会って、合って
今回は先行することなく、横にポップス達男衆を連れながら多重反応を示している者達の場所へ向かう。女衆とミーナ達は後詰めとして後方で待機、警戒するような形をとりながら全方位に注意を向けている。女として唯一、ピリリだけが自分の隣でもぞもぞと動いていた。以前、始めて虫使い達と会うときのような不安げな様子は見受けられない。自分のことをより信頼するようになったのか、それとも彼女自身が実力を持つことが自信に繋がったのかはわからない。だが緊張するよりは自然体でいる方が良い。緊張は体の強張りを招き、戦闘においては予期しない事態を起こしかねない。
距離を詰めていくと、小さな豆粒のような存在が立ち並ぶ木々の上に乗っている姿が見えてきた。視力を強化し詳しく見てみると、四人からなら男達の姿がはっきりと見てとれる。
どことなくピリリのそれを思わせる楕円形の刺青は、ポップス達の情報が正しかったことを示しているとしか思えなかった。彼らはきっと、自分達が探していたシルル族に違いない。
つまりピリリの長い旅が、ようやくここで終わるのだ。
「とりあえず俺が話をつけるから待っといてくれ。……おーいっ‼」
大声で叫びながら慣れた様子で歩いていくポップスと、彼を追うようについていく男達の背中を見る。自分が鍛える前はこんな不用意に大声を出すことはなかったから、もしかしたら少しばかり気が緩んでいるのかもしれない。それが自分への信頼ゆえであることは嬉しくはあったが、これからずっと面倒を見るわけでもないので別れる前にある程度言い含めておく必要があるだろう。彼ならば間違えることはないとは思うが、こういう確認はしておくに越したことはない。
シルル族の面々も声からポップスであることを確かめたのか、警戒は解かずに木を降り始めた。彼らの周囲を、バルパの知らぬ白い甲殻を纏う昆虫が飛んでいるのが見えた。
もしかしたら部族ごとに扱う虫の種類が異なるのかもしれない。木を降り小走りにこちらに駆けてくる人たちを見たピリリが、息を飲む音が聞こえた。
バルパは何も言わず、彼女の背中をそっと押す。ピリリは一度だけ彼の方を振り向いてから、今まで見たこともないような全力疾走で男達目掛けて走り出した。
男達の中でリーダー格らしい、顔にまでびっしりと刺青を彫りこんだ男が目の色を変えるのがわかる。彼は声にならない声でピリリの名を呼びながら、先ほどまで十全にしていた警戒をあっさりと解いてしまい、全てをかなぐり捨てて走り出した。
バルパがじっと見つめながら、再会を邪魔しようとする不躾な蛇の魔物を焼き殺した。
ピリリが男に抱きつくと、男が彼女を持ち上げて抱えた。高い高いのやり方でピリリの脇を掴むその立ち振舞いからは、彼女の帰還を我が事のように喜んでいるのがわかった。ピリリも何やら話していることから察するに、どうやら二人は知り合いであるらしい。ズルズ族の集落と同規模ならば子供の数もたかが知れている、一族の全員が遠い親戚のような感覚なのだろう。
聴覚を強化していない今のバルパには何を言っているかは聞こえないし、わざわざ聞こうとも思わなかった。危険性を減らすという意味合いから基本的にはことあるごとに使っていた聴覚強化をしないのは、油断なのかもしれない。
だが極小の可能性は、自分が聴覚以外の五感をフルに使えば極限までゼロに近付けられる。それなら多少骨を折るのには目を瞑り、彼女の再会に無粋な真似をするのは止めておくべきだろう。
彼女が喜んでいるのを見ながら、バルパは想像が現実に変わり、うっすらとした感覚が実感に変わる瞬間を目の当たりにした。
そうか、ピリリと一緒に過ごすことは、もう無いのか。
そう考えるだけで、ほんの少しだけ胸が苦しくなるような気がした。
出会いがあれば別れがあるのは当然のことである。別れがあるからこそ出会いはかけがえのないものとなる。二つは表裏一体で、お互いがお互いを引き立て高め合う。
ピリリは元の場所へ戻れた、帰るべき場所へ。
首に繋がれた隷属の首輪は未だ外れてはいないが、バルパが死なない限りは彼女が再び奴隷にされる心配はない。そしてバルパは死ぬつもりなどないのだから、彼女は自分が生きている限り、自由なのだ。
また死なない、死ねない理由が一つ増えてしまった。別れてからも首輪という歪な物を通して絆が繋がるというのは奇妙な感覚だ。
「やっぱり……寂しい?」
「……手放しで喜べはしない。だが喜ばしいことであるのは、事実だ」
「バルパ、ピリリのこと可愛がってたもんね」
「ああ、あれほどの娘は、そうはいない」
気付けば隣には、ミーナがいた。彼女の髪が風にそよぎ、葉の青臭さを乗せた微風はバルパの鼻に甘い香りを届けた。
こんなことをあと三回もしなければいけないのか、そう考えると少しばかり億劫になりそうだった。ヴォーネとはそこまで信頼を築けてはいないし、レイは中々本心をさらけ出さないし、ウィリスのことは単純にあまり好きではない。恐らくこれから訪れることになる三人との別れよりも、ピリリとの別離の方がずっと辛いことのような気がした。
また会いにこれるのだとわかっていてもこれなのだ。バルパはシルル族の居住地域がリンプフェルトからそこまで離れていないことを、信じてもいない神に感謝した。
ピリリがいなくなる分を補うかのように、ミーナがそっとバルパの鎧を掴む。
バルパは彼女の手を振り払った。きょとんとしている彼女を見ながら手袋付きの手先でミーナの頬をみょんみょんと伸ばす。
「お前はピリリじゃない、お前はミーナだ」
「……うん」
それだけ言うと彼は手を放し、ミーナもそっと距離を取った。
無理などしなくて良い、そう伝えるつもりでバルパは彼女の背中をそっと撫でた。
ミーナが少しだけ甘い声を出す。そのまま顔を上げ、笑いながらバルパの手を強く握った。ピリリのようにやわやわと握るのではなく、普通の男なら音を上げるのではないのかというほどに強く。
二人は言葉ではない何かで心を通じ合わせながら、示し合わせたように後ろを振り返り、女達のもとへと歩き出した。




