ようやくの手がかり
バルパ達がピリリに後のいざこざは任せ虫使い達の元を去ってから、実に二月ほどが経過していた。魔物の領域と海よりも深い溝との境界を越えることは簡単だったのだが、そこから入国し、情報を得ることは中々に時間がかかった。人間だけで魔物の領域へ入ってくる者などほとんどいないため、最初は敵のスパイか何かだと疑われ常備軍と戦いになりかけたのだ。そこで機転を利かせたルルのアドバイスによりバルパ達四人が変化の腕輪を使い亜人のような見た目に変わったことで、なんとかそれ以上事態を深刻にせずに済んだのだ。
バルパ達一行は幸運にも人間の国から逃げてきた亜人と人間の集団ということになり、数日ほどの取り調べを受けた上で無罪放免となった。バルパは魔物の領域とは入った瞬間に戦いの連続を強いられ、強さにより序列が決まるような修羅の国だと考えていたために、若干出鼻を挫かれたことになる。だが取り調べの最中に仲良くなった衛兵から話を聞いてみると、どうやら彼らのやって来た場所はかなり人間側に近しい規律を持つ街だったらしい。
バルパ達が入国したシラスヴェルクは、かなり雑多な亜人や魔物達が入り乱れている。そのため法律も文化も、バルパが今までルルやリンプフェルトの街の人々から学んできたものとは大きく異なっているものも多い。進んでいけばバルパが考えていたように、事情も何もかもを実力でどうにか出来るような場所もあるだろうと思い、それから各地を転々とすることになった。
道中にも流石に見た瞬間に殺し合う見敵必殺といった狂った者はいなかったが、それでもウィリスとレイを狙おうとするものは決して少なくなかった。ルルとミーナはたまにしか誘われないのであまり機嫌が良くはなく、たまに誘われた時は機嫌良く敵を半殺しにしていた。ヴォーネは草葉の陰で泣く幽霊のように誰からも相手にされなかった。普通の人間にしか見えない彼女は、どうにもパンチが弱いとみなされがちらしかった。
バルパが不思議に思ったのは、魔物も人間も、案外好みは変わらないらしいということだった。彼らは未だ人型以外の魔物を見たことはなかったが、二足歩行の生物の好みは概ね人と変わらないらしい。美醜の判断というものは、案外どこも共通しているのだということは、少々驚きだった。
一悶着も二悶着も起こしながら国中を歩き回っている彼らではあったが、情報収集はその全てが空振りに終わっていた。
バレるまで隠れ続け、居所を突き止められた瞬間どこかへ消えてしまう天使族、ありとあらゆる侵入者を生かして帰さぬ防衛能力を持つエルフ、基本的に火山近くで引きこもり他所と関わろうとしないドワーフ。どうして自分が引き取った奴隷はどいつもこいつも変な種族なのだろうと、彼は思わずにはいられなかった。
ありったけをバルパの機動力で探すという選択肢は、流石に頭が悪い。魔物の領域がどれだけの広さを持っているか、その住民達ですら知らないのだ。上下左右全探査などしようものなら、ミーナ達は全員おばあちゃんになってしまっていることだろう。
そして彼らはようやくとりあえずの目的地であるモランベルトへやって来た。ここが彼らが来れる場所の中で一番近くにある、力第一主義を掲げる場所であった。特に情報収集の目処が立っている訳でもない。それならば楽で面倒が少ない方が良いだろうという思いは強かった。もちろんそんなバルパの感情面によるものだけでなく、こう言った場所ならば星光教の人間や隠れ住む珍しい種族が高いだろうという考えもあった。
入ってみていきなり辻斬りされかけた時は本当に大丈夫かこの街はと思うのと同時、どうしようもなくバルパを昂らせた。ようやく自分が思い描いていた魔物の領域へと到達したのだと考えると、胸に込み上げてくるものがあった。だが何故か女性陣からはこの場所は痛く不評だった。解せぬと首を振りながら、エルルを肩車して進んでいくバルパ。
エルルは何故か、纏武の発動しているバルパにひっついていても怪我をしないという謎の力を持っていた。魔法無効化というほど強力なものではないが、どうやら彼女には自分にあたる魔法の威力をかなり抑えることの出来る能力があるらしい。
共に生活をしてみても、彼女が一体どこの誰なのかはわからなかった。途中何度か適当な商家にでも嫁がせようとしたのだが、何故かエルルは自分の近くから離れようとしない。
何が理由なのかはわからなかったが、自分になついている少女を無理に引き離すのも良心が咎めたので、とりあえずは同行を許していた。
彼女はよほど強力な一撃でも無い限り魔法でダメージを追うことはないため、有事の際、ミーナ達を守る壁として使えるという打算もある。
この調子で行けば、もしかして自分は何百人もの同行者を連れることになるのではなかろうかという怖い将来予測からは目を逸らしながら、彼は探索をそこそこに楽しんでいた。
「というわけで、人を皆殺しにする森か表立っては言えないような種族の話はないだろうか」
「いきなり物騒な話だな」
「そうねぇ、まぁ無いわけじゃないけど」
バルパ達は料理に舌鼓を打ってから、カウンターでグダグダと話している二人へ近付いていく。ムムムと名乗る冒険者とサラというガタイの良い男は、とりあえず話が出来そうに思えたからだ。ちなみに先ほどの三人は吹っ飛ばされたまま帰ってきていない。魔力感知で確認するとどこか遠くへと逃げているようだったので、無視したままである。
今の一言には聞き捨てならない言葉があった。
「何か知っているのか?」
今まで散々空振りに終わった情報収集にはガセネタも多かった。だがバルパは彼の言葉は信用が置けるというある程度の確信を持てている。何故ならサラの魔力は、少なくとも自分を越えているからだ。戦えばどうなるかはわからない存在だからこそ普通の人間では知り得ぬ情報を持っているのではないだろうかという推測は間違ってはいなかったらしい。
事前に聞き込みをして、彼があまり暴力的な人間で無いと知ることが出来たためにやって来たが、これは早速当たりを引いたかもしれない。
バルパが浮き立つ心を抑え平静を保ったままでいると、サラはニヤリと笑みを浮かべてから右手を頬に当てた。




