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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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危険な二つ名 その11

 ジェシーさんは途中で酔いつぶれて、机に突っ伏してしまった。そこで祝勝会はお開きにした。家も宿もわからないので、とりあえず冒険者ギルドに送り届ける。僕がジェシーさんを担いで入ると、ポーラさんがびっくりした顔で飛んできた。


「ジェシーさんの宿ってわかりませんか? 教えていただければ僕が送り届けますけれど」

「え、あ、いえ、大丈夫ですよ。私たちの方でお送りしますから」

「ですが」


 ポーラさんだって昼間の戦いで疲れているはずだ。その上、夜遅く残ってギルドの仕事までやっているのに、これ以上負担をかけたらポーラさんが倒れてしまう。


「私の心配より、ご自分の心配をしてください。昼間あんなに戦ったのにまだ夜更けまでうろついて。もう早く休んでください。冒険者は体が財産なんですから」


 僕ならまだ平気、と言おうとしたけれど何も言えなかった。早く寝ろ、なんて言われたのは久しぶりだった。無性に胸の奥が温かく懐かしくなったので、ポーラさんの好意に甘えることにした。


「すみません、よろしくお願いします」

 ジェシーさんを預けると、外に出てスノウと一緒に『瞬間移動(テレポート)』で宿の前まで戻ってきた。今日はもう寝てしまおう。そう考えただけで自然とあくびが出た。自分の部屋に戻ろうと階段に足をかけたところで、カウンターで洗い物をしていたおかみさんから声を掛けられた。


「アンタの部屋でご婦人がお待ちだよ」

「誰ですか?」


「さあね。アンタよりは年上のようだけど」

 それだけ言うとぷい背を向けて、カウンターの奥の部屋にに引っ込んでしまった。


 誰のことだろう、ご婦人って。もしかして、エセルかな。いや、でもねえ、こんな夜更けに。もう子供はとっくにお休みの時間だ。そんな時間に女の子がオトナの男の部屋にって。ふしだらなマネ、あるわけないじゃないか。


 一段飛ばしで階段を上がり、部屋の前でマントの埃を払い、髪形を手で整える。これでよし。緊張しながらノックをした。


「どうぞ」

 あれ、この声は? 言われるまま扉を開けた。


「町に戻ってきたと報告を受けて来てみれば、ずいぶん遅かったですね」


 僕の泊まっている部屋は物置みたいに狭いところだ。イスとテーブル、ベッドがくっつきそうなくらい押し込まれている。


 真っ暗な部屋の中で、テーブルの上のロウソクが心もとない火を燃やしている。今にも消えそうなほのかな光では部屋全体を照らせず、しわだらけの顔だけがかろうじて見えるだけだ。光から逃れるようにイスから立ち上がると、彼女は眉間のしわを深くした。


「どこで油を売っていたんですか?」

 アビゲイルさんは不機嫌そうな顔でそう言った。


「えーと、どうして僕の部屋に?」


 がっかりした分、僕の声に不機嫌な感情が混ざってしまった。おまけに眠い。約束もしていないのに、押しかけられて文句を言われる筋合いなんてない。大体、金貸しの元締めであるアビゲイルさんが、たった一人で僕の宿にいる理由がわからなかった。


「あなたに聞きたいことがあります」

 アビゲイルさんは背筋をぴんと張り、まるで生徒をしかりつける先生のような口調で言った。

「グリモスをどこにやりました?」


 予想していなかった言葉にやや反応が遅れてしまった。

「ああ、借金だらけの鍛冶屋さん」


 この前、ニコラと一緒に取り立てに行った時に出会ったっけ。

「あの人なら今頃、僕の知り合いのところで働いてもらっていますよ」

「勝手なマネをされては困ります」


 アビゲイルさんがますますしかめっ面になる。無理もない。お金を貸していた相手がある日突然いなくなったんだ。僕が夜逃げを手伝ったように思っているのだろう。


「ですが、損はしないのでは?」

 確か、アビゲイルさんもグリモスさんにお金を貸していた。グリモスさんの工房も抵当に入っていて、お金が返せなければアビゲイルさんのものになるはずだ。


「あんな廃墟同然のおんぼろ小屋をいただいても何の得にもなりませんよ」

 彼女は鼻で笑った。


「私が貸していたのは、あくまで彼の技術……職人としての腕にです。工房はあくまで、もののついでです」


 なるほど、つまり借金のカタにグリモスさんをムリヤリ働かせようとしていたんだな。腕のいい職人の作品なら高く売れると見積もっていたのだろう。それを僕が横取りしてしまったと。だから怒っているのか。


「グリモスは今どこにいるのですか」

「そいつは言えません」


 押しかけられても困る。それに預けている向こうの人たちにも迷惑を掛けてしまう。

「ですが、この町にいないのは確かです」

「あなたを誘拐で訴えてもいいのですよ」


「それは困りますね」

 僕は捕まりたくない。でも、アビゲイルさんの気持ちもわかる。このままでは大損なのだから簡単に引いてはくれないだろう。


「わかりました。では、僕が彼の借金を立て替えましょう。証文を持ってきてくだされば、お支払いします。残りの建物や土地はどうぞお好きにしてください」


 思わぬ出費だけれど、グリモスさんを連れ出したのは僕だ。僕が払うのが筋というものだろう。グリモスさんの借金に上乗せすることも考えたけれど、あれはあくまでニコラへの借金を返すために働いてもらっている。僕への借金をかぶせるのはまた違う気がした。


 グリモスさんの許可も得ずに勝手に決めてしまったけれど、元々借金を返すつもりもなさそうだったし、問題ないだろう。


 アビゲイルさんが身を固くする気配がした。まるで後ろからいきなり大声を出されたようにおどろいているようだ。


「あなた、何を企んでいるのですか?」

 絞り出すようにして出した声にはちょっとだけ怯えも混じっていた。


「何をですか」

 僕個人としてはグリモスさんに作ってほしいものなんてない。ニコラへの借金を一日も早く返して欲しいだけだ。


「いいでしょう。今日のところは帰ります」

 アビゲイルさんはまるで物語に出てくる公爵夫人のように静かに、落ち着いた態度で扉へと向かった。


「お送りしましょうか」

 夜道は危ないからね。


「結構。馬車を待たせてあります」

 じろり、とにらまれて僕は後ずさる。親切で言ったつもりなんだけどなあ。


「あなたのご主人様に伝えなさい」

 扉を半分くらい上げたところでアビゲイルさんが振り返った。


「あなたの好きにはさせません。これ以上、はかりごとを巡らせるのであれば、いつか痛い目を見ますよ。そう伝えなさい」


「ご主人様って」誰のことですか、と言い終わる前にアビゲイルさんは部屋を出た。階段を下りていく音に少し遅れて馬のいななきと、馬蹄と車輪の音が聞こえた。


 僕は薄暗い部屋にスノウと二人きりになった。ベッドに腰掛けながら帰り際の言葉を思い返していた。

 ご主人様って誰のことだろう? それに好き放題とか、何のことだろう?


 もしかして、ニコラのことだろうか。

 僕はつい昨日までニコラの依頼を受けていた。つまり、ニコラが僕のご主人様だったと言えなくもない。僕のその場しのぎで行き当たりばったりの行動をニコラの命令だと思い込んでいたとしたらどうだろう。


 でも、アビゲイルさんはニコラのこともよく知っている。ニコラがたくらみだのはかりごととは、縁遠い子だってわかっているはずだ。


 うーん、よくわからない。

「ゴメンね、スノウ。ちょっと出かけてくるね」


 さっきの忠告、いや警告が気になっていた。もしニコラの身に何か起きたら大変だ。

 僕は『瞬間移動(テレポート)』でニコラの家に移動した。


 ニコラの家の前に来た。さすがに夜遅いせいか、どの家も明かりは消えている。ニコラの家もそうだ。金貸しの看板が夜の風に吹かれてかすかに揺らいでいる。


 もう寝ているのかな。静かなものだし、異変はなさそうだ。帰ろうと虹の杖を掲げた時、扉がわずかに開いているのに気づいた。


 イヤな予感がした。虹の杖を下ろすと、壁にぴったりとはりつき、杖の先でゆっくりと扉を開ける。中に滑り込むと同時に『贈り物(トリビュート)』を使う。これで中に誰かがいても不意打ちを受けることもない。


 家の中は真っ暗だった。僕はカバンから火打ち石を取り出し、近くにあった燭台付きのロウソクに火を灯す。床を照らすと、泥だらけの足跡がいくつも付いている。

 しまった、遅かったか。


 心の中で舌打ちすると、二階から物音が聞こえた。何か大きな物が倒れたような音だ。僕は階段を駆け上がり、リビングやニコラの部屋らしき部屋を開けた。誰もいなかった。最後にニコラのお父さんの部屋を開ける。薬の臭いがした。ロウソクの明かりで照らすと、部屋の真ん中あたりの床にニコラのお父さんがうつぶせに倒れていた。


「大丈夫ですか」


 僕は『贈り物(トリビュート)』を解除してニコラのお父さんを抱き起こす。肩が上下しているし、呼吸も確かだ。ケガをした様子はなかった。ほかに家具が乱れた様子はない。さっきの物音はニコラのお父さんが倒れた音だったようだ。


「その声は……リオ君か」

「どうしました? 何があったんですか?」

「ニコラが……ニコラがさらわれた」


 ニコラのお父さんによると、つい先程、いつものようにニコラがおやすみのあいさつをしに来たところで階段の下からたくさんの足音が駆け上がってきた。乱暴に扉を開ける音とともに、三、四人の気配が部屋の中に入ってきてニコラを連れ去っていった。


「心当たりはありますか?」

 念のために聞いてみた。

「わからん」弱々しい口調で首を振った。


「金貸しなんて因果な商売だ。知らぬ間に恨みを買っていたのかも知れん。俺はまだいい。恨まれようと殺されようとそれも自業自得だ。けど、ニコラは……ニコラだけは……」


 お父さんはそこで泣き崩れてしまった。見えない目から涙があふれて床を濡らした。

「頼む、まだそう遠くへは行ってないはずだ。ニコラを、ニコラを頼む……」


 ニコラのお父さんは手探りで僕の左肩を探り当てるとぎゅっとつかんだ。

「もちろんです」


 僕はその上から手を重ねる。

「ニコラは絶対に僕が助け出します」


 どこの誰だか知らないけれど、ニコラを誘拐するなんて許せない。

 僕は虹の杖の『失せ物探し(サーチ)』でニコラを探す。ここからそう遠くない『羊皮紙通り』から町の南側へ移動している。


「待っていてください。すぐに戻ってきます」


 僕は『瞬間移動(テレポート)』で家の外に出た。『瞬間移動(テレポート)』するには、その場所を正確に思い浮かべる必要がある。そのためにはよく知っている場所か、移動する場所を目で見ないといけない。


 この夜中では視界がさえぎられて、見る方の『瞬間移動(テレポート)』は使いにくい。でも追いかけるだけならほかにも方法はある。


 僕は久しぶりに鳥になることにした。壁をつたって、屋根の上に駆け上がる。

 『失せ物探し(サーチ)』を使いながらニコラをさらった奴らの後を追いかける。その速さだと馬車や馬ではなく、担いで走っているようだ。だったらすぐに追いつける。


 屋根の上を走るたびにガタガタと音がする。屋根瓦が時折、滑り落ちていく。ごめんなさい、と心の中で謝りながら、後を追う。屋根の上は歩きにくいけれど、向こうも人質がいる分、そう早くは走れないはずだ。


 見つけた。


 『羊皮紙通り』の外れのところに大きな革袋を二人がかりで担いでいるのと、その前後に人影が一人ずつ。合計四人。全員、覆面をしているせいで人相はわからないけれど、体格から察するに全員男だろう。あの革袋の中にニコラがいるのは間違いない。


 四人組の男たちは『羊皮紙通り』を抜けて、『寝転び町』の方に入っていった。『寝転び町』は貧しい人たちの住む町だ。この前の取り立ての時にも何度か通っている。


 逃がさないぞ、人さらいどもめ。

 一気にジャンプしたいのは山々だけれど、次の建物との間が広すぎてジャンプするのは難しい。おまけに今いるところはちょいと高くて、飛び降りたらさすがの僕でもケガをしてしまうかもしれない。


 でも、問題ない。それならそれでやりようはある。

 僕はカバンから火打ち石とたいまつを取り出すと、たいまつに火を付ける。ぼっと燃え上がるたいまつを振り上げ、人さらいどもの方へ投げつけた。


 たいまつはくるくると弧を描きながら人さらいどもの数歩先の地面に当たって弾ける。

 地面にまき散らされたたいまつの破片が道を照らす。これだけ明るければ十分だ。


「『瞬間移動(テレポート)』」

 そいつを目印にして一気に距離を詰める。次の瞬間、僕の目の前には覆面姿の男たちがいた。

「逃がさないぞ、人さらいども」


 人さらいどもは立ち止まって、顔をきょろきょろさせている。明らかに浮き足立っていた。急にたいまつが飛んできたと思ったら僕がいきなり現れたのでびっくりしたのだろう。でも、落ち着くのを待ってあげるほど今の僕はお人好しじゃない。


「全員叩きのめす」


 先頭の男のおなかに蹴りを入れる。苦しげにうずくまったそいつの背中を踏み台にすると、ニコラを担いだ男たちを飛び越し、一番後ろにいた男の顔に跳び蹴りを食らわせる。顔を蹴飛ばされて、短い悲鳴を上げながら地面に叩き付けられる。そのまま道の上を滑ってゆき、建物に頭をぶつけて止まった。起き上がる気配はなかった。


 僕はすかさず振り返り、体ごと残りの二人に突っ込んでいく。体当たりを食らわせると男たちはよろめきながら革袋から手を離す。


「おっと危ない」

 とっさに下に滑り込んでニコラの入れられた革袋をキャッチすると、一度地面にゆっくりと寝かせる。

 担いでいた男たちは明らかに腰が引けていた。二歩、三歩と後ずさると、背を向けて逃げ出そうとする。逃がすものか。


 僕はたいまつの破片を二つ、蹴り飛ばす。まだ火の付いている木片が男たちの背中に当たると、瞬く間に背中に燃え移った。


「あち、あちっ!」


 背中に付いた火に気が動転したのか、デタラメに走り回っている。もう一人は地面に寝転がって火を消そうとしている。


「消したいの? なら手伝ってあげるよ」


 僕はそいつらの腕を掴み、順番に投げ飛ばした。三回ずつ道の上に叩き付けると炎は消えて、二人の人さらいはのびてしまった。


 全員気絶したのを確かめると、僕は革袋へと近づく。革袋の中はまだ内側から破ろうともごもご動いている。まるでイモムシだ。僕は端っこのひもを開ける。


「もう大丈夫だよ」

 ニコラは猿ぐつわをかまされていた。頭の後ろに手を回し、ほどいてあげる。


「リオ……君?」

 まだ目の焦点が合っていない。かわいそうに。怖い目に遭ったから意識がもうろうとしているんだ。

「そうだよ。はい」


 それからカバンから取り出したハンカチを貸してあげる。ニコラの顔は涙でくしゃくしゃだし、鼻水も出ている。口からはよだれも出ている。じろじろ見てはかわいそうだ。


「安心して。君をさらった人さらいともはやっつけた。お父さんも無事だよ」

 ニコラはぼーっとした顔のまま涙とよだれを拭いて鼻をかんだ。ハンカチを手の中でくしゃくしゃにすると急に僕に抱きついてきた。 


「やっぱり、王子様……」

「いや、違うから」


 忘れていたよ。そういえば、ニコラはどういうわけか僕をウィルフレッド王子と勘違いしているんだよね。


次回は11/10(金)午前0時頃に更新の予定です。

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