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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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危険な二つ名 その15

 どうにか誤解も解けて宿までの道をスノウを抱えながら歩く。


 さっきは興奮して気づかなかったけれど、エセルが妙なことを言っていたのを思い出していた。あの時、エセルはスノウを閉じ込めていた。つまり一度は手に入れていた。なのに顔役さんもエセルも「『白猫』をよこせ」とか「『白猫』はどこ」とか言っていた。


 どうやら、顔役さんやエセルの言っていた『白猫』は、スノウのことではなく、何か別の猫のことなのだろうか。でも、スノウ以外に特別な猫なんて僕は知らない。スノウのことでないのなら『白猫』とは一体何なのだろうか。


「おや、もどったかい」

 宿に戻ると、おかみさんは思い出したかのように言った。


「またアンタにお客だよ。アンタの部屋で待っている」

 誰だろう? またアビゲイルさんかな。


「名前は知らないけれど、今度はかわいらしい女の子だよ。もう、ずいぶん待ってあげるからね。早く行ってあげな」

 かわいらしい女の子か。エセルかな。でも、エセルならさっき別れたばかりだ。ずっと待っていたというのも変な話だ。


「ちょっと待っていてね」

 用心のためスノウを部屋の外で待たせてからノックをする。


「どうぞ」

 かわいらしい声だった。エセルでもなければ、当然アビゲイルさんでもない。

 中に入ると見覚えのある女の子が立ち上がって会釈した。


「お待ちしておりました、リオ……様」

 ぎこちない言葉遣いでシーナは言った。


「領主様がぜひお会いしたいと」


 言われるまま外に出ると、小さな馬車が宿の前に止まった。手際のいいことだ。


 僕とシーナは隣り合って座ると、馬車はゆっくりと動き出した。スノウも僕の膝の上でおねむだ。今日は色々あって疲れたからね。僕はカバンから取り出したパンを食べながらおなかを満たす。


「領主様が僕に何の用なのかな」


 この前、徳政令の話で色々あったからそのことなのだろうか。まさか、金貸したちへの救済を取りやめるとか言わないよね。

「わたしは聞いて……存じ上げておりません」


 シーナは前を見ながら言い直した。一生懸命、言葉遣いに気をつけているのがかわいらしい。

「徳政令ってどうなっているの? いつ頃出るのかな」


「その話は他言しないようにと領主様から」

「おっと、そうだった」


 町を混乱させるから広めないようにとアビゲイルさんからも言われていたっけ。

 シーナはちょこんと僕の横でおすまし顔で座っている。手も膝の上に置いて居住まいを正している。その小さな手の甲が赤く腫れているのに気づいた。


「どうしたの、それ?」

「これは」と申し訳なさそうに言いよどむ。「領主様から……わたしが至らないからと罰を」

「せっかんってこと?」


 領主様はシーナのことを実の娘のようにかわいがっていた。

 とてもせっかんなんてするようには見えなかった。


 機嫌でも悪かったかな。シーナはそれ以上何も言わなかったし、聞いて欲しくなさそうにしていたので、僕もそれ以上は質問しなかった。


 馬車はゆっくりと坂道を進み、領主様の屋敷に入っていった。

 シーナの案内で僕は屋敷の廊下を歩いた。


 階段を上がり、通されたのはこの前とは違う部屋だ。ひときわ分厚そうな両開きの扉が砦のようにそびえている。

 どういうことかと質問しようとしたらシーナはどこからか表面のつるつるした布を取り出して両腕の上に乗せる。


「あの、お預かりします。剣と杖を」


 僕は合点がいった。この前は突然押しかけてしまったからなあなあ(・・・・)にしてしまったけれど、本当なら身分の高い人の前に出る時は武器を預けないといけない。正式に呼ばれたのだから無礼があってはいけない、ということなのだろう。


「お願いするよ」

 僕は剣と虹の杖を渡した。シーナは受け取ると、うやうやしく頭を下げてお預かりします、とか細い声で言った。


「それでは、ど、どうぞお入りください。わ、わたくしはこちらを保管してまいります」

 たどたどしい口調で言いながらシーナはぺこぺこと何度も頭を下げながら剣と杖を持って去っていった。


「失礼します」


 その姿を見送ってから僕は部屋に入る。奥に長い部屋に沿って並べられた本棚には革張りの本がたくさん入っている。反対側の壁には、足元まで伸びたカーテンの奥に隠れるようにして、でっかい油絵とか肖像画が飾ってある。正面には四角いテーブルと、イスが二脚ずつ置いてある。その奥には向かい合って漆を塗った木の机がどっかと据え付けられている。


 部屋の中には二人の男の人がいた。机の前にぴんと背を伸ばして座り、もう一人はその後ろに控えるようにして立っている。奥の壁の天井近くに小さな窓が三つも開いている。


 一人はもちろん領主様だ。でも領主様は、後ろに立っていた。

「よく来たな、リオ」


 話しかけてきたのは机に座っている人だった。僕はその人を知っている。

「えーと、どうしてあなたがここに? ジェシーさん」


「この前は世話になったな」

 ジェシーさんは顔の前で腕を組んだままひじをついている。服装も真っ赤な鎧ではなく、白いシャツに紺色のベストを着ている。袖もひらひらしていて、いかにも貴族様って感じだ。


「まあ、座ってくれ」

「はあ」


 言われるまま、手前のイスに腰を下ろし、スノウも隣のイスに下ろした。

「まず、先に謝っておかないといけないな」

 ジェシーさんは微笑んだ。


「ジェシーというのはいつわりでな。本当の名前はパーシバル。オトゥールの町の領主だ」


 僕はびっくりして後ろの領主様? を見つめた。がたいのいい体をちょっと申し訳なさそうに頬をかいている。


「えーと、では後ろの方は」

「お前とは初対面ではなかったな。こっちはグレゴリー。俺の兄だ」

 領主様ことグレゴリーさんが手を上げてあいさつする。


「いや、どうもお前が勘違いしているようだったのでな。そのまま通させてもらった。悪く思うな」

「はあ」


 それからグレゴリーさんは簡単に領主家の事情を話してくれた。


 オトゥールの町はコールソン家が領主となり、代々治めてきた。先代の領主様には息子が二人いた。第一夫人の産んだパーシバルさんと、第二夫人が産んだグレゴリーさんだ。


 グレゴリーさんの方が二歳年上になる。二人とも子供の頃からものすごく仲が良かったらしい。武芸の腕も立ち、グレゴリーさんは剣で、パージバルさんは弓の腕で、先々代の王様にも褒められたこともあるそうだ。

 

 ところが、二十年ほど前に先代が帰らぬ人となってしまい、どちらかが後を継ぐという話が持ち上がった。もめることを嫌ったグレゴリーさんは、真っ先に家を出て王家の騎士団に入ったそうだ。結局、パーシバルさんが後を継ぎ、次の領主になった。


 それから年月は流れ、半年ほど前にグレゴリーさんはケガの静養のためにぷらりと戻ってきた。早く騎士団に復帰しようと、ムリをしてしまったためにかえって膝を痛めてしまった。今は復帰をあきらめ、正式に騎士団も引退した。今は弟の家で世話になっているのだという。


「で、今は領主代理として町の行政を手伝っているというわけだ」

「こいつ呼ばわりは余計だ、グレゴリー」


 とがめだてる口調にとげとげしいものはなかった。仲のいい兄弟なんだろうな。

「次は俺の番だな」


 本物の領主様ことパーシバルさんが居住まいを正した。

「なぜ、俺が正体を冒険者に混ざっていたかを知りたいのだろう」

 僕はうなずいた。


「まあ、早い話が、この町の冒険者が頼りないからだ」


 後を継いだ早々、パーシバルさんは町の運営に頭を悩まされることになった。町を豊かにしたくてもお金はないし、民は貧しいままだ。本当は町の周囲を切り開いて畑を広げたいのだけれど、町の周りには魔物がうろついて開墾も進まない。


 領主家に使える騎士や兵士もいるけれど、魔物の数が多すぎて手が回らない。自然と冒険者ギルドに依頼を出すことになるのだけれど、成功率は高くなかった。『災厄砕き(カラミティバスター)』の騒動で腕がよかったり志のある冒険者たちはそれに反発してこの国を去ってしまったからだ。


 この町に残ったのはパーシバルさんに言わせると、出がらしのような連中ばかりだったという。スライムやゴブリン程度ならどうとでもなるが、オーガやトロルくらいになると歯が立たず逃げ出すことも再三だったらしい。


 業を煮やしたパーシバルさんは魔物討伐に乗り出した。でも領主自ら出陣となれば、自然騒ぎは大きくなるし、ギルドの面子をつぶすことにもなりかねない。そこで正体を隠して、一冒険者として何度も魔物退治をしていたそうだ。


 知っているのはギルド長のイザベラさんと、ポーラさんたち数名だけだ。


「今度も十王グモ退治のためにと討伐隊の一員に混ざっていくつもりだったんだが、まさかその前の日に全員逃げ出したとはな。さすがに予想外だったがな」


 パーシバルさんが苦笑する。

「僕もそうですよ」


 まさか、冒険者ギルドがあんな伏魔殿だったなんて誰が思うだろうか。

「でも、どうして『赤い外套(レッド・コート)』みたいな赤い鎧姿を?」

「あれは逆なんだ」パーシバルさんは肩をすくめた。


「元々、俺と兄貴……グレゴリーが若い頃に鎧を赤く塗っていたんだ。少しでも名前を売るために派手に目立たせようとしたんだ。オトゥールの町にコールソン兄弟ここにあり、ってな。それをあいつらがマネしたんだ。昔、活躍した町の有名人に倣ってな」


 パーシバルさんの方が本家というわけか。


「どうせなら若造どもに本物を見せてやろうかと、久しぶりに赤い格好で来てみれば、やっているのは俺一人だ。どうもいかんな。昔ならいざ知らず、歳を取ってから一人で派手な格好をしていると、場違いな感じがして気恥ずかしい」


 若気の至りというやつかな。僕にも覚えがある。子供の頃はそこらで拾った木の枝を聖剣だと言って振り回していたものだ。


「僕を仲間に誘ったのは?」

「当然、お前の腕が欲しかったからだ」


 魔物討伐のための戦力はいくらあっても足りない。僕を仲間に引き入れてから折を見て正体を打ち明けるつもりだったそうだ。


お読みいただきありがとうございました。

次回は11/24(金)の午前0時頃に更新の予定です。

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