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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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危険な二つ名 その10

今回で100回目を迎えました。

ここまで続けられたのも皆様のおかげです。

どうもありがとうございます。

今後とも「王子様は見つからない」をよろしくお願いいたします。


 オトゥールの町に戻ってきた頃にはすでに日が沈んでいた。町の門が閉まろうかという頃だ。本当なら宿に戻って一眠りしたいけれど、依頼が完了したと報告の義務がある。今頃、ギルド長のイザベラさんも首を長くしていることだろう。とはいえ、僕たちは土ぼこりや泥や十王グモの返り血で随分汚れてしまったので、先に公衆浴場で汚れを洗い落とした。その間、ジェシーさんは一言も僕と口を利かなかった。


 さっぱりした後で冒険者ギルドへと戻ると、すぐにギルド長の部屋に通された。

「よくやってくれたね、アンタたち」


 ポーラさんの報告にイザベラさんは満足そうにうなずく。

「ありがとうございます」


 ポーラさんが一礼する。つられて僕たちも礼をする。

「特にリオ。アンタは大活躍だったらしいね。まったく、私の目に狂いはなかったよ」


「みんなのおかげですよ」

 実際、僕一人で戦ったわけじゃない。ポーラさんやジェシーさんやエセル、みんなでがんばったおかげだ。


「それじゃあ、さっそく報酬だ」


 ギルド長の合図で、職員さんたちが入ってきた。重そうな革袋をトレイに乗せている。大中小と三つの袋が並んでいる。僕とジェシーさんとエセルの分らしい。


 ポーラさんたちはギルドの職員なのでもらえないそうだ。不公平だなあ、と思ったけれど後で給金と一緒に特別な手当が入るらしい。エセルが一番大きな袋をもらった。続いてジェシーさんが中くらいの革袋を受け取った。


「ほら、アンタの分だ」

 僕の革袋が一番小さかった。隣のエセルが受け取るやいなや、革袋の封を開けて、げんなりした顔をする。


「たったこれだけ? 死にそうな思いしたのに」

 チャラチャラと乾いた音から察するに中身は銅貨らしい。僕も開けてみる。中は金貨だ。全部で十枚ある。


「安いとは思うけどね、勘弁しておくれ。なにせ依頼人がどうにもしみったれでね」


 イザベラさんがいまいましそうに弁解を口にする。僕はこの報酬が高いのか安いのか、相場を知らないのでどう反応していいか悩むところだ。


「それと、リオ。組合証を出しな」

「はあ」


 言われるまま、組合証を差し出す。

「今回の討伐達成でアンタは三つ星に昇格だ。今手続きするからちょっと待ってな」

「え?」


「これからもしっかりやんな」

「おめでとう、リオ君」

 困惑していると、まばらな拍手の音に包まれる。ポーラさんも笑顔で手を叩いている。


「本当なら四つ星でも行けるだろうけど、こいつは規則でね。まあ、アンタの実力ならすぐに壁くらい……」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 僕は両手を出して止める。おかしい。いつの間にか昇格の流れになっている。


「僕は別に三つ星になんて……その、そこまでのことは……」

「バカをお言いでないよ」

 僕の反論は、ばっさりと切って捨てられた。


「十王グモの大群をたった一人で倒すような奴をいつまでも低いランクで遊ばせておけるもんかね。それともアンタ、ポーラの報告はウソなのかい?」

「あ、いえ」


 僕が否定すれば、ポーラさんがウソをついたことになる。そうなればギルドにウソの報告をした罪で罰を与える。イザベラさんはそう言っているのだ。


「なんでもありません」

 こうして僕は三つ星にさせられてしまった。

 いやだなあ。


 三つ星の仕事といえば魔物退治とか盗賊退治とか、乱暴なものばかりだ。規則では、自分が持っているのより下の星の仕事も受けられる。けれど、あまりいい顔はされない。この前も別の町で星なしの依頼を受けようとしたら、受付の人に白い眼を向けられた。せっかく昇格して星が付いたのだから、相応の仕事をしろ、ということなのだろう。


「なに、しょげてんだい、いい若い者がまったく」

 イザベラさんがぼやいた。


「しっかりしなよ。三つ星になれば、二つ名で呼ばれることもあるんだよ。今のアンタならさしずめ……『クモ殺し』ってとこかね」


 いやだなあ。『クモ殺し』のリオ、だなんて。お嫁さんの来てくれるあだ名とは思えない。


「お言葉ですが、僕にはもう二つ名もありますので。ああ、勝手に名乗っているわけではありませんよ。ちゃんと付けてくれた人がいるんです、ねえエセル」

 エセルの姿はなかった。


「あの子なら金持ってさっさと出て行ったよ」


 そういえば、僕とギルド長が話している間にこっそり出ていったような……。そういえばジェシーさんもいない。二人とも水臭いなあ。


 もう外は真っ暗だから家に帰ったのかな。言ってくれれば家まで送ったのに。

「それで、アンタはこれからどうするんだい? まだこの町にいるのかい」


「そうですね、あと数日はこの町にとどまろうかと」

 できれば、あと何件か依頼を受けてみたいし、徳政令の件もある。もうしばらくはいるつもりだ。

「そうかいそうかい」


 イザベラさんは満足げにうなずいた。

「色々物騒な依頼も入っているからね。アンタが追い出した連中の分まで働いてくれるとありがたいんだけどねえ」

 明日にでも出ていこうかな、この町。


 冒険者ギルドを出るともう真っ暗だ。薄雲に覆われて星明かりもないので、巨人のマントのような闇が目の前に立ちふさがっている。時折、カンテラやたいまつの火がちらちらと瞬きながら建物の陰に消えていく。


 僕はため息をつきながら手の中の組合証をなでる。刻まれたばかりの三つ目の星が手の中で盛り上がっている。昇格したのだと否が応でも実感させられる。うんざりするけれど、ものは考えようだ。元々三つ星まではがんばろうと思っていたんだ。予定より早くなってしまったけれど、前倒ししたと思えばいい。


「早く帰ろう」

 スノウを肩に乗せ、宿屋へと歩いていると後ろから声を掛けられた。

「ちょっといいか」


 ジェシーさんはちょっと申し訳なさそうに頭をぽりぽりとかいている。

「さっきはすまなかったな。その……気が立っていたんだ。獲物を横取りされたと思っちまってな。すまん」


「いえ、僕は気にしていません」

 向こうが謝るのなら僕から何かするつもりはない。


「それで、詫びの代わりと言ってはなんだが、今から飯でも食いに行かないか? 祝勝会ってことで。おごりだ」


「いいですよ」僕はうなずいた。「スノウも一緒でしたら」


 ジェシーさんに連れられて来たのは、町の南西側にある『赤蛇亭』という酒場だった。燭台の置かれた薄暗い酒場の中に長いテーブルが二列並べられている。僕たちはその隅っこで向かい合うようにしてご飯を食べていた。肉入りのスープに、パンの入ったカゴ、蒸し焼きにしたニワトリの肉に、青物をきざんだサラダ。なかなか豪勢な食事だ。こんなの村では祭りの日くらいだ。


 お酒も勧められたのだけれど、丁重にお断りした。大勢の人たちがにぎやかにエールをあおっている。中には盛り上がってテーブルの上で踊り出す人までいる。


 僕はオトナなので、なるべく丁重に、おだやかに止めるようお願いした。けれど、向こうは調子に乗って僕たちの席まで来て、料理を蹴飛ばそうとしたので、その前におねんねしていただいた。今は店の隅っこで横になっている。


「どうだ。うまいか」

「ええ、まあ」


 イスの下ではスノウも僕が分けてあげたニワトリの肉をかじっている。

「ところで、僕に何か話でもあるんじゃないですか?」

 ジェシーさんはただ仲直りのために誘った風ではなかった。それにさっきから何か言いたそうにしている。分け前でも欲しいのかな。

「お前、俺とパーティーを組まないか」


 存外にまじめな表情をしていたので、僕はすぐに返事ができなかった。


「知っているだろう。俺は仲間に逃げられて今は一人きりだ。新しい仲間を探さないといけない。お前ほどの腕なら文句なしだ」


「なるほど」

 一からパーティーを組まなくてはいけないのだから大変だろう。その立場というか境遇には同情する。

「ありがたい話ですが、お断りします」


 僕には秘密が多すぎる。ジェシーさんが悪い人とは思わないけれど、まだそこまで気心の知れた仲でもない。それにパーティーを組めば、今までのように気ままな旅も続けられなくなる。


 ジェシーさんは恨みがましい顔でエールをあおった。

「俺じゃあ、力不足というわけか」

「むしろ役不足ではないかと」


 ジェシーさんは弓の腕前もなかなかのものだし、経験も豊富そうだ。別のパーティに入れてもらえばいい。その気になれば、きっと引く手あまただろう。僕なんかとパーティを組む必要はない。


 雰囲気が悪くなったので僕は別の話題を振ってみた。

「ジェシーさんはどうして、冒険者になろうと思ったんですか?」

「退屈だったからだ」


 意外な答えが返ってきた。てっきり七つ星になってやるとか、強い魔物を倒して英雄になるとか、野望に満ちた答えが来ると思っていた。


「家業を継いだはいいが、どうにも俺の性に合わなくてな。毎日書き物なんてうんざりだ。時折、こうして冒険者の真似事なんぞやっているんだが。どうにもダメだな。今のまま続けたところで、三つ星止まりなのはわかりきっている。せめて四つ星でも取れればもう少し面白いこともできそうだが、壁がなあ……」


 そこでジェシーさんは上目遣いに僕を見ると、うらやましそうに口元を緩めた。

「お前ならそのうち七つ星まで行くかも知れないな」


「買いかぶりですよ」


 七つ星なら村長さんたち『災厄砕き(カラミティ・バスター)』や、ジェフおじさんと同じということになる。みんなすごい人たちばかりだ。剣術でジェフおじさんに勝てるとは思えないし、エメリナおばさんみたいに魔法も使えない。僕がいくらがんばってもアップルガース村のみんなのようになれると思えなかった。


「七つ星、というとあれですよね。確か『裏切り者』がどうとか」

「『裏切り者の地獄(コキュートス)』か」


 ジェシーさんがたちまち不機嫌そうな顔になる。

「ご存じなんですか」


「一度会ったことがある、が。本物かどうかわからん」

「どういうことです?」

「奴は人前に姿を現さない」


 ジェシーさんによると、『裏切り者』は大昔に仲間に裏切られて大怪我を負わされたらしい。それ以来、人前には姿を現さず、出てきた時も顔を包帯や仮面で隠しているという。依頼も代理の人を通じて交渉するそうだ。


「ウワサでは部下が何人もいて、そいつらが身代わりを演じているって話だ。だから、あいつの正体を知っている者はほとんどいない」

「へえ」


 恐がりさんなんだな。仲間に裏切られたせいで人を信じられなくなっちゃったんだ。かわいそうに。


「だが、魔術の腕は本物だ。特に氷の魔法は王国でも随一だろうな。奴が魔物の大群を一瞬で凍りづけにしたのは一度や二度じゃない」


 実力は本物のようだ。さすがは七つ星というところか。

「ほかにはどんな人がいるんですか」


 確か、七つ星の冒険者はこの国には今、五人いると聞いたことがある。やっぱり、おっかない人ばかりなんだろうか。

「そうだな」とジェシーさんは首をひねった。


「『阿鼻叫喚(スクリーマー)』ナラカ、『貪り食らう者(アミメット)』アール、『死者祭宴の議長(ミクトランシワトル)』ディクトリ、『冥府の王(プルートー)』オルフェウス。みんな腕前だけは超一流だが、こっちの方は完全にいかれているって話だ」


 と、ジェシーさんは自分の頭の上で指をぐるぐる回す。

 どれもこれもおっかないあだ名ばかりだな。もっとかわいいのにすればいいのに。


「まあ、僕には関係のない話かな」

 そんなすごい人たちとケンカするつもりはないからね。


次回は11/7(火)の午前0時頃に更新の予定です。

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