身代わりは王子様 その5
とりあえず護衛は明日からということになり僕とスノウは屋敷の一室で今日は泊まることになった。
「それでは僕はこれで。おやすみなさい」
僕はスノウを抱えて外に出ると、ぺこりとあいさつをする。
ばたん、と扉が閉まると、スチュワート殿下は待ちかねたように腰を浮かせた。くそっ、と汚い言葉とともに胸に飾ってあったバラを扉に投げつける。
「なんなんだあいつは! 無礼な奴め!」
くやしそうに言うと、今度は横にあったイスをけとばす。がたん、と派手な音を立てて壁にぶち当たる。
「ちょっと腕が立つからと、金も地位も名誉もいらないなどど、小生意気をぬかしおって。コトが終わったら死刑にしてやる」
「殿下、お静かに願います。夜分故、音もよく響きますので」
「わかっている!」
ヘンリエッタさんの取りなしに、ふてくされたようにどっかと座り直す。
「それにしても、よくあいつを丸め込んだものだな。聞いていて感心したぞ」
「殿下のご助力のたまものにございます」
ヘンリエッタさんは、ほめられてもうれしそうな表情一つ見せない。
「どういうことだ?」
「この世に欲望のない人間などおりません」
感情のこもらない声で断言する。
「殿下の申し出をあの者はきっぱりと断りました。そういう場合は、さらに良い報酬を引き出すための駆け引きか、本当に興味がないかのどちらかです。わたくしは後者と判断いたしました。わざわざ、マキン村で反対側に向かうと言い残していたくらいです。わたくしが引き留めなければ本当に帰っていたでしょう」
やはり、マキン村まで探しに来ていたらしい。
「それで?」
「ならば、望みは何なのか? そう考えているとあの者は言いました。『くだらない争いに巻き込まれるのはまっぴらだ』と。この言葉には三つの意味がこめられています」
ぴっとヘンリエッタさんは三本の指を立ててみせる。
「一つは、言葉通り『厄介ごとを避けたい』、もう一つは『自分は後継者争いを知っている』という警告、そして最後は『意味のある戦いであれば命を賭けてもいい』という決意です」
指折りながら、言葉の意味を解きほぐしていく。スチュワート殿下もまるで謎解きをせがむ子供のように固唾をのんで見守っている。
「つまり、あの者が求めているのは、命を賭けるに値する大義名分……『正義』です。正しい目的のために力を振るいたいと考えているのでしょう。逆に、金銭や地位や名誉のために戦うのは卑しい、と感じているように見受けました」
「青臭いな」
「問題はそこではございません」
冷やかすような殿下をヘンリエッタさんはぴしりと叱りつけるように言った。
「肝心なのは、相手が何を求めているかを探り当てることです。金銭を求める者には金貨を、地位を求める者には相応の地位を、欲するものを与えるからこそ、人は動きます。口に出して求める者もいれば、今回のように言葉を濁したり、言外に要求してくる者もいます。上に立つ者として殿下にはその機微を身につけていただきますよう」
「わかったわかった」
面倒くさそうに手を振る。
「先を続けろ」
かしこまりました、とヘンリエッタさんがうなずいた。
「そこに気づけば、あとは簡単です。殿下をお守りして、ヘルマン様のところまでお送りすることがいかに正義のためになるのかを説けばいいのです」
「それで、『大災害』の名前まで持ちだしたのか」
くくくっ、と殿下が含み笑いを漏らす。
「確かに、そういうことになっているな。名目では、な」
「ウソはついておりません」
しれっと言ってのける。
「理由はどうあれ、説得するにはこちらも真剣にならねば人は動きません。少なくともわたくしは殿下のように生まれついてのご威光を持ちませんので」
「ご苦労なことだな」
殿下は両手を組んで頭の後ろに乗せる。
「それに殿下の危機であることも間違いありません」
きゅっと形の良い眉根がすぼまる。
「先の一件以来、妃殿下の発言力が弱まっています。同時にウィルフレッド様を推す勢力が強くなり、寝返る貴族も出てきていると」
「母上も余計なことをしてくれたものだ」
殿下が忌々しそうに首を振る。
「あんな田舎娘が嫁いできたところで、どうということもあるまい」
「シルベストルからも王女を危険にさらした、と抗議の書面が届いていると」
「言わせておけ」
「ウワサでは王女とウィルフレッド様との仲もむつまじく、支援の約束も取り付けたとのことです。バートウイッスル辺境伯にマクファーソン侯爵もウィルフレッド様を次期国王にと、西方の貴族たちへ運動を始めていると」
「反逆者どもめ」
殿下がばん、と机を平手で叩いた。
「過去の栄光にすがりつく亡霊どもが」
「もはや猶予はなりません。ここで挽回しなければ、貴族たちは一気にウィルフレッド様支持へと傾くことでしょう。そうなれば国王陛下といえど無視することは……」
「わかっている。もう言うな」
不機嫌さを露わにしてスチュワート殿下が首を振った。
「わたくしからもお伺いしてよろしいでしょうか」
「許す」
「なぜ、殿下はこうまでしてあの者を?」
「説明したはずだ。あやつの腕は本物だ。腹立たしいがな」
ちっと舌打ちする。
「確かにあのリオという者はかなりの手練れのようです。アルナーグ様が一瞬で投げ飛ばされたのをわたくしもこの目で見ました」
「そうだろう」
我が意を得たりとばかりに、おおげさにうなずいてみせる。
「今の俺には味方がいる。頭の切れる者、腕の立つ者、少しでも多い方がいい」
それに、と殿下がさらに酷薄な笑みを浮かべた。
「あやつならいくら犠牲にしたところで痛くもかゆくもあるまい。そうだろう?」
「かしこまりました。ご無礼をお許し下さい」
ヘンリエッタさんが頭を下げる。ほんのわずかな動きでも優雅さは崩れない。
スチュワート殿下が立ち上がった。
「もう寝る。お前も休め」
「かしこまりました」
主従二人は続けて部屋を出た。
僕も続けて部屋を出た。
「長い話だったなあ」
すっかり肩が凝っちゃったよ。腕をぐりぐりとねじり回す。
部屋を出たふりをしてかくれんぼの『贈り物』で気づかれなくなって部屋の隅っこで聞いていたけど、まあ、色々しゃべってくれたよ。
「やっぱり、ただの頼み事じゃなかったんだ」
僕だって世間を見てきたんだ。素直に信じるほどうぶじゃない。
スチュワート殿下もヘンリエッタさんも別の思惑があって頼み込んできたのはわかっていた。本気で教会に応援を頼むつもりなら十三歳の子供に命じるわけがない。危険だというのならそれこそ将軍だか騎士団長だかが、大軍を率いて頼みに行けばいいんだ。
狩りだの『大災害』だの持ち出したけれど、本当は次の王様になれるようお願いしに行くのが目的か。教会に影響のある人なら、王国内での力もバカにならないだろう。
ウィルフレッド殿下が、シルベストル王国に応援してもらうのに対抗して、王族の偉い人にお願いしようって腹のようだ。
めんどうくさい話だ。
「どうしようか、スノウ?」
「にゃあ」
そんなこと聞かれてもわからないわ、って感じで鳴いてくる。もう夜中なのですっかりおねむのようだ。実際、殿下たちが話している間もずっと僕の腕の中で眠っていたからね。
実際、断るのは簡単だ。知らんぷりしてこのまま出て行けばいい。絶対に見つからない自信もある。
でもヘルマン様に会いに行くのは『大災害』なんて悪い奴らをこらしめるためだ。名目とは言え、こらしめる手助けが出来るのならそれに越したことはない。
「まあいいか」
ウィルフレッド殿下のために動いたんだ。スチュワート殿下にも一度くらい手を貸してもいいだろう。
あくびをかみ殺しながら僕は与えられた部屋に戻った。
「リオ様、朝です。準備をお願いいたします」
早朝、まだ日も昇りきらないうちに部屋をノックされた。まぶたをこすりながら扉を開けると、ヘンリエッタさんが立っていた。
昨日と同じ旅姿だけれど、服も折り目正しくてよれた様子はなかった。アイロンでも掛けているのだろうか。何よりヘンリエッタさんも昨日は髪の毛も寝ぐせなんか全然なくてつややかな黒髪を後ろで束ねている。つられて僕もしゃんと背筋が伸びてしまう。
「けれど、まだ出発には時間があるようですが」
「こちらにお着替え下さい」
手渡されたのは赤い絹の服に白いズボンにクツ、そして細身の剣だ。昨日のスチュワート様と同じ格好だ。
「もしかして、身代わりのための?」
「そのために、同行をお願いしたはずですが」
ごもっとも。着替えの服を受け取る。
「しかしねえ、僕はご覧の通りオトナですから。まだ子供のスチュワート様のモノマネなんてできるかどうか」
第一、顔立ちどころか髪の色も違う。遠目で見たってごまかせるとは思えない。
「用意はしております」
ヘンリエッタさんが筒のような小さな箱を僕に手渡す。
「なんですか、これ」
「カツラです」
箱を開けると人の髪の毛が入っていた。
「急ごしらえですが、殿下の髪型に似せております。旅の間は常に付けていただきますようお願いいたします」
口調は丁寧だけれど、有無を言わさない迫力があった。
「こんなものどうやって作ったんですか? まるで本物のようですが」
さわってみても作り物とは思えない。
「本物です」
ヘンリエッタさんはさらりと言った。
「昨日、村の娘より銀貨五十枚で髪の毛を買い取り、とりいそぎ作らせました」
「……」
殿下のためにそこまでするのか。僕は釈然としない気持ちになった。
「早くお着替えを」ヘンリエッタさんが言った。
「着方がわからないようでしたらお手伝いいたしますが」
「いえ、大丈夫です。僕はオトナですから、一人で着替えられますよ」
ヘンリエッタさんを外に出すと急いで扉を閉めた。
お読みいただきありがとうございました。
次回は1/23(火)午前7時頃に更新の予定です。




