ルーツ 2
とりあえず喧騒が収まり、もしゃもしゃと粉っぽい咀嚼音だけが火を囲むように対面しているバルパ達の耳に聞こえるようになる。そのどこか間抜けな音をBGMにしながら、気を取り直したバルパは再び話し始めた。
「まぁそこからは戦闘だ。敵を見つければ戦闘。徹夜して戦闘。疲れても戦闘。死にかけたら回復してから戦闘。強くなろうという根本の芯さえあれば、大抵なんとかなる。そして気付けば今になっているというのが実際のところだ」
「はぇー、お前さんにもそういう時期があるっていうのはなんだか信じられんなぁ」
「信じたくないなら信じなければ良い。それはお前が決めることだ」
「ああ違う違う、嘘だと思ってるわけじゃないぜ? ただちょっと共感っていうかシンパシーっていうか……そういうのを感じたってだけだ」
色々と回り道や迂回路、意味のない遠回りなどをしてきた気もするが、それもまた自分を構成する一つの要素だ。未来のための情報として役立てることはあれど、過去の選択を後悔はしていない。
バルパはどことなくゆるーい空気を醸し出しているピリリが自分のお腹にひっついているのを見ながらそう思った。彼女を助けられて良かった、心の底から、本心でそう思う。
ピリリの笑みがこの世から消えてしまうことは、きっと世界にとっての損失だろう。
バルパが彼女の頭を撫でると、ピリリはむずがりながら顔を鎧に強く押し当てた。
一時期は収まっていた接触がまた増え始めているのは、自分との別れが近付いているということを理解しているが故だろうか。
それならば好きに触れば良い、そこまで戦闘に気を配らずとも良い場面あらば、好きにさせてやるのが彼女のためだろう。
「バルパは私達の騎士様だもんね」
先ほどよくわからない謎の騎士の話題が出たからか、バルパの手のひらを弄びながらピリリがそう口にした。バルパからは即座に否定の言葉が出る。
「バカを言え。俺は誰に仕える気もない。王に従う気もない。俺はただ、自分のしたいようにしているだけだ」
「いや、別に騎士は誰かに仕えなきゃいけないってもんでもないぜ? 特定の誰かでなくても複数の君主に仕えても良いし、放浪の騎士なんてのをやっても良い。唯々諾々と従うだけが騎士のすることじゃねぇさ」
「詳しいんだね、ポップスおじさん」
「あぁ、まぁな……男っつうのには誰しもそういうのに憧れる時期があるんだよ。強さとか、カッコ良さとかは男のロマンなんだ」
「そうなの、バルパ?」
「……違うとも言い切れないな」
誰かに従うようになりたいとは露ほども思わないが、誰にも縛られないような存在になりたいとは何度も思ったことがある。
カッコ良くなりたいと思ったことはない。バルパ自身自分が人間の美醜の観点から見ると相当に醜悪な見た目をしていることは理解しているし、人化の腕輪を着ければカッコ良く見えるらしいことも理解しているが、別に見た目がどうと考えたことはなかった。見た目で言えば自分は最悪クラスだろうが、別段それで構わない。見た目を気にする暇があるなら、神鳴と迅雷の同時起動の練習をしたい。良くも悪くもバルパとはそういうゴブリンであった。
だからカッコ良さなどという人間にしか適応されない基準には微塵も興味はなかったが、やはり強さへの憧れというものは彼にもある。
今はヴァンス、彼と出会うまでは記憶の中の勇者スウィフト、そして自分がまだただの雑魚だった頃は自分よりも強い全ての人間。憧れの対象こそ移り変わっていても、やはりバルパにも憧憬の念がある。
「じゃあバルパはさ、誰に剣を捧げるの?」
「……どういう意味だ?」
「んーとね、騎士になる人は皆、騎士の誓いを立てる時に忠誠を誓わなくちゃいけないんだよ。神にだったり、王様にだったり、偉い人にだったり、自分にだったり」
ポップスが補足するところによると、騎士とは誰かに任命されるものであるのと同時、自らで任命するものでもあるのだという。他者により外的に誓い、そして自らの心の中で自分を相手に誓いを立てる。
わざわざ自分を縛るようで面倒そうだと正直に言うと、騎士と言うのはそういうもんだと笑って返された。もっとも、律儀にそんなもんを守ってるナイト様なんてきょうびおらんがな、そう言うポップスの横顔はどこか寂しげだった。
ピリリはそれなら私を守ると誓ってよとバルパに迫った。少し女への言葉遣いを勉強したバルパは、それならまず守ると誓わせるだけの女になれと彼女へ言った。
するとピリリは横にいたウィリスに、お互いおっぱい小さいけど頑張ろうねと激励のメッセージを送った。ウィリスが怒り出すと、もはや一種の芸と化している彼女の低すぎる沸点の怒りを見て皆が笑った。彼女自身自分が話題の中心にいるからか嫌な顔はしていないため、特に気兼ねなく笑い続けた。
そんな風に和やかに、しかしある程度のペースは保ちながらも行路は進んでいく。
約二週間が経過し、そろそろかと考えているバルパの魔力感知に、覚えのある反応のパターンが表れた。
今度は揉め事になることはないだろうと思いながらも、一応戦闘のための準備は整えておくことにした。纏武をいつでも起動させられるよう精神集中を維持した状態で、バルパはポップス達に虫使い達の反応を捉えたことを伝えた。




