身代わりは王子様 その1
今回から新しい話が始まります。
第九話 身代わりは王子様
オトゥールの町を出て早三日。
僕はマキンという、山間の小さな村にやってきた。獣よけの柵に囲まれた、猟師さんばかりの村だ。イノシシとか鹿とか山鳥を狩り、ふもとの村に売って生計を立てているらしい。
三十軒ばかりの家々には必ずと言っていいほど、木が生えている。枝にはリンゴやベリーといったおいしそうな果実が成っている。季節になると、果実酒にしたりジャムにするらしい。
一応、冒険者ギルドもあるけれど、今のところ立ち寄るつもりはない。
この前の一件で少し疲れたので、しばらくはのんびりするつもりだ。スノウとも遊びたいしね。
「本当にいいのかい? こんな狭苦しいところで」
ふっくらしたおかみさんが申し訳なさそうに頭を下げる。宿屋がないので、今日はおかみさんの家に泊めてもらうことになっている。
「いえいえ、お構いなく」
今僕がいるのは、裏手にある小さな物置小屋だ。確かに狭いし、クワやらフォークやら突っ込んであるけれど、毛布はあるし、夜露さえしのげれば問題はない。
「そうかい? まあ、亭主が帰ってくればイノシシの肉でも食べさせてあげるからね」
おかみさんは笑顔で去っていった。愛想がいいのは僕もありがたい。宿賃にと、銀貨十枚をあげた甲斐があるというものだ。
「さて、どうしようか、スノウ」
まだ昼過ぎだし、夕方まで時間はたくさんある。それまで何して遊ぼう。おにごっこやかくれんぼは、僕が有利すぎる。
ほかの遊びがいいかな。
「それとも、あれの練習でもするかい?」
スノウと二人で練習してようやく使えるようになったけれど、まだ形になったばかりで実戦で使うにはおぼつかない。まだまだ練習が必要だ。もし自在に使えるようになれば、様々な場面で役立つだろう。
「にゃあ」
スノウは僕の腕に飛び込むと、肉球で僕の胸を押し始める。甘えたいサインだ。そうだね、遊ぶ方がいいに決まっている。
それじゃあ猫じゃらしでも、とカバンに手を突っ込んだところでざわめきが聞こえた。
振り返ると、弓矢を抱えた猟師さんたちが村の入り口に戻ってきたところだった。みんな日焼けをして腕っぷしも太い。ひげを生やしたり、額に大きな傷跡をつけた人もいる。けれど、一様に困った顔をしている。
「どうしたいだい、こんな早くに」
おかみさんが不思議そうな顔をする。まだ日は高いし、猟を切り上げるには早すぎる。けが人が出たのかとも思ったけれど、見たところ古傷ばかりだ。
「それがよ、森を追い出されちまったんだ」
猟師さんたちが言うには、さる高貴なお方が森で狩りをするのでジャマだからと兵士たちに追い返されてしまったらしい。
ひどいなあ。どんな悪い貴族だろう。
「なんでもスチュワート王子とそのご一行らしい」
「まったく、王子様のお遊びで狩りを止められちゃあたまったもんじゃないよ。俺たちは生活がかかっているってのによ」
僕はどきりと心臓が跳ね上がるのを感じた。
スチュワート様といえば、この国の第二王子だ。第一王子のウィルフレッド様と、そのどちらかが次の王様になるとウワサされている。
そのために水面下ではみにくい争いが繰り広げられているという。僕も以前、そのあらそいに巻き込まれてしまった。
「悪いね、そういうわけだから今日は肉なしのスープだからね」
おかみさんが申し訳なさそうに言いながら通り過ぎて行った。
さて、どうしようか。
村の人たちが困っているから王子様たちに狩りを止めるか、よそでやってもらうようにお願いしに行くべきか。
いや、僕が行ったところで素直に言うことなんて聞いてくれないだろう。そもそも僕にはそんな義務もない。
依頼されたわけでもないし、王子様たちだって、二三日もすれば城に戻るはずだ。
「どうやら、村でおとなしくするしかないみたいだね」
スノウは小首をかしげながらまた僕にすり寄ってきた。まったく、スノウはかわいいなあ。
それじゃあ、改めて猫じゃらしで遊ぼうかとスノウの目の前に出したところで、女の子の泣き声がした。振り返ると、村の外から女の子が涙を流しながら帰ってくるところだった。
「どうしたんだい?」
「お父さんが、ケガしたから、薬草が、でも、鎧付けた人たちに、追い返されて、ひっく」
僕が尋ねると、女の子が泣きながらわけを話してくれた。泣きすぎてしゃくりあげながら大粒の涙をぽろぽろこぼしている。
「スーリスがないと、熱が下がらないって、ママが、だがら」
スーリスといえば熱覚ましの薬草だ。僕も故郷のアップルガースでよく採っていた。
山道でケガをすると中から見えない毒が入って高い熱が出ることがある、とジェロボームさんから聞いたことがある。
「このままだと、パパが、パパが……」
女の子はまた大声で泣きだした。
僕は自分でもガマン強い方だと思っている。痛いのやおなかがすいたのだってへっちゃらだ。やれと言われれば、何時間でもおしっこをガマンできる。でも、女の子が泣いているのはどうにも耐えられそうにない。
「安心して」
僕はしゃがみこむと女の子と目を合わせ、安心させるようにっこりとほほ笑んだ。
「僕が代わりに採ってきてあげるよ」
森に入ると、二百歩ほど歩いたところで兵士の姿を見つけた。槍を手にして、鉄の鎧を付けたいかめしい顔の人だ。
警護のつもりなんだろうけど、遊びの狩りにしてはどうにも緊張しすぎているようだ。きょろきょろと周囲を見回して、落ち着きがない。この辺りに熊が出るとは聞いてないんだけど。
普通の人たちならすぐに見つかるだろうけど、僕なら『贈り物』を使えば軽いものだ。その横をすり抜けて、森の奥へ向かう。
森の奥に進み、藪の中を探すと、どうにか目的の薬草は見つかった。
「これであの子も喜ぶね」
「にゃあ」
肩の上のスノウもうれしそうだ。
丁寧に布に包んでからカバンの中に入れて、さて帰ろうかと顔を上げると、馬蹄の音がした。
どうやら森の奥へ進むうちに、王子様の狩場まで来てしまったようだ。
目を凝らせば木々の向こう側が草原になっていて、馬の姿とそこに乗っている人影が見え隠れしている。
足音から察するに五頭はいるようだ。王子様とその護衛、というところだろうか。
どれが王子様だろう。首を伸ばしても木々がジャマをしてよく見えない。
王子様がどんな顔をしていようと僕には無関係だ。けれど、まあ、顔くらいは見てもいいか。
スノウが不思議そうな声で鳴いた。
森を抜けると、草原に出た。緑色の草が風にたなびき、互いをこすり合わせている。草原の向こう側にはまた森が広がっている。
どうやらこの辺りだけ、森の中をくりぬいたような草原になっているようだ。その中を少年たちが手綱を手に、馬を走らせている。
全部で五人。年の頃は僕より少し下くらいだろうか。赤い上着に白いシャツ、すらりとした白いズボンをはいている。全員が同じ格好だ。服の生地も高そうだ。
狩りをしている様子ではない。近づいてみると、一番小さな男の子を取り囲んではやし立てている。
「ほら、どうした王子。しゃんとしろ」
「そんなことで王国を継げるとお思いか?」
金髪に青い目の男の子が今にも泣きそうな顔をしている。ぶかぶかのマントを羽織り、帽子を直しながら手綱を握っている。
毛並みのいい白馬に乗っているけれど、乗り慣れていないのか、下手なのか、乗りこなすのに苦労しているようだ。
どうやら、あの子がスチュワート様らしい。
周りの子たちは取り囲んでいじめているようだ。王子様をいじめるなんて普通ならあり得ないはずだけれど、きっとウィルフレッド殿下を応援する貴族の子弟なのだろう。
殿下はいいやつだけれど、周りの貴族がみんないい人かというとそうは限らない。欲得づくで近づいている貴族もいるだろう。狩りに出たのを幸いに、スチュワート様をいたぶって、仲間うちでいい顔をしようというのだろう。イヤな奴らだ。
特にこげ茶色の髪をした男の子がひどい。大声で怒鳴りつけたり、スチュワート様の白い馬をつついたりしている。色黒で目つきが鋭くて、黙っていれば高貴な生まれに見えなくもない。
けれど、顔の先に「乱暴」とか「自信満々」って書いた紙をぶら下げている感じだ。あれじゃあ貴族というよりいじめっ子のガキ大将だ。キザったらしく胸に赤いバラなんか飾っている。
「さて、王子様にはやはり試練を乗り越えていただかねばな」
ガキ大将はムチを振り上げて、スチュワート様が乗っている馬のお尻を叩いた。ぴしり、と痛そうな音とともに白馬がいななきを上げる。前足を一度大きく上げると、そのまま駆けだしていった。
スチュワート様は目を閉じて振り落とされまいと必死に鞍にしがみついている。ああ、ダメだ。ちゃんと手綱を握って操らないといけないのに、怖いのか目をぎゅっと閉じている。ほかの子たちはそれを見てげらげら笑っている。見ていられない。
僕はスノウを肩から降ろすと、虹の杖の『瞬間移動』で王子の乗る馬の前に出る。暴れ馬となって草と土ぼこりを上げながらまっすぐ向かって来る。
ひづめが僕の目の前に迫る。そこでタイミングを見計らって馬の横に回り込み、ひらりと飛び乗った。スチュワート様の後ろに座ると手綱をつかみ、暴れ馬をおとなしくさせる。
二回ほど手綱を引くと、馬は徐々に速度を落とし、並足になった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は1/9(火)午前7時頃に更新の予定です。




