表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
195/388

「ああ、本当に申し訳ありません……」

「謝る必要などない、というか謝らねばいけないのは俺の方だ。ピリリを連れてくるまでに時間がかかった、すまなかった」

「いやいや、悪いのはこちらの方で……」


 ピリリがぷんすかと頬を膨らませながら行った説明を聞いてからというもの、彼女の祖母は謝り通しだった。かなり腰が低いところはあまりピリリと似ていない、実は血の繋がりとはそこまで強いものではないのかもしれないとバルパは思った。

 腰を曲げたしわくちゃの老婆と若々しく元気いっぱいなピリリ、この二人の共通点を探すことは、リザードマンとゴブリンの違いを探すくらいには難儀しそうな気がする。

 バルパは人間と長いこと暮らしていたが、血の繋がる家族というものを見るのはほとんど初めてと言って良い。物資を適当に買い出しした時に見ていたことはあったのかもしれないが、自分と関係もなく事務的な会話しかしていない人間の顔などいちいち覚えてはいないから、彼にとって家族というものを見る経験は初めてと言ってしまっていい。

 ピリリの祖母、パップルはどこにでもいそうな普通のお婆さんにしか見えない。全身を覆う刺青がたるんだ皮膚の上に浮かんで見えるせいで奇怪な印象は受けるが、そこ以外はなんらリンプフェルトで歩いている老婆と変わらない。

 顔は干し肉みたいになっていて、ピリリと類似性を探そうという試みはかなり早い段階で頓挫していた。動作の一つ一つがゆっくりで、ちょっと押せばひっくり帰ってしまいそうに思えるくらいに痩せ細っている。骨と皮が歩いて暮らしていると言われても納得できるような見た目は、彼女の食生活もまた満足のいくものではないということを示している。

 しきりに謝る彼女を宥めながら、バルパはとりあえずピリリをどうするかという話には触れず、相変わらずそわそわしているパリトの様子についての話を聞くことにした。

 そちらが一刻を争うような事態であるように思えたからというのが主な理由ではあったが、心のどこかでは嫌なことは最後にとっておきたいという子供じみた考えもあった。

 バルパが俺で良ければ力になろうと言い、ピリリが彼の強さについて太鼓判を押すと、口ごもっていたパップルは渋々と言ったようで話をし始めた。


 彼女の話は老人特有のふらふらとした舵取りのせいでどうにも要領を得ないものではあったが、要約してしまえば至極簡単なことであった。

 ここ最近、ズルズ族の若い子供達が消えることが増えてきている。そう口にするパップルは、身内の恥を晒すことになるからか少し気まずそうに話をしてくれた。 

 特に多いのは子供達、それから少しばかり若い男達の姿も消えるようになっているのだという。原因はわからないが、どこか虫使いに反意を持つ亜人達の犯行だとシルル族の面々は睨んでいるようだった。どうやら自分があまり良くない顔をされていたのはこの村の明るくない現状が原因だったのかもしれない。

 未だ消えた人間達の合計は四人でしかないということだが、小集団の中から四人というのは中々にバカにならない数だ。シルル族の総数は把握していないが、かなりの痛手であることは間違いない。 

 どうやらシルル族が自分を睨んでいたのは、変装した使者か何かだと思われていたかららしい。虫使いの中には必要な物資を手に入れるために魔物の領域に入る場合があり、その場合人間の格好をしてごく普通の人間として振る舞って誤魔化すようにしているらしい。自分の姿格好から考えてその線を疑ったようだが、その予測は間違っている。だがそこは今はどうでも良い部分なので深くは考えないことにした。

 子供が拐われたことをシルル族はかなり重く見ているようで、今は男衆のほとんどを捜索と多部族への使者として遣わしているらしい。だが未だに旗色は悪く、手がかりの一つすら手に入ってはいないようだった。

 だがここに、ピリリと言う生きた手がかりがやって来た。彼女の帰還は純粋に喜ばしく、そして他の消えた者達についての情報も得られるかもしれない。どうやらピリリが過度に喜ばれているように見えたのにはその辺の事情も絡んでいたらしい。

 バルパは頭の中で何かがひっかかるものを感じながらも、思索を進めていく。

 まず考えなければいけない第一のことは、ピリリはリンプフェルトからそこまで遠くない場所までやって来ていたということだ。それはつまり他の拐かされた人間達は、下手をすればリンプフェルトにまで運ばれてしまっている可能性もあるということでもある。境界だけでも広いこの地域を海よりも深い溝(ノヴァーシュ)、そしてリンプフェルトまで探し尽くし、捕まっているであろう者達を探すのは困難を極めるように思われる。

 そして第二にピリリは奴隷として扱われていたということ。他の虫使いの若者達も似たような扱いを受けている可能性は十分に考えられる。

 だがだとするとおかしい、考えた末にバルパは自分が今までずっと引っ掛かっていたことの答えの一つを見つけた。

 彼はずっと疑問に思っていた。本当にただの商人がエルフ、ドワーフ、天使族、そして虫使いなどという言ってしまえば魔物の領域においても稀少価値がかなり高い存在を狙い撃ちして捕まえることが出来るのだろうか、と。虫使いのいるこの場所と自分が浅い階層で彼女達を見つけた場所とにはかなりの開きがある。とすれば考えられる可能性は一つ。

 人間は既に魔物の領域に到達しており、魔物の領域にいてある程度獲物を選べるほどに地理に聡くなっている。何が稀少価値が高く何が低いのかをしっかりと理解している人間が、既に魔物の領域の人を、魔物を、物として収穫し始めている。バルパが考えていたよりも、残された猶予は短そうだった。三つの集団という大きな存在それ自体がブラフなのか、彼らが隠しているだけで既に最前線の攻略組が踏破を終えているかはわからないが、そこは重要ではない。

 ウィリスは商人に直に捕獲されたと言っていたが、それについても疑問は残る。そもそもドラゴンから存在を隠蔽ほどの魔法の品(マジックアイテム)を、一介の商人なぞが持てる物なのだろうか?

 何か自分が想像も出来ないようなものが動いている、そのことは気味が悪かった。しかし彼が今求めている答えとは違うため、それを考えるのは後で良い。

 自分が引っ掛かっているのはどの部分だ?

 虫使い達がもう助けられないという部分でもない、人間の攻略が予想以上に進んでいたという部分……でもない。

 自分の考えを遡っても答えは出ず、バルパはパップルの言葉を反芻していった。

 そして漸く答えに辿り着き、顔を勢い良く上にあげる。

 このままではマズい、バルパは体を強ばらせながら訊ねた。


「その救援は……ズルズ族にも送られているか?」

「ええ、それは勿論。ズルズとうちは付き合いが長いから。今回ちょっとばかし人が多いのも、救援だとばかり思っていたんだけど……違うのかい?」


 違う、と口に出す時間すら惜しくバルパは頭を高速で回転させる。

 ズルズ族に使者など来ていない。つまりその使者は魔物にやられて死んだか、不慮の事故にでもあったか、或いは………誰かに捕まったか。

 前二つであればまだ良い、それ自体不幸な事故ではあるが、自分とそこまで関わりのない人物の死ならば彼は許容できる。

 そういえばかなり前、まだズルズ族と出会う前、彼が魔物の領域付近で話を聞いていた亜人達も不審な様子が見られると口にしていた。

 人間の侵攻は魔物の領域に及んでいる。そして価値を選定することが出来るだけの人材が、確かに魔物の領域へと送りこまれている。

 ルルがスースから、ピリリのことだけは絶対に口にするなと言われていたと話をしていたのを思い出す。

 もし、人間達が虫使い達の本当の価値を知ってしまっているのだとしたら。

 ピリリの誘拐それ自体が既に事態の深刻さを表すものであるのだとしたら。

 ズルズ族へ送り出した使者が消息を絶ったことは……本当に偶然なのだろうか?

 自分でも考え過ぎであることも、深読みしすぎであることも重々承知している。

 だが少なくともバルパは魔力感知で実力のある人間達を感じ取ったことは魔物の領域に入ってからはほとんどない。数度ほどあったときは偵察して確認を入れたし、その上で脅威にはならないと判断して追い返している。潜入している人間が魔力感知をすり抜ける術を持っている、そう考えるのは果たしてバルパの考え過ぎなのだろうか?

 バルパ達はかなりの距離を進んでいる。それも虫使い達が点在している境界のあたりを特に重点的に。もし人間達が虫使いの価値を知っているならその場所を見張っていないなどということが有り得るだろうか。

 バルパの魔力感知を抜けられるような手段をその人間達が持っているとすれば……戦士長やベテランの戦士を欠き、男衆の中でも若い者達が守っているズルズ族の里は……格好の獲物に見えるのではないか?

 バルパは即座に纏武を起動させ詳しい説明もせずに小屋を飛び出した。

 こちらを驚いた様子で見るルル達に短く伝えながら、スレイブニルに魔力を流す。


「ズルズ族の集落が危ないかもしれない。念のために一度俺は戻る」

 

 彼女達の声を聞かぬまま、バルパはありったけの魔力を込めて神鳴を発動し直した。魔力切れの症状で倒れそうになるのを堪え、口に魔力回復ポーションを入れて急ぎ空を駆けていく。

 嫌な予感がする、バルパはただひたすらに走った。

 バルパの魔物としての勘が、闘争の気配を感じ取っていた。そして悪いことに、バルパのこういう時の勘はかなりの確率で当たる。たとえ冷静に考えれば極小の可能性だとしても、バルパが捨て置けない程度には。

 頼む、外れてくれ。

 自らが間違えていることを願いながら、バルパは自分に出来る限界を超えて足を動かした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ