危険な二つ名 その12
とりあえず人さらいどもを縛り上げて近くの路地裏に転がしておいた。それから『瞬間移動』でニコラの家に戻り、ニコラのお父さんに無事を報告した。
「おお、ニコラ。無事か」
「お父さん!」
ひしっとニコラとお父さんが抱き合う。
「ニコラ、ニコラ……」
涙を流しながら無事を喜び合う親子に姿に僕まで泣けてきてしまう。
「本当に、本当にありがとうございます」
「いえ、僕は当然のことをしたまでです」
ほめられると照れてしまう。
「こんなことを言っては何だが、このままニコラの婿になってもらうわけには……」
「だめだよ、お父さん-」
僕が腰を抜かしかけたところにニコラが首を振る。
「リオ君はねー、こんなところにいてはいけない人なのー。実はねー」
「あー、そのー、そうだ。僕、人さらいどもを衛兵さんに突き出してきます」
それだけ言って『瞬間移動』でさっきの場所に戻ってくる。
まったく、ニコラの勘違いにも困ったものだよ。
捕まえた人さらいどもは……と。
目を離したすきに黒幕に口封じのために殺されて……なんて物語を読んだことがあるけれど、捕まえた人さらいどもは路地裏に転がったままだ。ちゃんと息もある。
誘拐なんてひどい奴らだ。衛兵さんにつきだしてやるから重い罰を受けるといい。人さらいどもは僕が戻ってきたのに気づいて、怯えた顔でもがいている。
「ん?」
今まで気づかなかったけれど、覆面からのぞく目には見覚えがある。僕は覆面をはぎ取った。
その下から出てきたのは、あのスノウを蹴飛ばそうとした悪魔の足だった。
ほかの三人もスノウをいじめようとして、僕が叩きのめした冒険者たちだった。
正体がばれたせいか、動かない体で身をよじり、もがいている。まるで火に焼かれたイモムシだ。
「ずいぶんとおふざけがすぎるじゃないか」
僕に負けた腹いせにニコラを誘拐しようだなんてなんて卑怯者どもだ。
「言ったよね、今度は間違えないって」
僕はゆっくりと、剣の柄を握った。
「ち、違うんだ」悪魔の足は、首がもげそうなくらい激しく首を振る。
「俺たちはただ、頼まれただけなんだ。あの女の子をさらってくれば礼はたんまりするからって。アンタの彼女だって知らなかったんだ。本当だ」
「ニコラは僕の彼女でも何でもないよ」
訂正しながら僕はおどかすように悪魔の足の胸ぐらをつかむ。
「誰に頼まれた?」
「知らない」
「さっからものすごい汗だよ」
悪魔の足は額から滝のように汗を流している。
「喉が渇いただろう?」
僕は虹の杖の『水流』で水をたっぷり飲ませる。勢いが強すぎたのか、顔までがびしょ濡れになってしまった。
「どう? 思い出した。何なら、もう一杯」
「本当に知らないんだ」
悪魔の足はしずくを飛ばしながら首をさらに激しく振り回す。
「怪しい男に頼まれた。初めて見る顔だ。ただ、あの女の子を連れてこいと頼まれた。抵抗されたんで、ついムリヤリ……」
僕に叩きのめされて町を出ようとしたけれど、路銀も乏しく、途方に暮れていたところを声をかけられたそうだ。ウソをついている風ではなかった。どうやら本当に何にも知らないらしい。
一応ほかの三人にも聞いてみたけれど、同じようなことしか話さなかった。その依頼人の男の特徴を聞いてみたけれど、色白で目つきの鋭い男だった、ということしかわからなかった。
「わかった。もういいよ」
これ以上は聞いてもムダだろう。
「頼む、見逃してくれ。誘拐は縛り首、良くて奴隷落ちだ……そうなりゃ」
「言い訳はとりあえず衛兵さんに言いなよ」
町の端っこにある、衛兵さんの詰め所に連れて行った。全員泣きそうな顔をしていたけれど、スノウをいじめた上にニコラにまでひどい目に遭わせようとした奴らに同情する気にはなれない。
人さらいどもの方は片付いたけれど、肝心の黒幕はわからないままだ。ニコラたちを誘拐しようとした理由もわからない。わからない以上、またニコラは狙われるかも知れない。
とはいえ、今日はさすがに何も起こらないだろう。
僕も昼間の十王グモ討伐もあって疲れていた。その日は護衛も兼ねてそのままニコラの家に泊まった。あ、ちゃんとスノウもこっちに連れてきたからね。
翌朝、僕はニコラとお父さんにしばらく身を隠すように提案した。
「そう長いことはかからないよ。約束する。何だったらその間の取り立ても僕がやってもいい」
また狙われるといけないからね、と言うとニコラがまた机の下に隠れようとしたので、あわてて引っ張り出した。
ニコラのお父さんも動揺しているのか、目の周りの筋肉を落ち着かなく動かした。
「君は……どうしてそこまで?」
「それが責任というものだからですよ」
僕のせいでニコラとお父さんが狙われたかも知れないんだ。僕が守らなくて誰が守るというんだ。一度かかわった以上、決着が付くまではちゃんとしないと。『ユニコーンのあぶみに足を掛ける』というところだ。
「でもー、隠れるといってもー、どこにー?」
「それについては任せてよ」
僕はどんと自分の胸を叩く。
「さ、二人とも手を取ってください」
僕はニコラの手を取り、ニコラはお父さんの手を握る。そしてスノウは僕の頭の上に乗る。これでいい。
「『瞬間移動』」
そして僕たちはオトゥールの町から姿を消した。
転移した先で僕を待っていたのは、強烈な耳の痛みだった。
「またアンタは厄介事を押しつけて」
「痛い、痛いよ、ロズ」
いつもの事ながらロズに耳を引っ張られるとものすごく痛い。こんな小さな指なのに、どういうわけだろう。
「変なおっさんの次は目の見えないおじさんと、変な女の子まで押しつけて、アンタは一体どこまで私たちに迷惑を掛けたら気が済むのかしら」
「痛い、痛いよ」
「にゃあ」
スノウは僕たちの間で困った声を上げる。どちらに味方していいかわからないのだろう。でもね、こういう時こそ僕たちの友情の見せ場だと思うんだ。わかるだろう? 僕は今、大変に弱っているって。
「そこまでよ」
結局、助けは別のところから現れた。
今度はロズがグリゼルダさんに耳を引っ張られる。
「とりあえず、そこのお二人をしばらく預かればいいのね」
「お願いします」
グリゼルダさんはそこでニコラに微笑みかける。
「まあ、部屋はいくらでも空いているから。好きに使ってくれればいいわ」
グリゼルダさんは振り返って後ろの建物を見上げる。僕たちがいるのは、マッキンタイヤーにあるグリゼルダさんの新しい工房の前だ。
場所は領主様の館の真ん前にあって、豪奢な外装の三階建てだ。元々は弱虫カーティスの屋敷だったところを領主様がグリゼルダさんに譲り渡したのだ。
地下には以前、僕も入らせてもらった書庫もある。現在は一階を工房用に改装中なのだという。部屋も多くてお風呂が三つもあって、お酒を飲んだり、靴をみがくためだけの部屋もあったそうだから、笑ってしまう。
弱虫カーティスがあちこちからかき集めたマジックアイテムは、倉庫に厳重にしまってある。
最初は領主様に全部お返しする予定だった。弱虫カーティスが勝手に税金を上げて、高価なアイテムを買いそろえていたので、領主様の金庫はすっからかんらしい。
当初は売り払って少しでもお金に変えようとしたのだけれど、調べてみると、合法すれすれなものや、完全に違法なアイテムもあるらしい。なのでよそに売り飛ばすのか、そのまま持っているのか、処分するか、仕分けもしなくてはいけないため、そのままグリゼルダさんが預かっているのだ。
今もその整理に追われているのだと、この前もロズがぼやいていた。
「ロズ、とりあえず案内してあげて」
「はーい」
ふてくされたように返事をすると、付いてきなさいと、ニコラとお父さんを連れて屋敷の中に入っていった。屋敷の周りには、衛兵さんがいつも守っているのでひとまずは安心だろう。
「えーと、あとグリモスさんは」
「ああ、あの人?」
グリゼルダさんはうんざりしたようにため息をはくと、向かいの建物を指さした。
「地下牢よ」
「おい、ふざけるなよ。いつまでこんなことしなくちゃいけねえんだ」
グリモスさんは僕の顔を見るなり、扉の向こう側にしがみついてきた。
鉄格子からのぞくその顔はちょっとやつれて見える。その向こう側には金槌やかなてこが置かれている。炉には赤々と火がともり、奥には材料の鉄鉱石が山と積まれている。
「自業自得だよ」
グリゼルダさんから一部始終を聞いて僕は呆れてしまった。
僕が借金のカタにと連れてきたのは、グリゼルダさんの工房だった。マジックアイテムの多くは金属が使われているし、緻密な細工が必要なものもある。僕としては、マジックアイテム作りを手伝わせるつもりでここに連れてきたのだ。実際、作らせるとグリモスさんは鍛冶の実力を存分に発揮した。誤算は、僕の思っていた以上にグリモスさんが怠け者だったことだ。
最初はグリゼルダさんの工房の外にある、武器の修理するところで衛兵の監視付きでまじめに鍛冶をしていたと思ったらすぐにサボりだして、抜け出しては酒場にしけこむようになった(しかも、グリゼルダさんにツケを回して)という。
挙げ句の果てにグリゼルダさんにナイショでマジックアイテムを持ち出そうとしたので、ロズと監視の衛兵とついでに様子を見に来ていた領主様にまでぼこぼこにされて、今では外出を禁止されて一日中監視の元、作らされている。
「おかげで僕はみんなに頭を下げるはめになっちゃったじゃないか」
「いつになったら出られるんだよ。あれだけ作ればもう十分だろう」
「まだまだだよ」
こっちに来てから迷惑をかけた分も働いてもらわないと。
「頼むよ、早く俺は家に帰りたいんだよ。ここで毎日毎日仕事なんてうんざりなんだよ」
「ああ、それなんだけどね」
僕は頭をかいた。
「借金が払えないから家も工房も全部アビゲイルさんのものになったから。もうあなたの帰るおうちはありません」
「ふざけんな! おい」
グリモスさんは鉄格子を両手でつかみ、体を大きく振って揺らし始めた。
「こんなもの、誘拐じゃねえか。人さらいは、しばり首だぞ、おい」
「ちゃんとグリモスさんも同意したじゃないですか」
誘拐してムリヤリ働かせるのは犯罪だけれど、これはグリモスさんも納得した上でやっていることだし、ここに閉じ込められたのは自業自得だ。第一、ちゃんと三度の食事も出る。休憩時間だってあるし、その上、夜は暖かいベッドで眠れるのだ。借金も返せて一挙両得じゃないか。
「それじゃあ、がんばってくださいね」
「ちくしょう、出せえっ!」
グリモスさんの叫び声を聞きながら僕は地下牢を後にした。
「もう本当にスミマセン」
地上に出て、改めてグリゼルダさんにお詫びする。
「さすがに気にしてないから、とは言えないわね」
「本当にごめんなさい」
グリゼルダさんのあきれ顔を見てもう一度、深々と謝罪する。
「ロズの言葉じゃないけれど、ウチは宿屋でもなければ、避難所でもないのよ」
「……はい」
「まあ、確かに腕はいいのよね」
グリゼルダさんは手の中で小さな腕輪をもてあそんでいる。細い金属が何本も絡み合ったのねじってあったり複雑な形をしていて、確かにこれを作るのは大変そうだ。
「それで、あの子たちの方は解決できそうなの?」
「やります」
さすがにこれ以上、迷惑をかけ続けるわけにはいかない。
いくら僕でもそこまで面の皮は厚くない。
「よろしくお願いします」
グリゼルダさんにくれぐれも、と頼み置いて僕とスノウはマッキンタイヤーを後にした。
次回は11/14(火)午前0時頃に更新の予定です。




