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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第四章 天使の羽を踏まないで
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欲しいものがあるのなら

 立ち上がった砂煙がたゆたう陽炎のようにゆらゆら、ゆらゆらとその身体を動かしている。日は未だ高い位置にはあるが、あまねく全てを照らし出せるほどの高みにはない。

 木々が倒れ、ねじ曲がり、弾け飛んでその形を消える。

 虫の死骸や枯れ葉を溜め込んでいた腐葉土が舞い上がり、粘度の高い土が倒れた樹木へと降りかかっていく。

 あらゆるものに……生物も無生物も、有機物にも無機物にも等しく破壊が降り注いだ。

 ただただ高密度の魔力が、幾つも折り重なって降り注ぐ。原理は単純で、そしてその威力は劇的だった。

 徐々に煙が晴れていく。

 そしてもたらされた破壊の全容が顕になっていった。

 森は赤茶けた地肌を晒す平原へと変わり、もとあった地面は内側のより濃い色の土を露出させ、そして魔物や生物の死骸が原型をとどめていない状態で横たわっている。

 薄れていく砂煙の中、一つの人影があった。

 そのシルエットははっきりとはわからない。だが立っているのが一人だけであることは、はっきりとしていた。

 その場に、立っていたのは…………




「……なんとか、耐えられたか……」


 地面に突き立てた聖剣でなんとか立っている、バルパであった。

 その腹部には穴が空いており、それはポーションを服用している現在であってもその傷は容易に塞がりそうにないほどに大きかった。

 少年が確実に殺せると放った一撃をまともに食らっても彼が動けているその理由は彼が五日では完成させることの出来なかった技術が、曲がりなりにも効果を発揮してくれたが故のことだった。

 未完成の技術、魔力吸収。変質化させた魔力を再度自分の体内に取り込むことの応用で他者の魔力を自らのものとするこの技術を、バルパは魔法の威力を減衰させることに使用したのだ。

 魔力というものの波長は、個人個人によって異なる。大きく区分けすると種族ごとに似通うことが多く、バルパが当てにしたのはその部分であった。

 少年の肉体は人間を始めとするあらゆる生物を元にして作られている。それならば彼の魔力には、自分が同調しやすいようなゴブリンとしての魔力も入っているのではないだろうか。

 そう考え未だ不完全な技術を使った結果、バルパは少年の魔法の威力をほんの少しだけ減衰させることに成功していた。

 そしてその結果彼は今もなお立ち続け、少年は声をあげることもなく地面に倒れ臥している。


「……ばけも、のめ……」

「その言葉、そっくりそのままお前に返そう」


 正直なところ、バルパは戦いの最中に自分が勝てるというある種の確信を抱いていた。このまま戦い自分の実力を発揮することが出来れば間違いなく勝てる。そんな風に思っていた矢先に今の一撃をもらったのだ。

 まさかこんな隠し玉があるとは、バルパは想定外の事実に内心冷や汗を掻いていた。


「ズルい…………ズルいじゃないか」


 ポーションを一つ二つと取り出し、流し込んではまた新たに取り出していく。

 バルパが傷を癒すのに合わせて、少年の傷もまた治り始める。

 だが彼からは既に魔力がその辺の一般人以下の総量しか感じ取れなくなっている。一応念のために彼の近くに転がっていた魔剣を蹴り飛ばしたが、少年は既にそんなものは眼中にないようだった。


「なんで……なんでお前はっ、僕の持っていないものばかり持ってるっ‼」


 自分の腕を目に当てながら唸る彼を見て、バルパは少しだけ申し訳ない気分になった。

 スウィフトに託されたその事実自体は自分の意思とは全く関係のない部分で決められたものではあったが、それでも彼の夢の一つを自分が破ってしまったこともまた事実なのだから。


「なんでそこに立っているのは……僕じゃないんだっ‼」


 バルパはレイの所属する集団を皆殺しにしようとしていたことも、ミーナ達に危害を加えたことも、許すつもりは全くなかった。

 だが真っ直ぐシャンと立ったバルパは、悔しさを噛み締めている少年を見て彼もまた、自分と同様に意に沿わぬ何かを背負わされたのかもしれないと、そんな風に思った。

 戦いに生き、そして戦うことでしか生きることの出来なかった一人の男。

 彼の生き方は、バルパのそれに酷く似ていた。

 もし自分がミーナに出会えていなかったのなら、ルルに助けを請えていなかったのなら、ただ戦いを求めるだけの鬼となっていたのなら、自分もまた、彼のように何かに一心になることで自我を保っていたかもしれない。

 人造人間、それは自壊機能を持つ不完全な人間。あらゆる魔物の要素を組み込まれているらしいとはいえ、その大元にあるのは間違いなく人間だ。

 バルパは少しだけから、無限収納に手を触れ、とある物を取り出した。

 そしてバルパはその液体を、少年へ思いきりふりかけた。

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