魔力感知のエトセトラ
スースはそれほど魔法使い然とした格好をしている女ではなかった。革のブーツに真っ赤な絹のシャツ、それに太ももが見えてそよ風一つで下着が見えそうになるシャツよりもさらに赤いスカート。魔力感知を使ってみるもその道具のどれもが反応しない、どうやら彼女が着ているのは全てただの服であるらしいと考え、そうとも限らないかと自らの意見を翻す。もしかしたら自分の魔力感知を抜けたその手段を使ってその道具の魔力も感知できないよう細工されている可能性もあるからだ。
スースの着ているシャツは明らかにサイズが小さく、大きく張り出された胸は窮屈そうである。だが胸と太ももなど見ても刃物を突き立てやすそうだなくらいにしか考えていないバルパにはその色香は通じない。
「魔力感知をどうやったら外せるんだ?」
「あ、あんたこれから師匠になる人間の奥さん相手の最初の言葉がそれかい……」
ガクッとこけそうになりながらスースが前のめりになった。胸が左右の腕に押し出されて強調される、バルパはこれだけ柔らかそうな見た目から考えるとあまり格闘戦をするタイプではないのだろうなとしか思わなかった。
「……」
「……なんだ」
バルパの方をじっと見るスース、彼女の視線の意味のわからなかったバルパは先ほどの仕返しとばかりにミーナのほっぺたを引っ張った。
「にゃんでっ⁉」
ミーナがすっとんきょうな声をあげる。
「今どう考えても二人がなんか視線だけで会話してるとこだったじゃん‼ みゃっ、止めろっ‼」
「俺はさっき五回止めろと言ったがお前は止めなかった。だから俺もそう簡単に止めてやるつもりはない」
「みゃーっ‼」
目の前で女のほっぺたをツンツンし出したバルパを見て……スースは爆笑した。
「あっはっは、あんた面白いねぇ‼」
ひーひー言いながらお腹を抱えるスース、その様子を見ている限りはそれほどの実力者とは思えない。だが魔力の量がわからない段階でそう断定するのは危険だ、もしかしたら今の態度は自分が人間に擬態している魔法の品で見せている幻であり、実は本当のスースは杖を構えこちらを狙っているのかもしれない。
もし魔力感知を使い魔力を把握していなければ、自分はヴァンスをただの適当人間としか思わなかったはずである。魔力感知は便利だが、無効果されてしまえば自分が相手の実力を推し量ることは一気に難しくなる。自分が彼我の戦力差の分析を魔力感知に基本委ねているという事実が一体どれほど危うい均衡の上で成り立っていたものなのかをバルパはようやく理解した。自分は魔力感知という便利で強力な能力に今までどれだけ頼っていた、もしこれを抜け出す手段を持つものや気配を殺し強化された視覚と聴覚でも察知できない相手が来れば自分はなすすべもなく死んでいただろう。もしかしたらスースは自分に今の能力にかまけた気配察知の危うさを教えてくれるためにこんな挑発的なことをしたのかもしれない。バルパは師匠のお嫁さんもまた自分のことを思ってくれているのだなと夫婦の間に通じる何かを感じた。純粋なバルパにそれはスースさんが悪戯好きなだけだよと教えてくれる人間は残念なことに一人もいなかった。
「で、どうやったら魔力感知を抜けられる?」
「抜ける方法は簡単だね。魔力感知使える奴限定だけど相手の魔力感知の魔法に自分の魔力感知の魔法に使う時放出する魔力を変質させる前の塊のまま直接ぶつけてやればいいのさ。相手と全く同じ量でそれを打ち消せば一見すると魔法を消されたとは思えなくなるって寸法だ」
自分は現在断続的、平均すると大体数分に一度というペースで魔力感知を発動している。だが今はヴァンス達が来ることを察知するために数秒に一回は使っていたはずだ。彼女はそれら全てにそんな芸当をなしたというのだろうか、バルパは魔法の奥深さというものを感じずにはいられなかった。そもそもこの魔力感知というものは魔力の網のようなものを薄く広げていくものである。だがそこまで使いこなしていると言いがたいバルパのそれは全体的に不均一で、そこにこめられている魔力もバラバラであるはず。その一回一回に異なっているはずの魔力感知にぴったりの魔力を瞬時に放出させて打ち消し合わせる。おそらくそんなことはいくら練習しても自分には出来ないだろう。ヴァンスより弱いからとナメることなど出来そうにない、この人もまた強き者だ。
「なるほど、教えてくれて感謝する。金なら出そう」
「あんたがどんな風に育ってきたのか気になる発言をありがとうよ。そんなもん要らないからミーナちゃんに美味しいものでも食べさせてあげな」
「ミーナになら常に旨いものを食わせている、問題はない」
「ふふ、そうかい」
この世界は金というものがある程度の力を発揮する。だがヴァンス然りスース然り、その力の通用しないものも多いらしい。金は万能だと思っていたが、流石になんにでも使えてしまうものがあるはずもないから当然のことか。バルパは金の力を使う場所は見極めなくてはならないと自戒した。
「魔力感知を抜ける人間を感知することは出来るかい?」
「一応出来る……んだけどそれを無効果することも出来るんだよね、魔法の多重起動が出来る奴には効かないと思っといた方が良いよ。本当に強い魔法使いっていうのは魔力感知は使わないもんさ」
「なるほど」
間接的に魔力感知に頼っているお前はまだまだ未熟だと言われているような気がしたが、そんな風に上からの物言いをされることがバルパには嬉しく思えた。自分よりも弱い者と戦うよりも自分より強い者と戦った方が学びが多い、だから卑屈になる必要などないと彼にはわかっているのである。
ヴァンスは居ないが、とりあえず待ち合わせ場所に彼を除く全員が集合したことになる。それならば次に行うのは戦闘を行うための場所のはずだ。迷宮だろうか、それとも自分が未だ足を踏み入れたことのない魔物の領域だろうか。まだ見ぬ戦いを幻視したバルパは嬉しさを感じずにはいられなかった。
「どこへ行くんだ? 魔物の領域か、それともダンジョンか?」
いつもより少しだけ高めの声で発された疑問を聞いたスースが再びにやりと笑う。それから右の人差し指を左右に振ってチッチッチッと舌を鳴らす。
不敵な笑みを浮かべながらスースは右目を閉じる。
「甘えなさんな、あんたもミーナもまずは座学だ。今日は模擬戦以外じゃ戦えないと思いなよ」
スースは踵を返し自分達の泊まっている、そしてヴァンスを土下座させている宿へと行だした。
バルパはその言葉の意味を咀嚼し、少しだけ気落ちしてから彼女について行った。
『紅』の四人とミーナが、更にその二人に続いた。




