身代わりは王子様 その18
どうしてわざわざオオカミ男がオオカミのかぶり物をしていたか、僕にはすぐ見当が付いた。正体を知られたくないからだ。
オオカミの顔をしていたら見た人は怖がってしまう。でも、一日中顔を隠して生活するのは難しい。いつどこで素顔を見られるかわからないし、ほかの動物や普通の仮面では、突き出た口や鼻は隠しきれない。
だから、わざと作りの荒いオオカミの覆面をかぶることで、下の顔が本物だと気づかれないようにしているのだ。おそらくは、何種類か似たような覆面を用意しているに違いない。
何かの拍子に素顔を見られても「ああ、また別の仮面をかぶっているんだな」と思われるようにしているのだろう。逆転の発想というやつだ。
「なるほどな」
コーネルは大きな口をゆるめ、得心がいったと言いたげにつぶやいた。
「この顔を見て、おどろかないところを見ると、どうやら、お前もアップルガースから来たらしいな」
「いや、おどろいてますよ。びっくりです」
心臓もさっきからばくばく鳴っている。
「その様子だとまだ連中の『呪い』は解けてないようだな」
ふん、とあざ笑う気配がした。
「エリックはまだネズミなのか? ジェロボームは白ヤギで、エメリナはまだらヘビで、ロシュはニワトリで、ランダルはモグラのままか?」
からかうような口調に腹立たしさを感じながらも僕は返事ができなかった。
そう、村のみんなは人間の顔ではなかった。おそらくは二十年前の戦いで受けたという『呪い』の影響だろう。背格好や服装は人間なのに、顔だけがそれぞれ別の動物の顔をしているのだ。まるで物語に出てくる獣人のように。ちなみにジェフおじさんはヒツジだ。
人間の姿に戻るのは月に一度、双子月の夜だけだ。
アップルガース村でそうならないのは僕と母さんだけだった。
子供の頃はそれが不思議で仕方がなかった。
母さんは「この村の人は特別だから」と言っていた。おそらく呪いの話を僕に隠したかったのだろう。物語には動物に変身したり、獣人の隠れ里なんてよく出ていたから、そういうものかと僕は普通に受け入れていた。
「あなたも『呪い』を受けてその姿に?」
「そうだ」
コーネルはうなずいた。
「くだらない貴族に濡れ衣を着せられ、王国の兵士や騎士どもと血みどろの戦いを続けたあげくがこの姿だ」
見せつけるように手袋を外す。形こそ僕の手と変わらないけれど、手甲をはめたよりも大きい。手の甲は毛むくじゃらで、指先には短剣の切っ先のような爪が鋭く伸びている。
我が手を見下ろすその目には怒りとも嘆きともつかない感情がかまどの中の鉄のように煮えたぎっているのが見えた。
今、コーネルの目にはアップルガースでの戦いの日々が映っているのだろう。
それはどんなに苦しく辛い日々だったのだろうか。
僕の知るアップルガースは平和そのものだ。春には花が咲き、夏には星が瞬き、秋には落ち葉が舞い落ちて、冬には雪が積もる。
あの血となきがらだらけの戦場だったなんて、僕には想像もつかない。
不意にくく、とのどの奥を鳴らす気配がした。
「だが、俺はあいつらとは違う。汚名を着せられ、化け物に変えられたあげくに、あの小さな村で泣き寝入りするなど、まっぴらだからな。だから俺は戦いにケリが付いたすぐ後に村を出た」
やっぱりか。考えないようにしていたけれど、僕とコーネルの話につじつまを合わせるとしたらそれしかない。
コーネルが村を出た後に、母さんがやってきて、僕が生まれたのだ。母さんがコーネルのことを知っていたかまではわからないけれど、仮に知っていたとしても僕には話さなかっただろう。
「それで、『大災害』の仲間に?」
「そうだ」
「ほかに『災厄砕き』の人はいますか? あなたのほかに村を出た人は?」
「いや」
コーネルは首を振った。
「あとのことはどうだか知らんが、あの時、村を出た『災厄砕き』は俺だけだ。『大災害』に入ったのもな」
僕はほっとした。悪い仲間に加わっている人は、少ない方がいい。
何より村長さんたちと同等の力を持つ人と戦うなんてゴメンだ。
剣術だけなら僕は村でも二番目くらいだろう。でも、それはあくまで、技そのものの話だ。実際の戦いとなると、そうはいかない。
エメリナおばさんみたいに指先だけでたくさんの炎を操れない。
ロシュおじさんみたいに豆粒くらいにしか見えない鳥を弓矢で撃ち落とせない。
ランダルおじさんみたいに巨大な岩を手斧だけで真っ二つにも出来ない。
温厚でやせ細ったジェロボームさんですら杖を持てば、三ツ目オオカミの大軍を打ち払うだけの力を持っている。
もし、真剣勝負となれば、僕は村の誰にも勝てないだろう。
勝てるとしたらせいぜい、かくれんぼとおにごっこくらいだ。
「次はお前の番だ」
僕が一人で怖がっていると、コーネルが目を光らせながら話しかけてきた。
「お前は何者だ? あいつらの中の誰かの息子、ではないんだろう?」
「ええ」
アップルガースには僕と同じ年頃の子はいなかった。それどころか、年上も年下も、僕が生まれてから十五年、村に子供は生まれてない。おそらくは『呪い』の影響だろう。みんな、子供が産めない、作れないからだになっていたのだ。
「僕はリオ。アップルガースで生まれて育ちました。あなたが村を出た後に母さんが村に来て僕を産んだんです」
「そういうことか」
納得してくれたようだ。
「だが、何故王子の身代わりなどしている? お前も俺たちの受けた屈辱は知っているはずだ」
「一応は」
後ろめたさを感じながら答える。まさか、村を出るまで知りませんでしたとは言いづらい。
「ならばどうしてヘルマンをかばう?」
「何の話ですか?」
「二十年前、俺たちを襲ったのは貴族だけじゃない。教会の連中もだ」
「どういうことですか?」
「アップルガースを攻めあぐねた貴族たちは、教会にも応援を頼んだのだんだよ。結果、二百を超える騎士が教会から派遣された。その橋渡しをしたのが、あのヘルマンだ」
「……」
ウソとは言い切れなかった。ヘルマン様は昔、枢機卿とかいう、教会の偉い地位にいた。それに先々代の王様はヘルマン様のお兄さんだ。
可能性は十分に考えられる。いや、むしろ真っ先にヘルマン様に頼んだだろう。
コーネルにすれば、憎むべき敵の一味。いや、大幹部というところだろう。
「僕にも事情があるんですよ」
憎む気持ちもわからなくはない。けど、昔の理由がどうあれ、ヘルマン様にもしものことがあったらヘンリエッタさんが自害しかねない。ここでヘルマン様を殺させるわけにはいかない。
それはそれ、これはこれ、だ。
「身代わりになったのもまあ、成り行きというところです」
「己の生まれる前の事情など知ったことではないと?」
「生まれてもいなかった子に過去の恨みを背負わせるのは正しいことですか?」
僕だけではない。スチュワート殿下もウィルフレッド殿下もまだ生まれる前の話だ。
復讐が正しいかどうかはともかく、やってもいない罪でさばこうだなんて絶対に間違っている。
「正しいかどうかなんぞ、問題じゃねえんだよ!」
コーネルが吠える。
「俺たちに、俺に濡れ衣を着せた連中も全てこの手で冥界へ送ってやる。一人残らずな。それだけだ!」
「もう一度村に戻ることはできませんか?」
自分でも半ばあきらめながら言ってみた。
「村のみんなだってきっとわかってくれますよ」
「今更だ」
コーネルがオオカミの口で舌打ちする。
「もう村を出て二十年だ。今更止められるものか。あいつらに言ってやれ。俺を止めたいのなら村から出て、力ずくで来いとな。貴様もだ」
やっぱりダメか。スキを見て『瞬間移動』でアップルガースへ連れて行こうかとも考えたけれど、この分では説得には応じないだろう。あるいはおにごっこの『贈り物』で気絶させてから連れて帰ろうかとも考えたけれど、この様子ではまた逃げ出すだけだ。
言葉では動かない、というより痛い目を見ないと変われないのだろう。今のコーネルは坂道を転げ落ちる石ころ、いや大岩のようなものだ。壁にぶち当たるか、川に落ちるまで止まらない。
「わかりました」
僕はうなずくとゆっくりと、意図を悟られないように壁側に歩き出す。
「あなたの言うとおり、口で言ってもわかっていただけないようですので、わかりました。僕も覚悟を決めます」
「よく言った」
コーネルは大剣を肩にかつぎ、大きな口をにやりとゆがませる。
「たとえ丸腰だろうと容赦はしない」
確かに、僕は今剣を持っていない。倒れている騎士様たちは剣を握っているけれど、それを取りに行くためにはコーネルの横を通り過ぎないといけない。でも、それを許してはくれないようだ。
「お気遣いありがとうございます」
そろりそろりと少しずつ移動して今は暖炉の前だ。一番近い剣からも五歩は離れている。それがわかっているからコーネルも油断のない目つきで僕との距離を測っている。取りに行こうとすれば、剣を握った瞬間に真っ二つだろう。
「でも心配はいりません」
僕は暖炉の上の方を二回叩いた。
エントツの上からかわいらしい鳴き声がした。
どすん、と火のない暖炉に落ちてきたのは、母さんに作ってもらった僕のカバンだ。
「今が暖かい季節で良かったですよ」
もしもの時のためにとスノウと協力して用意しておいたのだけれど、正解だったようだ。カバンに付いたホコリやススを払いながら僕は『裏地』に手を突っ込み、ランダルおじさん手製の剣を取り出した。
剣を腰に差し、ジャマな外套を外す。
本当は鎧も身につけたいけれど、さすがにそこまで寛容ではないようだ。
コーネルは雄叫びを上げながら大剣を振り上げてきた。
お読みいただきありがとうございました。
次回は3/9(金)午前7時頃に更新の予定です。




