身代わりは王子様 その4
ヘンリエッタさんは大まじめな表情で、冗談を言っている様子はなかった。
待って。つまり、こっちのいじわるなガキ大将がスチュワート様ってことは……この子が僕の弟ってこと?
「ですが、あれ? では、あっちの金髪の小柄な子は……」
「コリンズのことか」
ガキ大将がつまらなそうに鼻を鳴らした。
「あいつは身代わりだ」
「身代わり?」
「事情があって俺には身代わりが必要なのだ。試しにあいつに務めさせようとしたが、あのざまだ。使えない奴め」
ひどい言い方だなあ。
「でも、どうして身代わりなんて? ウワサでは、狩りのためにこちらに来られたとお聞きしましたが」
ガキ大将ことスチュワート殿下がまた目で合図をすると、ヘンリエッタさんがしずしずと前に進み出る。
「狩りというのは表向きの名目、つまりワイアットを出るための口実に過ぎません」
ワイアットというのは王都の名前だ。王様の住むお城もあって、当然スチュワート様もそこに住んでいるはずだ。
王子様がウソをついてまで王都を出る理由は……。
「家出ですか?」
「違います」
冷静な声で否定されてしまった。
「殿下にはさる目的のため、さるお方と内密にお会いしなくてはなりません。ですが、途中で騎士たちが腹痛を起こし、大半の者が護衛の任務を離れることになってしまったのです」
「それは災難でしたね」
生水でも飲んだのかな。
「幸い殿下はご無事でしたが、残った兵士や騎士は数名程度。もし道中で賊におそわれてはひとたまりもありません。何より、殿下のお命を狙う輩が動いているとの情報も入っています」
「一度戻って応援を呼ぶのは? あるいは、近くの領主様に護衛をお願いするとか」
「内密に、と申し上げたはずです。何よりもう時間がありません。約束の期日まであと三日。引き返したり援軍を待っていては、とうてい間に合わないでしょう」
「はあ」
「そこで殿下の発案で、似た年頃の者に同じ格好をさせて、賊の目をくらまそうとしたのです」
それで身代わりか。コリンズ君を「殿下」とか「王子」と呼んでいたのは、その練習のためだったんだな。
「ですが、今回の一行で殿下と同じ年頃の者は貴族の子弟の方々ばかり。万が一ケガがあっては、やはり大変なことになります」
「そこでお前だ」
突然、会話に入ってきた殿下が僕を指さす。失礼な奴だなあ。
「お前には俺の身代わりを務めてもらう」
「あなたなら年格好も近いし、何より腕も立つと聞いています」
そういえば、聞いたことがある。戦いの多かった時代には、あちこちの王様や貴族が暗殺を防ぐために自分そっくりの身代わりを立てたそうだ。
常に王様の側にいて、殺し屋の魔の手から命を張って王様を守った。戦場でも王様の代わりに軍の指揮を執ったり、護衛代わりに剣を振ったり王様の盾になったりしたという。そういう人たちを影王とか影騎士と呼んだそうだ。
「つまり、僕に道中の影騎士になれ、ということですか」
「ご理解が早くて助かります」
ヘンリエッタさんは満足げにうなずいた。
「ほうびならくれてやる。金貨を浴びるだけくれてやってもいい」
「それは豪勢ですね」
たかが身代わり、しかも三日間だけなのに浴びるほどの金貨とは、口約束にしても気前のいい話だ。
「ですが、お断りします」
殿下の命を狙う賊、なんてどうせ例の跡目争いだろう。この国では第一夫人の産んだスチュワート王子と、第二婦人が産んだウィルフレッド王子のどちらかが次の王様になるだろうとウワサされている。
この前はスチュワート王子を王様にしたい第一夫人とその仲間の貴族たちが、ウィルフレッド王子を狙って良くないたくらみを企てていた。だったら逆もあるだろう。
僕はそんなものにかかわるのはまっぴらだ。第一、スチュワート殿下が気に入らない。コリンズ君みたいに気弱な子もどうかと思うけれど、いばりんぼのいじめっこなんてもっとイヤだ。ウィルフレッド殿下はいいやつだったから、助けてあげようって気にもなったけれど、正直やる気が起きない。命が惜しいのなら王都に返ればいいんだ。
くれるといっても、お金も地位も名誉も僕はいらない。
「危険なら今すぐ応援をお呼びすることです。百でも二百でも騎士様がすぐに来てくれるでしょう」
僕は背を向けて扉のノブに手を掛ける。
「待て、どこへ行く」
「用件が終わったようなので帰ります」
向こうは僕を身代わりにしたいと言った。僕は断った。それで終わりだ。
「何が望みだ? 成功したあかつきにはお前の望みのものをくれてやる。それでどうだ」
「お金が欲しいなら稼ぎますし、地位も名誉も僕にはいりません。いくら頼まれようと、くだらない争いに巻き込まれるのはまっぴらです」
「貴様!」
スチュワート殿下が叫んだ。イスを蹴飛ばすように近づいて来ると、剣に手を掛ける。
そのまま斬りかかってくるかと思ったけれど、指一本分も抜かないうちに元に戻した。
僕の冷ややかな視線に気づいたようだ。それと、柄頭に添えられた指にも。
「では、用件はお済みのようですので僕はこれで。どうかお元気で」
「お待ち下さい」
半分ほど外へ出たところでヘンリエッタさんが口を開いた。
「わたくしは申し上げたはずです。殿下の双肩にはこの国とそこに住む民の未来がかかっていると」
毅然とした物言いに僕はドアノブを握った手を離した。
「他聞をはばかること故、内密にしておりましたが正直に申し上げます。こたびの旅は、反乱を食い止められるかどうかの瀬戸際なのです」
切羽詰まった物言いにウソをついている様子はなかった。
「どうしても帰られるというならお引き留めはいたしません。ですがわたくしの話をお聞きしてからにしていただけませんでしょうか。お時間は取らせません」
真剣な様子に気圧されてしまい、僕は黙って近くのイスに腰掛ける。ヘンリエッタさんはこくりとうなずくと目を潤ませながら話し始めた。
「この国は今、多くの内乱の火種を抱えています」
王国にはたくさんの人たちが住んでいる。王国を治めているのは、当然王様だ。でも、みんなが王様に従っているわけではない。王国に不満を持つ人たちがいて、その中には反乱を企ている人たちがいる。
「現在、この国には三つの反逆者集団がいます。一つは、いまだ北東のアップルガースにこもり、抵抗を続けている『災厄砕き』、南西のコールソン地方にて王国からの独立をたくらむ『黒刃』、そして、北の『大災害』です」
「なるほど、二つもいるわけですね」
「三つです」
二つだよ。村長さんたちが悪だくみなんてするはずないじゃないか。
「そのうちの一つ、北の『大災害』は、あちこちで王国への抵抗と称して、家々に火を放ち、略奪を続けているのです」
ひどいやつらだなあ。
もちろん、王国だって黙っているわけではない。『大災害』の連中を何人も捕まえたり、アジトをつぶしている。けれど、肝心のボスが、なかなか捕まらないので壊滅させることが出来ずに困っているという。
「そこで国王陛下は、ヘルマン様のお力をお借りすることにしたのです。ヘルマン様は先々代の王様の弟君にあらせられるお方で、早くから俗世から身を引いて神の道を歩まれてきました」
つまり、スチュワート殿下にとっては、ひいおじいさんの弟にあたるわけか。
「どうしてそれが『大災害』を食い止めることに?」
「現在では引退されたものの、ヘルマン様はかつて枢機卿も務めておられた方なのです。教会への影響力もいまだに強く、そのお力をお借りし、教会とともに『大災害』を食い止めよ、とその伝言を殿下に託されたのです」
枢機卿というのは、確か教会でもかなり偉い人のはずだ。つまり王様は教会の力を借りて『大災害』を倒そうと考えたわけか。ジェロボームさんによると、教会は大陸各国のあちこちに信者がいて、寄進された土地もたくさん持っていて、騎士団もたくさんいる。そこらの国より大きな権力とお金と武力を持っているらしい。
「ですが、教会の力を借りることに反対の者も多く、内密に事を進めることになりました。ところが、直前になってどこからかそのウワサを嗅ぎ付けた『大災害』の一味が殿下のお命を狙っているとの情報が入ったのです」
ヘンリエッタさんは静かに歩きながら僕に近づくと、僕の手を取る。
「内密ゆえ、救援を請うこともままならず……どうかお願いいたします。あなたのお力をお貸し下さい」
「わかりました」
スチュワート殿下はいやなやつだけれど、『大災害』なんて悪い奴を放っておく訳にもいかない。
決してヘンリエッタさんの手が冷たくて、すべすべしてて気持ちいいからとか、間近に迫ったきれいな顔にどきどきして、つい返事してしまったからとか、全然そんなことはないからね。僕だってきりっと顔を引き締めて、まじめな顔を作っている。
さっきからスノウが僕の耳をかんでいるのは多分、かみぐせのせいだろう。
お読みいただきありがとうございました。
次回は1/19(金)の午前7時頃に更新の予定です。




