三人のかしまし娘
バルパ達が現況を確認している最中、ウィリス達はピリリの私室で三人で顔を突き合わせていた。
彼女達の話題は自然、本来ならこの場にいるべきだったもう一人の少女のものになる。
「そっか……それじゃあレイはもう帰っちゃったんだね……会いたかったなぁ……」
彼女に会えないことが本当に寂しいと全身で表現しながら、シュンと顔を俯かせるピリリ。
「いいのよ、家に帰れたんだから。もう奴隷でもなくなったんだし」
「そうだね……うん、そうだよねっ‼」
ウィリスが顔を上げると、そこには黒く染色してある屋根が見えた。
その先には星があり、私たちを照らしてくれている。今、レイの元へもその光は届いていることだろう。
「まぁ、元から奴隷でもなんでもなかったわけだけどね」
「蒸し返さないの、最初の頃いつ犯されるかビクビクしてたこと、バルパに言いふらすわよ」
「やめてよっ、それいうならあんたがおもらししたことバラすからねっ」
「おもらしっ⁉ ウィリスおもらししたのっ⁉」
「ピリリが食いつくような話を提供するんじゃないわよ‼」
わいわいと騒がしく、彼女達の話は進んでいく。皆の纏う雰囲気も、この空気感も、何もかもが変わっていないことを三人がはっきりと知覚したために、場の雰囲気は一気に弛緩した。終始和やかに、会話は進んでいく。
「それでもう、その時のバルパったら凄かったんだから‼」
「ああもう、私も見たかったなぁ……」
「うーん、私は見なかった方がよかったと思うけど。あれリアルタイムで見てると、かなり心臓に悪かったよ」
話はピリリと別れたあと、天使族の集落まで出向いた時の話へと移っていた。
そこに至るまでの道のり、種族間の埋めがたい相互格差、そして今はダンと名乗っている星光教お手製の人造人間と戦い、ヴァンスに助けられた一件。そしてバルパがその男を倒し、如何にして軛を解き放ったのか。
「信じられないわよね、アイツを殺さないだなんて」
「うーん、そればっかりは私もそう思うかな?」
「そうかなー、殺さなくていいなら殺さずに利用した方がいいと思うよー?」
「……あんたも色々あったみたいね……」
「あー、うん。ここ最近は戦ってばっかしかな~」
今度はピリリの話題になった。彼女はシルル族とズルズ族の旗頭として、幾つもの部族を下し平定する日々を送っているらしい。彼らの先祖が使役していた最強の蟲から名前を取り、シュウゥという新たな部族としてその版図を拡大させているらしい。
もしかして自分達の中で一番強いのはピリリなのではなかろうか、二人は言葉を交わさずとも同じ気持ちになった。
「それでねー、まぁ頑固な人達相手だとやっぱりそういうこともしなくちゃいけないから、多少強引に言うことを聞かせるんだ。私がやらないと、皆もっとひどいことしようとしちゃうから」
ピリリのその実感の籠った語り口調は、自分達よりも年下のそれとは思えないほどに耳に残った。彼女もまた、彼女なりに濃密な日々を過ごしてきたようだ。
もしかしたら既にピリリは同年代の子達と遊べるような立場になく、皆を代表するような堅苦しい地位にいるのかもしれない。ヴォーネはそんな風に考えた。
(だとしたら、ピリリがただの女の子のままでいられるのが……バルパさんの前だけってことなのかも)
強くなってしまったピリリのことを、ヴォーネは少し可哀想に思った。
痛感した力不足を語るウィリスとヴォーネの態度は、似ているようで大きく異なっていた。ウィリスは心底嘆いていたが、ヴォーネはありのままを受け止めているかのような泰然とした顔を崩さない。彼女は自分が弱いままでいいと思っていた。
ピリリの近況を聞いて、その思いはより強くなる。
彼女は今の生活が嫌いではない、気に入っているし、こんな風に毎日が過ぎていけばいいのにとすら思っている。
だが彼女は、戦って強くなりたいという思いが強くなかった。自衛が出来るくらいの強さがあればそれでいい。
今まで周囲に流されていた分、最近は特にそんな風に考えることが増えた。
強さというのは良くも悪くもその人の人生を変えてしまう。それが好転なのか、それとも歪曲なのかはわからない。
ヴォーネはあまり強くなれない自分の才能をバカにしながら、そんな風に凡人として生まれたことにどこかで感謝してもいた。
「私もピリリみたいに頑張らなくっちゃ」
そう言っているウィリスの瞳には、炎が燃えている。彼女もあの人造人間との戦いで自分と同じ思いをしたはずなのに、最近明るくなってきたエルフはどこまでも毅然とした態度を崩さない。
誰かに認めて欲しいから頑張れるってことなのかな。
そんな風に単純な行動原理で動ける彼女のことをヴォーネは二割でバカにして、残りの八割で羨ましがった。
「ま、いいんじゃない。私も応援してるからさ、種族間の違いなんか関係ないもんね」
「ばばばばばばばばばばばばばバルパは関係ないわよ‼」
「おっきな魔法使ったときみたいな音が出たねー」
二人とも、出会ったときと比べるとびっくりするほど変わっている。
ピリリはもう、卑屈な笑みを浮かべることはなくなった。少し大人びた彼女の笑みには、自分を卑下するような色はない。相変わらず天真爛漫ではあるが、時おり差すようになった影が彼女が少女から女性へ至る過渡期にあるのだと感じさせる。
ウィリスはもう、完全に色ボケている。
以前からその兆候はあったが、最近はもう暇さえあればバルパの方ばかりを見つめては意味のわからない叱咤をして突っかかったりを繰り返している。まるで好きな相手に正直になれないガキみたいな反応ではあるのだが、エルフの美人さんという素材のせいかそれすらも取り柄に見えてしまうのだから、器量の良さの差というやつは中々に理不尽だ。種族が違えば子供は出来ない、そんな常識を知っていてもなおその気持ちは変わらないらしい。
ゴブリンを人間に出来る薬がある以上、いずれは彼を人間にしようとでも思っているのかもしれない。人間と亜人ならば、極まれに子供が出来るということもあるらしいし。
二人は変わった。
「そして多分……私も」
「え、何か言った?」
「なんでもない」
自分はウィリスと普通に話せるようになった。以前と比べると随分、肝っ玉が大きくなった気がする。それに少し身長も伸びた。胸囲には……些かの成長の余地も見られないわけではあるのだが。
世界も周囲も、そして私も変わっていく。
その中でもなお、私は私のままでいられるのだろうか。
「……ま、考えても仕方ないよね。コイバナしよコイバナ。ピリリは好きな人出来た?」
「好きなゴブリンは、バルパー」
「そりゃ他に好きなゴブリンがいたらびっくりよ」
「好きな人は~……まだいないかな」
「ウィリスはどうなの? このままだと取られるわよ」
「ばばばばばばばばばばばばばバルパは関係ないでしょ‼」
「よくこれで今も普通に生活できてるよね、バレバレという言葉を使うのも恥ずかしいくらいの丸見えなのに」
「でも多分、バルパにはまだ気づかれてないんでしょ?」
「はいピリリ君、いい質問ですねぇ。もちろん正解です」
「うっさい、寸胴体型ロリコンホイホイ‼」
「なんだと取り柄顔だけの色ボケエルフ‼」
ヴォーネの胸ぐらを掴むウィリスが、自分と彼女の胸部との間に視線を行ったり来たりさせる。
「……はんっ」
「それは開戦の狼煙と受け取った。よしピリリ、やっちゃいなさい」
「がってん‼」
「なんでよいきなり助っ人呼ぶのは反則でしょ‼」
キャットファイトが始まり、話し声と怒号が混じり合ってどんどんと音が大きくなっていく。三人の顔に浮かんでいるのは、笑顔であった。
かしましい彼女達の女子会は、まだまだ終わらない。




