危険な二つ名 その23
「それより、俺たちを呼んだ件だ」
業を煮やしたのか、グレゴリーさんが前に出てきた。一瞬、地面に倒れている兵士たちを見ておびえとも怒りともつかない表情を浮かべる。
「『白猫』をゆずる、というのは本当か?」
「はい」
「それなら、何故こいつらまでここに呼んだ?」
そこで顔役さんやギルド長たちを見回す。
「オークションでもするつもりなのか」
「そんなところです」
僕はうなずいた。正確に言えば違うのだけれど、ここでくどくど説明しても始まらない。
「それともう一つ。皆さんの勘違いを訂正しに来たんです。こいつを解かないと後々困ることになりそうですので」
「勘違いだと?」
「その前に言っておきます」
僕は毅然として言った。
「僕は『白猫』もミリカの香木を盗んではいませんし、売ってもいません。僕がちょいとばかし大金を使ってしまったので、みなさん目を丸くされたようですが、僕の資金源はこれです」
僕はカバンからブラックドラゴンのウロコを取り出してグレゴリーさんに放り投げる。ごつい手ですくい取るように受け止めると、裏返してみたり撫でたりかんだりして確かめている。
「まさか、本物か?」
「差し上げますよ。ご迷惑をおかけしたおわびです。僕がこいつを売ったことはマッキンタイヤーの冒険者ギルドに問い合わせていただければ、わかりますので」
「よこせ」
パーシバルさんが横からウロコをひったくるように手に取ると、ためつすがめつ見ている。本物を見たことがあるかは知らないけれど、さわってもらえたら魚やトカゲのウロコとは別物だとわかってもらえるだろう。
最初っからこうすればよかったよ。この前は売り言葉に買い言葉で、僕も冷静な判断力を失っていたようだ。
「だが」
「あー、僕がどうやってブラックドラゴンのウロコを手に入れたなんてのは、この件とは全く関係ありませんので、お答えいたしません。ただ、盗んだわけではありません。死んだ母さんに誓います」
騒がれるのはまっぴらなので先に言っておく。
「そういうことです。僕は香木なんて盗んでやいません。ましてや、誰かの命令で動いたこともありませんよ。そうですよねえ、ギルド長」
みんなの視線が一斉に冒険者ギルド長ことイザベラさんに集まった。
「あなたですよね、ミリカの香木を勝手に切り倒すよう指示したのは」
「何の話だい」
イザベラさんは眉一つ動かさずに僕をねめつける。
「おとぼけはなしにしましょう」
僕は大げさな身振りで肩をすくめてみせる。
「切り倒された頃には、まだあの森には魔物がたくさんいました。そこから香木を切り倒せる人間となれば限られています。冒険者ギルドなら一番じゃないですか」
「そんな依頼がいつ出たと?」
「依頼なんか出さなくっても、ギルドには自分で動かせる人たちがいるじゃないですか。ねえ、ポーラさん」
僕が名前を出した途端、ポーラさんの気配がふくれあがる。
殺意というやつだ。おっかないなあ。
「あなたたちは、えーと『番犬』っていうんでしたっけ? 戦う力ももっているし、僕と森に入った時もずいぶん道に慣れておられるようでした」
一度や二度、森に入ったくらいでは、ああはいかない。切り倒したのはおそらく、ポーラさんたち『番犬』のしわざだろう。
「証拠? ああ、ありますよ。倉庫にあるのこぎりの歯、ずいぶんぼろぼろでしたよね。あれと切り株の切り口と比べてみればわかるんじゃないでしょうか」
ポーラさんは忌々しそうに唇をかんだ。
「何のために?」
「そりゃあ、お金のためですよ。ギルドの経営、良くないんでしょう?」
年々冒険者の質は下がり、依頼も失敗続き。ギルドは依頼の仲介料や、冒険者から買い取った魔物を売ったお金で経営を成り立たせている。どちらも冒険者ありきの収入だ。冒険者の腕が悪ければ、ギルドの経営だって悪くなるに決まっている。
「でしたら、盗んだ香木はどこにあるんですか? なんでしたら倉庫どころかギルド中探していただいても構いませんよ」
ポーラさんが挑戦的に目を光らせる。
「ここにはありませんよ。というより、ミリカの香木を切り倒してばらばらにしただけです。最初から運んでなんていやしません」
わかっていることなんだから、すっとぼけるのはなしにして欲しいなあ。話が進まないじゃないか。
「あなたたちがミリカの香木を切り倒したのは売るためじゃあありません。十王グモに食べさせるためです」
「何のために?」
グレゴリーさんが少しうろたえた口調で聞いた。せっかく切り倒した香木を魔物に食べさせた、というのだから混乱するのもムリはない。でも、これは大変、合理的な行動なのだ。少なくとも犯人にとっては、だけど。
「そりゃあ、香木を手に入れるためですよ」
意味がわからない、と言いたげにグレゴリーさんが首を振る。
「理由は二つあります。一つはミリカの香木を手に入れるためです」
香木が切り倒されたことはすぐにばれる。そうなれば香木がどこに運ばれたか徹底的に調べられるだろう。目撃する人も出て来るだろうし、いくら口止めしても必ずどこかで誰かがしゃべるかも知れない。アビゲイルさんが言ったように、秘密は知る人間が多いほど漏れやすいものだ。
「だから合法的に手に入れる方法を思いついたんです。ミリカの香木を十王グモに食べさせることです。冒険者が倒した魔物は、その人の物になります。そいつをギルドで買い取れば、香木は魔物ごとギルドのものになるというわけです」
魔物に食べられたものまでは探しやしないだろう、という判断だ。実際、十王グモについて領主様は考えつかなかったようだ。
「そして二つ目の理由は『白猫』を手に入れるためです」
スノウが鳴いた。君のことじゃないからね。優しく頭を撫でてあげる。
「今までミリカの香木がどうやって『白猫』になるかわかりませんでした。ですが、ギルド長たちは偶然、十王グモの中から『白猫』を発見したんでしょう。そこでギルド長たちはこう考えた。『白猫』は十王グモの食べたふんから生まれる物だと」
生き物のおなかの中は不思議な作りになっている。なにせパンや野菜やお肉が、おなかの中でうんちに変わってしまうのだから。
遠い異国には、コーヒー豆をわざと鳥に食べさせる地域もあるらしい。鳥のふんから取れたコーヒー豆は、普通のものよりずっとかぐわしい臭いになるという。魔物のおなかの中ならもっと不思議なことが起こっていたとしてもおかしくはない。
「つまり、十王グモに食べさせることで、合法的に『白猫』を手に入れることができる。そのためにわざと食べさせたんですよ」
「なんということだ……」
グレゴリーさんがうめいた。
「この作戦のためには当然、十王グモが欠かせません。でも、あの森には十王グモの子供をエサにするような魔物もたくさんいます。オトナになれるのは、千匹のうち数匹だといいます。そのために、十王グモの敵となるような魔物を少しずつ減らしていった。事実、ギルドでは魔物の討伐依頼がここ数ヶ月で何度も出ています。しかも依頼人は全部オトゥールの冒険者ギルドです」
「そこまでにしな!」
ギルド長の怒声が飛んだ。ざわついていた場が一気に静まり返る。
「そんな証拠もがどこにあるっていうんだい。全部、アンタの思い込みだ。だいたい、さっきポーラもいっただろう? ウチの中探したって、『白猫』の香木なんか出てきやしないよ。ウソだと思うなら探してみるがいいさ」
「まあ、ないでしょうね」
すでに『失せ物探し』でも確認したから間違いない。
「だって、あなたたちは計画に失敗したんですから」
「失敗だと?」
今度は顔役さんが僕の言葉を繰り返す。
「十王グモに食べさせたはいいけれど、『白猫』にはならなかったんですよ。全部……とまではいかなくてもほとんどが、普通のミリカの香木のままだったんです。ギルド長もがっかりしていましたよね。せっかくの計画がおじゃんなってしまったんですから」
「見てきたようなことを……」
「見てはいませんが、話は聞きましたよ」
そこで僕はこほんと咳払いをする。
「『どうだったい、ポーラ。『白猫』はあったのかい?』『いえ、ダメでしたギルド長。ジョンたちを森に行かせて、なきがらの中もくまなくあさらせましたけれど、『白猫』は見つかりませんでした』」
僕が声色を使って話し出したので、何事かとみんな目を丸くしている。中でも一際、びっくりしているのはギルド長とポーラさんだ。
時間はかかったけれど、必要な情報を見聞きすることはできた。いねむりをガマンしながら待っていたかいがあるというものだ。
「『良く探したのかい! 本当に!』『もちろんです。ですが、『白猫』どころか、ミリカの香木がほんのわずか……しかも、どれも胃液で溶けかかっていて、売り物になりません。これでは大損です』『そんなこたあ、言われなくてもわかっているんだよ!』」
ぱん、と僕は自分の太ももを叩いてみせる。本当は机を叩いたのだけれど、机はこの場にないから勘弁してもらおう。
「『パーシバルの方はどうなっているんだい?』『表だっては動いていないようですが、例のリオを犯人と決めつけて、追いかけているようです。明日か明後日には指名手配も出されるのではないかと』『はん、あの弓矢しか能のないぼんくらならそんなところだろうさ』」
パーシバルさんがきっ、と僕をにらみつける。僕が言ったんじゃないんだけどなあ。
この後に「それで、あのボウヤは今どこにいるんだい?」と僕の話題に移ったのだけれど、この辺りにしておこう。
僕が『白猫』を拾ったのを見たのは、状況からしてポーラさんだろう。ポーラさんはミリカの香木どろぼうの犯人を僕に押し付けるために、わざとパーシバルさんや顔役さんたちに伝えたのだ。
そもそも顔役さんもパーシバルさんも僕の情報を手に入れるとしたら冒険者ギルドしかない。僕がアップルガースの生まれだということも、冒険者ギルドなら一発でわかる。
ミリカの香木が切り倒されたこともいずれはばれるだろう。当然誰がやったか、とパーシバルさんは血眼になって探す。下手をすれば、冒険者ギルドまで調べられる。
そうならないためには、先に犯人を仕立て上げてやればいい。その犯人役として選ばれたのが僕、というわけだ。僕は町に来て日が浅いけれど、お金をたくさん使っているし、魔法のカバンも持っている。犯人役としてはうってつけだ。
もしかしたら、別に犯人役を用意していたのかもしれない。いや、僕がオトゥールの町に来た日と切り倒された時期を考えると、それが自然だろう。でも、その人よりもっと犯人役にふさわしい僕が現れたから、急ごしらえで僕を犯人に仕立て上げた。そんなところだろう。
「いつのまに……」
ポーラさんはすっかり色を失っていた。
「結構大きな声でお話しされていましたからね。僕、耳はいいんですよ。それに隠れる場所はいくらでもありますからね。天井裏とか、床の下とか、窓の外とか」
本当は部屋の中だけれどね。実際は見てもいたんだし。
「やめなやめな!」
イザベラさんが叫んだ。曲がった腰でのけぞりながら僕を射殺すような視線を向ける。
「言うに事欠いて、ギルド長を盗人呼ばわりかい。下手くそな声色まで使ってさ。アンタに目をかけてやろうとしたアタシがバカだったよ、このアップルガースの亡霊が! くたばっちまいな、この悪魔め」
まるで絵本に出て来る魔女のように僕を指さしながら呪いの言葉を吐き続ける。
僕はマントごと両腕をを大きく広げる。
「僕は生きてますよ。ほら、体だって透けてない」
「もうたくさんだ」
ギルド長はいやいやをするように大きく首を振る。
「たった今、アンタをギルドから除名する」
「ギルド長、落ち着いてください」
「うるさい、追放だ追放だ!」
ポーラさんの制止も無視して、興奮した面持ちでまくし立てる。余裕も落ち着きも失って、まるで赤ちゃんのようにわめき続けている。
「やめておいた方がいいですよ」
僕は努めて冷静な声で言った。
「さもないとあなたは大損をします」
「はっ、どうするってんだい?」
「徳政令ってご存じですか?」
ギルド長がはっと青ざめる。
「そう、すべての借金をなかったことにする例の法律です。あれがもうすぐ発布されるというウワサがあるんですよ。つまり、あなたがアビゲイルさんに貸しているお金もチャラになるということです」
ただでさえ、苦しい状況の上に貸したお金が戻ってこないとなれば大損だ。オトゥールの冒険者ギルドの経営自体、成り立たなくなるかも知れない。
ギルド長が手をわななかせる。この短い間に何歳も老けたようだ。
「アビゲイル、アンタ……」
「私は何も知りませんよ」
金貸しの元締めはしれっとした顔で言った。
「金貸しは元手がいりますからね。お金が必要になったので、古いなじみのあなたに声を掛けたまでのことです」
ギルド長は突然、大声で笑い出した。気が狂ったかのような声にみんなたじろいでいると、笑い声がぴたりと止まった。さび付いたかのようなぎこちない動きでアビゲイルさんをにらみつける。
「そうか、これがアンタの復讐かい……すました顔しながら二十年もこの機会を待っていた訳か。アンタがそこまであいつに入れ込んでいたとは知らなかったよ。たいした貞女様だね」
復讐? なんのことだろう?
「あなたは年老いましたね」
アビゲイルさんの目はむしろ哀れみに満ちていた。
「昔のあなたならこんな手には絶対に引っかからなかったでしょう」
「ふざけるな、こんなの……サギじゃないか。徳政令が出ると知ってて……はじめから踏み倒すつもりで……ぺてんだよ」
「どう思うかはあなたの勝手ですが、借りたものはきちんと返しますよ」
ただ、とそこでアビゲイルさんは薄笑いを浮かべる。
「私も商売人ですからね。返す必要のないものまで返すほど、財布の中は暖かくはありません」
「訴えてやるよ! いいや、そんなまどろっこいマネなんかするもんかい。アンタ、あたしがどこの長か忘れたのかい」
ギルド長には冒険者に命令する権限がある。なにより『番犬』を動かすこともできる。アビゲイルさんの細腕ならひとたまりもないだろう。でも、そんな脅し文句を大声で、しかも人前で怒鳴り散らすあたり、まともな判断力を失っているとしか思えない。
事実、ポーラさんも苦々しい顔つきになっている。
「どうぞご自由に」
アビゲイルさんは平気な顔で言った。
「ですが、私も七十を越えました。もう先の知れた身です。今更何を失おうと、私に怖い物があると思いますか?」
「ちくしょう!」
イザベラさんががよたつきながらアビゲイルさんに向かって走り出す。
それを後ろから羽交い締めにしたのはポーラさんだ。
「落ち着いてください。ここで暴力などふるえば、完全に終わりですよ」
イザベラさんはそこでようやく正気を取り戻したのか、がっくりと肩を落とした。
そこで矛先をパーシバルさんに変えて、哀れっぽく涙をこぼし始めた。
「領主様、これはあんまりです。こんな……正しい者が損をして、間違った者が得をするなど」
「全くその通りだ」パーシバルさんはこくりとうなずいた。
「だが、俺は能なしのぼんくらでな。事の理非もわからぬのだ」
「何と言われようと徳政令は曲げられぬ」
続けてグレゴリーさんが前に出る。
「金貸しには一部補填することになっているが、金貸し以外の者が大金を貸した分には知ったことではない。そもそもこの町では、許可を出した者以外の金貸しが禁じられているからな」
イザベラさんは膝をついた。全ての気力を吸い取られたかのように顔を地面に埋めて号泣を始めた。自業自得とはいえ、お年寄りが泣き崩れる姿は哀れっぽくて見ていられない。
「さて、ここからが本番です」
僕は両手をぽんと叩いた。
「前置きが長くなりましたけれど、今回僕が皆さんをお呼びしたのは、『白猫』をおゆずりするためです」
今までのは僕がドロボウではないと証明するための時間だった。これからが本番だ。
「おおそうだ」
思い出したかのように顔役さんが声を上げる。
「『白猫』はどこだ。どこにある」
「今、取ってきますね」
そこで僕は『瞬間移動』でマッキンタイヤーのロズの家に戻り、またギルドの訓練場に戻ってきた。
誰かが大声を上げた。
その場にいるみんなが、戻ってきた僕の横にいる白いイモムシに目を奪われていた。
「これが『白猫』です」
突然連れてこられたのにも動じた様子もなく、ホワイトクロウラーは訓練場をもぞもぞと這いずっている。
お読みいただきありがとうございました。
次回は12/22(金)午前0時頃に更新の予定です。




