ルーツ 1
バルパが同行しており、ルルやミーナという後詰めもしっかりといることで旅路に何一つ問題はなかった。彼らが行くのは基本的には海よりも深い溝であるために魔物の脅威度もそれほど高いわけではない。そのためどちらかと言えば道すがらの雰囲気は緩めであった。
ここ二週間という期間をミッチリと鍛練に当てていたせいか、どこか気の抜けたような様子を見せる一行。あまり疲れを感じないバルパですら、なれない多人数相手の教導を終えてどこかほっとしたような顔をしている。
流石に魔物が跳梁跋扈する地域で酒を飲もうと提案をするほどに白痴な者はいないが、それでも食事時は話が進んだ。
「なぁバルパ、あんたって一体何者なんだ?」
そう尋ねるのはここ最近行動を共にするようになっていた戦士長のポップスである、バルパは一体どこまで話せば良いのだろうかと悩ましげな顔をする。
彼自身、自分がゴブリンであるということを殊更に吹聴する気はなかった。最弱の魔物のゴブリンが、ここまでのしあがったのだ。そう自慢して必要のない面倒事を引き寄せるのはゴメンだからである。言葉は口に出してしまえばしっかりとした意味をもってしまう、自分に自信がなくてはダメだが、それをわざわざ言語化して誰かに伝える趣味はバルパにはなかった。もし口にする機会があるとしたら、それは自分を鼓舞するためか、あるいは自分にとって近しい関係である誰かを鼓舞するための発言だろう。彼はそう考えながら、さてどうしたものかと改めて頭を悩ませる。
今までは自分に配慮してか、その正体を訊ねてくることをする人間はほとんどいなかった。だが冷静に考えてみれば、全身鎧の自分より強い相手というのは中々に謎に満ちていて恐ろしい感じがする。なんとなく強い人だなぁで納得し、特に毒味をせずにドラゴン肉を食っていたズルズ族は不思議な部族だった。下手な詮索がされないことは有り難いが、下手に突っ込まれない分どこか遠慮が混じるというのは痛し痒しというところである。
もしかしたらポップスはそんな自分とズルズ族にある垣根を飛び越えられるように手助けをしてくれているのかもしれないとバルパは思った。比較的年を重ね酸いも甘いも噛み分けている彼らならば、自分の正体を晒したところでしっかりと口を閉じてくれているだろう。
バルパは悩んだ末、こう言った。
「俺は亜人だ。それ以上は聞くな」
「え、でもバルパいつも自分のことま……」
「ピリリ、黙りなさい」
「……はーい」
内緒にしたいという隠し事体質があるわけではない、だが彼は真実を打ち明けることはしなかった。それは彼が、物事には順序があると思っているからだ。もし自分がゴブリンであることを告白するのなら、虫使いの面々よりはヴァンスに、そして『紅』の四人、それからピリリ達に伝えるのが先であるはずだ。法や規則にイマイチ馴染みがなく、それらを理解しているとは言い難いバルパにとり、時系列を使った順序は明快でわかりやすく、そして同時に理に叶っていた。
ピリリが普段のバルパの発言との差異を問いただそうとする声をルルが遮った。この辺りの気配りは流石ルルだと感じずにはいられない。
「ほう、そうか。それなら納得だ。今までさぞ色んな場所で転戦してきたんだろうなぁ……」
「そういえばバルパは、私達と会うまでどこで何してたの?」
先ほど発言を潰されてしまった分を取り返そうとしたのか尋ねてくるピリリ、興味津々そうな男達の顔を見ていつものようにボカして話をすることを決める。
「そうだな……俺もやはり最初は弱かった。具体的に言うなら、鍛える前のポップスのゲジゲジよりも弱かっただろう」
「はは、幾らなんでもそりゃねぇだろ。ブルスじゃ精々能無しリザードマンを倒せるってレベルだぞ?」
「だからそう言っている。俺がまだ弱かった頃は、リザードマンなどを相手にしていれば数秒で死んでいただろう」
「……誰にも弱い時は有りますから、人は皆赤子だった経験があるわけで」
レイがフォローを入れながら全員に茶を配る。良い心遣いだ、魔物があたりにいない分、自分としても好きなように話に華を咲かせられる。
バルパは喉を湿らせてから再び口を開いた。
「だが、ある日幸運に恵まれて、瀕死の獲物を発見してな。そこからだ、俺が変わったのは」
「ほへぇ、なんか暗黒騎士ジドルみたいな話だなぁ」
「あ、あの赤ん坊の時にドラゴンを偶々殺したってやつでしょ? 私はあれは流石に作り話だと思うけどなぁ」
「話を聞けないなんて、ミーナはやっぱりまだまだガキね」
「何だとっ?」
「何よ?」
「はいはい、二人とも大人大人」
「むぐっ」
「むぐぐっ」
気付かぬうちにどうやらかなり図太くなったらしいヴォーネがウィリスとミーナの口の中に小麦粉の蜜がけ菓子を放り込んだ。二人が黙ったのを確認してからこちらにどぞどぞと手のひらを向ける彼女の厚意は、自分が知らないうちに成長されてしまったことをまざまざと見せつけられているようで、バルパとしては複雑な気持ちを抱かざるを得なかった。




