身代わりは王子様 その8
カツラをかぶりなおし、ひりひりするぽっぺたをさすっている間に、スチュワート王子たちが戻ってきた。おっかなびっくりって顔で『大盾』の球の中の山賊たちを覗いている。
殿下はぐるりと『大盾』の球を一周すると、興奮した面持ちで僕に迫ってきた。
「お前は魔法使いだったのか?」
「いえ。僕は魔法は使えません。これはマジックアイテムのおかげです」
と、虹の杖を掲げてみせる。
ほう、と殿下は感心したようなため息を漏らしながら虹の杖をぺたぺたと触り出す。
「大したものだな。これだけの人数をいとも簡単に倒すとは」
どうやら山賊たちを捕まえたのもマジックアイテムの力だと思っているようだ。
虹の杖を作ってもらった時の僕の狙い通りだ。しめしめ、と心の中でほくそ笑む。
「殿下でしたら、もっとすごいマジックアイテムもお持ちなのでは?」
王子様なんだから魔法の剣くらい持っていても良さそうなのに。
「父上に反対されてな」
悔しそうに胸の辺りを撫でる。
「子供だからと、ろくなものをくれぬのだ。せいぜい、身の守りの首飾り程度だ。病気になりにくくなるというが、どうにもつまらん。どうせなら宝剣『ディグラト』か、聖霊剣『リロス』でもくれればいいものを」
よくわからないけれど、すごそうな剣だ。代々続く家宝とかそんなところだろう。きっとお城の宝物庫にでも厳重に保管されているに違いない。
殿下の目にうらやましそうな光が宿るのを見て僕は話題を変えることにした。虹の杖をよこせ、と言われても困る。
「ところで、彼らを運びたいのですが。今夜泊まるという領主様のところでよろしいでしょうか」
「殺さないのか?」
物騒なことを言う王子様だ。
「身なりから察するに、ただの山賊ではないようです。色々聞き出すこともあるかと」
「そうだな」殿下はあっさりと同意してくれた。
「ならばこやつらを運ぶがいい。できるな」
「仰せのままに」
うむ、と満足げに笑う。こういう笑い方は年相応に子供っぽい。
「では、私たちはロスター卿のところに知らせに参ります」
騎士様が二人、一足早く、馬を走らせる。
あっという間に丘を越えた向こう側に消える。
「よし、我々も出発だ。休んでいるヒマはないぞ」
殿下の号令で残りのご学友たちも馬を進める。
僕も馬に乗り、最後尾からみんなの後を追いかける。虹の杖を振るうと、僕の後ろから『大盾』の球が坂道を転がり上がっていく。ただ、下りと違ってなめくじみたいに遅い。
僕が丘を登った時には、ほかのみんなは既に森の辺りまで進んでいた。
僕も急がないと。
日が沈みかける頃に屋敷に到着した。
『大盾』を解除すると、領主様のところの兵士さんたちと協力して、逃がさないよう全員ロープで縛り上げた上に、地下にある牢屋に放り込んでいった。じめじめした石の牢屋で、汚いところだった。僕は伯爵の別宅の牢屋に入れられたときのことを思い出した。
でも牢屋は三つしかないので、全員は入りきらない。そこで六人ずつぎゅうぎゅうに詰めて、残りの人たちは屋敷の敷地内にある物置小屋に縛り上げた上で放り込んで、兵士さんたちが交代で見張りを立てることになった。
逃げられても困るから手伝う時に、全員におにごっこの『贈り物』で動けなくしたから今夜一晩は大丈夫だろう。
何かあったら声を掛けてもらうように頼んでから、カバンとマントを小脇に抱えて領主様の屋敷に入る。
もう外は真っ暗だし、僕もおなかがぺこぺこだ。
きっと今頃、食堂で晩ご飯だろう。スノウを肩に乗せながら使用人さんに案内された食堂へ向かうと、にぎやかな声が聞こえてきた。楽しく食事かな。僕も早いところご相伴の預かろうと食堂に入ると、お皿に載ったスープが飛んできた。
お皿のはしっこを指先でつまむと、スープがこぼれないように勢いを殺しながらその場でくるりと一回転する。
スノウの無事を確かめながら飛んできた方向を見ると、騎士様やご学友の子たちが大騒ぎしていた。テーブルの上に乗ったり、走り回ったり、細長いパンでチャンバラをしていたり、まるで猿の群れだ。兵士さんもお酒が入っているのか、ムダに大声で笑ったり、床で眠りこけている。ただ一人、コリンズ君だけがテーブルの隅っこの席に座りながら泣きそうな顔で縮こまっていた。
壁の方では屋敷の侍女さんたちが迷惑そうな顔で立っていた。本当は止めたいんだけれど、相手が貴族だから何も言えなくて困っているのだろう。
ヘンリエッタさんはどうしたんだろう、と見回してみたけれど、姿はなかった。殿下もだ。
止める人がいないから好き放題に暴れ回っているようだ。『司祭は教会の外で酒を飲む』というやつか。
「お、いいものがあるではないか」
サリヴァン君が騎士様の飲んでいたワインをひったくると、つかつかとコリンズ君に近づいていく。
「ほれ、貴様にほうびをくれてやろう。飲むがいい」
「おやめください」
コリンズ君は首を振る。
「なんだと、貴様」
ぱん、といきなりコリンズ君の頬を張った。派手な音を立てて床に倒れる。
「俺の酒が飲めないのか? さあ飲め!」
コリンズ君に馬乗りになると、ぐい、とビンをムリヤリ、口に近づける。
「そこまでだ」
僕はワインの瓶をひったくると、サリヴァン君を突き飛ばす。よたよたと後ずさりながら後ろのイスに座り込むのを見届けてから部屋の隅にいた侍女さんにビンを手渡した。
「それ、屋敷の兵士さんに渡してあげて下さい。僕からのおすそわけです」
続けてパンでチャンバラしていた子に後ろから足払いを掛ける。がくん、とバランスを崩して後ろに倒れ込む。すかさず、僕はイスを引っ張り出して、お尻の位置に回した。イスの上にしりもちをつく形で座る。そのあと、呆然としている子からパンをひったくるとカゴに戻す。
ついでに大声を出していた騎士様を黙らせ、床で寝ていた兵士をイスに座らせた。
食堂に平穏な静寂が戻った。
「なんだ貴様」
コリンズ君を助け起こしている僕に、サリヴァン君が僕に食ってかかる。
「僕も行儀のいい方ではありませんが」
手に持っていたお皿の中のスープをごくごくと飲み干した。チキン味だ。
「いささかマナーが悪すぎるのではありませんか。第一、ここはあなた方の家ではありません。一夜の宿をお借りしている身でありながら、大騒ぎするだなんて失礼にも程があります」
「生意気を言うな、平民の分際で」
「貴族というのならまず手本を示していただきませんと困りますね」
後ろからご学友のルシアン君が、イスを両手に持ち上げながら僕めがけて振りかぶってきた。
「おっと危ない」
片手でイスを受け止めると、殴りかかろうとしていたサリヴァン君の顔の前に反対の手でお皿を突き出した。ぱくり。お皿の縁が大きく開けた口の中に収まる。
「殿下とヘンリエッタさんはどこかな」
この子たちではらちがあかないので、コリンズ君に尋ねる。
「殿下はロスター卿……この村の領主のところです」
ああ、特別室でお食事か。
領主様にとっても王子様との縁を結ぶいい機会なのだろう。
「ちょっと見せて」
コリンズ君の頬が赤くはれているので、虹の杖の『治癒』で治してあげる。コリンズ君の全身が優しい光に包まれる。
「え、あ、あれ?」
ほっぺを撫でさすりながら目を丸くしている。無事に治ってよかった。
「ひ、ひさま」
サリヴァン君が顔を真っ赤な顔でお皿をくわえながら口を動かす。
僕はちょっと哀れみをこめて彼を見た。
「お皿なんて食べるとおなかを壊しますよ」
「は、はれのせひはと……」
「何をしている?」
声のした方を向くと、殿下がヘンリエッタさんと一緒に食堂に入ってきたところだった。
「遊んでいるヒマはないぞ。来い」
殿下はつかつかと大股で近づいてくると僕の手を引っ張る。
「どちらへ」
「地下牢だ」
そう返事した時には、僕の体はもう食堂の外まで出ていた。スノウもぴょんと後から付いてくる。
「お前が倒した連中を尋問しようにも一向に起きないのだ。何とかしろ」
『贈り物』で気絶させたからなあ。
「明日には目を覚ましますよ」
多分。
「俺は今知りたいのだ」
ワガママな王子様だ。
「殿下のようなやんごとなきお方が、牢屋になんて行くものではありませんよ」
「何を言うか」
殿下は振り返ると、僕をにらみつける。
「俺は王になる男だ。王たるものがたかが牢屋ごとき恐れていて、国を支えることなどできるものか」
それに、と続ける。
「奴らが何者かはともかく、俺を狙ってきたのは間違いない。だからこそ、俺は知りたいのだ」
へえ。僕は感心した。ただのいじめっこかと思っていたけれど、それなりに考えているようだ。良くも悪くもプライドが高いのだろう。
「お気持ちはわかります」
僕はうなずいた。
「ですが、やはり明日にしましょう。今日一日旅をして殿下もお疲れでしょう。疲れた頭では尋問もできませんよ」
「自害でもされたらどうする気だ?」
「強めに眠らせてあるから大丈夫ですよ。明日の朝までは目覚めません」
「それもマジックアイテムの力か?」
「まあ、そんなところです」
『贈り物』のことはナイショだからあいまいに答えておく。
「きょうはちゃんと寝て、明日早起きしてごはんを食べてからでも遅くはありませんよ。まだ旅の途中なのですから尋問のために健康を損ねては元も子もありません」
「お前もか」
スチュワート殿下が鼻白む。
「さっきヘンリエッタも同じようなことを言いやがった」
後ろをぎろりとにらみつける。ヘンリエッタさんは涼しい顔だ。
「正しいことは誰が言っても正しいんですよ」
「ふん、まあいい」
殿下はぱっと僕の手を離した。
「寝坊などしたら許さないからな」
そう言い捨てて殿下は廊下の奥へと消えていった。ヘンリエッタさんもその後に続いていった。二人の姿が見なくなったとたんに、あくびが出た。
僕ももう寝よう。食堂までカバンを取りに戻るとスノウを肩に乗せる。今日はベッドでゆっくり眠ろうとして大切なことに気づいた。
僕はどこで寝ればいいんだろう。
「では、僕の部屋にどうぞ」
「ありがとう。まったく君は僕たちの恩人だよ。ね、スノウ」
「にゃあ」
僕とスノウの頼みをコリンズ君は、快く引き受けてくれた。
空いている部屋はあると思うけど勝手に使うわけにもいかないし、ほかのご学友や騎士様たちからは断られたので、馬小屋で野宿かと思っていたところだ。
「こっちのベッドを使って下さい」
コリンズ君の部屋はこじんまりしているけれど、ベッド二つに古そうなサイドテーブルや、かくれんぼできそうなクローゼットもあって快適そうだ。
「助かったよ」
シーツもふとんもふかふかだ。これならぐっすり眠れそうだ。
「いえ、僕の方こそ助かりました。その、さっきは……」
ああ、食堂のことか。
「気にしてないでいいよ」
「いえ、そんなわけにはいきません。先日といい今日といい、助けられてばかりで。ご恩はいつか必ず」
いいやつだなあ。
「君も大変だよね。あんな奴らと一緒にいてさ」
「いえ、それは」
コリンズ君の顔が曇る。
「皆さん、侯爵や伯爵のご子息ばかりで、僕みたいな騎士の息子とは格が違いすぎて」
「それだって、僕にしたら雲の上の人だけどね」
「ですが、リオさんはあんなに強いじゃないですか。殿下の剣がいつの間にか、その鞘に収まってて、まるで魔法を見ているようでした」
コリンズ君はまるで素晴らしいお芝居でも観たかのように目を輝かせている。でも、あんなのはジェフおじさんに比べれば子供のおゆうぎだ。僕は全く同じ事を反対にやられたことがある。しかも二刀流でだ。あの人には勝てる気がしない。
「でも、僕はいずれ父上の後を継いで騎士になる身なのに、剣術も全然ダメで」
コリンズ君は今にも泣き出しそうだ。
「昼間にも言ったけどさ」
僕はコリンズ君をなだめるような口調で言った。
「いくら腕が立っても信頼できる人でなくては、殿下の役に立つなんてできないよ。大切なのは騎士道とか、忠誠心とかそういうものだと思う。腕っ節とか、剣術は二の次だよ」
僕だったら、すぐに裏切ったりさぼったりするような家来に大きな仕事は任せられない。お金や地位を与えれば、優秀な人材は集まってくるだろう。でも、それだけじゃダメだ。信じられる家来の方がずっと貴重だし価値があると僕は思う。
「忠誠心……」
コリンズ君はかんでふくめるように僕の言葉を繰り返した。ちょっと元気が出たようだ。良かった。
「それじゃあ、僕はもう寝るから。今のうちに休んでおいた方がいいよ」
カツラを外し、ごろん、とベッドの上で横になる。スノウも僕の枕元で丸くなる。今のうちに睡眠を取っておかないとね。
「ええ、あの」
「何かな」
「その格好で寝るんですか?」
コリンズ君の目は場違いなものでも見ているかのようだ。
別におかしな格好はしていない。赤いシャツに白いズボン。昼間と同じ姿のままだ。本当はお風呂にでも入りたいんだけど、どうせすぐに汚れちゃうかも知れないからね。代わりに濡れたタオルで体を拭いている。
「すぐに起きられるようにしておいた方がいいからね」
僕は窓の外をちらりと見てから目を閉じる。
コリンズ君が何か言いかけたようだけれど、その前に僕の意識は眠りの世界へと落ちていった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は2/2(金)午前7時頃に更新の予定です。




