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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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常識なんて 2

 まだ太陽が顔を出して間もないうちから集合させられた彼らは、不満たらたらな様子を隠そうともしていなかった。彼らに招集をかけたのはポップス、そして彼にそうするように命じたのはバルパの取り巻きの一行だった。中にはピッシリと直立し従う素振りを見せている者もいたが、彼らはどちらかと言えば少数派だった。前日に彼女達の勇姿を語っていた者ですらその顔からは不満げな様子がありありと見てとれる。男尊女卑の趣があり、有事の際を除き女が狩りに出ることを好ましくないことと考える彼らが、女にもかかわらず堂々と狩りを先導しようとするウィリス達に好意的な感情を抱けるはずもない。

 海よりも深い溝を目指して歩くと宣言した彼女達にズルズ族の男達は仕方なく付き合うことになった。無駄に命を落としたいわけもない彼らからすればなるべくなら聞きたくない命令だったが、ポップスがそれに従う姿勢を見せているのだから下手なことは出来ない。ポップス直々の命令ではあるが、その命令を出す命令をしているのが見目麗しい少女であるということも大きい。視覚的なインパクトと素直にイェスと言えない男心のせいか、彼らの反応は鈍かった。そしてパルマもまた、そんな男の一人であった。


(はぁ……バルパとか言う男が凄いのはわかったけどさ、凄い男の女だからってデカい顔されるのはあんまり面白くはないよなぁ)

 

 ここ二日の食料の供出と女達の目の色の変わりようから考えて、あの男がタダ者ではないことははっきりとしていた。着けているものが高価な物かどうか、なんとなく発してる雰囲気が強者のそれかどうかなどという感覚的なものはまだまだひよっこである彼にはわからなかったが、それでも何事もないかのようにドラゴンをポンポンと出す姿を見れば素直に認めざるを得ない。彼らの強さの序列の頂点に君臨しているドラゴンよりもあの男は強いのだ、そう考えれば納得こそ出来ないが女達の黄色い歓声を理解することは出来た。

 他所からの血を入れることは閉鎖的な集落においては必要不可欠なことだ。混血が進めば元気な赤子が産まれにくくなるということは経験則的にではあるが皆理解している。だからこそ強い血を迎い入れることに否やはない。将来のことを考えるのなら、むしろ喜ばしいことと言える。バルパがこの集落に子を作ったならば彼がここに定住してくれるかもしれないし、たとえ去るとしても相応の援助が期待できるだろう。それを狙う女達の争いは、憎々しげに思っていた男たちを縮みあがらせるほどに苛烈なものだった。

 パルマは基本的には納得をしていたが、それでも昔からの幼馴染みであり、そして彼の意中の相手であるセプルがバルパ獲得競争に参加していることだけは全くもって納得のなの字も出来ていなかった。いつも自分をガキだガキだと鼻で笑うセプルが、バルパの前だと萎れた花のようにシュンとなるのも、贈り物をされ嬉しそうな顔をしているのが嫌で嫌で仕方なかった。彼女のそういう顔をさせるのは自分だったはずなのに、一度そう考えてしまえばバルパを好意的に見られるはずもない。

 そしてその行き場のない怒りは、彼の奴隷であるウィリス達に矛先を向けかけていた。

 あいつに一矢報いることが不可能ならば、せめて奴隷に恥の一つでもかかせてやりたい。バルパに報復をされないと考えていること自体が考えなしである証拠なのだが、未だ精神的に未熟である彼はそのことに気付かない。

 そんな風にどこかしら不満を抱えているものの数は多く、彼らは唯々諾々というには非協力的に、しかし自分の身を守るための努力は最大限続けながら、魔物の出る森を進んでいった。


 森の中で幾度かの戦闘を行い、先陣を切っているウィリス達の圧倒的な戦闘能力を見て男達は血気盛んにまくしたてていた威勢はどこへやらといった具合にその背中を縮こまらせていた。元から特に批判的な態度をとっていなかった三十手前の男達の態度が正しかったことを理解し、パルマは口を開くことなくただひたすらに前へ前へと進んでいった。彼女達は基本的には敵を蹴散らしてくれるが、それでもやはり打ち漏らしというものは存在する。自分達の命がかかっているのだから、彼らは自分達へ向かってくる生き残り達と戦うことを余儀なくされていた。少しばかり魔物の量が多すぎやしないかとも感じたが、危なくなったときにはしっかりと助け船を出してくれるウィリス達の存在により、彼らは後顧の憂いなく戦闘に集中することが出来た。

 回復を使えるルルの存在も大きい、度重なる戦闘の末の疲労により一撃をもらい、戦士生命を絶たれたかと思った男は彼女の魔法により一瞬でその怪我を完治させた。

 どうやら彼女達は、ただのバルパの腰巾着ではない。何度戦闘を見て否定しても、彼女達の有用性は明らか過ぎるほどに明らかだった。甚だ遺憾ではあったが、パルマとしてもウィリス達が自らを越える戦死であることを、認めないわけにはいかなかった。

 気が付けば彼女達の言葉に従い、ただひたすらに戦闘を強制させられるようになっていた。嫌ではあったが、特に問題もないような強者の命令に従わないということは自らの誇りに反する。

 集落を抜け森に入る前よりかは幾らか従順に、しかし心のどこかでは名状しがたい凝りのような物を残し、パルマは戦闘に明け暮れた。

 心の中のモヤモヤは晴れず、その燻った感情を虫達と一緒になって魔物へぶつけた。攻撃は幾らか雑になったが、どうせ回復があるのだからとどこか投げやりになっていたために気にはしなかった。

 戦闘の連続により深く物を考えなくてもよくなったのはありがたかった。きっと足を止め立ち止まってしまえば自分が醜い嫉妬と、自らの魅力の欠如と、そして女に負け、女に頼らねばならないことによる情けなさで心が折れてしまっていたことだろう。

 彼はただひたすらに戦うことに邁進しながら、気が付けば海よりも深い溝に辿りついていた。

 停止の命令に従い立ち止まったパルマ。戦いの熱が冷め、冷静な思考が帰ってくると、彼は強烈な自己嫌悪の念に襲われた。


「上を見なさいっ‼」


 どこか捨て鉢になりかけているパルマの耳に届いたのは、相変わらず強い言葉を使うウィリスの鈴の音のような声だった。

 彼は茫然としたまま、命令に従って機械的に空を見上げた。

 そこにはつい先日まで自分達にとって恐怖の象徴であったドラゴンの姿があった。

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[気になる点] 混血が進めば元気な赤子が産まれにくくなるということは経験則的にではあるが皆理解している。 →部族内の血が濃くなれば元気な赤子が
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