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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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中庸

バルパは皆が起きてから朝食を食べ、昨日と同様ピリリと一緒に小屋を出ていく。今日もまた、彼女と一緒になっての戦闘訓練を行う予定だ。彼はある程度彼女が強くなってから、ズルズ族の面々の面倒をみようと考えている。そのための下地作りは任せて欲しいとミーナ達に言われたので、バルパとしては下手に面倒がなくて実に素晴らしかった。どんなことでもつっかえつっかえ進むより、スムーズにいった方が良いものである。

 上機嫌でバルパと手を繋いで歩いているピリリだったが、彼女の顔は一歩一歩足を踏み出す度にしかめっ面になっていった。

 

「う、むー……」


 バルパを見つめる何対もの視線は、相変わらず鬱陶しい。昨日狩ってきたらしいワイバーンの解体作業に勤しんでいるため、女性方はいつもより少ない。しかし食事を終え腹ごなしをすればすぐに狩りに向かうことになる男達は、そのほとんどが小屋やテントを出て外で待機していた。彼らはバルパの姿を確認すると、彼のことを敵意ありげな目で睨む。

 彼を見つめてくる男達の視線は相変わらず失礼なもので、その瞳の濁りを見たピリリが獣のように唸った。だが元々の声が高いので、獣は獣でも可愛らしい小動物にしか見えないのが残念なところである。

 

「おい、そこのお前」

「な、なんだ?」

「頑張れよ」

「……お、おう」


 バルパは昨日彼らが自分を執拗に敵視する理由を聞き及んでいた。どうやらこのズルズ族の男達は自分が女達をお嫁さんにするのを恐れているらしい。

 俺はゴブリンなのだからそんなことが出来るはずもなかろう。そう答えるのは簡単だったが、確実に事態をややこしくするので口にはしないことにした。

 一応自分にその気はないことを伝えておくべきかとも思ったのだが、そんなことはしない方がやる気に繋がるとレイにアドバイスを受けたためにそれもしていない。男は女のためならば幾らでも頑張れる生き物なのだ、とはルルの言である。バルパとしてもなんとなくその気持ちはわからないでもない。だからこその激励だったのだがそんな彼の思いやりは上手く伝わらなかったようで、若く尖った刺青をいれている男はふんと鼻を鳴らしてからどこかへ行ってしまった。


「やな感じ~」

「下手にベタベタされるより、嫌われる方がよっぽどマシだ」


 女達にいちいち断りを入れたり、とりあえず言われたことに従ってみたりと色々試しては見たのだが、女性陣の歓声は大きくなる一方である。

 そういえば、彼女達の前で兜を外してからより攻勢が激しくなった気がする。彼としては女性の不興を買うことがどれほど恐ろしいことかを知っているために下手に冷たくあしらう気はないのだが、それでも四六時中つきまとわれると流石に辟易するのもまた事実。

 下手に拘束され修行の時間が奪われるくらいなら、適当に睨まれた方が時間的束縛のない分都合が良い。彼の思考回路の中にピンク色は一片たりとも混じってはいなかった。


「嫌われるより、好かれた方がしあわせだよ~?」

「それは場合によりけり、というやつだ」


 面倒が起きる分、下手に好かれるのは好ましくない。しかし嫌われすぎても、また面倒が起こる可能性は高くなる。

 出来れば無関心でいられるのが一番良いのだが、平凡を演じるほどに社会に熟達していないバルパにはそれもまた難しい。そもそも正体を隠すことは納得出来ても、強さを隠すというのは彼の流儀に反している。リンプフェルトに居たときはほとんど隠す必要もなかったが、下手に誇示をすることもなかった。魔物の領域に入ってからは、隠すよりもむしろ示してやった方がやりやすくなっている。おそらく魔物の領域で生きていくのなら、実力を隠し下手に出た方がカモにされやすいだろう。

 強くもない癖に強い奴よりも偉い王なり貴族なりがいる人間社会と比べれば、まだ実例が少ないとはいえこちら側はわかりやすいように思える。

 力が信望になり、同時に抑止力になる。

 男には武力のせいで敵意を向けられ、武力のおかげで女には手荒な扱いを受けずに済んでいる。男女の人口比率が半々くらいのこの集落ならば、このくらいの好感度が丁度良い。好かれるのと嫌われるのを足して二で割れば平均的な平たい感情に落ち着くだろう。狭い集落の中ならば、互いが互いに影響を及ぼし問題が起こる可能性はグッと減るに違いない。

 何事もそこそこが一番だ、と男女の視線を一身に浴びながらバルパは再びピリリをグルグル巻きにし始めた。

 今日の目標は単独でワイバーンを狩らせることだな、とちょこんと顔だけを布から出しているピリリを見つめながら考えるバルパ。

 顔だけ出ていてそこから下は全て白い布で覆われているその姿は、彼女が体内に飼っている虫のうちの一つであるミノムシというやつに似ていた。

 バルパはその頭をトントンと優しく叩き、首のしたあたりで口を開いている布に手をかけた。


「顔が危ないぞ、しまっておけ」

「はーいっ‼」

  

 無理矢理布を押し上げ顔を覆おうとするバルパをチラと見て、やーと言いながら目を瞑るピリリ。その様子が全然嫌そうではないのを不思議に思いながらもなんとか布を巻き終えるバルパ。

 再び彼女を身動きの取れないミイラ状態にし、魔力感知を発動させる。

 出来ることなら今日は彼女自身の力で狩りを行ってほしいものだが、こんな調子で大丈夫だろうか。

 纏武神鳴を起動し空を竜よりも速く駆けながら、鼻唄を歌っているミノムシピリリを見て溜め息を一つ。

 中年の哀愁を漂わせながら空を走るバルパ。潮騒静夜を身に纏う青色の鎧姿は、ほんの少しだけ煤けて見えた。

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