身代わりは王子様 その11
そんなのデタラメのウソっぱちだ!
そう叫びそうになったのを歯を食いしばってこらえる。
なので、変な顔になってしまったのだろう。
殿下やヘンリエッタさんがふしぎそうに僕を見ている。
僕は笑ってごまかした。危ない危ない。
ここで僕がアップルガース村の生まれだと知れたらまたややこしいことになる。
そうだ、冷静に考えてもあり得ない。
だって、僕が生まれて以来、いや、母さんがアップルガース村を訪れてから村を出て行った人はただの一人もいないんだから。これは母さんも村長さんも言っていたことだ。僕が村にいた時点で、ウソを付いたりごまかしたりする理由は見当たらない。信頼していいだろう。
つまり、『災厄砕き』を名乗っているのは真っ赤なニセモノだ。村長さんたちの名前を出して、ほかの人を怖がらせてやろうと思ったのだろう。
何者かは知らないけれど、村長さんたちの名誉を傷つけている。
僕にはそいつが許せない。
今度来たら思い切りとっちめてやる。それから、そのニセモノの居場所も聞き出してやろう。さあ、どこからでもかかってこい。
僕のやる気に反して、その日は何も起こらなかった。
夕暮れ、また別の屋敷に泊まることになった。昨日泊まったのと同じくらいの屋敷だ。やはり、何とかという領主様の屋敷らしい。警護役の兵士さんも倍以上だ。さすがに今日はおそってこないだろう。
明日には約束の場所に着く。それで僕の役目も終わりだ。そうなれば『大災害』と出くわすこともなく、ニセモノをとっちめられなくなる。でも、殿下の無事を考えれば何もないのが一番だ。何もなくてもあっても困る。悩ましいところだ。
夕食は大きな食堂で取った。昨日のどんちゃん騒ぎとちがって、みんなおとなしいものだった。お皿は飛ばないし、パンはきちんとちぎって口の中に放り込まれたし、明日に備えてお酒も出なかった。
念のためにと、僕が一番乗りした甲斐があるというものだ。
殿下とヘンリエッタさんだけは別の部屋だ。きっと領主様と差し向かいで豪勢な食事を取っているのだろう。たんぽぽコーヒーも出るんだろうか。出るとするなら、朝一番に咲いたたんぽぽだけを集めたような上等な品に違いない。僕も飲んでみたいなあ。
そんなことを考えながら食事もつつがなく終わった。
お風呂もないので今日は早く寝てしまおう。
スノウを抱えて二階の廊下を歩いていると、奇妙なかけ声が聞こえた。
声のした方に向かうと、豪奢な廊下からだんだん石造りの無骨な作りに変わっていった。
そこは丸い広場になっていた。周囲を大きな石の壁に囲まれ、地面にも四角い石が敷き詰められている。天井には明かり取りの大きな窓から四角い星空が覗いている。
どうやらここは訓練場のようだ。壁にはたいまつが等間隔で燃えているのが見えた。
その真ん中でスチュワート殿下が木剣を振っていた。いつもの赤いシャツに白いズボンではなく、白い袖無しのシャツに厚手のズボンをはいていた。おそらく練習着だろう。
短いかけ声を発しながら振り下ろしては振り上げ、斜めに切り下げてはそこから突きに転じている。動きによどみはなく、剣舞のようにも見える。どうやら剣の形の練習しているようだ。
へえ、いばりんぼかと思っていたけれど、まじめに訓練しているじゃないか。
「なんだ貴様」
僕が見物しているのに気づいたらしく、殿下が剣を止めて僕をにらみつけてきた。
「申し訳ありません。おジャマしてしまいましたか」
僕は素直に頭を下げた。
「それにしても大変熱心に練習されていましたね」
「当たり前だ」
殿下は首に巻いていた布で汗を拭きながら歩み寄ってきた。
「上に立つ者には力が必要なのだ。弱ければ人は付いてこない。戦えぬ者には尚更な」
「昨日も言いましたけど、別に殿下自ら剣をとって戦わなくてもいいと思いますよ」
そこで殿下は意味ありげにふん、と鼻を鳴らした。
「貴様からすれば俺の剣など子供の遊びに見えるのだろうな」
「そんなことは」
ありません、と言いかけるより早く殿下が続けた。
「それだけの腕があれば、母上の手の者を片付けるなど造作もなかったろうな」
僕は言葉に詰まった。殿下は、僕がウィルフレッド王子を助けた時の話をしているのだ。
「一体何の……」
「とぼけるな」
僕の反論はまたも殿下にさえぎられる。
「調べは付いている。盗賊に見せかけた傭兵どもはたった一人にやられたとな。そして、そいつの名前もリオというそうだ。姿形も年の頃もお前とよく似ている」
「殿下もお人が悪い」
どうやらとぼけてもムダなようだ。僕は肩をすくめた。
「最初から気づいておられたんですね」
「そうでもない」
殿下はかぶりを振った。
「最初は勘違いか、他人のそら似かと思った。リオ、なんて名前は世間にありふれているからな。確信を得たのは、お前に剣を鞘に戻された時だ」
そこで殿下はご自分の腰に目線を向ける。今は剣を差してはいないけれど、左手でゆっくりと鞘のあった辺りを感慨深げになでさする。
「間抜けな話だ。お前が伯爵の刺客なら、あの時五回は殺されていただろう」
「いや、僕は」
「わかっている」
僕の反論はまたも中断させられた。人の話は最後まで聞こうよ。
「今言ったとおりだ。お前が刺客なら俺は生きてはいまい。それに、お前が伯爵と決裂したらしい、ということも聞いている」
そんなことまで知っているのか。どうやらあの時いた人たちの中に、スチュワート殿下か、その一派と通じている人がいるようだ。
「金払いでも渋られたか? あのケチな伯爵ならありそうなことだ」
確かにけちんぼうではあったかな。僕が形見の短剣を返そうとしてもなかなか受け取ってくれなかった。
「だが、俺は違う」
殿下はきっぱりと言った。
「有能な者、俺に付き従う者にはそれ相応の見返りを約束する」
「はあ」
「リオ、俺に仕えろ。貴様なら爵位もくれてやってもいい」
どこかで聞いたような口説き文句だな。やっぱり兄弟なのかな。でも僕の答えも決まっている。
「いえ、僕は男爵なんてなるような身分ではありませんので」
「男爵ではない。伯爵だ」
これには僕もおどろいた。あのバートウイッスル伯爵と同じ、ということになる。冒険者でも貴族に気に入られたら騎士に取り立てられる、とは聞いたことがある。事実、僕も少し前に誘われた。それが伯爵となれば、たいそうな出世だろう。でも僕はまったく興味がない。なりたいとも思わない。
断りたいけれど、素直にそれを言うとまたへそを曲げそうだ。
「殿下はどうしてそこまで僕……というか、強い人を欲しがるんですか?」
「俺には力が必要なのだ」
殿下は真剣な目をする。
「お前は、この国の現状を知っているのか?」
「いえ」
「この国は病んでいる」
それから殿下はこの国の現状を語り始めた。
エインズワース王国にはたくさんの貴族がいる。その多くは古くから王家に仕える由緒正しい一族だ。でも一部の貴族は、その地位にあぐらをかいて悪いことばかりしている。税金を不当につり上げ、王家への税金もごまかし、裁判もお金のある人が勝つようになっている。そのくせ、民が困っても知らんぷりだ。不作で作物が取れなかったり、盗賊や魔物におそわれて大切な財産や命が奪われても平気な顔をして私財をためこんでいる。
国中に悪辣な不正がまかり通っている。不正を正そうにも貴族たちは結束している上に、お金も力もある。もし、反乱でも起こされたら大変なことになる。そのため、王家でもうかつには手が出せないのだという。
「それが二代、三代と続き、国の財政も傾きつつある。今はまだいい。だが、俺の子や孫の時代にはどうなるかわからん。今と同じ平和が続く保証など何もないのだ」
「……」
「誰かが現状を変えなければならない。そのためには力がいる。悪辣な貴族を廃し、民に安息を与え、再び王家に権威を取り戻す。腐った世界を正すための強い力がな」
「……」
「だからこそ、俺が王になる。いや、王にならねばならないのだ。無能のウィルフレッドではなく、正当たる後継者である俺がだ」
「ウィルフレッド様は立派な方ですよ」
そこは名誉のために訂正しておく。
「無能だ」
スチュワート様は不機嫌そうな顔で繰り返した。
「確かに学問は出来るだろう。だがそれだけだ。しょせんは伯爵どものいいなり、操り人形だ。シルベストルの王女などと婚約する羽目になるのだ」
「それのどこが悪いんですか」
ウィルフレッド殿下だけでなく、ミルヴィナまで悪く言われた気がして、つい声もとげとげしくなってしまう。
「お前はシルベストルがどんな国か知っているのか?」
スチュワート殿下はむしろ哀れむような顔で言った。急に関係のない話を振られて、少しとまどってしまう。
「貿易が盛んで、豊かな国だと聞いていますが」
「表向きはな」
殿下はつまらなそうに言った。
「だが、内実はそうではない。いや、貿易港のある沿岸部はそうだろう。だが、内陸側の大半は魔物の住まう山脈や、草木も生えぬ荒野が続いている」
当然、そんな土地では取れる麦もたかが知れている。くわえて、土地をめぐっての貴族同士の争いが続き、反乱や暴動も起こっている。国中で食糧が不足して、民が飢え死にする地域も出ている。
おまけに近年では内陸部の穀倉地帯に『迷宮』が三つも生まれて、壊滅の危機だという。当然、シルベストルの王様たちも騎士団や冒険者を派遣したりして攻略に力を入れているが、成果は上がっていないらしい。
「せっかく貿易で稼いだ金も食料を買う金に消えていく。だからシルベストルはこの国の豊かな穀倉地帯が欲しくて仕方がないのだ。それ故に、ことあるごとにこの国にちょっかいを掛けてくる。二十年前には『災厄砕き』の乱に乗じて、兵まで送り込んできた。わざわざ軍船まで用意してな」
「……」
「そんな国の姫をめとろうなど、正気とは思えん。万が一、あれが王になどなってみろ。王妃の実家、という大義名分を振りかざして、どれだけ政に口出ししてくるか知れたものではない。たとえば救援の名の下に大量の食料を送らせるとかな」
「ですが」
「仮に王女にそのつもりがなくてもシルベストルの王家はそうではない。必ず何かしらの要求をしてくる。今まで侵略してこなかったのは、海を隔てているからに過ぎん。持久戦になれば、不利なのは向こうだからな」
「殿下は、大変勉強されているんですね。それに、この国を愛しておられる」
「当然だ」
形勢不利なようなので、イヤミのつもりで言ったのに、スチュワート様はひどく自信に満ちた顔でうなずいた。
「この国の王は俺の父だ。なにより、俺の生まれ育った国だ。誰にもくれてやらん」
「……」
「リオ、俺に付いてこい。お前もこの国の者なら、俺と共にこの国を変えようではないか」
殿下が手を差し出した。小さな手が僕には一回りも大きく見えた。
僕は、「はい」とも「いいえ」とも言えなかった。あいまいに濁して明言を避けると、逃げるようにその場を去った。
スチュワート様が真剣にこの国のことを考えているのはわかった。悪い貴族を取り除いて、侵略を企む外国からこの国を守ろうとしている。立派だとは思う。少なくとも僕にはマネ出来ない。
でも、スチュワート様が国を継いだとしても必ずしもバラ色の未来になるとは到底信じられなかった。悪い貴族やシルベストルについて、ウソは言っていないのだろう。でもその考えが必ずしも正しいとは思えなかった。
殿下は世の中の一面しか見ていないのではないだろうか。世の中には善と悪、正解と間違い、簡単に割り切れることばかりではない。それをムリヤリ割り切ろうとしたら、大勢の人が苦しむことになるだろう。
理念は正しくても、やり方を間違えれば、それはただの暴力だ。スチュワート様にはその区別が付いていないのでないだろうか。そのやり方や考え方はとても危うげに見えた。
そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、あてがわれた僕の部屋まで戻ってきた。
屋敷には部屋がたくさんあるので今日は僕とスノウの二人部屋だ。
部屋の前に人がいた。
「お待ちしておりました」
ヘンリエッタさんはうやうやしく頭を下げた。手には麦で編んだバスケットを持っていた。
お読みいただきありがとうございました。
次回は2/13(火)午前7時頃に更新の予定です。




