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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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 すんすんとミーナが鼻を鳴らす、どうやら魔物の領域特有の獣臭さと濃厚な草蒸す香りが物珍しいようだ。二人は小走りになりながらも余裕を持って探索を継続している、彼らの前方に見えている三つのパーティーも、バルパが魔力感知で動きを察知している合計十五ほどのパーティーも未だ接敵をしている様子はない。そのことを聞くとミーナは真剣な表情を締まりのないそれへと変えた。魔力感知を抜けてくる敵もいるかもしれないぞと言うとミーナはすぐにキリッとした顔をして気分を引き締め直す、その変わりようがなんだか見ていて面白い。まだ余裕を持てているうちにバルパは彼女の装備を確認した。

 魔物の領域を抜けるのに出し惜しみは無しということでミーナの装備はスウィフトの持ち物の中でも一級品のものを揃えている。装備など幾らでもあるしなくなったならまた金を稼いで買えば良い。だがミーナという人間は一人しかいない、故にバルパは悩むことなく装備を恐れおののく彼女に貸与した。

 着ているローブは覇蛇セクルンドが命の証明として残した覇蛇衣重と呼ばれる魔法の武具、右手に持っている杖は災禍蛞蝓ディザスタースラッガーという十六対の触角を持つ魔物の中で最も大きな触覚が高質化して出来た杖で名を腑分溶錯スラッグスタイナーという。三十二本の触覚の中で最も大きく、先端に視力を司る複眼のようなものをもっていた大触角が瞳ごと結晶化したおかげでその杖は一見すると頭頂部に宝石球を埋め込んだ魔法の品にしか見えない。バルパもなんとなくその杖が魔物の素材を使って出来ているということは理解していたが、バルパの持つ魔法の品の中でも火属性と親和性が高かったこの杖を使わせることにしたのである。

 そしてルルに貸し与えていたのと同様、彼女の指、手首、足首、首元にはこれでもかというほどのアクセサリーが装着されている。

 魔力回復、体力回復、披ダメージ減少、魔法威力増大とそれらの能力はバルパが今まで実践で試して効力が判明したもののほとんどをミーナにつけされている。ミーナは若干動きにくそうだったが、そもそも魔法使い自体そこまで機敏な動きが必要になるわけでもないので文句を言わせるつもりはなかった。以前レッドカーディナルドラゴンのブレスと竜言語魔法を一発食らっただけでアクセサリーがほとんど全壊した経験のあるバルパはアクセサリーを着ける前と着けた後で動きが変わってしまうことの危険を実地で学んでいるためにミーナに渡す装身具は基本的には魔法や魔力に関するものに絞っていた。

 そしてミーナの左手には小さなブレスレットが付けられている、その手首をがっちりと掴むようなその赤い盾の彫刻が刻まれた金属製のそれももちろんバルパが貸した魔法の武具である。キーワード一つでブレスレットから盾になり、そして同様に盾からブレスレットにもなるこの魔法の品をバルパは緊急の防御用に持たせることにしたのだ。朱染戦鬼のようにある程度脳みそのある敵ならば後方に位置取る魔法使いを狙う手を売ってくる可能性は高い。ミーナが即時展開できるファイアウォールで防げるものならば良いのだが、火傷を覚悟で肉弾戦を挑まれた時にもなんとかバルパが敵に追い付くまで彼女が耐える必要がある。朱染戦鬼との戦闘で彼女の防御手段が必要だと感じたが、身体能力はあくまで十五才の少女のものである彼女に緑砲女王のように適度な重さのある盾を持たせていては体力が続かない。それ故多少防御力には不安が残っても軽量化と即時防御が可能なこの魔法の武具を持たせることにしたのである。

 ちなみにバルパの装備は右手にボロ剣、左手に緑砲女王、そして全身鎧は潮騒静夜といつものそれである。ヴァンスに聞いてみたところどうやら勇者スウィフトの装備の中には緑砲女王よりも優れた盾もあるらしいが、バルパは共に戦い抜いてきた彼女に愛着を持っていたために装備を変えようとはしなかった。個人的には魔力を貯められ物理攻撃にもカウンターを入れられた赤い筋が浮き上がる前の方が使い勝手が良いと思っていたが、今の能力に対ヴァンス戦では助けてもらったこともあるためにその能力の変化を盾を変える理由になるほど大きな瑕疵とはとらなかった。バルパの着けているアクセサリーは人化のブレスレットと翻訳の首飾りのみである。アクセサリーの重量が剣速に影響するし、強力な一撃を食らえばすぐに壊れてしまうことから彼は基本的にはアクセサリーには否定的だった。

「どうした、敵がいたのか?」

「いや、ただ装備の確認をしていただけだ」

「そ……そんなジロジロ見るなよな、ただでさえ落ち着かないんだから」

「落ち着け、そのくらいの魔法の品なら幾らでもある。俺が自分で獲得した物ではないからあまり自慢気にも言えんがな……む、来たな」

 バルパは彼女と話している最中、魔力反応が前方に増えたことを確認する。魔力量は朱染戦鬼より少し少ない程度、数は二、距離は数百歩、種別は魔物。狙いはこちらではなく、遥か前方で走っているとあるパーティー。一匹はその側面から、もう一匹は背後からパーティーへ近づいている。その冒険者達の魔力はほとんどゼロに近い者が数名とそこそこ持っているものが二名。魔力反応的には明らかに魔物に分がある、バルパは万が一戦闘の余波が来ないようにと少し駆けるペースを落とした。あたりに魔物の気配がないことを確認してからミーナに自分達の先鋒にあたるであろう冒険者達が魔物と遭遇したことを伝え、戦況を実況することにした。

 背後にいた魔物が一気に距離を詰めた、そしてパーティーにゼロ距離まで近づくとすぐさま人間の反応が一つ消える。奇襲気味の一撃で即死級の攻撃を受けたらしい。残るメンバーが隊列を組み攻撃を仕掛けた一体に相対しようとしたところで側面の魔物が今度は魔撃を使い奇襲気味に攻撃を行う。魔力反応は減っていないが、陣形に乱れが出来た。魔物がその混乱を利用しようと冒険者パーティーの中心部に入り混戦状態に持ち込もうとする。

 五人の冒険者達が魔物を囲もうとする動きを見せると先ほど魔撃を放った魔物が仲間ごと冒険者に魔法を放った。今のでまた一人死んだのでパーティーはこれであと四人。

 魔物は自然回復力が高い、故にフレンドリーファイアをそこまで気にせずにバカスカ魔撃を放っても問題はないと二匹は判断しているということなのだろう。

 二人が殺された冒険者パーティーはなす術もなくやられ、四から三に、三から一に、そして零にとその人数を減らした。

「パーティーが一つ全滅したようだ」

「えぇっ⁉ まだ魔物の領域に入ってほんのちょっとしか進んでないのに‼」

 命の危機を改めて感じたからか小声で驚くミーナ、彼女の瞳にはバルパならそのパーティーを助けられたんじゃないのとでも言いたそうな不満げな色があった。なのでバルパはあえてキツく言った。

「言い忘れていたから今言っておく。俺は自分達の身を危険に曝してまで冒険者を助けるつもりは毛頭ない。今の俺の手はミーナと武器以外を持つには小さすぎる」

 彼女は自分のことを英雄か何かだと勘違いしているが、バルパなど所詮は一匹のゴブリンだ。魔物の領域でミーナの安全に気を配りながら他のパーティー達にも十全の配慮をするなどということは不可能だし、そんなことをしてミーナが死んでしまえば目もあてられない。なので彼としては厳しい言い方でそう伝えたのだ。

「そ……そっか」

 するとミーナは何故か自分を責めるでもなく黙りこくってしまった。

 まぁ理解してくれたのならば彼女の心情についてはおいておくことにしよう。

 バルパは前方の冒険者をある種の盾役とみなしながらペースを調整し、再び歩調を速めた。

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[気になる点] 十六対の触角を持つ魔物の中で最も大きな触覚が高質化して出来た杖で名を腑分溶錯という。 →硬質化
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