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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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危険な二つ名 その22

 それから『瞬間移動(テレポート)』でもう一度、グリゼルダさんの家にやってきた。あちこち移動して正直疲れる。

 虹の杖がなかったら到底ここまで動き回るのはムリだっただろう。


 裏庭に回り、僕は薪のような木の棒を取り出した。ミリカの香木だ。もちろん盗んだものではない。さっきマッキンタイヤーの高級雑貨屋さんから買ってきたのだ。これだけでも金貨五十枚もするという。まったくバカバカしい話だ。それだけのお金があれば、スノウに何年分もおいしいごはんを食べさせてあげられるじゃないか。


 僕からすれば薪にしかならないような木の棒が大金になるのだからまさに金の卵だ。盗む人が出てくるのもわかる。でも、僕の予感が確かならこいつが今から白金の卵に生まれ変わるはずだ。


 翌日、僕の予想は当たっていた。良かった。こいつが外れていたら僕のたくらみは根本からひっくり返るところだったよ。


 僕はそいつを『水流(アクア)』で丁寧に洗い流すと、指で二枚重ねの革袋に押し込み、カバンの『裏地』に押し込んだ。


 グリゼルダさんとロズにお礼を言って、僕はまたオトゥールの町に戻ってきた。


 それから昨日の晩に書いておいた手紙を『瞬間移動(テレポート)』であちこちに配って回った。文面は全部同じだから書くのは楽だった。


 「『白猫』をお譲りします。今日の夕方、冒険者ギルドの訓練場までお越しください」


 さて、準備は整った。

 ここからが僕の大舞台だ。絶対に成功させてやるぞ。


 夕方になった。冒険者ギルドの上にも群青色の空が包み込んでいた。周りにはかがり火がたかれ、パチパチと薪の弾ける音が静かな訓練場に響き渡る。


 すでに大勢の人が集まっていた。あれこれ野暮用をすませた後、僕はスノウを肩に乗せ、『贈り物(トリビュート)』を使いながら観察する。


 まずジェシーさんこと領主のパーシバルさんにそのお兄さんのグレゴリーさん、それとシーナ。顔役さんは娘のエセルと、子分らしきこわもての男たちを四人ほど連れていた。見たことがない人ばかりだ。また新しく雇った用心棒なのかもしれない。


 その横ではギルド長ことイザベラさんが腹立たしそうに足を揺すったり、体をせわしなく上下させている。その隣ではポーラさんが困り顔で立っている。


 みんな、訓練場の真ん中で寄り集まっている。

 アビゲイルさんだけはみんなの輪の中から離れ、背をぴんと伸ばしてきつい視線を投げかけている。


 みんなを取り囲むようにして、軽装の鎧に手槍を持った人たちが緊張した顔つきで立っていた。およそ三十人くらいだろう。町の衛兵さんをありったけ集めたのかも知れない。危ないなあ。ドロボウが出たらどうするんだろう? 


 ともあれ、役者はそろったようだ。 

「どうもお待たせしました」


 僕が『贈り物(トリビュート)』を解いてギルドの建物の陰から現れると、みんな一斉にどよめいた。

「出たぞ、それ!」

 パーシバルさんの号令とともに、衛兵さんたちが槍を構えながら僕を取り囲んだ。


 鉄の穂先がかがり火に反射してオレンジ色に光る。顔や心臓、背中といわず体中に向けられている。ちょいとでも動けば串刺しにされそうな雰囲気だ。


 肩の上でスノウがうなりながら歯をむいている。

「動くな、武器を捨てろ」


 叱りつけるような声がした。衛兵さんの間から赤い鎧の領主様が敵意に満ちた目を向けている。

「あの、僕は話をですね……」

「お前が盗んだ『白猫』の話だろう。言い訳は牢屋でゆっくり聞かせてもらう」


 僕は虹の杖と剣をその場に捨てて両手を挙げた。

「僕の話は聞いていただけないんですか?」


「何を話すつもりだ? 先刻、お前を領主への暴行と『白猫』をぬすんだ罪人として手配した。これでもうお前は国中のお尋ね者だ。たとえお前が十王グモの大群を倒すような強者でも、常に追われ続ければいつかは疲れ果てる」


「僕のことはまあいいですよ」

 僕はあふれ出る怒りをこらえながらカバンに手を突っ込む。

「でも、スノウを怖がらせるのは許せませんね」


 こんなとがった槍なんか向けて、スノウがケガをしたらどうするんだ。

 僕は手探りで『裏地』から目的のものを探り当てる。

「動くな、と言っただろう」


 パーシバルさんの怒号とともに槍がまた僕に近づく。僕が何か武器を取り出して、反撃されたり逃げられるのを恐れているのだろう。


「逃げやしませんよ」


 僕は肩をすくめると、小さな毛布を取り出した。さっきギルドの倉庫からお借りしてきたものだ。


「でも、怖いので隠れることにします」

 すっぽりとスノウごと毛布をかぶり、その場にしゃがみこむ。


「さあ、これでもう僕は見つかりませんよ」

「……頭でもおかしくなったのか?」


 パーシバルさんの困った声がした。僕の行動が読めずに怒っていいのか、笑っていいのか迷っているのだろう。


 もちろん僕は正気だ。毛布を被りながら『贈り物(トリビュート)』を使うと、毛布を頭から外し、虹の杖を拾いながら『瞬間移動(テレポート)』で僕を取り囲む輪の外に出る。


「消えた?」

「そんな! まさか!」

「一体どこに?」


 衛兵さんたちが信じられないって顔をしながら毛布をめくったり裏返したり引っ張ったりしている。最後には槍で毛布をつついている。あーあ、穴だらけになっちゃうよ。


 僕は手袋を外し、おにごっこの方の『贈り物(トリビュート)』で衛兵さんたちの首の後ろや手首に触れていく。一人また一人と、支えを失った柱のようにぐらりとその場に倒れていく。


 パーシバルさんは青い顔をしていた。自分の兵士が訳もわからないのに気を失っていくのが怖いのだろう。イザベラさんやポーラさんも我が目を疑うように何回もまばたきをしている。小さなシーナやエセルも体を震わせているし、顔役さんまで悪夢でも見ているような顔をしている。


 いつの間にか、全員が示し合わせたかのように背中合わせになりながら衛兵さんたちの気絶していく様子を見ていた。ただ一人、アビゲイルさんだけがみんなの輪から外れて、悠然と立っている。


 半数以上気絶させたところで、何人かの衛兵さんが槍を捨てて逃げ出した。応援を呼ばれても困るので、『瞬間移動(テレポート)』で先回りして眠らせた。


 ついには三十人からの衛兵さんが全員その場に倒れ伏した。ついでに関係のない顔役さんの用心棒にも退場してもらった。


 訓練場は再び静まりかえった。


 僕は元の場所に戻ると、穴だらけの毛布を頭から被り直し、『贈り物(トリビュート)』を解除した。必要はないけれど、これも演出というやつだ。


「おや、みなさん僕が見つけられずにあきらめて眠ってしまったようですね」


 僕は毛布をはのねけると、一番手近に倒れている衛兵さんに毛布を掛けてあげる。


 それからカバンから毛布を取り出しては倒れている衛兵さんに一人ずつかけてあげた。カゼを引いたら大変だからね。用意しておいて良かったよ。


 三十人の衛兵さんと、用心棒さんに毛布を掛けてあげる。

「何とか全員分行き渡りましたね」


 額の汗を手の甲で拭きながらパーシバルさんたちの方に向き直る。

「さて、話を始めましょうか」


 パーシバルさんは左手を上げた。勝ち誇ったような顔をするので何が起こるのかと、身構えていたけれど何も起きなかった。


 薪のはぜる音がやけに大きく聞こえた。

「どうした、討て!」

「ああ、そっちですか」

 僕はようやく合点がいった。


「兵士さんや魔法使いさんは、皆さんお休みですよ。当分は目を覚まさないんじゃないかなあ」


 来る前に『失せ物探し(サーチ)』で隠れている兵士さんたちを見つけて、全員おにごっこの『贈り物(トリビュート)』でお休みしてもらった。


「危ないので持っていた弓と矢と、魔法の杖は全部回収して、領主様のお屋敷に戻しておきましたのでご心配なく」


 僕が盗んだと思われるのもイヤだ。ただでさえ『白猫』を盗んだと疑われているのだから、きちんとしたおきたい。


「もちろん、毛布もかけておきましたので。ええ、ちゃんと全員分ですよ」

 一人だけ何もかけずに寝てカゼを引いたらかわいそうだからね。


「ああ、それと、ジョンさんたちもお休みしてますよ。ここのところ大変お忙しいようなので、きっとお疲れだったんだと思います。どうか叱らないであげてください」


 戦う準備をしながら兵士さんたちに混じって隠れていたので、いっしょに眠ってもらった。

 毛布が足りないので、冒険者ギルドの中に運んでおいたのでカゼは引かないと思う。


 イザベラさんが唇をわななかせ、しわがれた声を上げた。

「アンタ、どういうつもりで……」

「理由はギルド長の方がよくご存じではないかと」


 いざという時には兵士さんと組んで僕を攻撃するつもりだったんだろう。

 死んでしまえばいくらでも『罪』を着せられるからね。『スケルトンに舌はない』というやつだ。

 悲しいなあ、いっしょに戦った仲間なのに。

 

 振り返れば、パーシバルさんは悔しそうに歯がみするのが見えた。

「化け物め」


 言ってくれるよ。

「でしたら、それらしいふるまいでもしてさしあげましょうか」


 僕がすごんだ声を出すと、パーシバルさんはおっかなそうに後ずさる。

 心なしか、ほかの人たちもおびえているような気がする。


 僕が一歩踏み出すと、パーシバルさんはさらに一歩下がった。

 さらに前に進むと、パーシバルさんがまた退く。

 らちが明かないので大股で歩いて一気に詰め寄る。

 もう目の前だ。剣を抜けば胴を真っ二つにするくらいはわけはない。

 ランダルおじさんの剣なら楽勝だろう。

 

「ま、待て」

 言い訳するような口調に構わず、僕は両手の人差し指をぴんと立てて、二本角を作った。


「がおー、おまえをたべちゃうぞー」


「……」

「こんな感じでよろしいでしょうか?」


 返事はなかった。ユーモアのつもりだったのだけれど、お気に召さなかったらしい。


 パーシバルさんは一瞬、ほっとしたような表情をした。それからはっと気づいたように顔を赤くした。怒りと恥ずかしさの入り混じった、複雑な表情をしながら拳を振り上げる。


 怒鳴りだすかな、と思ったけれど、パーシバルさんは途中で腕を止めた。へなへなと全身の支えを失ったかのように肩を落とし、うなだれてしまう。


「お前、何なんだ?」

「その質問は受け付けませんのであしからず」


 今度同じ質問をしたら、本当にぺろりとたべちゃうことにしようかな。


お読みいただきありがとうございました。

次回は12/19(火)の午前0時頃に更新の予定です。

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