掲げ、『失せ物探し(サーチ)』を使う。


 いた。

 まだ遠くには行っていない。

 この速さから察するに、また馬に乗っているようだ。


 逃がすものか、と窓の外に身を乗り出そうとした時、ヘンリエッタさんの叫び声が聞こえた。


「コリンズ! コリンズ!」


 切羽詰まったような声だ。もしかしてコリンズ君の身に何かあったのか?


 急いで駆けつけたいけど、このままだと逃げられてしまう。

 コーネルたちの移動速度はかなり速い。かなりムリして馬を飛ばしているようだ。『失せ物探し(サーチ)』の範囲の外にでるのもすぐだろう。


「コリンズ! しっかりして、コリンズ!」


 またヘンリエッタさんの声がした。

 コリンズ君の声はしない。つまり、意識がないか、話も出来ないほどの重症か、だ。


 僕は追跡をあきらめ、声のした方に向かった。


 自分に『治癒(キュア)』をかけながら部屋を出ると一気に階段を駆け下り、一階の小部屋に入る。殿下が眠っている部屋だ。


 そこにはスチュワート殿下がベッドで眠っており、その前ではコリンズ君が腕から血を流して座り込んでいた。歯を食いしばりながら寒そうに唇を震わせている。血の気がない。足下には折れた矢が落ちている。


「コリンズ、しっかりしなさい!」


 そのかたわらでは、ヘンリエッタさんがコリンズ君より青い顔をしながら懸命に呼びかけている。

 何度呼び掛けられても返事がない。意識を失っているようだ。


「どうしました?」

 僕が声を掛けると、ヘンリエッタさんがはっと顔を上げる。


「コリンズが、殿下をかばって矢を……。どうやら毒が塗ってあるらしくて」

 見ると傷口を中心に青紫色に変色している。まずい、すでに毒が回っているのか。


「コリンズ、目を覚まして……許して、コリンズ、こんな……」

「どいてください」


 僕はコリンズ君の側に駆け寄り、虹の杖を向ける。


「お願いします、コリンズを、助けてください」

「任せてください」


 虹の杖の『治癒(キュア)』は毒だって治せるんだ。


 コリンズ君の体が光に包まれる。だんだんと血の気が戻っていく。

 光が止むと、コリンズ君がうっすらと目を開いた。


「あね、うえ」

「ああ、コリンズ」


 ヘンリエッタさんが弟を抱きしめる。頬に涙がつたう。

「良かった」


 ほっと胸をなで下ろす。

「あなたが助けてくれたのですか? ありがとうございます」


 コリンズ君が申し訳なさそうに言うと、立ち上がろうとしたので僕はあわてて押しとどめる。

「礼を言うのは僕の方だよ」


 部屋の中を見回す。床には折れた矢のほかにも乱れた足跡や、水差しだったものらしき陶器のかけらや水たまりが散乱していた。壁にも剣で切りつけたらしき傷跡が刻まれていた。


「君ががんばったおかげで殿下を守り抜くことができた。君は立派な騎士だよ」

「いえ、僕はそんな」


「けんそんなどするものではありません」

 ヘンリエッタさんがぴしりとたしなめる。


「騎士としてなすべきことをしたのです。今はただ己を誇れば良いのです」

 その顔はもういつもの顔に戻っていた。


「要するに、お姉さんはほめているんだよ。君が誇らしいって」

「知りません」


 ヘンリエッタさんはそっぽを向いて頬を赤らめる。

 殿下はベッドの上ですやすやと眠っていた。



お読みいただきありがとうございました。

次回は3/16(金)午前7時頃に更新の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ