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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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危険な二つ名 その14

「やあ、おじゃましますね」


 僕が部屋に入ると、顔役さんは太っちょの老人と話をしていた。頭がつるつるで、顔が脂ぎっていて、おなかがでっぷりしている。豪奢な服装をしているけれど、貴族にしては着こなしもあか抜けていないというか、品を感じない。商人だろうか。


 二人ともゆったりとした大きなイスに向かい合って座っていた。間には小さなテーブルが置いてある。その上にワインボトルと、グラスが二つ乗っている。


 壁の絵もかけ替えられている。紫と緑の波打った背景に二本足の牛が六本足の馬に乗りながら三本足の豚を担いでいる。悪趣味だなあ。この前のヒョロデブ(・・・・・)の方がまだましだよ。あれ、ガリデブだったかな?


「なんだ、この無礼な小僧は。ゴルズ、お前のところの若い者か?」

 太っちょさんは僕を見るなり、声を荒らげて顔役さんを責め立てる。


「すまない、エドワード。この話はまた今度にしてくれ」

 顔役さんは立ち上がって出口へと案内する。


「この埋め合わせは必ずする。アンタの望む物も手に入れる。なあ、頼むよ」

 顔役さんは何度も謝ったり、猫なで声を出したりして不愉快そうな太っちょさんの機嫌を取っている。


 ぷんぷん怒りながら太っちょさんは外へ出て行った。


「さて、話は……聞くまでもねえな」

 扉を閉めると、顔役さんはイスにふんぞり返る。それから思い出したかのようにグラスに手を伸ばし、ごくりとワインをあおった。


「まあ、座ってくれ」

「いえ、ここで結構です」


 僕はのんびり世間話をするために来たんじゃない。

 顔役さんはじろりと僕の顔を見ると、足を組んで低い声で言った。


「あのお嬢ちゃんを連れてくるよう指示したのは確かに俺だ」

 僕は虹の杖を握り直した。


「まあ待て、話はまだ終わっちゃあいない」

「僕に話すことはありませんけど」


 犯行を認めた以上、人さらいの黒幕として捕まえて衛兵さんに突き出すだけだ。

「言っておくが、俺は誘拐してこいなんて一言も言っちゃあいない。スネイプが勝手に勘違いしやがったんだ」


「どなたですか?」

「アビゲイルのところの使用人だよ。小間使いしかできねえ下っ端だがな」

 シロヘビさんのことか。


「何のためにニコラを連れてこようと?」

「もちろん、お前さんを説得してもらうためだよ」

 そこで顔役さんはにたりと笑みを浮かべた。


「単刀直入に言う。アビゲイルのところから離れて俺のところに来ないか」

 僕は言っている意味がわからず頭が真っ白になる。


「お前の腕は十分すぎるくらいわかっている。あのけちな婆さまよりはいい目を見せてやれるぜ」


 どうやら顔役さんは僕のことをアビゲイルさんの部下だと勘違いしているらしい。考えれば、この屋敷に来たのは金の取り立てのためだ。僕が冒険者だと言うことは、組合証を見れば明らかだ。つまり、取り立てのためにアビゲイルさんが雇った冒険者だと思っているのだろう。


 顔役さんはあちこちの金貸しから借金を踏み倒していた。その中にはアビゲイルさんからの借金も入っているだろう。アビゲイルさんからも恨まれていただろうし、顔役さんも自覚しているはずだ。


「僕はアビゲイルさんの手下じゃありませんし、誰の家来にもなりませんよ」

「部下とは言わねえ。食客……客人としていてくれればいい」


「昔、母さんが言っていました」

 僕は言った。

「いくら居心地が良くっても長っ尻は、迷惑だから止めておけって」


 顔役さんは身を前に乗り出し、両手を膝の上で組むと、目を鋭く光らせる。


「今はまだいいだろう。まだ若いから旅だの冒険だのとのんきなことを言っていられる。だが、十年後二十年後はどうだ? お前もいつかは年を取るんだ。体だって衰える。その時になって後悔したって遅いぞ」


「明日のことは明日になってから考えますよ」

「冒険者なんぞやっていても先はないぞ。どいつもこいつもろくでなしばかりだ。昔と違ってな」


 そこで顔役さんは過ぎ去った過去に思いをはせるように、遠くを見つめる顔をした。


「お前にはぴんと来ないだろうが、この国の冒険者の質は、二十年前に比べれば雲泥の差だ。例の事件で志のある冒険者は国を追われるか、自らこの国を去った。残ったのは中立派か、反・『災厄砕き(カラミティ・バスター)』派だ。国に迎合して自分から『災厄砕き(カラミティ・バスター)』の名前をおとしめた。英雄だの勇者だのともてはやされた奴らはいやしねえんだよ」

「……」


「それでも昔はまだよかった。だが冒険者の質は下がり続ける一方だ。少なくともこの町にいるのは、ろくでなしの腰抜けばかりだ。依頼してもやれ、ケガをしただの、探したけれど見つかりませんでした、だの失敗ばかりだ。どいつもこいつも子供の使いみたいな言い訳ばかりしやがって」


 後半はグチになっていたようだけれど、言いたいことはわかる。僕も旅の間、何人もの冒険者を見てきた。オトゥールの冒険者ギルドで出会った連中のように弱虫で、卑怯者もたくさんいた。実力だって、アップルガース村のみんなと比べたら素人同然の人たちが大手を振って威張っている。


 でもトレヴァーさんたちみたいにがんばっている人も大勢いる。ロッコのようにあこがれを貫いてがんばっている奴もいる。何もかもひとくくりにして批判するのは間違っている。


「何と言われようと僕は冒険者を辞めるつもりはありませんし、あなたの手下にも家来にも客人にもなりません」

「そうか」


 顔役さんはつまらなそうに鼻を鳴らすと足を組み替えた。

「だいたい、あんな気味の悪い絵を見ながら働く趣味なんてありませんよ。もっと素敵な絵だったあるでしょうに」


 すると顔役さんは小馬鹿にするどころか、むしろ憐れむような目を僕に向ける。


「あらあ、お前……出るとこに出れば金貨千枚はするって絵だぜ。天才ピーターの『伝説の牛の庭に侵略する、馬の姉と豚の妹』だ。正真正銘の真筆だぞ」


 題名からしてふざけているけれど、僕の興味は別のところに向いていた。

「少しお聞きしたいんですが」


 内心の動揺を悟られないよう、つとめて自然な口調で質問する。

「ピーターという画家ってほかにいますか。その……天才というか、ものすごい絵を描く」


「そりゃあ、探せばピーターなんて名前の画家はいくらでもいるだろうがよ。天才なんて呼ばれているのは、ピーター・ピットマンだけだよ。一介の絵描きから昔の国王に認められて、爵位までもらったんだぜ」


「……」

「何だ? それがどうかしたのか」

「いえ」僕はうなだれた首をゆっくりと振る。


「信頼している人が、ウソをついたのか、本気でほめたのかその理由がわからなくて」

 今度、ジェロボームさんに問い詰めてみよう。


「そっちの質問は終わりか? なら次はこっちの番だな」

 顔役さんが顔を引きしめながら座り直した。


「『白猫』はどこだ?」

 白猫? どうしてスノウが出てくるんだ? 

「スノウなら……あれ?」


 いつの間にか、スノウの姿がない。おかしいな。屋敷に入るときまでは確かに僕の後ろにいたはずなのに。


「お前が持っているんだろう? ああ、おとぼけはナシにしようや。ちゃんと証拠も挙がっているんだ。俺が欲しいのは、そこいらの路地裏でミャーミャー鳴きながら母猫のおっぱい吸っている子猫ちゃんじゃない」


 僕がスノウの友達だってことは冒険者ギルドで聞けばすぐにわかるだろう。でも、どうしてスノウを欲しがるんだ? もしかして、スノウが『猫妖精ケット・シー』だと知っているのか? 『猫妖精ケット・シー』は魔法の使える特別な猫だ。もし見つかれば、金貨数百枚で取引されるらしい。


「手に入れてどうするんです?」

「当然、売り飛ばすのさ」


 それが俺の商売だからな、とちょっと自慢げに胸を張ってみせる。

「お前が売りさばこうとしてもたかが知れている。俺ならもっと高く売れる。利益は山分けでどうだ」


「絶対にお断りです」

 スノウを売り飛ばそうだなんてとんでもない話だ。


「あなた方が何を企んでいるかは知りませんが、僕は絶対に誰にも譲りません。話は終わりです。さようなら」


 僕は背を向けて出口へと向かった。後ろで立ち上がる気配がしたけれど、関係ない。殴りかかってくるならまたこてんぱんにしてやるまでだ。


 肩をいからせながら扉の取っ手に手を掛けようとした時、扉が勝手に開いた。部屋の中に入ってきた人に、僕は面食らってしまった。


「ゴメン、ちょっと待ってくれるかな」

 エセルはウィンクしながら微笑みかけてきた。


「どうして、ここに?」

「当然よ」

 エセルは僕の側を通り過ぎると革張りの豪華にイスにどっかと座り込んだ。


「だって、ここ私の家だもん」

 え、と僕の口から間の抜けた声が出た。


「ちょっと待って。君の家ってことは……もしかして」

 困惑する僕にエセルは鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で後ろを指さした。


「ウチのパパ」

 エセルは腕のすそをまくりあげる。二の腕には、顔役さんの背中にそっくりのサソリが彫られていた。僕は顔役さんとエセルを交互に見比べた。なるほど、お母さん似なのか。


「でも、君は冒険者ギルドに入ってて……」

「基本的に誰でも入れるからね。組合証って持っていると色々便利だから。星にも興味ないし、家の手伝いしながら適当に依頼もこなしているって感じかな」


 兼業というやつか。話を聞いていると、冒険者の方が副業というべきだろうか。世の中には色々な人もいるものだなあ。


 そこでエセルがすっと手のひらを差し出す。

「とりあえず財布、返してくれる?」


 財布、という言葉で思い出したのは、僕はおとつい、道で拾った財布のことだった。そこで僕ははたと気づいた。

「もしかして、おとつい僕と会ったのも……」

「そ、パパの命令」


 エセルは後ろを向いて顔役さんに皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「パパとその子分が、ほぼ全員たたきつぶれたのよ。それもたった一人に。そりゃあ、何者かって気になるでしょう」


 そこで顔役さんに命令されたエセルが、僕の正体を探りに近づいたわけか。

「本当は財布を拾おうとしたスキに君の財布でもすり取れれば、何かつかめるかもって思ってたんだけどね、あの子にジャマされちゃったから」


 スノウが僕に飛びついてきたので、タイミングを見失ったらしい。僕は感動でむせび泣きそうだよ。スノウはどこまで頼りになるんだろう。僕に気づかないところでひそかに助けてくれるなんて。


「最初は頼りない子だなあ、とか思ったけどね。あんな雑魚にへいこらして靴まで磨くしさ。そのあとでも冒険者全員をぶちのめしたときは目を疑っちゃったかな。信じられる? それパパに話したら『お前も十王グモ退治に同行しろ』って。ホント、信じられないかな」


「危ないなあ」

 下手をすれば、食べられていたかもしれない。

「でも、その甲斐はあったかな」


 エセルは再び立ち上がり、僕のカバンを指さした。

「持っているわよね、『白猫』」

「ないよ」


 このカバンにスノウは入っていない。『裏地』には生き物は入らない。

「へえ、そういう態度取るんだ」


 挑戦的な目で僕をねめつけると、上着のポケットに手を突っ込み、手にしたそれを僕の足下へ放り投げた。僕は目をみはった。


 赤いじゅうたんの上にピンク色のリボンがひらりと舞い降りた。可愛らしいデザインと裏腹に、不規則にまるまった姿はまるで蛇の抜け殻のように僕の不安をかき立てた。


「どういうこと?」僕はエセルの腕をつかんだ。「スノウはどこ?」

「さあ、どこかしら」


「そういうおとぼけはナシにしようよ」


 なるべく怖がらせないよう、努めて優しく話しかけたつもりだったけれど、エセルは何故か青ざめた顔でのけぞった。女の子に暴力をふるうなんて良くないことだし、弱い者いじめなんて大嫌いだけれど、スノウへのいじわるを見過ごすほど、僕は友達甲斐のない奴じゃあない。


「じゃあはっきり言うわ。君の大好きなスノウちゃんはウチで預かっているの。もし、言うことを聞かなければどうなるかわかるよね」


「よくわかったよ」

 僕はエセルの手を離すと、顔役さんのところに大股で近づいた。油ツボみたいな頭に手を置き、床の上に叩き付けた。ぐへえ、とつぶしたカエルみたいな声がした。僕はそのまま顔役さんの背中にのし掛かり、顔に虹の杖を押しつける。


「スノウはどこだ?」

「見た目より思い切ったことするんだあ」

 エセルはどこか感心したようにつぶやいた。


「人質交換ってわけか。やるねえ」

「スノウはどこ?」


「でも、ムダだよ。パパがいなくったら今度は私がここの跡を継ぐわけだし。まあ、ちょっとばかり早くなるだけかな」

 まともに話すつもりはないわけか。


「おい、てめえ」

 顔役さんが僕の下から抗議の声を上げるが、エセルはお構いなしだ。


「ああ、そうか」

 僕としたことが頭に血が上って忘れていたよ。こっそりと『失せ物探し(サーチ)』でスノウを探す。どこに隠そうとムダだ。さて、スノウは……あれ?


「スノウちゃんは今、別の場所で預かっているわ。もし君が下手なことをすれば……わかっているよね」

「にゃあ」

「そう、にゃあ……って、あれ?」


 不思議そうな声を出すエセルに構わず、僕は顔役さんから離れて窓を開けた。そのとたん、見覚えのあるかわいらしくもいたいけな子猫が僕の胸に飛び込んできた。


「スノウ」僕はスノウを抱え上げてほおずりする。「よかった、ケガはないかい」

「にゃあ、にゃあ」


「そうか、よかった。君が無事で良かったよ」

「そんな、どうして?」

「お嬢、大変です」


 柄の悪そうな人が部屋に飛び込んできた。この前こてんぱんにした、顔役さんの子分だ。

「預かっていた子猫がいつのまにか、かごの中から……ああっ!」

 ごつい指でスノウを指さす。


「こいつ、いつの間に!」

 血相を変えて僕たち向かってきたので、黙らせておいた。スノウを閉じ込めようだなんて、ひどい奴だ。きっと前職は冥界の獄吏だろう。


 でも、かごの中に入れたってムダだよ。スノウは普通の猫じゃなくて『猫妖精(ケット・シー)』だからね。魔法の力で抜け出してきたんだろう。


「それじゃあね」

 話は終わったし、ここに用はない。床に落ちていたピンクのリボンを拾い上げるとホコリを払い落としてからスノウに結び直してあげる。


 うん、やっぱりスノウにぴったりだ。落とし物も拾ったので、出口へと向かうと扉の前にエセルが立ちはだかる。


「ちょっと待って。まだ話は」

「僕にはもうないよ」


 後ろに回り込りながら手袋を外す。指先でエセルの首筋に触れる。おにごっこの方の『贈り物(トリビュート)』で動けなくする。エセルは一瞬、固まった後、目を閉じてくてん、と床に寝転がる。部屋の外に出ると今度は、かくれんぼの方の『贈り物(トリビュート)』で、子分たちの間を通り過ぎて顔役さんの屋敷を後にした。


 おそろしい相手だった。あんなかわいい顔をして、スノウを誘拐しようだなんてまったく油断ならない。きっと悪魔の手先に違いない。だからあんなにかわいくていい匂いもしたんだろう。ふへへ。


 かぷ。

「あいて!」


 スノウ、大丈夫だよ。僕は味方だから。耳をかまなくたっていいんだよ。


お読みいただきありがとうございました。

次回は11/21(火)の午前0時頃に更新の予定です。

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