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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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解決

 早朝になり日が出始めると、徐々に起床する人間が増え始めた。バルパはミーナ達が起きるのを待ってから、あてがわれた小屋の中で彼女達に一緒にご飯を食べるよう提案した。


 小屋は老婆が使っていた物より少し手入れが行き届いているような場所で、中に藁のようなものとガタガタのテーブルがあることを除けば他には何もない。すきま風を防ぐ以外の役目など果たせなさそうなボロ小屋である。

 だが非常に簡素ではあるが、この小屋の材質が木材ではなく木屑を食べる虫が出した老廃物であるという老婆の話はバルパを仰天させるに足るものだった。

 試しにコンコンと支柱を叩いてみると、木よりも少し硬質な、どちらかといえば金属に近いような高めの音が鳴る。寝るためにある藁のようなものも純粋な藁ではなく、とある虫の排泄物で出来ているらしい。バルパはその技術と、虫の生態を生活に活かすという考え方に至極驚き、興奮しながら皆に話をしたのだが、食事の最中にそんな話をしないでとわりと本気目に懇願されたので、彼の興奮を共有してくれる人はピリリしかいなかった。なのでバルパは自分の膝上を定位置にしているピリリに、小さなクッキーをあげた。

 蜘蛛の魔物が糸を吐くように、虫型の魔物と虫はそれぞれ体内で特殊な物体を精製することがある。それはあるときは毒であったり、薬であったり、またあるときは金属であったりもするのである。

 多種多様な素材を産み出せる虫という生物は、まるで宝の山であるかのように思えた。虫をもっとたくさん育てしっかりと有用であることを示せば、虫使い達が迫害されるようなことはなくなるのではないだろうか。どうせ言っても鼻で笑われるか否定されるだけなので口には出さなかったが、バルパは虫使いの一族達の可能性を誰よりも信じている自信があった。

 そんな虫使い達がこのまま不遇でいるというのは面白くない。というわけで話は戻り、彼は皆にピリリを成長させるついでに虫使い達の面倒を可能な限り見ようと思っているということを食事の最中に伝えた。


「何か言いたいことがある奴はいるか?」


 バルパの一言にスッと手を挙げたのはウィリスである。彼は奴隷達に好きに物言いをすれば良いと常日頃から言っているが、実際に文句をつけるのはほとんど彼女だけである。文句を言われ過ぎても面白くはないが、自分を全肯定されるというのもそれはそれで気持ち悪い。そういう意味ではウィリスはある種バルパの心の支えの一部分を担っているとも言えた。

 もしかしたら彼女はわざと嫌われ役をやってくれているのだろうかと考え、そんなはずもないなと首を振り、ウィリスの鋭い目付きを見つめる。

 こいつはただやりたいようにやっているだけだ、周囲の迷惑も他人がどう思うかも考えずに。どうせ文句をつけられるだろうとわかっているので、心構えをしてから彼女に発言を許す。無秩序になりすぎないように、話し合いをする時はバルパが場を取り仕切る議長なのである。


「そんなのどうでも良いから、適当に拉致してさっさとピリリの故郷に向かえば良いじゃない」

「それだとピリリを返してから、彼女の一族が色眼鏡で見られてしまうかもしれないだろう」

「そんなのどうでも良いでしょ、大事なのは時間の節約よっ‼ ……あいたた、頭が痛い」

 

 特に反逆を企てた訳ではないので隷属の首輪は反応しなかったが、酒のせいで頭痛が酷いのか頭を抱えるウィリス。スッとこちらに手を出して頭痛を治すポーションをくれとジェスチャーしてきたが、バルパは見て見ぬふりを貫いた。態度をでかくするのなら、扱いが変わることを理解するべきだろう。

 だがウィリスの考えにも一理あるような気はする。本当にピリリのことを考えるのなら、強くなる云々の前にさっさと彼女をシルル族のもとへ連れていくべきなのは事実だろう。彼女を鍛えることは向こうでだって出来るし、むしろ彼女の身内がいる向こうでそうすることの方が正しいような気もする。どうしてその考えに至らなかったのだろうと首を傾げるバルパ、彼が何かを言おうとする前にミーナが口を挟んだ。


「そんなこともわかんないのかお前は」

「なんですって⁉」

「そうですね、あなたではバルパさん検定中級も難しいでしょう」

「そんなの合格したくもないわよっ‼ あ、だめ、ちょっと横になる」


 藁モドキを持ち出しテーブル近くで横になるウィリスを見て、なんだか可哀想になったのでバルパは仕方なく酔い醒ましをあげた。それを飲んで元気になった途端、彼女が急に噛み付きだしたので、バルパはすぐに自分の行動を後悔した。


「うぐ、痛い……」

「当たり前でしょう、二日酔いと隷属の首輪では比較にもなりませんよ」

「だけどなウィリス、今のバルパ見てわかんないか?」

「……なにがよ」

「バルパってなんやかんや、目の前で苦しんでる人を見捨てられないタイプだってことが」

「そういう甘さがバルパさんの美徳です。あなたなんか彼の善意がなければ何回死んでるかわかりませんよ? もうこのやり取りはうんざりです、何回突っかかってくれば気が済むんですか」

「……うるっさいわね‼」

 

 レイの次に怖いルルの氷の微笑と、その直後に見せた真顔を見てウィリスは黙りこんだ。そのまま俯いているかと思ったら、彼女はすぐに肩を震わせ始めた。地面に染みを作っているのを見て、バルパは顎に手をやった。こういう肌に突き刺すような雰囲気がバルパは好きではない。出ていこうかとも思ったが、実行するには膝の上のピリリが邪魔である。


「わかってるわよ、そんなのっ‼」

「見苦しいですよウィリス、いい加減に……」

「もう止めてくれ、飯が不味くなる」

  

 バルパの一言で詰問が終わり、ウィリスが鼻を啜る音だけが妙に大きく響いた。

 なんでこいつは自分の好き勝手にやらせてやってるというのに泣くんだ、理解しがたい。 

 バルパにはウィリスの行動の支離滅裂さと涙は何度見ても見慣れないものでしかなかった。機嫌を取る方法もないし時間が経過するのに任せるしかないというのも面倒で、自分の奴隷でなければ間違いなく放り投げているだろう。

 好きにしている結果がこれなのだから自業自得でしかないのだが、ウィリスはその行動が周囲の雰囲気までも壊していることを自覚しているようには思えなかった。

 それほど量を食べている訳でもないのにこれ以上食べる気にはどうにもなれない。バルパはピリリを抱え立ち上がる。


「俺は出来るだけここの人間達を強くしてやりたいと思っている。だから出来れば力を貸して欲しい」


 否やは上がらない、一番文句をつけそうな奴は一人で震えているだけだ。

 これでとりあえずここ半月の行動の同意は得られたわけなので、当座の問題は解決したに等しい。ならばあとは割り振りをして、その後ピリリを抱えて海よりも深い溝に入り直すだけだ。

 バルパは立ち上がり、ドア目掛けて歩いていこうとし……立ち止まって踵を返した。

 下を向いてただただ泣きじゃくっているウィリスの肩を叩き、しっかりと聞こえるように耳元で囁いた。


「意地を貫くのなら、最後まで貫き通せるだけの心の強さを持て。お前のその反骨精神は、実のところ嫌いではない」

 

 バルパはそれ以上何かを言うことはなく、未だ前日の興奮冷めやらぬ様子のズルズ族の男衆目掛けて歩き始めた。


「あんたは…………過ぎる」


 ウィリスが何かを言ったような気がしたが、聴覚を強化していないバルパには、それが幻聴かどうか確かめる術はなかった。

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