身代わりは王子様 その19
「おっと」
ひょい、とその場を飛び下がると剣を抜き、振り下ろしてきた大剣を横からひっぱたく。がちん、と重く固い手応えに手がしびれる。
「固いなあ」
へし折るというか、ぶった切るつもりで振り回したはずなのに、大剣には刃こぼれ一つない。
「当然だ」
勝ち誇った声でコーネルが逸れた剣をぶん回して軌道を修正すると、今度は脇腹を狙って振り回してきた。
「こいつはランダルが作った剣だ」
受け止めると、剣ごと吹き飛ばされそうだった。僕はとっさに自分から床に寝転がる。突風で髪の毛がたなびくのを感じながらころころと転がる。一瞬遅れて、元いた場所に巨大な切っ先ががつんがつんと床をえぐり取っていく。
このままでは壁に追い込まれておしまいだ。その前に僕は転がりながら剣をなぎ払う。狙うは足首だ。
さしものオオカミ男も一瞬、足が止まる。そのすきに僕は車輪のように回転しながら立ち上がり、距離を取る。
「そいつは奇遇ですね」
呼吸を整えながらコーネルの大剣と僕の剣を見比べる。
「僕のもそうなんですよ。もしかして素材も」
「ライブメタルだ」
ランダルおじさんから聞いたことがある。『迷宮』でしか見つからない珍しい金属だ。固くて重くて使いづらいけれど、アダマンタイトと同じくらいがんじょうで、しかも再生能力まであるそうだ。
ちょっとくらいなら欠けたりひびが入っても元通りに直ってしまうという。当然、鍛えるのには特別な製法や技術があって、作れるのはランダルおじさんを含めても大陸に五人くらいしかいないらしい。
剣をへし折れば戦意をそげるかと思ったけれど、ちょいと難しそうだ。
「よかったら取り替えっこしませんか? その、そっちの方が強そうですし」
ランダルおじさんに心の中で謝りながらどこかにすきはないかと探る。
「いいぞ」コーネルはあっさりと言った。
「俺に勝ったらな」
地を蹴ってコーネルが飛び込んできた。一足飛びで肉薄してくると、またも大上段から振り下ろしてきた。一瞬で距離を詰められ、逃げられないと判断した僕は迎え撃つ覚悟を固める。思い切り剣を振り上げると、頭上で重く固い音が鳴り響く。またも手にしびれが走る。
手に受ける衝撃はコーネルも同じはずなのに、まったく気にした様子もなかった。またも剣を振りかぶる。僕は足を止め、角度を付けながら下から払いのける。軌道をそらされたコーネルの大剣が僕の肩口をかすめる。僕は素早く手首を返し、コーネルの肩に目がけて剣を叩き付ける。
オオカミの顔がみにくくゆがんだ。
「手加減のつもりか!」
剣の腹とはいえ、アダマンタイトで殴られてもびくともしなかった。特別な鎧でも身につけているかと思ったけれど、黒く塗られた鎧の肩当ては砕けていた。鎧というよりは灰色の体毛と、頑丈でしなやかな筋肉で耐え抜いたようだ。
コーネルは咆哮を上げてまたも剣を振り回してきた。まるで鋼の竜巻だ。勢いが付いている分、下手に受ければ剣を弾き飛ばされるのは目に見えていた。
僕は飛び下がって距離を取る。着地したその途端、振り上げられた大剣が僕の数歩手前で床に突き刺さった。地響きのような音がした。
次の瞬間、コーネルの巨体が宙に浮いた。
床に刺さった大剣を支えにして、横向きになりながら半回転すると僕に向かって飛び込んできた。不意を突かれて、あっという間に距離を詰められる。
まずい、と思った時には頭上に五条の光がひらめいていた。反射的に顔を上げると、とがったオオカミの爪が弧を描きながらおそいかかってくるところだった。
ぎゅっと、心臓が縮み上がった気がした。とっさに亀のように首をすくめてしゃがみ込む。
目の前を凶悪な爪が駆け抜けていく。
とにかく逃げないと。全員の毛が逆立つのを感じながら更に後退する。ほっとする間もなく、石畳の砕ける音がした。
コーネルの勢いは止まっていなかった。腕の振りと胴体の回転の勢いで軸足代わりの大剣を地に足を付けることなく床から引っこ抜いていた。自由になった大剣が再び弧を描き、僕の頭上に死に神のような黒い影を落とす。
体勢の崩れた状態ではかわせない。僕は片膝を突きながら左手を剣に添え、歯を食いしばる。
カミナリに打たれた気がした。
強い衝撃に一瞬、気が遠のくのを感じる。
しっかりしろ、リオ。
顔を左右に振り、気持ちを奮い立たせて、どうにか立ち上がる。そこへ着地したコーネルの大剣が上から迫ってきた。どうにか弾き飛ばすものの、斬撃はなおも続いた。
剣が空気を切る音と、金属音が音楽のように重なりながら流れる。
ああ、やっかいだ。コーネルの方が背が高いから上から叩き付けてくる格好になる。僕はタイミングを見計らって剣の軌跡を変える。そらしたすきに反撃しようとするのだけれど、その前には体勢を直したコーネルの剣がまた降ってくる。まるで鉄の雨に打たれているみたいだ。
後の先を取ろうとするのだけれど、先の先を行くコーネルに追いつけない。剣の技術は僕の方が一枚上だろう。でも腕力や、速さはコーネルの方がずっと上だ。多少の技術差を力と速さでつぶそうとしている。
体力的には向こうは全力疾走しているような状態だ。長引けばいずれは体力が尽きるだろう。でもその前に僕の首が飛ぶ方が先かも知れない。避難したヘンリエッタさんや、ヘルマン様、スチュワート殿下も気になる。
さて、どうする?
このまま粘り続けるか。それとも一気に勝負を決めるか。
意識の途切れた瞬間、僕の顔目がけて空気を切り裂く音がした。
コーネルは柄から右手を離すと、空いた手で殴りかかって来たのだ。鉄のかたまりのような拳にひょいと顔をそらすと片手で握った大剣が振り下ろされてきた。あわててしゃがみこんだとたん、ずん、と重たいものがおなかに当たって僕の体は大きく吹き飛んだ。
蹴飛ばされた、と思ったときには僕の背中に衝撃が走る。壁に叩き付けられた。おなかまで突き抜けるような痛みに息が詰まった。まずい。僕の頭の中でチカチカと赤い光がまたたいた。
意識を保ちながら倒れるようにして横に飛ぶ。ぱらぱらと小さな破片が僕の頬に当たった。
とっさに顔を向けると、コーネルの斬撃が石の壁をぶった切っていた。
破片とほこりの舞い散る中、オオカミの咆哮がとどろいた。
体勢の崩れた僕を狙って、手にした大剣をぶん投げた。
物語で見た破城槌のような重さと勢いで僕の心臓目がけて迫ってくる。かわすこともできず、ランダルおじさんの剣で払いのけた時、コーネルは僕の真横にいた。いつの間にか倒れている騎士様の剣を拾い、僕へと斬りかかってきた。
鈍い音がした。
力任せに振り下ろされたコーネルの剣は真っ二つに折れ、ランダルおじさんの剣は宙を舞って僕の真後ろに澄んだ音を立てて床を滑っていく。呆然とする僕の眼前を半分になった剣がチョウのように音もなく飛んで行き、コーネルの眼前を横切った。
動きが止まったすきに、僕はぱっと飛び下がる。握ったり開いたりして手のしびれを取ったときには、コーネルは自分の大剣を拾い、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「これは参りましたね」
ちらりと横目で見ると、ランダルおじさんの剣は僕の十歩ほど後ろにある。取りに行けば、手に取る前に首を切られるか心臓を突かれるだろう。
「この勝負はあなたの勝ちです。認めます。あなたは強い」
「降参する気か?」
「まさか」
これが試合ならさっさと降参して、お互いの力量をたたえ合うところだ。けれど、僕にも事情というものがある。何より、降参なんてしてもムダだろう。
「ですが、僕としてもこのまま引き下がるわけには行きません。なので、今からズルをします」
物語だと決闘に負けた後でおそいかかってきたり、卑怯な手段で主人公を狙う悪役がたくさん出てくる。読んでいる時は腹が立ったけれど、いざ自分がその立場になればわかる気がする。負けて失うものがあるのなら、どんな手を使ってでも勝とうとするのが人情だ。
試合ならともかく、スチュワート殿下やヘルマン様たちの命もかかっている。卑怯者、とののしられてもかまわない。ただ何もせずに、全力を出し切らずに何かを失いたくないだけだ。
「何をする気かは知らないが」
コーネルは大剣を片手で構えながらゆっくりと近づいてくる。
「結果は変わらないぞ」
「そうでもありませんよ」
僕はカバンの『裏地』に手を突っ込み、虹の杖を取り出した。
できれば剣で勝負を付けたかったけれど、仕方ない。僕の実力不足だ。
コーネルが忌々しそうな顔をする。仲間から虹の杖について聞いているようだ。
「マジックアイテムか。だが、同じ事だ!」
コーネルが地を這うように低く走りながら向かってくる。
僕は虹の杖を掲げた。
「『強化』」
お読みいただきありがとうございました。
次回は3/13(火)午前7時頃に更新の予定です。




