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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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兵どもが夢 1

 時は少し戻り朝焼けの残る午前と午後の境、バルパとピリリが去ってからの小集落では一列に並んでいるズルズ族の集団の姿があった。前日の宴で酒を飲み二日酔いに苦しんでいる者や、詰めこめるだけ詰め込まねばと食料を体内に溜め込みすぎ吐き出しそうになっている者の姿も見られたが、皆の表情は一様に明るかった。その原因は先ほどまで広がっていた死屍累々と横たわる死に体の男達を量産したとあるパーティーにあった。


「あつつ……年甲斐もなくはしゃぎすぎたかね、こりゃ」

「ハハッ、もういい年こいてるのに良いカッコつけようとするからさ」

「は、違いねぇや。俺ぁまだまだ若いと思ってたんだけどなぁ……」


 無精髭を擦りながら空を見上げる一人の虫使いの男は、その名をポップスと言う。

 どこか微笑ましい男が遠い目をしているのを見た女は、酒で爛れた胃と喧嘩しない優しい味付けのスープを手渡した。ポップスはそれを受け取り、舌を火傷させながらも旨そうに啜る。ホッと息を吐くと納得したからか、女は他の飲んだくれ共のところへ向かっていった。

 ポップスはその琥珀色の液体をジッと見つめる。器の底のふやけた肉の塊を見ているように見える彼は、しかし全く別の物を見ていた。

 先に先ほど悠々と空を駆けていった男の姿が目に焼き付いて離れない。彼が器の中に見ているのは、昨日ババ様の紹介でやって来た旅人の姿である。


 バルパと名乗るその男のすることは、その行動の悉くが彼の度肝をぬいていた。

 なんでもないことのようにドラゴンの死骸を取り出し、供出するその後ろ姿。こんな辺境の地では一体幾らの値が付くのかもわからない砂糖をふんだんに使った甘味の数々。狩猟生活では得る機会のない、酔えるだけのアルコール度数を持った赤ワイン。そのどれもを惜しげもなく差し出す旅人の姿を見て、ポップスは根元的な恐怖を抱いた。

 金銭的な格の違いを見せられたのも大きかったが、やはり一番の原因は一撃の元に首を刈り取られているドラゴンの死骸である。


 ズルズ族に限らず、この辺境で暮らす者達にとってドラゴンという生物は純粋な魔物であるという以上の特別な意味を持つ。彼らはこの領域における生態系の頂点に君臨する覇者であり、その御機嫌取りを間違えればそれが即座に死に直結するような存在である。

 少なくともポップスにとって、そしてズルズ族にとりドラゴンというのは文字通り死を意味する生き物だった。死を体現する死神、自分達は彼らの逆鱗に触れぬことを祈りながら、細々と暮らしていくことで日々の飢えをしのいでいる。

 そんなドラゴンの死骸を、男はなんでもないかのようにポンポンと取り出した。まるでドラゴンなど己の敵ではないとでも言いたげな様子で。

 だとすればあの男は一体なんなのだ、彼がドラゴンの死体をなんの抵抗もなく出し始めた段階で、男女の別なく議論が沸き起こった。

女衆がご機嫌取り半分、本気のアプローチ半分と言った様子で男と話している間、少し離れた場所で男達は話し合った。

 だが話はすぐに終わる、結論などというものが元々必要なかったからだ。

 男はドラゴン以上の何かで、機嫌を損ねれば死ぬ人間だという事実だけが彼らにとって重要なことだった。言葉が通じる分だけ、ドラゴンよりも質が悪い。彼は危険な存在だ。

 男達の中でリーダー的存在であるポップスは我先にと手を挙げ、男へ接触を行った。女に色々と渡していることから考えて、物を渡すことに快楽を覚えるタイプなのかもしれない。  ポップスは提案の結果、喉から手が出るほど欲していた酒をまたしても何の気なしに渡してくれた。

 女達との話を聞きなんとなく彼の性質を察し、適度に探りを入れながら、彼が温厚でそう簡単に手出しをするようなタイプではないことがわかった。

 彼の連れている人間も、そして彼の所有物であると思われる奴隷も、皆一様に明るく幸せそうな顔をしている。自らの力に酔い、被虐的な悦楽に目覚めたものの周囲には、そういった雰囲気が出るものだ。彼女達の間に広がる空気にはそれがない、そして奴隷達の顔色は良く、肉体も健康そのものそうだ。

 ポップスは彼の人となりを知り、とりあえず危険は大きくはないだろうと判断できた。彼がそう考えたのは、やはり同胞の少女の存在が大きい。隷属の首輪こそついてはいるが、虫使いの少女が彼に向ける信頼の色は篤い。まとわりついている少女を邪険に扱っていないことを見れば、虫使いに対する偏見はないと考えて良さそうだった。

しかし自分達の身の安全についてある程度安心できるようになると、今度はまた別種の懸念が彼を襲う。

 バルパという男は危険だ。強さという意味でも、そして…………自分達の婚期が遅れるという問題でも。彼はバルパの回りに群がっている女達の顔が見たことのない形相に変わっているのを見て本格的な危機感を覚えた。普段おしとやかなパーラルはあんな風に強引にアプローチをかける女豹のような女ではなかったし、勝ち気で男勝りなラルペールはあんな風にハグ一つでワーキャー騒ぐような女らしさとは無縁な存在だったはずだ。

 バルパが新たな魔物の死体を取り出したのに合わせ、女達が黄色い声をあげる。これはマズい、ポップスの雄としての本能が彼へ警鐘を鳴らしていた。彼の酔いは一気に覚め、普段よりも冷たい汗が彼の額をじっとりと濡らした。

 このままでは一族の女が全員もってかれてしまう。というかむしろ彼女達がもってかれようとしているのではないだろうか、そう感じてしまうくらいに女性陣の瞳は燃えていた。

 強さというのは男の魅力として重要な指針の一つである。戦闘能力が食料供給能力に直結するズルズ族においては、強ささえあれば女の方からすり寄ってくると言っても過言ではない。

 ズルズ族の男はプロポーズの際、自らが単独で狩れる獲物の中で最も上等なものをプレゼントするという風習がある。

 バジリスクやコカトリスと言った強力な状態異常攻撃を行ってくる魔物はその素材自体が魔法の品(マジックアイテム)となるために、新婚生活の支度金代わりに贈り物とするのが一流の戦士の誉れとされていた。 

 かつてはワイバーンを単独で狩れるような猛者もいたという話だが、今のズルズ族にドラゴンに挑もうとする蛮勇を持っているものなどいない。大して人口が多いわけでもなく、余所の血を取り入れるペースもそこまで早くはない自分達一族の事情を知っているからこそ、誰も無茶をせず無謀な挑戦はしないようにしていたのだ。

 だがバルパがドラゴン、それも混じり物の亜竜ではなく正真正銘のドラゴンを狩れるとなれば事情は大きく変わってくる。若者の中でも無謀な奴等はこのままではいられないと命を無駄に無くすような暴挙に出る可能性も考えられる。戦士としてのレベルが違うことに感じるものがあろうとも、それを表に出し実際に行動に移すほどポップスという男は

短気ではない。

 とりあえずお祭り気分が終わり、ゆっくりと眠った今、ある程度酔いが覚めたら若い衆を叩き直し、己の分という奴をわきまわせてやらねばならないだろう。大人になるということは、自分の出来ることを理解し、無茶をしなくなるということだ。俺達はもう子供じゃない、そう嘯くジャリガキ共に大人としての在り方を教えてやるのも、おっさんの役目だ。

 とりあえずバルパがまともな人間であることはわかったために、あとでなるべく女性陣には本気で入れこまないでもらうようお願いをしておくことにしよう。

 数人程度ならつまんでもらっても構わないし、将来的な戦力増強の面で見ればむしろその方が好都合だが、やはりあくまでも火遊びで終えておいてもらいたいところである。ズルズの子供は一族全員が家族、たとえ誰の子であろうと差別を受けることはないだろう。

 

 ポップスが顔を上げると、スープと肉料理の配給を終えた女達が自分達の分をよそっているのが見えた。その後ろの方では、バルパと一緒に行動しているらしい二人の人間と四人の奴隷達が塊になっている。やはり強い男の元には、可憐な女が集まるのだなと思わずにはいられない面々だった。

 まるで天使のように可憐な少女と、目を真っ赤に腫らしている少女の二人は特に別格だ。あのバルパの奴隷でなかったのなら、昨日どさくさ紛れに粉をかけようとしている奴らもいたことだろう。そのあたりを言い含めておく必要もあるかもしれないと思いながら、未だに半泣きである美少女の顔を見てどこか嗜虐心のようなものが疼くのを感じずにはいられないポップス。

 自分もまだまだ若いのかもしれねぇなぁ。彼は昔は強く感じていたはずの強さへの渇望と、女体への飽くなき探求心が未だに心の奥底で燻っているのを認めざるを得なかった。

 性欲ならば発散も出来ようが、強さへの渇望と言うのは如何ともしがたい。

 ドラゴンを一撃で倒すという、まるで夢物語のような話を聞いて心が躍らない人間がいるのなら、そいつはきっと男ではないだろう。

 彼は心のどこかでバルパを嫉妬している自分と、憧れている自分が喧嘩をしている剣撃の音を聞いた。

 いつか夢見て、そして現実と向き合い半ばでポッキリと折れてしまった夢。

 だが人間というのは現状で満足が出来る生き物だ。やはり無理せず、死なず、飢えさせずというのが一番だろう。

 今さら若い奴等みたいに夢見てどうする、このクソ親父と自分で自分を罵倒する。


「そうさなぁ…………ん?」


 どこか遠い目をしながらバルパの消えていった空を見上げていたポップスは、広場の中心で一人の女が何かを話そうとしているのが見えた。先ほどポップスが悪くないと思っていた、泣き顔の似合う少女だ。

 ウィリスとか言ったっけな……とその気位の高そうな少女の顔を見つめながら、彼は足音を殺して彼女のもとへ近付いていった。

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