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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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中身

 階層守護者という生き物は一定時間が経過すると再度現れるようになっている。その守護者が強ければ強いほど再出現リポップまでの時間は延びるのが普通だ。この獄蓮の迷宮の場合朱染戦鬼が再出現するまでの時間は約一日ほど、時間が経過するとまるでさきほどからずっとそこにいたかのような確かさで再び階層守護者として君臨する。

 だが再出現までは一日かかるはずなのだ。そして迷宮の守護者との戦闘では守護者の眷族と呼ばれる特殊な魔物以外は現れることがないというのは迷宮の常識である。 

 それならば一体自分が感じた魔力反応は一体誰のものなのだろう、バルパは自分の疑問を棚上げにし、緊張しながらそっと足音を殺して歩いた。

 丁度朱染戦鬼が沈んだあたり、その真下の部分に魔力感知が反応している。どうして『紅』が戦っていた時には気付かなかったのだろうかと疑問に思い、そして恐らく自分の魔力感知が以前より鋭敏になったのだろうと結論付けて先に進む。

 魔力反応のある場所の真上の部分の少し横に到着すると、土の魔撃を使い地面を掘り起こし始める。この階層の土は自分が以前ごちゃごちゃと弄って色々と試していた時のものよりかなり固い。魔力に飽かせて土を動かし、掘り起こした土を小山にして横に置いていく。 

 魔力を半分ほど使ってもまだまだ先は見えない。バルパは魔力回復ポーションを噛み砕きながらミーナの方を向いた。彼女は心配そうな顔でバルパを見つめていた。問題ないと伝えると少しだけ彼女の緊張の糸がほどけたので、彼は再び作業を再開し始める。


 それから更に三回ほど魔力回復ポーションを使い、一度食事休憩を挟み自然回復を待ったりしながらも続けると、ようやく土の魔撃で動かない何かの表面が見えた。穴は既にバルパの全身も埋もれてしまうような深さになっており、横にあった小山はすでに大きな山になっている。

 視力を強化しながら下の方を見ると、魔力感知に反応している部分と土の魔撃で動かない何かの位置が完全に一致しているのがわかった。

 ミーナに一言断りを入れてから穴の中に足を踏み入れていく。側面に足をひっかけながら降りていると土が崩れてしまいそうで危ない場面も何度かあったが、なんとか土に埋もれずに最下層に辿り着く。十階層から掘り進めた先にある場所だからさしずめ十一階層というところだろうか、バルパは目の前の物体を見ながらそんな益体もないことを考えていた。

 そこにあったのは楕円形の球体と、それを支えるように設置されている立方体の金属だった。いきなり触れるのは怖かったのでまずは近くにある土を投げ、次にボロ剣でトントンと球を叩き、それでも反応がないことを確認してからそっと球に触れる。ほんのりと温かいその物体の中には非常に弱い魔力反応が一つだけあった。これは魔法の品(マジックアイテム)を入れるいわば鞘のようなものなのだろうかという考えを自分ですぐに否定する。

 バルパの現在の強化拡張された魔力感知は人間、魔物、そして魔法の品をしっかりと識別することが出来る。魔力感知の魔撃は、目の前の球に入っているのが魔物であることをバルパに教えてくれていた。だからこそ彼は自分のようなイレギュラーの闖入を警戒し急いでミーナを避難させようとしたのである。

 だとすればこれは卵のようなものなのだろうか。地下深くにあるバルパお手製の第十一階層には蛍石などもちろんないため、現在彼は球体と金属を強化した視力で辛うじて視認できるという状態だった。もっと詳しく観察しようと指先で光の魔撃を発動させ周囲を明るく照らした。するとさきほどまでほとんど輪郭しか見えていなかった球体の詳細がより鮮明に見えるようになる。

 楕円の球体は緑色で、その台座部分の金属は黒っぽい銀色をしていた。球体は淡く緑色に発色しながらも、ほんのりと白くも光っており、バルパが出している閃光を優しく照り返している。その大きさはかなり大きく、全長はバルパの身長よりも長かった。台座と思われる部分には幾つか装飾がしてある、その細かさはその台座が工芸品の類いであることをバルパに窺わせた。真ん中に球体を置けるように四隅が張り出し、中心部に窪みのあるその台座らしきものにはごちゃごちゃとした太い糸のようなものが付いている。それらはどこに続くでもなく土の中でブッツリと切れてしまっていた。その断面を見るとオレンジ色をしており、まるで血管のようだとバルパには思えた。

 一体これはなんなのだろう、観察してみても答えは出なかった。やはり卵か何かなのだろうか、バルパの乏しい知識ではそんな答えしか出そうにない。だが中に魔物がいることはわかっているのだ。それならば倒すべきではないのか? こんな魔物が下にいるとなっては今後おちおちと朱染戦鬼と戦うことも出来なくなってしまうかもしれない。今は反応が弱いが、もしかしたらこれが孵化したらとんでもない化けものが生まれてしまうかもしれない。そうすれば自分の見知った人達が死んでしまうかもしれない。

「……壊しておこう」

 こんなほとんど生きているか死んでいるかもわからない存在ならば自分が全力を出せば壊せるはずだ。バルパは後顧の憂いを断つために、思いきり振りかぶってからボロ剣を球体に叩きつけた。

 思いのほか抵抗は弱く、殻を破るように簡単に球体は壊れた。そのまま勢い余って逆側の殻にまで剣が突き抜けてしまう。バルパは急いで剣を離し壊れた卵と距離を取った。

「…………」

 卵を割れば中から魔物が出てくると思っていたが、一向にその気配がない。有効時間の切れていた魔力感知を発動させると、さきほどまであったはずの魔力反応は嘘のように消えてしまっていた。

 自分の魔力感知が誤作動したのか? いいや、そんなバカなことがあるはずがない。これがそんな不確かな能力だったなら既に自分は魔物の領域で死んでいるはずだ。

 それならば一体魔力が消えたのはどういう訳だろうとバルパはそっと壊れた殻の隙間から卵の中身を除きこんだ。

 そこには確かに命の気配があった、眠っていると言われてもバルパは信じて疑わなかっただろう。

 白い布にくるまれるような形で一体の魔物が横になっているのが見えた、その顔と体にはバルパが壊した殻の破片がパラパラと降り注いでしまっている。

 それはどこからどう見ても一人の女だった、だがミリミリ族と同様その女には普通の人間とは異なるとある特徴があった。

「……エルフ、なのか?」

 その女の耳は、非常に長かった。緑色のゆったりとした服を着込んでおり、それには赤い刺繍で何やら模様のようなものが刻まれている。上半身には服を着ているが、下半身はパンツを一枚履いているだけで素足が見えてしまっていた。目を瞑った状態でもその顔の造形美は凄まじい、人間の顔の違いなどわからないバルパでさえそう思った。

 彼女の持っている特徴はバルパが以前聞いた亜人のうちの一つ、エルフのそれと酷似していた。

 卵の中に入り彼女に触れる、その体は既に冷たくなっている。死んでしまっているのは明らかだ。死後どれほどの時間が経過しているかはわからないが、その体の所々が朽ち肉が溶けかけていることから考えても数日や数週間といったことはあるまい。

 ダンジョンにある死体はダンジョンに吸収されその糧となる、それは当たり前の摂理であるはずだ。だとすれば目の前のエルフの死体は一体どうしてここにあるのだろうか。

 疑問は尽きない、わからないことはまだまだある。

「おーいバルパー、なんか有ったのかー?」

 上の方からミーナの声が聞こえる、急いで戻らなければまた怒られてしまうだろう。バルパは死体をそっと無限収納にしまい、ついでに壊れた卵のような何かとその台座も一緒にしまいこんだ。 

 彼はそのままスレイブニルの靴を使い空を駆け、ミーナのいる場所へと戻っていった。

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