サラの酒場 1
「おいおい聞いたか?」
「ああ、なんでもサラのところでとんでもないウェイトレスが現れたらしいな」
今モランベルトの冒険者の間では、とある噂がまことしやかに語られていた。
ベテラン冒険者達の間では決して触れてはならないとされている謎の看板息子サラの経営する店に、とんでもない美人が入ってきたらしい。しかもお触りでもしようものなら半殺しにされ、ミンチにされてから美味しくいただかれてしまうという話だ。
どこまでが本当かわからぬゆえ、恐怖心はそれほどない。だが彼らの探求心は、こんなところでも疼いた。未知のものがあると聞いては放ってはおけぬ冒険者としての性は、どんなときにでも発揮されるのだ。
行くしかない、この謎を解き明かしに。
冒険者達は今日も行く、世界の未知を知るために。たとえそれが可愛い子を見に行きたいというスケベ心によるものであろうとも、彼らを止めることの出来るものなど一人もいないのである。
「ここか……」
「俺は一度も来たことがなかったんだが、どうやら普通の店にしか見えないな。失礼な言い方を承知の上で言わせてもらえば、普通の店の中でもかなり下の方にランク付けされるであろうボロだ」
スートとオーロは自分達の目の前にある酒場を見て、その正直な感想を述べ合っていた。
彼らは新人にしては目鼻の聞く、将来有望株のD級冒険者である。
そしてそんな二人だからこそ、ここ数日のうちに瞬く間に市井の者達の話題になったその店へと赴かずにはいられないのだ。
「行くぞ」
「おお」
ゴクリと唾を飲み込んでから中へ入る。
二人の足取りは重い。
明らかに付け替えたばかりのドアを見て、ひょっとしたら帰れなくなるかもしれないと思ってしまったからだ。
鉛のような足をなんとか動かしドアを開くと、カランコロンとあまり高くないベルの音が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ~」
「いらっしゃいませ」
店の中が見えてくると、いつもはガラガラらしい店内にみっちりと客が詰まっているのがわかった。その混み具合は相当なもので、果たして自分達の席はあるのだろうかと不安になってくるほどだ。
だが彼らが気になったのはそこではない。
「……ほぅ」
「なるほど……こりゃスゴい」
思わず感嘆の言葉が出てきてしまったのは、彼らを出迎えてくれた女性の容姿故だ。
流れるような金糸、澄んだ青い瞳、そして豊満な体つき。黒を基調にしたゴシックドレスの上からでもわかるプロポーションとその幼さの残る顔立ちは、なるほど噂にもなろうと素直に頷けるだけの魅力があった。思わず目を背けたくなるような背徳感すら感じさせるウェイトレスの指示に従い、歩いていく二人。
もう一人の女性も美人ではあったが、どうしても最初の女には劣る。それに少しばかり幼すぎて、スートは目もくれなかった。だがオーロはごくりともう一度唾を飲み込む。
「お前……まさか……」
「只今テーブルが満杯でして、相席でも構わないでしょうか」
「大丈夫です‼」
幼さの残る、というかシンプルに幼い少女に元気よく答えるオーロ。スートの中で、疑惑は確信へと変わった。
二人が座ることになったテーブルの向かいには、一組の男女が座っていた。この店に来ている人間は女目当てだとばかり思っていたために、女性がいるのは少し驚きだった。
「良いだろうか?」
「既に許可は出してる、まぁ好きにすればいいんじゃないか?」
肯定とも否定ともつかない言葉を聞き席に座る二人。お互いが別々のウェイトレスに注文を行い、今日の晩御飯とツマミ、それから僅かばかりの酒を頼む。
「この店は、初めて?」
「ええ、そうです」
先に会話を持ちかけてきたのは、女からだった。緑色の髪を短く切り揃えている彼女は、その筋肉のつき方から同業だろうと察しがつく。
「なら気を付けることね、触れたら火傷じゃ済まないもの」
「そんなに強いんでしょうか、サラさんって」
スートが厨房で料理に勤しんでいるガチムチの男を見つめる。
サラという男の素性は、その一切が謎に包まれていた。わかっていることは女装癖があり、可愛いものには目がなく、そして酒場のどんな揉め事も解決してしまうだけの力を持っているということだけである。
彼が一体誰なのか、その正体はなんなのか。わざわざ地獄の釜の蓋を開けようとするものはいない。以前彼を召し抱えようとやってきたとあるお偉いさんが、半殺しになってからというもの、彼を探ろうとするものはいなくなった。
だがスートとオーロはまだこの街に来てから日が浅い。彼らからするとその話はあくまでも伝え聞いた伝聞の話に過ぎず、いまいち実感が湧かない部分があった。
「そっちもだけど、あっちもよ」
「あっち……?」
女が指差した方向は、店の角のスペースであった。テーブルも椅子も置かれておらず、小さな丸太がインテリアとして置かれている場所には、腕を組んだまま壁にもたれかかっている男の姿がある。
着ている鎧は青く、腰に提げた剣は鞘との継ぎ目からボロボロであることがわかる。
「あれは……用心棒か何か、でしょうか? にしては少々腕が足りないような……」
「ハッ、あれ見てそういう感想が出るってこたぁ、お前さんらがまだまだ半人前ってことよ」
女の横にいた冒険者の言葉にムッとする二人。少なくとも完全に自分の腕を頼みにしているヤクザな商売をしている彼らにとり、バカにされることは自らの商品価値を下げることと同意であった。
殺気立つ二人を見て小さく笑う男、だがその笑みに嘲りの色はない。
「悪かった、そんな睨むな。説明してやっから」
悪びれもせずに謝る男を見ても溜飲は下がらなかったが、二人ともサラの酒場で争う気はなかったために剣から手を離した。その様子を見て、女が小さく笑った。




