分体
「魔力の扱い方は、種族によって違う。ひとえに咒法といっても、数も多く、学習するための修練法は更にその数倍はある。なのでまずは、僕が推奨した練習方法を各々で実施してもらう。別に制限時間があるわけでもないし、何かに追われているわけでもない。ゆっくりと時間をかけて、基本を学び取るのがいい」
というリィの言葉に従い、バルパ達は各自別々の場所で訓練をすることになった。
バルパはミーナ達が一体どこで、どんなことをしているのかを知ることもないままにリィに案内され、リィと二人でとある場所にいる。
「……先ほどまでと、何一つ変わらないようにしか見えないが。魔力反応自体も、リィそのものだ」
「君に幻覚を見せているわけじゃないからね。分体、つまりは自分の分身を生み出す咒法さ。これなら君たちを同時に面倒見ても、お釣りがくるからね。ああ、今頃本体の僕はゆるっと昼寝でもしてるんだろうね、羨ましいよ」
バルパの前には相変わらず、なよなよとした見た目のリィが立っており、周囲からは木の葉がさわさわと鳴る音が聞こえてくる。
目にあやな緑色、蒸し暑い気候に、空を行き交う人間サイズの鳥達。
バルパがやってきているのは、今まで感じたことがないほどに暑いジャングルだった。
じんわりと掻き始めた汗に不快感を感じながら、バルパは片膝を立てる。
そして目の前で座っているリィの姿をまじまじと見つめ、今目の前にいるリィへと意識を集中させた。
「……」
「そんなにジッと見られても、何も出ないよ?」
どうやら今自分の前にいるこの男は、咒法により生み出された分身らしい。
そんなことが可能なのかと思わなくもないが、実際にやられているのだから疑うのも意味のないことである。
何故自分がやって来たのがジャングルなのか、どうしてわざわざ分かれて訓練をする必要があるのか。
聞きたいことは幾つもあったが、自分はあくまでもリィから物を教わる立場。
質問をするよりも先に、学び取ることをしようとバルパは意識を切り替える。
魔力感知を使うと、リィの分体はリィ本体となんら変わらぬ反応を返してくる。
バルパは魔力感知で、大体の魔力量を測ることができる。
しかしそれが自分の持つ魔力量を遙かに超える莫大な量となると、正確なところはわからなくなってしまう。
分体も本体も、バルパにはただ漠然と巨大な魔力としか映らないのである。
ただ、咒法とはそういうものなのだというところで理解を止めてしまうことは、停滞に他ならない。
それでは教えを請う立場としては、落第だろう。
バルパは今まで自分が見知ってきたことを用いて、分体の仕組みを解き明かしてみることにした。
リィが先ほど言っていた言葉を思い出す。
『咒法っていうのはなんとも大層な名前に聞こえるけどね、実態はそう大したものじゃない。魔法で起こすことが出来ず、魔法の品でしか起こせないような現象。それを強引に起こしてしまうという、ある種の力技なのさ』
とすれば分体を生み出す力は、なんらかの魔法の品で起こせるようなものである。
魔法の品であるならば、バルパにはそれを知るための術がある。
無限収納に触れ、彼は念じた。
分体を生み出すための、魔法の品をと。
瞬間、彼の目の前に一つの物品が現れた。
バルパはそれを掴み、前後左右からのぞき込む。
それは鏡面を介して、彼の緑色の顔と全身を映し出す。
彼が知るところの、鏡と呼ばれるものであった。
彫刻が彫られた青色の台の中心部に鏡が固定されており、その上部を囲うように女性を象った意匠が両の手を広げている。
「それはみかがみの鏡台だね。鏡に映し出したものを、自身が持つ魔力を使ってコピーする魔法の品だ。今僕が使っている咒法と、根本原理は同じさ」
魔力を使い、コピーを生み出す。
原理は理解できないが、とりあえずの仕組みは把握できた。
そしてバルパには、魔力を物質に変換するという技術に対し、一応の覚えがある。
彼もまだ拙くはあるが、一応魔力を物質化すること自体は可能なのだ。
その応用と考えれば、人智の及ばぬものではないとわかる。
「魔力の物質化、それを更に魔力を用いて方向付けるといったところか?」
「おぉ、正解だよ。これは咒法アルダーナ、魔力を物質化させる咒法の中でも、高度なものの一つだね。精神感応とか、幾つかの咒法を組み合わせて使う物だから、恐らくゴブリンの寿命だと覚えきれないとは思うけど」
「……そうなのか」
「もう、そんなに残念な顔をしないでよ。君はもう空歩、つまり魔力の物質化による空中歩行術は身につけてるでしょ? それなら空中飛行とか魔力の再流動化なら、それほど時間もかからずに身につけられるはずだから。まずは一歩ずつ、できることからコツコツとやっていこう」
リィの言葉を聞き、シュンと顔を下に向けていたバルパは、すぐに機嫌を直した。
恐らく空中飛行というのは、以前ヴァンスが使っていた魔力の噴射のことだろう。
あれを使うには莫大な魔力を湯水のように使うしかないと諦めていたが、どうやらリィの言葉を聞く限り今のバルパにも使えるようだ。
彼はリィが分体であることを頭の隅に追いやり、説明を一言一句聞き漏らさぬよう、耳に魔力を集中させた――――――。
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