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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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覚醒

 バルパは以前、ルルに教えてもらったとある魔法のことを思い出していた。

 覚えることはないだろうが、使ってくる敵と相対したときのためにと聞いていた講義の中で彼女は言っていた。

 それは何かを覚えて使えるようになるものではなく、気付けば使えるようになっている類の技術であると。

 聖遺物と呼ばれる物を手に取れば自然と使い方がわかるようになるのだ、と。


 バルパは走った、今にも戦いが始まりかねない一触即発の様子の騎士団へ……ではなく、今も尚目を覚まさぬあの少女の元へ。

 一瞬で彼女の元へ辿り着くと、まるで狙ったかのように纏武が切れる。

 前例も確証も何もない状態であるにもかかわらず、バルパの心に不安はなかった。

 彼は赤黒く変色している襤褸きれをめくりあげ、傷一つない彼女の腹部を露にした。壊れ物の陶器に触れるかのようにそっとその丸っこい腹を撫で、へそのあたりで左手を固定する。

 グッと腹のあたりに力を込めると、なんの前触れもなく魔力が身体を駆け巡り始めた。そして気付かぬうちに剣により増幅され、次の瞬間手のひらから緑白色の光が溢れ始めた。

 それはまるで少女を包み込む巨人の手のように緩慢な動きで彼女の身体を覆いつくし、そのまま留まり続けた。

 幾つもの光線が重なり作られた楕円からは、時折り漏れだす白色の線があらぬ方向に飛んでいく。

 バルパは右手の剣がドクドクと脈動するのを感じ驚き、そして次に少女の鼓動が大きくなっていくことを知り更に驚いた。

 先ほどまで何をしても変調の様子がなかった少女の青白い顔が、徐々に赤みを帯びていく。足りていなかった血液が回復により補充されたのだろう。

 そう、剣がその姿を変えるのと同時、バルパの脳に濁流のように流れた情報は聖魔法についてのものだった。一瞬のうちに焼ききれんばかりに頭が熱くなったかと思うと、次の瞬間には聖魔法の使い方が理解できるようになっていたのである。

 聖魔法というよりかは聖の魔撃と呼ぶべきかもしれない、とバルパは内心で独りごちた。

 覚えたてで慣れていないからか、どういったものが使えるのかはなんとなくでしかわからなかったが、意識不明の少女をなんとか出来るかもしれないということがわかれば今のバルパには十分だった。   

 魔力感知で確認するかぎり、騎士団の団員に動く様子は見られない。遠巻きにこちらを確認し緩く半包囲の状態に持っていこうとしているのはわかったが、中途半端な者であるなら食い破れば良いのでバルパには問題とは思えなかった。

 熱を取り戻し始めている少女の指先が、ピクリと小さく動いた。

 左手の指が動き、次いで右の手先が小さく震えた。空を掴むかのように手が小さく握られては、再び開かれる。バルパが腹部から手を離しそっと小さな右手に自分の指先を挟み込むと、条件反射のように少女が彼の手を強く握りこんだ。

 その力強さを直に感じたバルパは、少女が回復したことを確信した。そして同時に命の煌めきとでも形容すべき何かを、彼は感じ取っていた。

 懸命に生きようとするその働きは、きっと彼女自身が願っていたものとは違うだろう。人生に絶望し死すら望んでいたであろう彼女に与えられたのは、緩やかな死ではなく激しい生なのだから。 

 これもまたエゴだとバルパは思った。自分は彼女に生を強要している。それはもしかしたら、彼女を痛め付けていたあの男の所業に勝るとも劣らない行為なのかもしれない。

 だがこれもまた強者の特権だ。この場において最も強いバルパは、彼女の生殺与奪を握っている。

 自分はその権利を使い、彼女を生きながらえさせるだけだ。死ぬなと命令し生を望むこともまた、一つの在り方だろう。

 彼女が小さく身じろぎをした。意識を取り戻すのは、きっとそう遠いことではないと思う。

 自分が使えるようになって改めて、聖の魔撃の威力は凄まじいと感じるバルパ。

 どれだけ外傷に効くかはイマイチわからないが、もしかしたら今後はポーションの消費を気にせずに行動することが出来るようになるかもしれない。彼の未来は明るそうだった。

 右手に握るかつてのボロ剣は、今やどこにもボロい様子はなくなっている。

 真っ直ぐな刀身の両刃刀は、バルパが先ほど放出した魔撃と似通った緑色の光を放っている。


「まさかボロ剣が、聖遺物だったとはな」


 ボロ剣ではなく、新たな呼び名を考えなくてはならないな。気合いを入れて名付けをしてやろうと意気込むバルパ。

 そう言えば、どうして今までは聖の魔撃が使えなかったのだろうか。とりあえずの問題にカタがついた彼は、いつもように思索の海に潜ろうとして、そして周囲の人間の存在を思い出し戦闘の準備を整えることにした。

 纏武疾風迅雷を起動させると、今は本来の自分の魔力に加え、聖剣から流れ込んでいる聖の魔力を感じとることが出来るようになっていた。どうやら聖剣は魔力を増幅させるだけではなく、聖の魔力へと変質させる力もあるらしい。聖の魔撃を覚えたおかげか、バルパはそのことをはっきりと認識できた。

 纏武を習得し体内に属性変化のされた魔力を流し込む術を教えてくれたヴァンスに、バルパは心の底から感謝した。

 慣れていたからよかったものの、これは下手をしたら内側から爆散していたかもしれない。かなりの量を循環させる練習を繰り返してきたからこそ平気でいられるが、纏武を覚えたての状態でボロ剣が覚醒していたら間違いなく死んでいただろう。

 ボロ剣が覚醒し強化する力を取り戻し、その恩恵に預かった自分が破裂して死ぬなどという事態が起こっていたら本気で笑えないところであった。

 ヴァンスと同じくらいに力に溺れることなく修練をした自分を自画自賛し、それから周囲を完全に包囲している騎士達について考える。彼らは準備を整えているのか、その場を動かずにジッとしていた。先ほどのような魔法をそこかしこで使われたら、少女が傷ついてしまうかもしれない。

 とりあえず彼女に近づけさせないよう、さっさと一掃するべきか。

 バルパが幌を上から飛び出そうとすると、間が良いのか悪いのか少女がパッチリと目を覚ました。


「んぅ…………」


 起き抜けでまだ頭が回っていない彼女に、何をどう説明すべきだろうかとバルパは迷った。リリアーノの首を見せるのが一番手っ取り早い気がしたが、そうするはなんとなくダメな気がした。

 もう心がズタズタになっているから今さら傷の一つや二つなど……そう考えるのは何かが違う気がする。 

 だが助けたという事実をもって彼女の信頼を勝ち得ることが出来るだろうか。彼女が狂乱してバルパの救助を拒み、攻撃を被弾してしまってはマズい。

 彼女の心の内を想像するに際して重要なサンプルになってくるのは、似通った年頃のミーナとピリリだろう。

 二人は何をされると安心して、何をされると嫌がるだろうか。

 バルパは少しだけ悩み、近付いて彼女の頭を撫でた。

 少女は反射的に身をすくませる。最初の頃のピリリと似たような反応だ。ルルに聞いたことによると、恒常的に暴力を振るわれた人間は相手の身ぶりの一つ一つに過度に敏感になるらしい。

 下手に刺激を加えるのも面白くはない、それに彼女が不安なままだというのは精神衛生上良くないだろう。

 バルパは身体を強張らせたままの少女の脇を掴み、そのまま幌の天井を突き抜けた。


「ふんっ‼」

「…………」


 勢いを調整していたので、幌を少し突き出た所で上昇はストップした。そのままスレイブニルの靴で高さを調節し、穴の空いていない部分の幌の屋根の部分に降りた。

 一応の耐久性を確認してから、少女を自分の隣に下ろした。彼女は声の出し方を忘れたかのように黙りこくったままで、鉄面皮を保ち続けている。

 バルパは自分達を見上げている騎士達を見て、彼らが魔法を使う準備を着々と整えていることを確認した。それほど時間はない、何を言うべきだろうか。

 迷った末、彼は攻撃に移る前に結論を出した。


「もう大丈夫だ。だから生きろ、何に代えても」


 バルパは彼女の答えを聞くよりも早く、騎士達目掛けて突撃を敢行した。

 合体魔法を発動させようとした騎士達の体が、木をぶち抜いて遠くへ吹っ飛んでいく。

 少女は何を言うでもなく、その光景をジッと見つめていた。

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