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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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身代わりは王子様 その2

「もう大丈夫ですよ、殿下」

 僕が声をかけると金髪の男の子の目ゆっくりと開いていく。僕と馬を交互に見ながら、助かったとわかって安心しているようだ。


 そのまま僕は馬を操り、いじめっ子たちの前まで戻ってきた。そこで馬から下りて一礼する。

 先頭にいたガキ大将が僕を馬上からにらみつける。


「誰だ、貴様。どこから来た」

「僕はリオ、旅の者です」


 しまった、名乗るつもりはなかったのに。つい言っちゃったよ。

「なぜジャマをした」


「僕は弱い者いじめが大嫌いなんです」

「これは試練だ」

 ガキ大将が利いた風な口をきく。


「弱い者は強い者に従うのが世の掟だ。弱ければ生き残れない。だからそうならないよう、今のうちから鍛えてやっているんだ」

「いじめっこはみんなそう言うんですよ」


 鍛えるだの、遊びだのなんてただの言い訳だ。面白いからやっているだけだろう。自分がいじめられる側に立ったときのこと考えていないから、そんな屁理屈が平気で言えるんだ。


「だいたい、強いだの弱いだの、子供が言ったって説得力なんてありゃしませんよ」

 働いてお金を稼いでるわけでもないのに。第一、腕っぷしだけで渡っていけるほど世の中は甘くない。


「貴様、俺を弱者と愚弄するか!」

 ガキ大将が声を張り上げると馬から下りて僕に近寄ってきた。


「愚弄だなんてそんな」

 僕は吹き出してしまった。

「難しい言葉を使ったって背が伸びるわけでも年を取るわけでもありませんよ。別にいいじゃないですか。まだ子供なんですから」


「貴様もまだ子供だろうが」

「僕はもう十五歳ですよ。この国では立派にオトナと認められている年齢です」


 そこは間違えてもらっては困る。

「なるほど、この国がダメになっていくわけだ」


 ぎろり、と怒りとバカにした気持ちをまぜこぜにした視線を僕にぶつけてくる。

「貴様のようなくずが、オトナぶって堂々と歩いているのだからな」

「子供がいけないことをしたら叱りつけるのもオトナの役割ですよ」


 まったく、バカバカしい。いちいちつきあってられないよ。

「さあ、この子にゴメンナサイと謝って下さい。話はそれからです。悪いことをしたら謝る。そう、お父さんやお母さんに教わりませんでしたか?」


「貴様の親はどうなんだ?」

 ガキ大将はそこで皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「父さんはいません。母さんは死にました」

「見たところ貴様、冒険者だな」


 胸に付けている組合証を見下ろしながらふん、と鼻を鳴らす。


「貴様こそ、ろくでなしの食い詰め者だろう。大事な息子をいやしい魔物拾い(・・・・)なんかにするような親などどうせ、こそどろか詐欺師の類だろう。母が死んだといったな。しばり首にでもなったか? それとも腐った肉でも食べて野垂れ死にか? それとも橋の下にでも捨てられたか?」


 ガキ大将の馬鹿笑いを聞いた瞬間、僕の目の前が真っ黒になった。心臓がぎゅっとすぼまったように痛みだした。鼻の音がつんと痛くなった。こいつは怒りだ。ああ、そうだ。僕は今怒っている。怒りで目がくらむものだと初めて知った。こんなことは物語にも書いていなかった。


「謝って下さい」

 かろうじて残っている理性というものを振り絞りながら僕は言った。


「なんだと?」

「聞こえなかったんですか? 僕は謝って下さい、と言ったんです」


 馬たちが急にいななきを上げた。つばきを出しながら前足を上げたり、反対に後ろ足を上げたり、同じところをぐるぐると回り出す。この場から遠ざかりたいのだろう。早く逃がしてあげればいいのに。


「コラ、落ち着け」

「急にどうした?」


 ほかのいじめっ子たちも馬を落ち着かせようと手綱を引いたり、ムチで叩いたりしているけれど、あれでは逆効果だ。


 まったく、やっていいことと悪いことの区別の付かないのか。だから母さんを侮辱するんだろう。ただ、バカにするだけなら僕も笑って聞き流しただろう。でもこいつはこいつらは母さんの心を侮辱した。僕をたった一人で育ててくれた母さんの心を、その思いを汚い言葉で踏みにじった。そう考えるだけで、頭の中がぐらぐらと煮えたぎる鍋のように熱くなっている。


 ガキ大将たちがすっかりたじろいでいる。殿下も暴れだした馬にしがみつきながら、僕への視線を外さないようにしている。


 僕が一歩踏み出したその途端、

「にゃあ!」

 不意に白い固まりが僕の胸に飛びついた。かと思うと、あっという間に服をよじ登り、顔に飛びついてきた。スノウだ。


 短く鳴いたかと思うと、ピンク色の舌で僕の顔をぺろぺろなめ始めた。

「ちょっと、どうしたの。スノウ。くすぐったいよ」


 突然の出来事に僕はしりもちをついてしまう。スノウはまだ僕の鼻や口やほっぺをしきりになめ回している。

「やめてよ、スノウ。ねえ、ねえってば」


 やっとのことでスノウを顔からひっぺがす。両手でスノウを持ち上げながら顔の前まで持ってくる。

「どうしたんだい、急に」

 僕の質問にスノウは弱々しくもいとおしげな鳴き声を上げる。


 スノウの向こう側ではスチュワート様をはじめ、貴族の子供たちがぽかんとした顔で突っ立っている。ひどく間の抜けた姿に、僕は全てがバカバカしくなった。


 マントの端で顔を拭くと、虹の杖を拾い上げ、立ち上がる。

「どうも、失礼しました」


 ぺこりと一礼して背を向ける。あんなに腹立たしかったのに、今では腹を立てていた自分自身がどうしょうもなく恥ずかしかった。


「おい、待て」

 後ろからガキ大将が声を掛けてくる。僕は聞こえないふりをした。


「止まれ、貴様」

 走る音と金属のこすれ合う音がした。


 振り返ると、ガキ大将が顔を真っ赤にしながら剣を抜き放っていた。胸に付けていたバラがぽろりとこぼれ落ちる。細身だけれど立派そうな剣をひらめかせながら僕の頭上めがけて振り下ろそうとしていた。僕はよけなかった。


 手首だけを動かして虹の杖を持ち上げる。先っぽで剣の柄頭をこつんと叩いた。

 下から突き上げられて、ガキ大将の手から剣がすっぽ抜ける。宙に浮いた剣に僕は腕を伸ばし、指二本ではさむ。同時に手首を返して切っ先の向きを変えると、振り下ろすように放り投げた。鈴の音のような音を響かせ、剣はガキ大将の鞘に納まった。


 赤いバラがぽとりと草の上に落ちた。

「落としましたよ」


 僕は腕を伸ばしてバラを拾い上げると、ホコリを払い、ガキ大将の胸元に付け直してあげた。ガキ大将は自分の手と鞘との間で、視線を行ったり来たりさせていた。何が起きたのかまだ判断しかねているようだった。


 その間に僕はもう一度頭を下げると、スノウを小脇に抱え、背を向けて草の深いあたりに飛び込んだ。同時に『贈り物(トリビュート)』を使い、その場をゆっくりと立ち去った。


 しばらくしてから異変を嗅ぎ付けた騎士様たちが僕の横を駆け抜けていった。


「はあ、まいったよ」

 森の中に入ると、どっと疲れが出た。手近にあった切り株の上に座り込む。


 僕というやつはどこまでうかつなのだろう。あそこで怒って大暴れでもしたら、その日から僕は天下のお尋ね者だ。僕のことだから捕まりはしないだろうけれど、冒険者ギルドも間違いなくクビになる。今までのようにおおっぴらに歩けなくなってしまう。


 考えてみればあいつらは母さんに会ったことすらないんだ。会ったこともない人のことをあれこれ悪く言うのはバカだからだ。バカに怒ったって仕方がない。聞かなかったことにすればいいだけの話だ。むかむかするのだって耐えればいい。僕はガマン強いんだ。


「君のおかげだよ、スノウ」

 膝の上のスノウは僕が背中を撫でて上げると気持ちよさそうな声を出す。


 スノウが止めてくれたおかげだ。まったくスノウはどこまで僕の「最高の友達」を更新するつもりだろうか。仲良く遊ぶだけの友達は、世間にいくらでもいるだろう。けれど、あやまちを体を張って止めてくれる親友なんて、めったにいるものじゃあない。


「ありがとう、それからゴメンよ、スノウ」

 僕がお礼とおわびをすると、僕に体をすり寄せてくる。


「そういえば、君にはまだ話してなかったよね」

 僕は両手でスノウを抱え上げてまた顔の前まで持ち上げる。


「今まで君には話してなかったんだけどね、どうやら僕の父親というのはこの国の王様らしいんだ。つまり僕は王子様ってことになるのかな」


 改めて口に出すと、なんとも現実味のない話だ。

「つまりあの子とは母親違いの兄弟ってことになる。でも安心してよ、僕は王子様になんてならないから。こうして君と一緒にいる方が楽しいしね」


 スノウはあくびをすると、僕の手からぴょんと逃れて膝の上で丸くなった。スノウにとっては、僕が何者かなんてどうでもいい話のようだ。


 僕にはスノウという友達がいる。でも、スチュワート様はどうなんだろうか。ウワサではスチュワート様を推す人たちのボスは、母親の第一夫人らしい。あの分だと、お母さんの言いなりなのかも知れない。王子様になんてなるものじゃないな。


「おっと、早く戻らないと」

 寄り道をしてしまったせいで、太陽も傾き始めている。


 僕は『虹の杖』を掲げ、『瞬間移動(テレポート)』でマキン村に戻った。


お読みいただきありがとうございました。

次回は1/12(金)午前7時頃に更新の予定です。

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