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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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身代わりは王子様 その7

 そんなことがあったので、僕はその日はずっと無言で馬を進めた。

 殿下も何も言わず、僕の横に並んでいた。


 時折、後ろから僕を小バカにする言葉が聞こえたけれど全部聞こえないふりをした。

 途中の休憩でも誰とも話をせずに、スノウを抱きかかえながら寝転がっていた。

 

 それからしばし馬を進めると、夕暮れが近づいてきた。街道はこの辺りからいくつもの丘が見えるようになっていて、上ったり下ったりを繰り返しながら進んでいた。遠くに見えるばかりだった林や森も徐々に狭まるようにして街道の近くまで来ている。


 このたくさんの丘を越えたところに、小さな村があって、今日はそこのロスター卿とかいう領主様の家で泊まる予定だという。内密の仕事なのでは、と思ったけれど、ヘンリエッタさんいわく「殿下と志を共にする方」なのだそうだ。要するに、スチュワート様側の人間ということらしい。


 だったら応援も頼めないかと思ったのだけれど、別件で騎士を北方に派遣しており、出せる状況ではないそうだ。


「というのが表向きの理由です」

 実際は、親類や近隣の領主様がウィルフレッド様派なので、遠慮しているのが実情らしい。なんとも情けない話だ。


 屋敷にはすでに騎士様が先触れとして出ている。今頃は王子様をお迎えする準備で大わらわなんだろうなあ、と思うとかわいそうな気持ちになる。


「やれやれ、やっとか」

「くたびれたな」


 ご学友たちもへとへとのようだ。ずっと馬に乗り続けるのは存外に疲れるものだ。僕も一日中、馬に乗るのははじめてだ。ずっと同じ体勢でいるものだから体がかちこちになった気がする。


 おっと、こうしちゃいられない。僕は虹の杖を触った。

 ……へえ。


「少しよろしいですか、殿下」

 僕は殿下に近づくと小声で言った。


「あの丘の上に小さな森が見えますよね」

 あえて指ではなく、目線だけで森の方角を指し示す。街道から少し離れたところに小さな森があって、夕暮れの淡い光をたくわえている。


「あれがどうした?」

「あそこに大勢の人間が潜んでいます」


「なんだと?」

 殿下がびっくりして僕の方を見た。


「お静かに願います。気づかれても困りますので」

 僕は自分の唇に指を当てる。


「なぜわかった?」

「風向きですかね。こちらは風下ですから」


 僕は適当なことを言った。本当は虹の杖の『失せ物探し(サーチ)』のおかげだ。定期的に使って、潜んでいる敵がいないか確かめていたのだ。


「ウィルフレッドの手の者か?」

「わかりません」


 ウィルフレッド殿下はこんなマネを命じるやつではない。けれど、彼を王様にしたがっている貴族は違う。汚い手を使ってでもスチュワート殿下を蹴散らしたいと考えているはずだ。あのバートウイッスル伯爵ならやりかねない。


「もしかしたら、たまたまこの辺りを根城にしている山賊かもしれませんが、数は……そうですね、二十か三十というところでしょうか」


 本当は三十二人だ。でも正確な数を言い当てるのはさすがにまずいと思ったのであいまいに言っておく。

「どうかしましたか?」


 僕たちの様子がおかしいと思ったのか、後ろからヘンリエッタさんが近づいてきた。

「どうやら敵襲のようです」


 僕はそれだけ言って一度だけ森の方を見てからまた正面に向き直る。

 ヘンリエッタさんは一瞬、顔を青ざめさせた。けれどすぐに唇を引き結び、強い意志に満ちた瞳を殿下へ向けた。


「いかがなさいますか?」

「馬を走らせて一気に村まで駆け込みましょう」


 そう言ったのは赤毛のご学友ことサリヴァン君だ。

「罠を仕掛けている可能性もある。そうなれば一網打尽だ」


 残り二人のご学友も会話に加わる。黒髪の太っちょと、金髪のやせっぽちだ。確か名前はルシアン君とグラハム君だったかな。


「遠回りするのはどうでしょうか?」

「バカを言うな。遠回りしていたら夜になってしまう」


「いっそこちらから先手を討つというのはどうでしょうか」

「敵の方が数が多いのだ。それに向こうは丘の上、地の利は向こうにある」


「そもそも、本当に敵など潜んでいるのか?」

「そこの無礼者が適当なことを言っているだけではありませんか」


 ご学友たちがあれこれ言い争っているうちにも馬はどんどん先へ進んでいく。もう丘は目の前だ。ここを登り始めたら後には引けない。


「どうしましょう」誰かが言った

「ならこうしましょう」


 僕は馬を進めて殿下や騎士様たちを追い抜く。

「僕がひとっ走り行って、あいつらをやっつけてきますよ」


「待て、お前一人でか」

「死ぬつもりか」


「大丈夫ですよ。僕はおにごっことかくれんぼは村一番なんですから」

 それに『贈り物(トリビュート)』もあるし、虹の杖もある。付いてこられてもかえって戦いにくい。


「では僕はこれで。終わったらお呼びしますので」

 馬を下りると、鞍からマントと剣とカバンを取り出して身につける。やっぱりこっちの方がしっくりくる。本当は地龍の鎧も身につけたいけれど、時間がない。


「お待ちなさい」

 冷たい声がした。


 振り返るとヘンリエッタさんが馬に乗ったまま怖い顔で近づいてきた。

「あなたは殿下の身代わりなのですよ。勝手なマネは許されません」


「ではこのまま突っ込んで殿下を危険にさらしますか? それこそ本末転倒だ」

「時間はかかりますが、回り道すればよいではありませんか」


「それを決めるのはあなたではなく殿下では?」

 僕の言葉にみんなの視線が一斉にスチュワート殿下に集まる。


「どうしますか? 殿下。僕はあなたに従いましょう。蹴散らしてこいというのなら蹴散らしてきます。回り道、ということでしたら僕もそちらに」


 殿下はじろりと僕を見下ろす。馬の鼻息が顔にかかってくすぐったい。幼さの残る瞳でためつすがめつ僕を見ると、にやりと口元を緩ませる。


「やれるんだな」

「まあ、なんとか」


「長くは待たないぞ」

「善処いたします」


 話が早くて助かるよ。

「では、今より殿下の行く手を阻む悪漢どもを討ち果たしてご覧に入れます。しばしお待ちを」

 ぺこりと一礼する。


「スノウ、お留守番お願いね」

「にゃあ」

 僕は背を向けて走り出す。そのまま丘を半分ほど駆け上がったところで僕は髪の毛をわしっとつかむ。


「これ、預かっておいて下さい」

 放り投げた茶色いカツラは宙を舞い、ヘンリエッタさんの手の中に収まった。


 丘を越えると同時に『贈り物(トリビュート)』で姿を消す。これで見つからない。


 念のため道を外れて横から森に入っていく。『失せ物探し(サーチ)』で反応のあった辺りに向かうと案の定、武器を持った男たちが藪の中にしゃがみ込んでいた。薄汚れた皮鎧を付けて、顔なんかも泥やホコリだらけでいかにも山賊って感じだ。


 けれど、剣はぴかぴかだし槍も磨かれている。弓矢だって矢羽根もきれいで、弦もしっかりしている。専門の職人さんが丁寧に作った仕事だ。しかも一人や二人ではなく、みんなそうだ。おなかをすかせた山賊が使うようなシロモノじゃあない。


 やっぱり、山賊のふりをした傭兵か兵士だ。

 ひい、ふう……全部で三十二人か。数えたとおりだな。


 森の奥には馬に乗った男がいる。でも、この人だけ騎士様みたいな銀色の鎧だ。きっとこいつが親玉、というか大将なんだろう。背中には分厚い大剣も背負っている。顔もごつくていかめしい顔をしている。


 ま、みんな眠ってもらうけどね。


 というわけで山賊の格好をした人たちは気絶して倒れている。ちゃんと三十二人いる。

 さて、どうしよう。


 一人一人縛り上げるのも面倒だ。何かいい方法はないかなあ。

 虹の杖は便利だけれど、一度に全員を縛り上げられるような魔法は入ってないし……あ、そうだ。いいこと思いついたぞ。


「お待たせしました」

 戻ってくると、みんな目をクルミみたいに丸くしている。スノウだけが僕の胸に飛び込んで無事を喜んでほっぺをなめてくれた。くすぐったいけれど、いい気持ちだ。


「えーと、何かありましたか」

 もしかして僕のいない間に別働隊でもおそってきたかと思ったけれど、変わった様子はない。殿下をはじめ全員そろっている。


「これはこれはお早いご帰還だな」

「しょせんは口だけだったか?」


 ご学友たちが皮肉っぽい口調でそんなことを言い立てる。

「敵はどうした、一人くらいは倒したんだろうな?」


 殿下の言葉でようやくみんなの勘違いに気づいた。

 僕が逃げてきたと思っているようだ。


「ご安心下さい。全員、捕まえましたので」

 みんなが一斉に思い思いの声を上げる。


「まさか、もう全員倒したというのか。あり得ない」

「そもそも敵なんていたのか。お前のデタラメではないのか」

 信用がないなあ。


「今、連れてきますから。どうかご自分の目でお確かめ下さい」

 僕は虹の杖を丘の方に向けながら念じる。ほどなくして、落石のような重い音が聞こえてきた。


「何だあれは?」

 殿下が肝を冷やしたような声を上げた。


 丘の上に姿を現したのは、巨大な球体だった。人の背丈の倍以上はあるだろう。白い半透明の球の中には鎧姿の男たちがまるで洗濯物みたいにぎゅうぎゅうに詰まっている。もう目覚めている人もいるらしく、時折うめき声や助けを呼ぶような声も聞こえた。


 球体は丘の頂を越えて転がり落ちてきた。ごろごろごろごろ、と砂煙を上げながら僕たちの方に向かってくる。心なしかだんだんスピードも上がっているようだ。


 みんなが悲鳴を上げながら逃げ惑う。

「大丈夫ですよ」


 僕が虹の杖を振ると、球体は坂道の途中でぴたりと止まった。


 僕が『大盾(シールド)』で作った球だ。『大盾(シールド)』は僕の思い通りに形を変えることが出来る。僕は大きな球体を作り、その中に山賊もどきたちを押し込めたのだ。これなら『大盾(シールド)』を動かせば中の人たちごと運べる。僕って頭いいなあ。


 ただ中に入れただけだと、お互いにぶつかりあってぺしゃんこになってしまう。だから中で四人ごとに区切りを入れている。『大盾(シールド)』は僕が考えていた以上に形を変えられるようだ。これは大きな発見だ。今度暇なときにでも試してみよう。


「どうです? これで僕が山賊を捕まえてきたと証明できましたよね」

 返事はなかった。


 代わりにヘンリエッタさんが馬から下りると早足で近づいてきた。歯を食いしばりながら怖い顔をしている。


 どうしました? と言い終えるより早く、ヘンリエッタさんは大きく右手を振りかぶった。盛大な音が鳴った。


お読みいただきありがとうございました。

次回は1/30(火)午前7時頃に更新の予定です。

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